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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第二話『戒めの刃』

 九月十七日(ロンドの日)


 時刻は十四時過ぎ。

 リヴェティア騎士訓練学校の訓練区にて。

 最上級生の第三教室による実技訓練が行われようとしていた。

 総勢五十一人にも及ぶ訓練生が、教師の前に乱れなく整列する。


「これから一対一の模擬戦を行ってもらう。但し、序列上位者から順に選んだ五人組での総当たり戦だ。わかっていると思うが各組での成績は序列の評価にも影響するからな。手は抜くなよ」


 ざわつきながら訓練生たちが序列に応じて組を作っていく。

 組み終えたところから、場所が被らないよう移動し始める。

 そんな中、ベルリオット・トレスティングは教師の前にぽつんと一人取り残された。


 なんの嫌がらせだ、これは。


 悪態をつきながら肩をすくめた。

 約二千人に及ぶ訓練校の中において、ベルリオットの序列は千四百九十七位である。

 ただ第一学年は序列制度がまだ導入されていない。

 加えて全校生徒から第一学年を抜いた数にベルリオットの位は等しい。


 つまり、ベルリオットの序列は実質訓練校最下位なのである。

 だから五十一人いる訓練生が、五人ずつ序列の上から順に組んでいけば最下位のベルリオットが余るのは必至だった。

 さらに言わせてもらえば、それを教師がわかっていないはずがない。


 腹部をさする。

 グラトリオが引き起こした事件の折、負った傷の痛みはもうない。

 アウラは体内に取り込むことで身体機能を活性化させることができる。

 それは戦闘だけでなく治療においても役立つ。

 これまではアウラが使えなかったので傷が癒えるのをただ待つしかなかったのだが、


「いつもみたいに走れってことですか? 一応、アウラは使えるんですけど」


 そう、ベルリオットはアウラを使えるようになったのだ。

 アウラを使えず、他の訓練生が演習に取り組む姿を眺めながら走っていたときとは違う。

《帯剣の騎士》と呼ばれていたときとは違うのだ。


 たしかに序列は最下位かもしれない。

 だとしても、一つぐらい六人組にしてくれたっていいだろう、とベルリオットは思った。

 仲間に入る資格を得たのに、仲間に入れてもらえない。

 そんな物寂しさを覚えたのだが、


「ベルリオット・トレスティング。貴様の相手はわたしがさせてもらう」


 教師から返ってきた予想外の言葉に、ベルリオットは面食らってしまった。


「先生が? そんなこと今まで一度も」

「貴様の力は未知数だ。そんな状態で他の訓練生と模擬戦をさせるわけにはいかない。ゆえに、教師であるわたし自ら貴様を試させてもらう」


 目の前にいる禿頭の教師――ボバンが真剣な表情で言った。

 ボバンは元王城騎士だ。

 しかも現役時は最高で序列三十二位まで食い込んだという。

 現在は四十六歳ということもあり若干の衰えをみせているが、それでも訓練校の教師の中では最強という呼び声が高い。

 それほどの実力者であるボバンが、直々にベルリオットの相手をすると言う。


 異例の事態だった。

 ただそれも、ベルリオットが成したことを考えればおかしいことはなかった。

 なにしろリヴェティア騎士団の頂点にいた、あのグラトリオ・ウィディールを倒したのだ。

 訓練生でありながら、それだけの力を持った存在。

 危険視するのは当然のことだろう。


「わかりました」


 ボバンに背を向け、ベルリオットは距離を取る。

 すでに訓練生による模擬戦が開始していた。

 あちこちから結晶の打ち合う音が聞こえてくる。

 充分に距離を取ってから振り返り、ボバンを見据えた。


 途端、ボバンが一瞬で濃黄のアウラを身に纏った。

 ヴァイオラ・クラスに近いフラウム・クラスだ。

 ボバンは長剣を模った結晶を造り出し、合わせた両手で握り締めた。

 正眼に構える。


「いつでもかかってきなさい」


 熟練の騎士とも言うべきか。

 感じる威圧は目に見える力以上のものを伝えてくる。

 いつの間にか、そこかしこからひびいていた甲高い音が止んでいた。

 代わりに話し声が聞こえてくる。


「お、おいっ、なんでボバン先生がアウラ纏ってんだよ!」

「もしかしてベルリオットと闘うの?」

「まさか。そんなことあるわけが」

「いくらなんでもボバン先生が相手じゃ勝ち目ないだろ」

「いや、でもあいつ、だんちょ――元団長を倒したんだろ! だったらわからないぜ」


 他の訓練生たちは模擬戦中だということも忘れ、こちらを注視していた。

 酷くやり辛い。

 だがボバンの鋭い眼光が、雑念を振り払ってくれる。

 ベルリオットを叱りつけてきた、いつもの眼とは違う。

 相手を本気で倒さんとする眼だ。

 生半可な対応はできないな、とベルリオットは覚悟した。


 すぅ、と深く息を吸い、吐き出す。

 肌に触れる風、さらに遠く離れた場所にある風にまで意識を向ける。

 自分に引き寄せる感覚と共に、アウラを体内に取り込んでいく。

 初めは静かに、ゆっくりと。

 青い燐光に包まれていく。

 身体がアウラに慣れたのを感じた瞬間、勢いよく取り込み、放出する。


 途端、突風が巻き起こった。

 ベルリオットを中心に、渦巻くようにして外側へと風が流れていく。

 あまりの風圧に周囲の訓練生たちが驚きの声をあげた。

 中には尻餅をついた者もいる。

 ボバンも目を瞠っていたが、それ以上の動揺は見られない。


 大気がベルリオットの奔出するアウラに慣れたのか、荒々しく巻き起こっていた風が静かになる。

 ベルリオットは両手を合わせ、脳に描いた想像通りにアウラを凝固、結晶の長剣を造り出す。

 両手がぴったりと収まる柄、極限まで薄く削られた左右対称の刃。

 青いアウラを使えるようになって以来、何度も何度も造っては砕きを繰り返し洗練した、斬るためだけに特化した剣だ。


 中段に構え、ボバンを見据える。

 青く透明度の高い結晶武器は、目線の先にいるボバンの服装まで映し出していた。

 ボバンが僅かに右足を引き、身構えた。

 それを見計らい、ベルリオットは構えていた剣を左脇に流し、深く腰を落とす。


「いきます」


 地を踏み切った。

 爆発的な加速と共に土が抉れる。

 足は地についていない。

 地を這い、泳ぐようにして突き進む。

 さらなる加速に伴い空気の壁を突き破る。

 一瞬の内にボバンに肉薄。

 踏み込んだ右足で勢いを止め、重心を腰に移動する。


 その間、ベルリオットが纏っていた空気が突風となってボバンに吹きつけていた。

 まぶた、口の中に風が入り込み、皮膚が波打つ。

 身体も仰け反り、剣を持っていた両腕も後方へと流されそうになっていた。

 しかし教師としての意地か。

 咆哮と共に剣を構え直すと、ベルリオットの顔面目掛けて振り下ろしてくる。


 だが遅い。


 すでにベルリオットは攻撃の準備を終えている。

 自分に振り下ろされる黄色結晶に向かって剣を左から右へと薙いだ。

 さらに別の軌道を描いて斬り返す。

 乱れなく切断された黄色結晶が剣撃から生まれた風圧によってばらけ、柄部分を除いて砕ける。


「くっ――」


 顔を歪めたボバンが咄嗟に飛び退こうとするが、ベルリオットはそれを許さない。

 振り抜いた剣を静止させることなく、そのまま流れるようにしてボバンの喉元に突きつけた。

 刹那の静寂。

 ボバンが、ごくりと喉を鳴らし、突きつけられた剣先を見つめる。


「み、見事だ」


 どう返したらいいのか、ベルリオットはわからなかった。

 だから無言で剣を引き、空気中へと霧散させた。纏っていたアウラも散らした。

 体勢を整えると、ベルリオットは訓練区全域に意識を向けた。

 訓練生の誰もが口を開けて、目を瞠っているのが視界に入った。


 それは圧倒的な力を目にした恐怖なのか。

 それともただ驚いているだけなのか。

 どんな感情のもとに作られた顔なのかはわからない。

 ただ、以前に経験したものと酷似していた。

 そう。

 国王暗殺事件の折、モノセロス五体を倒したときに騎士たちから向けられた顔だ。


 俺はまた同じ過ちを犯してしまったのか……?


 いつになく真剣なボバンに触発され、つい本気で戦ってしまった。

 だが、誰一人として傷つけていないはずだ。

 それなのに、どうしてあのような目で見られなければいけないのか。

 居た堪れなくなった。

 この場から早々に立ち去ってしまおうと思った。

 授業中だが関係ない。


「その、ありがとうございました」


 ボバンに頭を下げ、ベルリオットが飛び去ろうとした、そのとき――。

 訓練生が一斉に歓声を上げた。


「す、すげー! ベルリオットのやつ、ボバン先生にも勝っちまいやがった!」

「いや当然だろ! なんせあいつ元団長に勝ったんだぜ! 訓練校の教師じゃ相手にならねぇよ!」

「元団長に勝ったとこ、俺は実際に見てなかったからにわかに信じられなかったけど……。やっぱり本当だったのか!」


 予想外の出来事に、ベルリオットは呆然としてしまう。

 これはどういうことなのか。

 訓練生たちは怖がっていたのではないのか。

 見れば、上位者ばかりの集団の中、微笑むナトゥール・トウェイルや、なぜかしたり顔のモルス・ドギオンがいた。


 ナトゥールの口が、良かったね、と動く。

 そこでようやく、ベルリオットは自分が賞賛されているのだと気づいた。

 肩の力が抜けたのと同時、ボバンから声がかけられる。


「ベルリオット・トレスティング」

「は、はい」

「以前とは違い、どうやら貴様はその力を制御できているようだ。少々、いやかなり強大で危険ではあるが……。過って訓練生たちを傷つけてしまうことはない、とわたしは判断した」

「先生……」

「これからはお前が皆を引っ張る番だ。期待しているぞ」


 言いながら、ボバンから期待の眼差しを向けられた。

 ベルリオットは、なにかが全身を駆け巡ったような気がした。

 その正体は一体なんなのかはわからない。

 ただ一つ言えることがある。

 赤のアウラを使っていたときとは違う充足感が、心の中に満ち溢れているということだ。


「はい」


 ベルリオットは力強く頷いた。

 ただ覚えた充足感に比例して、大きくなったものがあった。

 自分の力に対する恐怖だ。

 この青いアウラの力は、間違ってもベルリオットが努力して得た力ではない。

 未知の要素が多く、そして底が知れないほど強大な力を秘めた、青いアウラ。

 使い方を過ってしまえば、簡単に仲間を傷つけてしまう力。

 また国王暗殺事件の光景が脳裏に蘇った。


 そして一つの疑問が生まれる。

 力を使ったから化け物なのではない。

 力を持っているから化け物なのではないか。

 答えが出ないまま、それはベルリオットの心の奥底に深く突き刺さった。


 言い得ぬ不安が押し寄せてきたとき、訓練区に一つの人影が舞い降りる。

 歳は二十代後半といったところか。

 精悍な顔つきの男で、身に纏った白基調の制服の胸元には、二本の剣を包み込む翼の紋章が描かれている。

 言わずもがな、リヴェティア騎士団の中でも極めて優秀な者にしかなれない王城騎士である。

 男はベルリオットの傍にやってくるなり、こう言った。


「ベルリオット・トレスティングだな。これから騎士団本部まで一緒に来てもらおう」



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