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◆最終話『始まりの飛翔』

 一週間が経った。

 大きな損害を被った王都だったが、あれから着々と復興作業が進んでいる。

 ディザイドリウムによる多大な支援も、それを手伝う大きな要因となった。

 先代国王であるレヴェンが亡くなったときより、ディザイドリウムの国王はリヴェティアに援助をしたいと思っていたそうだ。


 だが国の力は民の力。

 無償の援助はやはり難しかったらしい。

 そうして困っていたところに今回の事件が起こった。

 そしてビシュテー宰相が主犯であるグラトリオと通じていたため、償いという形で援助することができたわけだ。皮肉な話だったが、リズアートは遠慮することなく支援を受けた。


 国王暗殺から始まった事件。

 そのときより、皆が前に進もうとしている。

 ベルリオットも前に進まなければならない。

 進むために、行かなければいけないところがあった。


 足首を覆い隠すほど自然のまま伸びきった雑草。

 周辺を覆った雑木林が、少し強めの風に煽られ、ざわざわと音を立てる。

 王都リヴェティアと北方防衛線の中間点に位置するここは、トーティベルの丘である。


 ベルリオットは花束を手に、隆起した丘の上を見やる。

 こじんまりとした墓石があった。

 墓石の前には、一束の花が置かれている。

 そして墓石をじっと見つめる、人影。

 イオル・アレイトロスが、そこに立っていた。彼はこちらを見やったが、なにも言わずにまた墓石に視線を戻した。

 ベルリオットはゆっくりと近づき、声をかける。


「……いいか?」

「ああ」


 短い返事。

 近づき、膝を折ってから、ベルリオットは墓石の前に花束を置いた。その際、書かれた文字が目に入る。


 ――グラトリオ・ウィディール、ここに眠る――


 胸が痛んだ。

 間近で見ていられなくなって、すぐさま立ち上がり、距離を取る。


「皮肉なものだな。ここにきたのが団長を手にかけた俺たちだけとは」


 イオルが言った。

 そこに自戒の念は感じられず、ただ遠くを見るように墓石に視線を送っている。

 ベルリオットはなにも答えられず、イオルと同じように墓石を見つめることしかできなかった。

 風に乗せられるように、イオルが語り出す。


「幼い頃、親に捨てられた俺は団長に面倒を見てもらっていた。俺の剣には、あの人の剣が詰まっている」


 イオルにとって、グラトリオがどれだけ大切だったのか。

 それは彼を――グラトリオを殺したときに、いやでもわかった。

 思い出すだけで、ベルリオットは全身を強く罪悪感に縛り付けられる。


「あの人は俺にとって父代わりだった」


 それまで淡々としていたイオルの声が、途端に震えだした。


「だから俺は……」


 イオルが、こちらに向き直った。

 そこに涙はなく、ただただ意志の強い瞳がベルリオットを射抜いてくる。


「お前を超える。あの人の代わりに、俺が……このイオル・ウィディールが、トレスティングを超えてみせる」


 言葉という名の衝撃が、ベルリオットの全身を突き抜けていった。

 イオルの決意を応援するかのように風が強く吹いた。

 草木が、大きく揺れる。


「イオル……お前……」


 これまでずっと、ベルリオットにとってイオル・アレイトロスは高みの存在だった。

 その彼が、これからはベルリオットを追いかけるという。

 不思議な感覚だった。

 そしてウィディールを継ぐこと。

 リヴェティアに災厄をもたらした家名である。

 あまりにも重い。

 重すぎる。

 だがイオルの瞳には、揺らがぬ決意が宿っていた。


 イオル……やっぱりお前はすごいぜ。


 ただ矜持が高いだけの男だと思っていた。

 だがそれは大きな勘違いだった。

 イオル・アレイトロス。いや、イオル・ウィディールは、本当に強い。

 体も、心も。


 だが、俺は負けない。


 ベルリオットもトレスティングを背負っているのだ。

 負けられない。

 そう瞳に込めて、イオルを見つめ返す。

 短くも長いときが、二人を包み込む。

 やがて、イオルが背を向け歩き出した。


「行くのか」

「ああ」


 未遂に終わったものの、イオルが女王暗殺計画の片棒を担いだのは事実である。

 イオル自身が進んで行ったわけではない上に、優秀な騎士の未来を終わらせるのは惜しい。

 その理由からリズアートが周囲の反対を押し切り無罪としたのだが、真面目なイオルはそれを善しとしなかった。


 恐らくはリズアートの立場を危ぶんでのこともあるだろうが……イオルはリヴェティアを去ることを選んだのだ。

 本当に不器用な奴だった。

 イオルが紫のアウラを纏い、無言で飛び去っていく。

 ベルリオットは心の中で告げる。


 誰がなんと言おうと、お前の故郷はリヴェティアなんだ。だから、早く帰ってこいよ。


 ずっと嫌な奴だと思っていたのに。

 今では仲間意識が強く芽生えていた。

 不思議な感覚だった。


 イオルの姿が見えなくなると、ベルリオットは改めてグラトリオが眠る墓石に目を向けた。

 先刻とは違う。

 今度は真っ直ぐ見ることができた。

 草木が風に揺らされ、さざめく音が聞こえてくる。

 事件が終結してから、ずっと引っかかっていたことがあった。


 グラトリオは、その嫉妬心からライジェルを殺したが、ベルリオットの後見人に名乗り出る必要はなかったのではないか、と。

 犯人であることを疑われないように、との思惑があったのかもしれない。

 だが危険を冒してまでするほどの必要性は感じられなかった。

 もしかすると彼は、ライジェルを殺したことを後悔していたのではないだろうか。

 もちろん先の事件を鑑みれば、グラトリオの中に後悔などという感情があったとは考えにくい。


 とはいえグラトリオには黒導教会が、シグルが関与していた。

 邪の者に嫉妬という負の感情を焚きつけられ、狂気に陥ったのではないか。

 そうも考えられる。

 だがベルリオットには、そんな論理的に導き出された答えなど必要なかった。

 ただただ、信じたいと思った。

 ライジェル殺害をグラトリオが悔い、自らの意志でベルリオットの後見人となったのだと。


 だが、礼は言わない。

 なぜなら彼はライジェルを殺したのだ。

 そしてベルリオットもグラトリオを殺した。

 色んな感情が、胸の中でない交ぜになっている。

 なにも表に出せない。


 だから、無言で立ち去ることを選んだ。


 青白く光るアウラをその身に纏った。

 背から現れる勇壮な翼。

 ベルリオットは飛翔する。


 見上げること。

 見下ろすこと。


 人は常に自分の位置を決めたがる。

 ベルリオットがそうだったように。


 なにが正しいのか。

 なにが悪いのか。


 よくわからなかった。


 だから空を翔けた。


 一心不乱になって翔けた。


 そうすれば、いつか答えがわかるような気がしたのだ。


 空は青い。


 どこまでも続く。


 この世界に、終わりなんてないと思った。






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