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◆第三十九話『収束』

 王城からびりびりと伝わってきていた、禍々しい気配が死んだ。


「ちぃっ、やられおったか……っ!」

「当然です」


 言葉とは裏腹に、メルザリッテは思わずふっと笑みを零してしまった。


「さて、お前はどうしますか? 他のシグルはもういませんし……そちらが不利と判断しますが」


 ストレニアス通りのシグルは一掃し、メルザリッテはベリアルを王都城壁外まで押し込んでいた。

 雑魚に気を向ける必要もない。

 今なら容易くベリアルを葬る自信があった。

 ただ、無駄な労力はかけたくない。


「ぐぬぅ……。こんなはずでは……っ」

「逃げるのなら追いませんが」

「ほ、本当か……?」

「ええ。お前程度、逃がしたところでなんの損にもなりませんから」


 無表情で、淡々と言い放った。

 こちらが興味を持っていないことが、充分に伝わったのか。


「……我らを甘く見ないことだ。やがて訪れる滅びのときが、貴様たちアムールにとっても最後のときであることをゆめゆめ忘れるな」


 苦々しい顔でそう吐き捨てたあと、ベリアルはこちらに背を向け、飛翔しようとする。


「あっ、手がすべりました」


 予備動作なしにメルザリッテは神の矢を放った。

 ぐさり、とベリアルの体を赤の刃が貫く。


「なん――」

「手、手が勝手にっ」


 茶目っ気たっぷりに言うや、さらに神の矢を二本追加で投擲。鈍い音が二つ響く。

 赤のアウラを撒き散らしながら、メルザリッテはさらなる追い討ちをかける。自由落下するベリアルの傍まで一瞬で詰め寄ると、造り出した二対の剣で無数の連撃を見舞う。

 斬り終わるや、ふぅ、とひと息をつきながら双剣を霧散させた。同時、ベリアルの身体が弾け飛ぶと、汚らしい黒の光をぱらぱらと周囲に散らした。


「本当に信じる人がいますか……って、人ではありませんでしたね」


 くすりと笑いながら、王城へと視線を向けた。


 さて……我が主の元へ戻りますか。



   ◆◇◆◇◆


「えらくてこずらせてくれたな……」

「…………まだだ、まだ終わっていない……っ!」


 ディザイドリウム王都郊外。

 エリアス・ログナートは、相手取った二十人の騎士のうち、十六人もの騎士を斬り伏せて見せた。

 だが、そこまでだった。

 あちこちに斬りこまれた傷が、立ち上がることを許してくれない。

 膝をつきながら、エリアスはこちらを見下ろすビシュテー宰相を睨みつける。


「立ち上がれもしない癖にまだ吠えるか。大人しく観念することだな」


 とどめを刺してしまえ、とばかりにビシュテーが濃緑の騎士たちに合図した――そのときだった。


「な、なにごとだ――?」


 幾つもの黄色、紫色の光が王都側から向かって飛んできていた。

 そのあとを一機の飛空船が追っている。

 状況を掴めていないのか、ビシュテーたちは呆けている。

 光の正体はディザイドリウムの騎士たちだった。

 色の濃度からしてかなり上位の騎士たちだろう。

 エリアスが今まで相手をしていた者たちとは比べ物にならない。

 さすがにあれら全員相手にするのは厳しい。


 ここまでか……。


 と、諦観に満たされたエリアスの感情が、驚きのものに一変する。

 新たに現れた騎士たちが地上に降り立つや、先ほどまでエリアスが相手をしていた騎士たちに剣を向け始めたのだ。


「な、なんの真似だ貴様ら!」

「閣下。御身を拘束させて頂きます」


 次々にビシュテー率いる騎士たちが拘束されていく。


「ふざけるな! このわたしが理由もなくなぜ捕まらねばならん! 放せっ! この無礼者めがっ!」


 拘束されたビシュテーが暴れ狂っていた。

 事態が掴めぬままエリアスが呆けていると、一機の飛空船がビシュテーの近場に着陸した。

 その飛空船はやたらと豪華な装飾が施されていた。

 リヴェティア王家の物と比べても遜色が無い。

 同等か、それに準ずる位の者が乗っている可能性が高い。


 エリアスの推測通りだった。

 降りてきたのは老齢の男。瀟洒なローブを羽織り、白髭を蓄えた彼は、ディザイドリウムの国王である。

 そのあとに続いて現れた青年に、エリアスは眼を剥いた。

 ユング・フォーリングス、リヴェティアの騎士である。

 ディザイドリウム騎士よりもさらに深い緑の制服を纏う彼は、眼鏡をかけ、中性的な顔立ちをしている。


 なぜ彼がここにいるのか――。


 その疑問は、国王が動いたことで一時的に打ち消される。

 垂れ気味の目蓋が持ち上げられ、国王が侮蔑を宿した瞳でビシュテーを射抜く。


「ビシュテーよ。残念だ。貴様が黒導教会と繋がっていたとはな……」

「なっ!?」


 ビシュテーが眼を瞠った


「へ、陛下……。わたしが奴らと繋がっているなどと、そんな根も葉もないことを言われましても」

「我が友……レヴェンが教えてくれたのだよ」

「し、しかし証拠が」

「いくら知己からとはいえ、そのまま鵜呑みにするわけにはいかぬからな。もちろん裏は取っておる。お前の身辺を徹底的に洗わせてもらったぞ」

「な、馬鹿な……。グラトリオか……いや、フルエルか……。奴め、恨むぞ……」


 ビシュテーにはもう抵抗の意志はないらしい。

 膝をつき、悔しげに俯いた。


 終わった……のだろうか。


 呆然とするエリアスの傍に、ユングが歩み寄ってくる。


「遅くなりました、ログナート卿」

「フォーリングス卿、なぜあなたがここに」

「わたしが陛下……先代の国王陛下より仰せつかった任をお忘れですか?」


 ちょうどレヴェンが亡くなる前日、彼はユングにある任務を与えていた。

 内容は、各大陸の王に黒導教会と繋がる人間を密告すること。


「あ、あのときの……」

「ええ。各大陸の王の元を訪ね、協力を要請していたのですが……なにぶんわたしの体はこの身ひとつ。時間がかかってしまった上に、ディザイドリウム訪問は最後を予定していたので……。遅くなったこと、お許し頂きたい」

「い、いえ。こうしてわたしは無事に生きている。それだけで充分です。どうか頭を上げてください」

「感謝します」


 どうにか生き延びられた。

 ほっと安堵する。と同時に、主君であるリズアートの顔が脳裏に浮かんだ。

 グラトリオが陛下を狙っている。

 ただ、急いで戻らなければと思う気持ちはあっても、心配はしていなかった。

 彼が――ベルリオットが助けに向かったのだ。

 なんの根拠もないのに、その事実がエリアスの不安を拭い去ってくれる。


 まったく……あなたと言う人は。


 自分の中に芽生えた安心感に苦笑しつつ、エリアスは言った。


「戻りましょう。リヴェティアに」



   ◆◇◆◇◆


 眼下では、グラトリオの亡骸を前に未だイオルが放心している。

 見ていられなくなったベルリオットは、彼らを背にして内城門側へ降り立つ。

 と、城の中から、リズアートとナトゥールが姿を現した。

 ナトゥールに肩を貸してもらいながら、リズアートは歩いている。

 酷く憔悴しきった様子だったが、ベルリオットを見るやその顔に生気が宿った。


「ベルリオットっ!」


 ナトゥール共々、近くにやってくると、


「グラトリオは……?」


 リズアートはそれだけを訊いてきた。

 無表情のまま、ベルリオットは後ろを見るよう視線で促した。

 その先にある光景を見てすべてを悟ったか、リズアートが静かに口を開く。


「そう……」


 眉根を寄せて、なんとも言えない複雑な顔をしていた。

 彼女の揺れる瞳が告げてくる。

 あなたは大丈夫なの、と。

 静寂を保っていたベルリオットの心が、ざわめいた。


「俺が……やったんだ」


 気づけば、そう口に出していた。

 自分の弱さを誰にも見せたくなかった。

 なのに、気持ちを吐露しようとする口が止まらない。


「あの人を倒せば、護りたいものを護れるって。最高の結果になるって。そう信じて、覚悟して。でも……」


“彼”を殺した感覚が、まだ右手に残っていた。

 震えるその手を胸の前に出し、握り締める。


「この手に残ったのは、人を殺した感触だけだった。……それ以外、なにも感じなかったんだ」


 護りたいものを護れた。

 そんな達成感はなかった。

 いや、実際はあるのだろう。

 けれど、その人殺しの感触に他のすべてが上塗りされてしまっている。

 そんな感じだった。


「ベルリオット……」


 気遣い、窺うような声。

 どんな言葉をかければいいのか、きっと決めかねているのだろう。

 ベルリオットのしたことは人殺しに他ならない。

 これは事実だ。

 たとえ誰かを救うためだとしても覆らない。

 下手にベルリオットを励ませば、人殺しを肯定したことになる。

 王女として。

 人として。

 ベルリオットが直面している問題に、見解を示すことは責任が付き纏う。

 普通なら濁すのが妥当だ。

 けれどリズアートは顧みず、意志のこもった言葉で答えてくれる。


「あなたが立ち上がらなければ、わたしは死んでいた。リヴェティアが死んでいた。あなたが……その手が救ってくれたものは少なくないわ」


 ベルリオットの右手を、リズアートが優しく両手で包み込んだ。

 そしてゆっくりと自らの頬に当てると、力強く、それでいてどこか弱々しさの感じられる声で、静かに言葉を紡ぐ。


「助けてくれてありがとう。そして……ごめんなさい」


 その言葉は、ベルリオットの感情を上塗りしていた靄を薄めてくれた。

 途端、一筋の涙が頬を伝った。

 護りたいものを護れた嬉しさからなのか。

 人を殺してしまったことへの後悔からなのか。


 流れた涙の正体が、ベルリオットにはよくわからなかった。



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