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◆第三十六話『遥か遠くに見た、この一瞬のために』

 メルザリッテは王都上空を駆けていた。

 前方から迫りくる黒い影――ベリアル。

 紫の鋭い眼光を放ち、異様に長く太い爪で掴みかかってくる。

 疾い。

 が、メルザリッテは対の赤色結晶の剣を放ち、ベリアルの手に突き刺した。

 ベリアルが声にもならない叫びを上げる中、メルザリッテは新たに双剣を造りだし、斬りかかる。両肩から斜めに斬り込み、交差。胴を薙ぐように再び交差。そこからさらに肩に向かって斬り上げ、ベリアルの両肩に剣を突き立てる。

 再び双剣を造りだし、突き、突き、突き、突き――。


 流れるような攻撃を受け、ベリアルの口がだらしなく開けられる。

 ベリアルは空中に浮いているが自らの意志で浮いているのではない。

 メルザリッテの度重なる攻撃が、落ちることを許さないのだ。

 とどめとばかりにメルザリッテは横回転しながら勢い任せの横薙ぎ、二周。最後に足裏を突き出し、ベリアルを吹っ飛ばした。


 振り返り、大城門側へ飛翔する。

 ベリアルに気を取られている間に下位シグルの群れが侵攻を再開していた。アウラを凝縮させ、無骨な刃を周囲に幾つも造りだし――、

 放つ。

 可能な限り、放ち続ける。

 五十近くものシグルが、一気に地面に串刺しになる。

 大城門前にて防御陣を組む、騎士訓練校の教師、訓練生たちが唖然としていた。気にせず彼らの近くまで行き、上空から叫ぶ。


「皆様はわたくしとベリアルから離れて戦闘を。ストレニアス通りはすべてわたくしにお任せ下さいっ!」

「りょ、了解しましたっ!」


 わたくしはあなた方の上官ではないのですが~……。


 苦笑しながらメルザリッテが四散する彼らを眺めていると、訓練生の中に知人を見つけた。


「ナトゥール様!」


 呼ばれ、びくりと全身を振るわせたナトゥールが振り向いた。

 きょとんとしながらも、メルザリッテに駆け寄ってくる。

 どこか怯えているようだった。

 ただのメイドだと思っていた人間が、見たこともない力を振るっているのだから無理もないだろう。

 絞り出すようにしてナトゥールが声を出した。


「メ、メルザさん。どうしたんですか?」

「大陸が上昇していないのが気になります。どうか城に向かい、様子を見てきてくださいませんでしょうか。そしてリズアート様のお力に」

「大陸が上昇していないのと姫様に、なにか関係あるのですか?」

「はい、大ありです。ただ説明する時間が惜しいので。行けば、わかると思います」

「わ、わかりました。わたし、行ってきます!」


 疑うということを知らないのだろうか。

 そう思えるほど純真な表情でナトゥールは頷くと、アウラを纏い慌しく城方面へと飛んでいった。

 目を瞬かせながら、メルザリッテはその背中を見送った。

 極論、ベルリオット以外の人間がどうなろうが、メルザリッテにとって知ったことではなかった。

 ただ、大陸を落とさせるのはまずい。

 大陸が落ちるには“まだ”早すぎる。


 先ほど突き飛ばしたベリアルが、こちらに向かってきた。

 見たところすでに外傷は治まっているようだった。

 メルザリッテもベリアルとの距離を詰め、なるべく大城門から距離を取った。

 重低音を無数に重ねたような声を響かせ、ベリアルが叫ぶ。


「その力……貴様、やはりアムールか!」

「だとしたら、なんなのですか」


 間髪を容れずにメルザリッテは答えた。

 ベルリオットや他の人間に話すときとは違う。

 明らかに敵意を含んだ高圧的な物言いだ。


「我らも貴様らも狭間には手を出せないはずだ。だのに、なぜだ!」

「お前も現に今、狭間にいるでしょう」

「我の体は仮初。しかし貴様は違う」

「お前たちとは違い、我々には肉体的な成長がある。それだけのことです」

「……まさか貴様、送られてきたのかっ!」


 ベリアルが、驚愕に満ちた表情を浮かべる。

 狭間。

 それは人間が住む世界のことである。

 狭間にはアウラがほぼない、と言っていい。

 もともと狭間はアウラが薄いのだが、それ以上に《運命の輪》が、狭間に存在するアウラを吸っているからである。

《運命の輪》に蓄積されたアウラは大陸の《飛翔核》に注がれる。そして《飛翔核》を通じてアウラが満たされた大陸は浮遊することができ、狭間に居続けられるのだ。

 つまり正確に言えば、浮遊大陸圏内を除いて狭間にはアウラがほぼない、となる。


 そのアウラが薄い狭間内を、強い生命力を持つ存在は移動できない。

 これは強い者ほど生命力、つまりアウラを必要とするからである。

 ゆえに地上のシグルたちは、総じて下位のモノしか普段は浮遊大陸に昇れず、強いモノほど大陸が下降しなければ浮遊大陸に昇れないのである。


 この原理は天上のアムールにも当てはまる。

 アムールはシグルより個体数が圧倒的に少ないためか、全体的な質が高い。

 つまり必要な生命力も多いため、狭間に行くことはほぼ不可能だ。

 だが、それを可能にする方法がある。

 それが先ほどベリアルが口にした“送る”という――赤ん坊の頃に狭間へと送る方法である。

 生命力がまだ弱い幼子であれば、狭間を行き来できるのだ。

 肉体的成長を持つアムールだからこそできる芸当である。


「そうか、そうだったのか……。ならば貴様が一緒にいたあの小僧も、同じか。……ふは、ふははははっ」

「なにがおかしいのです」

「いや、なに。見れば貴様の力は相当なものだ。そしてあの小僧と貴様とでは、年齢から見ても貴様の方が成熟しているのは間違いない」

「だれがおばさんですか。どう見てもぴっちぴちでしょう。殺しますよ」

「……そのお前よりも――」


 ちっ、無視しましたね。


「小僧が強い、ということはないだろう。大方、我を足止めすれば小僧が奴を倒せる、などと考えたのだろうが……失敗だったな。奴は我より断然強いぞ」


 高笑いするベリアルの表情には、勝利を信じて疑わないものがあった。

 その姿にメルザリッテは憐れみを感じてしまい、無意識的に表情から緊張を解いてしまった。

 半ば呆れ気味に、それでいて低い声を放つ。


「先ほどの言葉、少々訂正します。わたくしは送られていません」

「……有りえぬ。送ることでしか本当の意味では狭間には来られぬはずだ」

「あるでしょう。送らなくても済む方法が」


 メルザリッテの言葉に、ベリアルの表情が徐々に険しくなっていく。

 やがて“答え”に行き着いたのか、一気に顔を強張らせた。


「まさか――っ!」

「そう。神が人に《運命の輪》を与え、浮遊大陸が生まれてよりこの方。

 わたくしはずっと狭間にいました。

 すべては後にやってくるであろう大戦に備えるため。

 我が主を迎え入れ護りぬくため。

 二千年のときをわたくしは狭間で生きたのです」


 人が生まれ、育ち、老い、死に。

 また生まれ……。

 文化が発展していく様も、ずっと見守ってきた。

 悠久の時を、メルザリッテはずっと待ち続けた。

 気が狂いそうになるほどの時を、ずっと待ち続けた。

 すべてはあの方に仕えるため。

 愛しいあの方に仕えるため。


 メルザリッテ・リアンは、ずっと待ち続けてきたのだ。


「そこまでの価値が、先の小僧にあるとでも言うのか――」


 ベリアルが狼狽えながら、言葉を発したそのとき。

 突如としてメルザリッテの背後――城側へ向かって突風が起こった。

 遥か後方に収束していく感覚。

 世界が揺れた、と言ってもおかしくはない衝撃だった。

 アウラが荒々しく揺れ続ける。


「ば、馬鹿な……。青の光(カエラム)だと……っ! あの小僧にそんな力が……」


 メルザリッテの背後を仰ぎ見ながら、ベリアルが口をだらしなく開閉していた。

 カエラム。

 それはもっとも上質なアウラの光。


 ああ……ついに、ついに……。


 見ずともわかる。

 蒼翼を背負いしその気高き姿を、ずっと待ち続けてきたのだから。

 涙が溢れ出そうになるのを堪え、主の誕生を祝福せんがため。

 メルザリッテは咆える。


「あのお方こそが我がアムールの長、ベネフィリア様が唯一の子にして滅び行くこの天と地と狭間の世界の希望となられるお方、ベルリオット様であらせられる」


 剣を突きつけ、低く言い放つ。


「たかがベリアルに毛が生えた程度。我が主に敵うと思うなよ」


 ベル様……。


 すべてのアウラはあなた様と共にあります。


 どうか、御武運を。



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