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◆第三十四話『一縷の望み』

 その一瞬。

 リズアートは驚愕に目を見開いた。


「ぐは――っ」


 “彼”が、何の前触れもなくイオルの後頭部を掴むと、全体重を乗せて地面に叩き伏せたのだ。

 不意打ちだったためか、それとも抵抗する気がなかったためか、イオルはされるがままだった。

 もっとも、抵抗したところでイオルがどうにかできる相手ではない。


 “彼”は、グラトリオ・ウィディール。

 リヴェティア騎士団団長にして、リヴェティア最強の騎士である。

 あまりに唐突だったため、リズアートは目の前で行われている惨事に瞬時に反応できなかった。


 いかに武官同士であっても、このような仕打ちは度を越えている。

 まるで罪人を扱うようではないか。

 しかも、イオルがなにか不始末をしでかしたなどという報告は一切入ってきていないのだ。

 目の前で行われた暴力行為を許せるわけがない。


「グラトリオ!? あなたなにをっ」


 リズアートの叫びが聞こえなかったのか。

 いや、そんなはずはない。

 あえて聞こえないふりをしているのだろう。

 底冷えのする声が、グラトリオの口から放たれる。


「イオル……。まさかお前が裏切るとはな。よもや陛下の美貌に惑わされでもしたか? ん?」


 グラトリオはなおもイオルの顔を地面にこすりつけていた。

 イオルが必死に口を横にずらすと、土混じりの唾液を吐き出した。


 ――裏切る。


 その言葉から、リズアートは先ほどイオルが言っていた“あの方”を思い出した。

 目の前で行われた突然の事態に一瞬忘却してしまったが、グラトリオが現れたときのイオルの怯えた様子。そして目の前の所業。それらは“あの方”の正体がグラトリオだということを明確に告げていた。

 イオルが苦しげな表情をしつつも、瞳に悲しみを宿す。


「団長……もうお止めに……っ!」

「なんだその目は? お前は自分の立場をわかっているのか?」


 残虐な仕打ちとは裏腹に、グラトリオはまるで作業を行うかのように淡々としていた。

 目の前で行われる非道を前にして、リズアートの善の心が奮い立つ。


「止めなさいグラトリオ! それ以上は許しません! あなたとて元老院に睨まれたくはないでしょう!」


 イオルは元老院の遠戚にあたる。

 その彼の身になにかあれば、全大陸に大きな影響力を持つ元老院が動く。

 それはグラトリオとて望むことではないだろう。

 しかしそのリズアートの考えは、グラトリオの言葉によって打ち消される。


「陛下はどうやら勘違いをしておられるようだ」

「どういうこと……?」

「そもそもこれは、とうに元老院から見捨てられた身。これが死のうが奴らがなにかを言ってくることはない。言ってきたとしても、それはこれの身を案じてではなく、なんらかの利権が絡んでいなければありえない。つまり、これが陛下の護衛を任されたのはこのわたしの独断であり、元老院の指示によるものではない」


 イオルの強引な昇進は、元老院の後ろ盾あってのことだとリズアートは思っていた。

 それが違った。

 イオルに立場的な権力を持たせるのが目的でなければ、狙いはいったい――。


「なぜ、という顔をしておられるな。すべてはログナート卿を陛下から引き剥がすため。あやつは実力はもちろん、頭も切れる。わたしの計画が……そう、陛下を持て成す最高の舞台を邪魔されかねないと思い、退場していただいたのですよ」


 そのグラトリオの発言は、つい先刻の、イオルの言葉をリズアートに想起させた。


 ――陛下はあの方にお命を狙われているのです!


 それが真実ならば、あの方……つまりグラトリオに、リズアートは命を狙われているということになる。

 恐怖するよりも、なぜグラトリオが、という疑問が脳内を支配した。

 グラトリオとは上手く付き合えていた。

 恨まれるようなことはしていないはずだ。

 少なくともリズアートはそう思っていたから、なおさら脳が混乱する。


「そこまでして……どうして、わたしを――」

「どうして、だと……? 貴様がそれを言うかぁっ!!」


 血走った眼がリズアートを射抜いた。

 普段、悠然たる態度を崩さないグラトリオだからこそ、その取り乱した姿にリズアートは戦慄を覚えた。


「リヴェティアが、わたしにしてきた仕打ちを忘れたとは言わせんぞ」


 語調を落ち着かせたものの、滲み出る怒りは隠せていない。

 震える唇で、グラトリオは紡ぐ。


「十年……十年だぞ? それほどの時が経ったというのに、なぜ王家は、騎士団は……いや、リヴェティアすべての民が、今も亡くなった奴の名などにすがっている!? なぜ死んだ奴のことなどを讃え続ける!? わたしは、奴が亡くなってからもリヴェティアに尽くしてきた! 団長として騎士を率いリヴェティアを守ってきたのもわたしだ! なのになぜだ! なぜ誰もわたしを見ようとしない! わたしは……」


 過呼吸気味になったグラトリオが、今にもはち切れそうな青筋を立てる。


「わたしはライジェルの代役などではないっ!!」


 それは言葉通り。

 十年もの間、グラトリオが積み重ねてきた妬みが凝縮された悲痛な叫びだった。

 直感的ながらも、リズアートはそう思った。

 ライジェル・トレスティング。

 グラトリオの同僚だった人であり、先代の騎士団団長だった人でもある。

 その剣の腕は、全大陸間でも比肩できる者はいないと言われたほどで、後に《剣聖》の称号をレヴェン国王より直々に貰い受けた。


 実力だけでなく、誰に対しても――例え王相手であっても分け隔てなく接するその人柄は、粗雑ながらも多くの人を魅了し信頼を得ていた。レヴェン国王もそのうちのひとりであり、ことあるごとにライジェルの名を出していた。

 リズアートも幼い頃に暇を見つけては遊んでもらったことがある。そのときは友達感覚でしかなかったが、時を経て彼の経歴を知る度に評価が尊敬へと変わった。


 集めた人心で言うなれば国王すら敵わないのではないか。

 それほどの圧倒的存在感。

 ゆえに彼が亡くなった今でも、ライジェルがいれば、と口に出さないまでも誰もがそう思っていることは否めない。仕方のないことでもあるが、引き合いに出される身としてはたまったものではないだろう。


 現騎士団団長であるグラトリオは、悠然とした態度の裏に、ずっと押し込めてきたのだ。

 ライジェルと比べられることの辛さを。

 その想いにリズアートは気づけなかった。

 彼の前でライジェルを惜しんだことは一度や二度どころではない。

 グラトリオもライジェルの死を惜しんでいると思っていた、なんてことは言い訳に過ぎない。

 誰も見ようとしない、という彼の言葉はまさにその通りで、リズアートの心に深く深く突き刺さる。


「グラトリオ、あなた……」

「わたしに同情するか……しかし、これを聞いてもそのような目ができるかな」


 落ち着きを取り戻したのか。

 不敵な笑みを浮かべたグラトリオが、まるで歌でも歌うかのように滑らかに言った。


「――レヴェン国王の暗殺を計画したのは、このわたしだ」


 リズアートの全身が硬直した。


 グラトリオがお父様を……?


 衝撃の事実が正常な思考を阻害する。

 いや、衝撃ではない。

 むしろ予想できたはずだ。

 これまでの話から察するに、グラトリオは王家……いや、リヴェティアそのものを憎んでいる。


 リズアートの父であるレヴェンは、何者かによる謎の遠隔攻撃で暗殺された。

 それを計画したのがグラトリオだという。

 あのとき誰よりも早く敵に向かって行ったのは演技だったと言うのか。

 あの怒り狂う姿が演技だったと言うのか。

 とんだ茶番だ。

 そしてその茶番によって父は殺された。


 沸々と怒りがこみ上げてくる。

 全身を動かさんと血が煮え滾る。

 荒くなる呼吸と共に、本能のままアウラを取り込もうと――したところで咄嗟に自制が働いた。

 もし女王という立場でなければ、ただの娘だったならば、リズアートは間違いなく自分の身も顧みずに飛び掛かっていただろう。


 だが、この命はひとりのものではない。

 王の血は《繋ぐ力》として、リヴェティア大陸そのものを背負っているのだ。

 ここで死んではならない。


 抑えなさい……。抑えるのよ、リズアート……っ!


 血が出るほどに下唇を噛み、握り拳を作る。

 痛みが、冷静さを取り戻してくれる。


「おや、おてんばな陛下のことですから、これを聞いた途端、斬りかかってくるかと身構えていたのですが……どうやら杞憂だったようだ」

「……あなたに挑んで勝てると思うほど馬鹿じゃないわ」


 冷静になっただけで、怒りがなくなったわけではない。

 リズアートがグラトリオに向ける瞳は、完全に敵意剥きだしのものに変わった。


「陛下……どうかお逃げ――」

「黙れ」


 短く冷淡に告げながら、グラトリオはイオルの背に足裏を押し付けた。

 声にもならない呻きが、イオルの口から漏れる。


「あ、貴方の道に、わたしの目指すべき道はありません……」

「黙れと言っている」

「たしかにわたしは傀儡です……。すでに敷かれた道の上しか歩けない。歩いてこなかった。ですが……ですが……っ!」


 涙ながらにイオルは訴え続ける。


「陛下は道を示してくだった! この足で歩くことを許して下さった!」

「傀儡風情がっ! 好き勝手に歩けるとでも思ったか!」


 ついに激情したグラトリオがアウラを纏い、イオルを思い切り踏みつけた。

 地面に穴を作り、イオルの身体が減り込む。

 信じてくれたひとりの臣下のために、たとえ敵わないと思っていても挑みかかるのが王として正しいのかもしれない。けれどその信じてくれた臣下は、自分のことなど端に置いて、リズアートに逃げろと言ってくれた。

 彼は知らないまでも、リズアートにはこの場から今すぐにでも逃げなければない理由がある。

 生きて《飛翔核》の元へと行かなければならない。


 すでに正午は過ぎてしまっているだろう。

《運命の輪》がリヴェティア大陸から遠ざかる前に、《飛翔核》にアウラを注がなければ大陸は下降し続ける。シグルがはびこる地上へと大陸が落ちてしまう。

 そしてそれは、繋ぎの役割を持つリズアートが死んでも同じ結果になる。


 一瞬の逡巡を経て、リズアートはグラトリオに背を向け駆け出した。

 悔いる想いはあれど、自分は行かなければならない。

 走りながらすぐさまアウラを纏い、脇目も振らずに飛翔した。


 中庭と、《飛翔核》への入り口がある王室礼拝堂は同じ階層だ。

 時間はさほどかからない。

 だが追いかけてくる相手はあのグラトリオだ。

 普通に競ったのでは勝ち目がない。

 ならば、とリズアートは大気を震わし、叫ぶ。


「誰か! 誰か騎士を呼んで! 早く!」


 城内を全力で飛び回るなんて初めてのことだった。

 幅広の通路をひとり翔ける。

 だが、おかしい。

 ひと気がない。

 城内の異変を感じ始めて間もなく、礼拝堂への最後の角を曲がったそのとき――。


「――っ」


 リズアートは眼前の光景に絶句した。

 騎士が、見るも無残な姿で転がっていたのだ。

 一目で死体とわかるほど、多量の血が溢れ出ていた。

 離れたところにも死体が転がっている。

 侍女の身体もあった。

 三年前からリズアートの世話をしてくれていた人だった。


 声が出ない。

 思考が働かない。

 自分が追いかけられているということも忘れて、リズアートはその場に立ち尽くしてしまった。

 背後に気配があった。

 すでにグラトリオが追いついていたのだ。


「逃げたのは良い判断です、陛下。しかし貴方に用意された正解はもうない。絶望しか待っていないのですよ」


 グラトリオはいつでも追いつけたのではないか。

 この惨劇を見せるために泳がしたのではないか。

 そう、リズアートは思った。


「力ある騎士は外縁部へ。そして残った騎士はご覧の通りです」

「あなた……本当に……」


 堕ちるところまで堕ちたのね、と振り向きざまに憐れみの目を向けた。

 瞬間、心窩に強烈な打撃を加えられた。

 逆流してきた胃液を吐き出しながら、リズアートはくずおれた。


 腹を押さえる。

 はいつくばる。

 苦しい。

 なにもできない。

 乱雑に髪を掴まれ、顔を上げられた。


「騎士の命など、これから起こることを考えれば瑣末な問題。……では行きましょうか、陛下。貴方様を最高の舞台へと招待しましょう」




 髪を掴まれ後ろ向きで引きずられながら、リズアートは王城第三階層まで連れられた。

 謁見の間から、テラスへ。

 そこから通じる天空の間へと、グラトリオがゆっくりと歩む。


 道中に見た死体の数は優に十を超える。

 おそらくまだ他にもあるのだろう。

 乱暴に運ばれたため、身体の節々が痛かった。

 先ほど受けた打撃で肋骨の下部を確実に折られている。

 頭部に至っては髪を引っ張られっぱなしで痛みより熱さが増していた。

 ぼろぼろだった。


「なにが目的なの……」


 ぽつり、とリズアートはこぼした。


「王にでもなるつもり……。けどあいにくね、貴方のような下衆がなれるほど、王の資格は安くないわよ……」


 繋ぐ力がなければ王にはなれない。

 それをグラトリオは知らないはずだ。

 なにもかも彼の思惑通りに進んでいるのが気に食わなくて、せめてもの抵抗を見せたかった。だが――、


「王、か。初めはそれもいいと思っていたが……違う。そもそも王に成り代われぬことぐらい陛下がもっとも存じているはずでしょう」


 返ってきた言葉は予想外のものだった。

 黙り込んだリズアートに、グラトリオが勝ち誇ったように微笑む。


「なにを今さら驚く必要があるのです。わたしとて無駄に十年も団長を務めていない。それぐらいは突き止めている」


 今思えば、騎士団長であるグラトリオにレヴェンが王家の秘密を教えていないのは不思議な話だった。もしかするとレヴェンは、本能的にグラトリオの裏を感じ取り警戒していたのかもしれない。


 それに繋ぐ力は、なにもリヴェティア王家に限ったことではなく、他大陸の王家にも通じる。

 騎士団長という立場から、グラトリオが他大陸から情報を仕入れるぐらい難しくはないだろう。


 グラトリオは王家を恨んでいる。

 その復讐の果てに、王に成り代わろうとしているのだと思ったのだが、彼は違うという。

 では、なにをしようとしているのか。

 リズアートが思考を巡らせる中、グラトリオが足を止めた。


「目的、と言いましたな……」


 言いながら、グラトリオはリズアートの髪をさらに強く引っ張った。

 低いうめき声をあげながら、されるがままリズアートは振り向かされる。


「わたしが望むのはリヴェティア大陸の崩壊。ただそれだけだ」

「あ……あっ……」


 天空の間からは前庭を含め王都全体を見渡せる。

 その王都が、大城門前から前庭を除いてうごめく黒い粒で埋め尽くされていた。

 黒い粒がシグルなのだということを、リズアートは直感的に理解した。


「陛下はこの特等席で崩壊する様子を見られるのだから感謝して欲しいものだ」


 あちこちで煙があがっていた。

 断続的に轟音が聞こえてくる。

 どうしてシグルがこんなにも王都に入り込んでいるのか。

 決まっている。

 この男が、グラトリオがやったのだ。


 見ていられなくて咄嗟に目を背けた。

 だが、グラトリオに無理やり正面を向かされる。

 目を閉じた。

 だが目蓋すらも持ち上げられた。


「見ろ! 見ろっ! 見ろぉおおおっ!!」

「いやっ…………いやっ!」

「どうだ、どんな気持ちだ! 貴様が愛した大陸が目の前で滅びていくのはいったいどんな気持ちなのだ! 是非ともわたしに教えていただきたいっ!」


 グラトリオの叫びなど聞こえなかった。

 目の前の惨劇に、ただただリズアートは心を焼かれるような想いだった。

 大粒の涙が頬を伝って流れていく。


 お父様……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!


 父から正式に譲り受けたわけではない。

 グラトリオによって殺されたレヴェンに代わり、急遽リズアートは王となった。

 望んだ形では到底なかったが、それでも王になったことには変わらない。

 その責務を立派に果たして見せようと思っていた。

 なのに――。


 わたしはリヴェティアを守れなかった……っ!


 悔しい想いが、今も流れる涙のように際限なく溢れ出てくる。


「いい貌だ! その絶望に満ちた貌こそが、わたしを満たしてくれる! わたしを解放してくれるっ!」


 グラトリオの恍惚の叫びが、纏わりつくように耳朶に触れる。


 誰か助けて……。


 誰か――。


「…………ベル、リ……オット……」


 無意識に出た言葉、名前だった。

 自分でも驚いた。

 この状況で近場にいない人物を口にしたこともそうだが、ずっと護衛を務めてくれていたエリアスではなく、ベルリオットの名前が出たことが意外だったのだ。しかし今はもう、この状況をどうにかしてくれるのは、きっと彼しかいない、という思いが、リズアートの中に強く生まれていた。


「ベルリオットが……なんとかしてくれる……」


 根拠などない。

 けれど言葉にするだけで力が湧いてくるようだった。

 不思議と涙が止まった。

 しっかりと王都全体を視界に入れられた。

 目の前の惨劇に心から向き合えた。


 まだ大丈夫。


 まだ大陸が落ちたわけじゃない。


 なによりまだわたしは生きてる――!


 希望が、胸の中に芽生え始める。

 グラトリオが鼻で笑った。


「アウラが使えたときならまだしも、また出来損ないに戻った今では奴にどうにかできる力などない。大事をとってディザイドリウムに送ってやったが、今思えばここで陛下と同様に見物させてやるのも悪くはなかったな」


 言葉ほど口惜しいという感じはなかった。

 しかしリズアートの意志の宿った瞳を目にすると、グラトリオは眉間に皺を寄せた。


「よもや惚れたか。たかが寝屋を共にした程度で心奪われるとは……陛下も年頃の女というわけか」


 惚れたわけではない、と思う。

 ただ、彼の名を心に思い浮かべると不思議と力が湧いてくるのだ。

 自分はグラトリオに負けたかもしれない。

 けれど心だけは折れたりはしない。

 それを証明するためにも、どうにかできるわけではないとわかっているのに、最後の抵抗にと禁句を口にする。


「ベルリオットはあなたなんかに負けないわ……なんたって、あなたがずっと勝てなかった、ライジェルの血を引いてるのだから」

「その名を口にするなぁああああっ!!」

「ぐっ」


 空いた手で首を絞められた。みちみちと指が減り込む。

 息ができない。視点が定まらない。


「思い上がるなよ! 今、お前の命がわたしの手にあることを忘れるな! いつでも殺せる! ただ貴様は絶望を味わうために生かされているのだ!」


 唾がかかりそうなほどの距離で、グラトリオが叫ぶ。

 その狂騒状態から、いかにライジェルという存在が、彼の中で比重を占めているのかがうかがい知れた。


 彼を取り乱させることができた。

 けれどそれだけ。

 本当はなにもできていない。

 自分の無力さを感じるとともに、ついに思考が働かなくなってきた。

 酸素が脳に回っていないのだ。

 耳元で喚くグラトリオの声が遠のいていく。

 視界もうっすらと黒ずみ、暗転していく。


 ああ、わたし、死ぬのかな……。本当になにもできなかったな……。ごめんね、お父様……。ごめんね、皆……。


 ――リズアートッ!!

 

 唐突に意識に割り込んできたその声は、今、この場にはいないはずの人物のものだった。

 けれどリズアートは幻聴でもなんでもないと確信していた。


 やっぱり来てくれた。


 その思いで胸が満たされたとき、意識が途絶えた。



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