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◆第二十九話『女王』

 城に出向くや、ベルリオットは二人の王城騎士に左右から挟まれた。

 物々しい待遇に面食らったが、それが歓迎ではなく警戒からくるものだとわかってからは、皮肉なことにいくらか気が楽になった。

 通路、階段を経て、連れられたのは二階の来賓室。

 それから待たされること半刻ほど。

 ようやく案内された会合場所は予想通りというかなんというか……。


 玉座の間であった。

 とてつもなく開放感のある部屋である。

 屋敷としてはそれなりに大きい部類に入るだろうトレスティング邸が、軽く四つは入ってしまうのではないか。それほどの広さだ。


 部屋を囲む白壁は傷ひとつなく、天高くまで伸びるように屹立する。

 天井には彫刻が施されているが、あまりに高いためなにが描かれているのかはわからなかった。床の中央には幅広の赤い絨毯が敷かれ、その両脇には十人ほどの王城騎士たちが並ぶ。

 最奥部は三段高くなっており、その先に玉座があった。

 座っているのは、リズアート・ニール・リヴェティア。

 つい先日、亡き国王レヴェンに代わり戴冠したばかりの、リヴェティア王国の女王である。


 訓練校のときとは違い、彼女は髪を後ろで高く結い上げていた。

 薄く引かれたルージュ、純白に金糸で模様付けされたドレス、至る所に身につけられた豪奢な装飾品は、彼女の美しさを存分に引き立て、可愛らしかった彼女の印象を厳然なものに仕立て上げていた。

 そしてそれは同時に、目の前にいるリズアートが、これまでの彼女とは違うのだということを、ベルリオットにはっきりと認識させた。


 ぼうっとしていると、リズアートと目が合った。

 お互いにはっとなって表情を緊張させる。

 一瞬、彼女の瞳が憂いを帯びたような気がした。

 かと思うと、すぐに目を伏せ、目蓋がふたたび開けられたそのときには、きりりとした眼がそこにあった。


 ベルリオットはなにか声をかけようと思ったが、上手く頭の中でまとまらない。

 それでもなにか言わなくてはならないという、自分でもわけのわからない衝動に駆られた。

 搾り出すように声を出す。


「あ、あのさ――」

「無礼者がっ! さっさと頭を下げろ!」


 と、ベルリオットを連れてきた両脇の王城騎士に無理やり片膝をつかされ、頭を下げさせられた。

 いってぇなあ、と心の中で愚痴をこぼしながら、しかし自分が働いていた無礼を考えれば当然だと思い反省する。

 非常に不愉快な気分だったが、されるがまま頭を下げ続けていると、抑えていた王城騎士の手が放れた。


「申し上げます! リヴェティア騎士訓練校よりベルリオット・トレスティングをお連れしました!」


 右側にいた王城騎士が言った。


「面を上げなさい。ベルリオット・トレスティング」


 リズアートの声は凛としてよく響いた。

 彼女は女王として自分の役割を果たしている。

 そう思った。

 ふぅと息をつき、ベルリオットは気持ちを入れ替えた。


 顔を引き締め、ゆっくりと顔を上げる。

 先ほどはリズアートにばかり目がいってしまい気づかなかったが、段差手前の端にグラトリオとエリアスが立っていた。

 ベルリオットを呼び出したのがグラトリオで、エリアスはリズアートの護衛を担っている。

 この場にいても不思議はない。

 ふいにリズアートが表情を弛緩させたかと思うと、呆れ気味に口を開いた。


「それで……グラトリオ。彼まで呼び出しておいて、いったいなんの話なのかしら?」


 ベルリオットは耳を疑った。

 まさかリズアートが事前に話を聞かされていないとは思いもしなかったのだ。

 詰問するかのようなリズアートの言葉を受け、グラトリオが粛々と語りだす。


「実は元老院より陛下に向けて書状が送られてきました」

「なっ」


 リズアートが驚いた声をあげた。

 声こそ出ていないものの、グラトリオを除いた騎士たちも動揺を隠せていないのが衣擦れの音から伝わってくる。


 元老院とは、各大陸を統べる王たちの相談役である。

 彼らは現国王たちの血を絶やさないことをなによりも優先する。

 そのため各大陸間で争いが起こらないよう、また国が上手く回っていないときなどに強く干渉してくる。満六十歳の、各大陸の王族に連なる者たちで構成されており、各国の貴族との繋がりも強い。

 王であっても無視できない発言力を有している。


「ちょっと待って。その前に、どうしてわたしに直接じゃなくて貴方を通してなの? おかしいじゃない」

「恐らくは陛下を気遣ってのことかと思われます。……その、まだ日が浅いですから」


 躊躇いがちに口にしたグラトリオの言葉に、リズアートの表情がわずかに歪む。

 日が浅いとは、レヴェン国王が死んでからのことを言っているのだ。

 そして傷心のリズアートを気遣った配慮だと言う。


 レヴェンが暗殺されたあのときの、リズアートが嘆き悲しんでいた姿が思い出される。

 恐らく今でも彼女はレヴェンの死を振り切れていないだろう。

 しかしそれでも、ベルリオットが謁見の間に現れてからこの方、毅然とした態度を取り続けている。

 そんな彼女からは、王としての気位を保つ意志の強さが見て取れた。


「気に食わないわね。まあ……いいわ。それで書状は?」

「こちらに――」

「あー、いいわ。内容を言ってちょうだい」


 身に纏った衣服とマントの中に、グラトリオが手を忍ばそうとしたところ、リズアートが遮る。

 なんだか様子がおかしかった。

 まるで書状の内容がわかっていて、それについて嫌気があるようだった。

 渋面を作ったグラトリオが、重々しく口にする。


「……陛下のお相手に、ディザイドリウム王国フルエル公爵家の長男、ウィーグ様をご推薦なされています」


 直後、静寂が場を支配した。

 グラトリオの言葉を、ベルリオットはすぐに理解できなかった。


 お相手? 公爵家の男? 推薦?


 と単語が現れては上手くかみ合わずに流れていく。

 ため息をついたリズアートが沈黙を破る。


「王族がわたしひとりになった時点で、ある程度は予想していたけれど……。まあ、むしろ遅いぐらいかしら。でも、こうも予想通りだと笑えてくるわね」


 苦笑する。

 その痛ましげな笑みがベルリオットを落ち着かせた。

 徐々に頭の中が整理されていく。

 つまり、グラトリオが口にした公爵家の男をリズアートの結婚相手にどうか、と元老院は言っているのである。

 リズアートが結婚するかもしれない。

 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、胸の奥底がざわついた。


 落ち着かない。

 なんとか抑えようと下唇を噛んだ。

 思い切り両手を握り締め拳も作った。

 だがそれらは逆効果だった。

 抑えようとすればするほどざわつきはどんどん強くなっていく。


 なんだよ。別にあいつが誰と結婚しようが関係ないだろ……。


 やがてざわつきが苛立ちへと変化していた。

 収まらない苛立ちと格闘するベルリオットを余所に、グラトリオがおそるおそる伺う。


「いかが……いたしましょうか」

「フルエル家の長男って言ったら、あのいけすかない人よね……最悪だわ。かといってあの爺さんたちの意見を無視するわけにもいかないし」

「陛下、他の騎士たちの前ですので」

「わかってる。わかってるわよ……。ああ、もうっ。ほんっと最悪……」


 玉座の肘掛に体重を預けるや、リズアートは目頭を揉みながらため息をついた。


「実は先方からすでに会談の申し出がきております」

「……時間をちょうだい。今は政務に集中したいの。少なくとも一週間は欲しいわ。どうせ子どもなんてすぐにできるわけじゃないんだから、別に問題ないでしょ」

「ひ、姫様っ。そ、そんな直接的なっ!」


 リズアートの露骨な物言いにエリアスが過敏に反応する。

 他の騎士たちに至ってはあからさまに視線をそらしていた。

 そんな空気に嫌気が差したのか、はたまた先刻からの苛立ちか、リズアートがまた呆れ気味に大きなため息をついた。


「ただ、ひとまず断るとしても早急に返事が必要かと。できれば明日にでも」


 明日はリヴェティアの《災厄日》である。


「あっちは上がって間もないからその方がいいでしょうしね」


 ディザイドリウム大陸は、リヴェティア大陸の前に《運命の輪》より《飛翔核》にアウラを注がれる。つまり、リヴェティアがもっとも下降する日に、ディザイドリウムはもっとも上昇しているのだ。


 ゆえにディザイドリウムにとって安全で都合の良い日は、リヴェティアの《災厄日》になる。

 リヴェティアにとっては《災厄日》であっても戦力さえ整っていれば危険はほとんどない。

 加えて、平均高度がもっとも低いと言われるディザイドリウムへの配慮を考えての決定だろう。


「あとは相応の人物、か」

「そのことなのですが、どうやらあちらもすぐには受け入れられるとは思っていなかったようで。先方から『噂になっている赤いアウラ使いの少年』つまりそこにいるベルリオット・トレスティングを一目見たいので是非彼を勅使に、と」

「お、俺ですか?」


 自分を指差しながら、ベルリオットは目を瞬かせる。

 この場に呼び出されて以来、蚊帳の外に置かれたまま話が進んでいるように思えた。

 だから他人事のようにリズアートたちの話を聞いていたのだが、まさかこんな唐突に話を振られるとは思いもしなかった。


 それにしても、赤のアウラ使いの少年を見たい、とは相手は物好きな人なのだろうか。

 いや、物好きでなくとも見たいと思うのはおかしくない。

 なにしろこれまでに見たことがないアウラの色なのだ。

 知的探究心をくすぐられるのも理解できる。

 ただ、いかにその時期の悪いことか。


「ああ。行ってくれるか?」

「あー……。すごい言いにくいんですけど……俺、またアウラ使えなくなったんですよね」

「「えっ」」


 と揃って声をあげたのはリズアートとエリアスだ。

 リズアートは怪訝な顔をし、エリアスは目を潜め、複雑な顔をしていた。

 険しい顔つきで、グラトリオが訊いてくる。


「それは……本当なのか?」

「自分でもどうしてかはわからないんですが、モノセロスを倒してから、まったくアウラが反応しなくて。だからその、役に立てなさそうです」


 ふむ、と顎に手を当て、グラトリオは少し考えるしぐさをする。


「そうか。しかしあちらから直々の指名とあっては、たとえアウラが使えなくなったとしてもベルリオットには行ってもらった方がいいだろう。アウラの件についてはわたしから一言添えておく。……お願いできるか?」

「俺でいいのなら」


 即答した。

 そもそも訓練生とはいえ、形式上は騎士団に属しているのだ。

 団長であるグラトリオからのお願いは命令と同じである。

 それに今回に至っては女王リズアートも関わっているのだ。

 一介の騎士見習いであるベルリオットに断れるはずもない。


「ごめんなさいね、ベルリオット」


 弱々しい声で、リズアートが言った。

 無表情に近いが、わずかに眉尻が垂れていた。

 瞳には切なげな色が滲む。

 視線が合った直後、すぐに眼を逸らされた。

 ずきりと胸が痛む。

 その「ごめんなさい」には、面倒な仕事を押し付けたことによるもの以外の意味が込められている気がした。それがわかっていながら、ベルリオットは思いに反した言葉を押し出すようにして放つ。


「いや、いい……いいんです」

「っ――」


 リズアートがあからさまに悲痛な表情を見せた。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに凛々しい顔つきに戻る。


「しかしお言葉ですが、彼だけでは足りないかと。他にも誰か……」


 口を挟んだのはエリアスだった。

 彼……つまりベルリオットだけでは足りないというのは勅使としての格である。

 王女リズアートの使いともなれば、相応の位や名声を持った者でなければ釣り合わない。

 勅使にベルリオットを、と先方が名指ししているが文面通りに受け取ればリズアートの品格を疑われる。


 国王の死から政務は多忙を極めているはずで、自ずと宰相は外れるだろう。

 同様の理由で騎士団長のグラトリオも外れる。

 となれば残されるのは序列二位のユング・フォーリングスか、あるいは序列三位の……。

 ベルリオットの予想通りの答えが、グラトリオの口から聞かされる。


「ログナート卿。貴公にお願いしようと思っている」

「なっ――。わ、わたしですか?」


 驚愕するエリアスとは反対に、リズアートは予想通りといった感じだった。

 それでも納得しているわけではないらしい。瞳には諦観の色が浮かんでいた。


「まあ、ユングがいない今、エリアスしかいないわね……」

「で、ですが明日は《災厄日》です! わたしには姫様の護衛が――」

「明日はわたしも城に待機するから問題ない。それに護衛についても、すでに手配している。……入ってこい!」


 抗議をせんとしたエリアスの声を遮り、グラトリオが叫んだ。

 謁見の間にいる全員の視線が、入り口へと向く。

 グラトリオの呼びかけから間もなくして、王城騎士の白い制服に身を包んだ、ひとりの騎士が現れる。

 いや、騎士という言い方は相応しくない。

 現れた人物を見て、ベルリオットは思わず声をあげる。


「なっ!? い、イオルっ?」


 リベティア騎士訓練生、イオル・アレイトロスがそこにいた。




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