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◆第二十一話『ルーブラ』

 二十六日(ガラトの日)


 待ちに待った翌日、午後の演習訓練。

 演習内容は主にアウラの制御だ。

 棒形状の結晶武器を使い、身体に攻撃を当てられるか、又は武器を破壊されたら負け、という形式。訓練区の敷地全てを使っての生き残り戦である。

 いかに素早く動き、相手の攻撃を躱すか。

 正確な一撃を加えられるか、が重要になってくる。


「ははっ、みんなどうした!」

「これじゃガラスと大差ないじゃない!」

「硬度だけじゃねぇ! 速度も半端ねぇぞ!」


 南方防衛戦中に得た力。

 赤いアウラの力を、ベルリオットは存分に発揮していた。

 猛然と襲い掛かってくる訓練生たちを空中で翻弄する。

 攻撃を躱し、いなし、打ち返しついでに相手の結晶武器を破壊する。

 瞬く間に五人もの訓練生が脱落する。


 訓練生たちは、今やベルリオットだけを注視していた。

 この構図が成り立ったのは、演習が始まってすぐだ。

 ベルリオットがモノセロスを討伐したという噂。

 加えて赤色のアウラを使うという噂。

 ここ数日間、それらが訓練校では話題になっていたらしい。


 だからか、ある訓練生が噂の真偽を確かめようとベルリオットに挑んできた。

 そしてそれをあっさりと返り討ちにした。

 その瞬間からだった。


「くそっ、全員でかかるぞ!」


 遠目から様子を窺っていた訓練生たちが、息を合わせて仕掛けてくる。

 前方、後方、左右の四方に加え、さらに上下からの全方位攻撃。

 逃げ場はない。

 だが今や個体性能で圧倒するベルリオットにとって、彼らの選んだ道は愚策以外のなにものでもなかった。


 前方から迫り来る訓練生に突っ込む。

 驚愕に目を瞠る相手の結晶武器を即座に破壊し、瞬時に振り返る。

 先ほどまでベルリオットがいた場所に勢いを止めた訓練生たちが固まっていた。

 彼らとの距離を一瞬で詰める。

 構えられた武器をなぞるように軌道を描く。


 直後、重なり合うように、パリンッという乾いた音が鳴った。

 手から武器の感触を失った訓練生たちが呆気に取られる。


「モノセロスを倒したという噂は本当だったのか……」


 下で演習を見守る教師も目を丸くしている。


 はは……! いつも俺を馬鹿にしてた先生も驚いてるぜ。


 いつも見上げるだけだった自分が、今はこうして皆と同じ。

 いや、それ以上の場所に立っている。

 良い気分だった。

 悦に浸っていたベルリオットの、周囲の空気が乱れる。


「ごめん、ベルッ!!」

「もらったぜ、ベルリオットォオッ!!」


 訓練校序列第四位のナトゥール・トウェイルと同六位のモルス・ドギオンが、後方から揃って挟撃を仕掛けてきた。

 モルスは上空からの振り下ろし、ナトゥールは下方から突き上げる形だ。


「悪い――」


 振り向きざまにベルリオットは自らの結晶武器でナトゥールの突きをいなし、受け止めた。

 押し出すようにしてモルスの突撃線上から離れる。


「来るの、実は気づいてた」

「よ、避けんじゃねえ!」


 モルスが勢いのまま下方へと通り過ぎた隙に、ベルリオットはナトゥールの棒結晶を上へと払い、無防備な頭にちょこんと一突き。


「負け……?」

「負け」

「う~」


 痛くない程度に小突いたはずなのに、恨みがましく睨まれてしまった。


「ベェェェルリオットォォォォォオッ!」


 体勢を立て直したモルスが、物凄い勢いで下から突っ込んできた。

 色が薄めとはいえ、モルスはフラウム・クラスだ。

 他の訓練生が多く扱っているウィリディエ・クラスに比べて、彼の扱う黄色結晶は比較にならないほど硬い。

 ナトゥールに対しては本気を出さなかったが――。


 頑丈なモルスなら大丈夫だろ。試しにちょっとだけ本気出してみるか。


 逡巡しているうちに、モルスはすぐ傍まで迫ってきていた。

 先ほどのナトゥールと同じようにモルスは突きの構え。

 直情的なモルスの性格は攻撃方法を読みやすい。

 恐らく牽制や惑わすための攻撃ではない。


 なら――。


 ベルリオットは大上段に構え、モルスを迎え撃つ。

 モルスが突き出した棒の先端に向かって、自身の結晶武器を思い切り振り下ろした。

 モルスの棒結晶を破砕しながら、ベルリオットの武器は突き進む。

 直後、


「ごっ――!?」


 モルスの顔面にめり込んだ。

 そのまま容赦なく振り切ると、猛烈な勢いでモルスは落下、重い衝突音と共に、地上に激突。

 芝と土が飛び散った。

 うつ伏せで不恰好に倒れたモルス。

 ぴくぴくと動いているが、どうやらすぐに起き上がる気配はない。

 意識を失ったか。


「勝者、ベルリオット!」


 モルスの気絶を確認した教師が、演習の終わりを告げた。

 倒れたモルスを見て、近くで浮遊するナトゥールの表情がかたく強張っていた。


「う、うわぁ……」

「男だし、モルスだからな。しょうがない」

「モルスに生まれなくて良かったって、心の底から思ったよー……」


 悪意はないのだろうが、ナトゥールも酷いことを言う。

 とにかく、赤色結晶ならフラウム・クラスの結晶でも破壊可能なことがわかった。

 大きな収穫だ。

 それに。


「ナトゥールだけじゃなくてモルスまでやっちまいやがった!」

「もう《帯剣の騎士》なんて呼べねぇじゃねえか」

「こりゃあイオルすら食っちまうんじゃねぇのか!」

「やっぱりあいつは《剣聖》ライジェルの息子だったってことか!」

「わたし、ベルリオットはいつかやるって信じてたのよ!」


 ライジェルの息子、というのは余計だし、信じていた、という言葉は嘘だろうが。

 あちこちから聞こえてくる賞賛の声が、ベルリオットの気分を最高に心地良いものにさせてくれた。

 まだ授業中なのを忘れて、ベルリオットは空高くへと飛翔する。


 王都すべてを視界に収めると、思い切り息を吸い込んだ。

 すぅっと清涼感のある冷たい空気が、腹一杯に満ちた。

 ゆっくりと息を吐き出してから、眼下に広がる王都をもう一度じっくりと眺める。

 これまでの日常はどこか無機質で、それでいて圧迫感のあるものだったが、今は、これからは違う。


 ライジェルの息子なのに、なんて言葉はいらない。

 帯剣の騎士、なんて蔑称はいらない。

 アウラを使う、ひとりの騎士として。

 ベルリオット・トレスティングとして生きることができるのだ。

 腰に携えた剣を手に取り、天空に向かってかざした。

 強く、柄を握る。


 やっと……やっとだ……。


 止まっていた時計が、ようやく動き出した。

 そんな気がした。

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