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◆第二十話『帰還』

 二十五日(ティーグの日)


 目蓋越しに、ベルリオットは光を感じた。

 無意識的に目蓋を上げるが、眩しくてまたすぐに下げてしまう。

 そこからはもう、自分が寝ていて起きようとしているのだと自覚した。


 恐る恐る目を開く。

 感じていた光は窓から差し込む陽射しだった。

 ゆっくりと周囲を探る。

 壁脇に置かれた勉学用の机と椅子、部屋の中央には低めの机と、青みが強い青緑色の革ソファ。空きが目立つ、すかすかの本棚。調度品のどれもが、古めかしくも手入れが行き届き、大切に使われているのだと一目でわかる。


 見慣れた部屋。

 トレスティング邸の、ベルリオットの部屋である。

 ふと、足音が聞こえた。

 部屋の扉から、おしぼりやら水入りボウルやらが載せられたワゴンが覗いた。

 次いで、誰かが入ってくる。

 メルザリッテだ。


「――っ!」


 目が合った瞬間、彼女はその場から物凄い勢いで跳躍し、ベルリオットに抱きついてきた。


「ベル様っ!」

「ぐはっ」


 本気でむせた。

 ぼけーっとしていた半覚醒の状態に、これは正直言ってきつい。


「おいっ、メルザ――」

「良かった。本当に良かったですっ……ベル様、ベル様っ……」


 腹部に顔を擦り付けられ、メルザリッテに泣きじゃくられた。

 いつものようなおふざけではなく、本気で泣いている。


「い、いきなりどうしたんだよ、メルザ」

「どうしたもなにも、メルザはほんっとうに心配したのですよっ! 三日も目を覚ましてくれなかったのですからっ!!」

「三日も寝てた……? 俺が?」

「……はい。……モノセロスと戦った、と聞きました」


 顔を埋めたまま、メルザリッテがぐぐもった声を返してくる。

 モノセロスと戦った。

 その言葉で、ベルリオットはようやく意識を失う前のことを思い出した。


「そうだ。トゥトゥとあいつは……リズアートはどうなった? あいつら、俺よりも怪我酷かったんじゃないのか?」


 埋めていた顔を離し、メルザリッテは取り出した手拭で目元を拭う。


「気を失ってしまっていただけのようで傷の方はそれほど酷くはなかったようです。ベル様をお運び下さったときは、お元気のようでした」

「そうか」


 良かった、と口に出しそうになったが、咄嗟に呑み込んだ。


「ここにはエリアスが運んでくれたのか?」

「はい」

「じゃあ、一応礼を言わないとな。今、下にいるか?」

「いえ。その……」


 目をそらされた。

 なにか言い辛そうだったが、メルザリッテは意を決したように口を開く。


「リズアート様とエリアス様は、防衛戦の任務から帰ってきたその日に、城へとお帰りになられました」

「え?」

「リズアート様は以前、ガリオンの襲撃を受けた件に加えて、今回の件ですから……。国王陛下が心配なされるのも無理はないかと」


 つまり国王直々に戻るよう言われた、と。

 二度も命の危険に曝されたのだから、国王が過剰に反応するのは当然のことだし、懸命な判断だ。


「そうか……。あいつ、帰ったのか」

「寂しくなりますね」


 目を伏せ落ち込むメルザリッテとは違って、ベルリオットは言うほど心に衝撃を感じなかった。

 諦観……とは違う。

 近くこんな日がくるのだと、すでに心が準備していた感じだろうか。

 そもそもリズアートとは住む世界が違い過ぎたのだ。

 繋がっていたのは、ライジェルという最強の騎士を父親に持っていたからこそである。

 ライジェルが亡き今、同じ屋根の下で住んでいたことすら、奇妙な縁だったとしか言いようがない。


 ただ、引っかかっていることがある。

 それはモノセロスに襲われる前、リズアートが話してくれたことだ。

 本格的に政務に関わる前に、同年代の子たちが経験していることを彼女も同じように経験したいと言っていた。

 だから、訓練校にやってきたのだと。

 ほんの僅かな間だったが……。

 果たして、彼女は満足に願いを叶えられただろうか。


「まあ、そのうち帰ると言ってたからな。予定が少し早まっただけだ」


 そう口にして、なんだか言い訳している気分に陥った。

 その感情を自覚してしまったということは、そういうことなのだろう。

 なぜかばつが悪くなった。

 話題を変える。


「そういや……メルザ。俺、アウラを使えたんだ」

「エリアス様からお聞きしました。ベル様がアウラを使い、モノセロスを倒した、と。ベル様、よろしければメルザにも見させていただけませんか?」

「あ、ああ」


 アウラを使えたこと。

 自分で持ち出した話題なのに、ふたたび使えるかどうかの確認は、心の底で触れまいとしていた。もし使えなかったらどうしよう、という不安があったからだ。

 しかし、それは杞憂だった。

 体内に周囲の空気を取り込む動き。

 それを脳に描くと、驚くほど簡単にベルリオットの身体が赤い燐光で包まれた。


「目を覚ましてからさ、こうして実際に身に纏ってみるまで、あれは夢だったんじゃないかって疑ってたんだ。けど、本当だったんだな」


 メルザリッテがきょとんとしていた。


「赤色……?」

「ああ。以前、ガリオンの襲撃を受けたときに、赤色アウラを使うやつに助けてもらったって話はしたよな。たぶん、あいつと同じだと思う。珍しい色だけど、強さは確かみたいだ。あのエリアスでもかすり傷を負わせるのが精一杯だったモノセロスを、一撃で倒せたんだからな」

「もしかすると、ヴァイオラの上のクラスなのかもしれませんね」

「だとしたら、最強だな」

「赤色ですから、さしずめルーブラ・クラス、といったところでしょうか」

「ルーブラ・クラス……か」


 未だ淡く光る身体。

 力を確かめるように両手を握り締めると、ベルリオットはアウラの取り込みをやめた。

 改めて、じわじわと実感が湧いてきた。

 意識するとつい口元が緩んでしまう。

 ふと、メルザリッテが眉をひそめていたのが目に入った。


「……メルザ?」

「は、はいっ?」

「いや、難しい顔をしてたからな」

「い、いえ。なんでもありません。ようやく、ベル様もアウラを使えるようになったのだと思うと感慨深かったもので」

「ようやく、って。まるで待っていたみたいな言い方だな。このままずっと使えなかったかもしれないのに」

「ベル様なら、きっとアウラを使える日が来ると信じていましたから」


 微笑むメルザリッテは、相も変わらずベルリオットに絶対の信頼を向けてくれていた。


「さて、今夜はお祝いですね。張り切ってお料理作っちゃいますよーっ!」

「じゃあ、出来上がるまで俺はちょっと外に出てくるか。アウラで色々試したいしな」

「だ・め・で・す!」


 起きようとした瞬間、メルザリッテに思い切り押さえ込まれてしまう。


「怪我人は寝ていてください!」

「いや、目立った外傷もないし、お前が思ってるほど大したことないぞ? 身体もかなり軽いしな。むしろ、怪我する前より調子が良いんじゃないかってぐらいだ」

「それでも、です! 大体、倒れられたあとに三日間も寝られた方から、大したことがないと言われても説得力ありません! せめて今日一日は安静にしていてください」

「でもな――」


 空気が一変するぐらい、真剣な表情を向けられる。


「ベル様。……ベル様が運ばれてきたとき、メルザは心臓が止まってしまうかと思うぐらい、胸が苦しくなりました。やはりメルザもご一緒するべきだったと」

「お前が来たって、なにか出来たわけじゃないだろ」

「そうですが……」


 メルザリッテはしゅんっと落ち込んでしまった。

 その顔には、すべてを許してしまいたくなる力がある。

 なにが言いたいかというと、ベルリオットは彼女の落ち込む姿が酷く苦手だった。


「ったく……わかった、わかったよ。その代わり、夕食は飛び切り上手いもんを頼むぜ。腹、結構減ってるみたいだからな」


 腹を押さえて苦笑して見せると、メルザリッテの表情がぱあっと明るくなった。


「……はいっ! このメルザ、腕によりをかけてベル様のために最高の料理をお造りします!」


 笑っているときのメルザリッテが、やはり一番良い。

 見ているとこちらまで心が温かくなる。そんな感じだ。

 怪我をしたら心配してくれる人がいる。

 それがどれだけ幸せなことなのか。

 改めて知ることができた。


 そして、これほど心配させることはもうないだろう。

 なぜなら、ベルリオットはアウラを使えるようになったからだ。

 それも、ヴァイオラ・クラスを超えるかもしれない、強大な力を。


 すべては明日から、だな。


 これほど一日が長く感じたのは、生まれて初めてだった。

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