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◆第二話『帯剣の騎士』

 七大王暦一七三五年・八月十八日(ティーグの日)


 淡々とした抑揚のない声に眠気を誘われる。

 大口を開け、ベルリオット・トレスティングは思わずあくびをした。

 手で涙を拭うと、視界が鮮明になる。


 内壁を光沢のある石材で覆われ、床には木材が敷かれた箱型の広間。

 いくつも並べられた長机に、少年少女たちが黙々と向かっていた。

 全員が紺色基調の衣服に身を包み、正面の壇上にて鞭を執る人物の言葉に耳を傾けている。


 ここはリヴェティア騎士訓練学校。

 騎士を養成する学校だ。

 訓練生の数はおよそ二千。

 十二歳で入学後、十六歳で卒業し、晴れて騎士となる。


 ちなみにベルリオットは十六歳なので、一応は今年で卒業予定だ。

 授業課程については、戦闘訓練はもちろんのこと、他にも兵学や史実、地理等など騎士として大成するにあたって必要最低限の知識を与えられる。


「――トレスティング」


 そして今は知識を得るための授業中なのだが、如何せん眠たくて集中できなかった。

 おかげで教師の話す言葉も頭に入ってこない。

 ついに眠気が限界にきたベルリオットは、机に突っ伏そうとする。

 途端――、


「ベルリオット・トレスティング!」


 張り裂かんばかりの声が室内にひびき渡った。

 しんっと静まり返る。

 嫌々に声の主へと視線を向けると禿頭の男が目に入った。

 紺色の法服を着込み、本を片手に教壇に立っている。

 眉をひそめ、怒りをあらわにする彼は訓練学校の教師だ。


「授業中に寝るとはどういうつもりだ」

「俺、目をつむってるときが一番集中できるんです」

「仮にそうだとしても聞く態度というものがあるだろう。そんなことだからいつまでも《帯剣の騎士》と呼ばれるのだ」


 教師が放った言葉のすぐあと、周囲からひそめた笑い声が漏れた。

 同時に、いくつもの侮蔑の目がベルリオットに向けられる。

 ひどく居心地が悪かった。

 舌打ちをして、誰もいない中空へと視線をそらす。

 教師が咳払いをし、授業を再開する。


「我々が今いるリヴェティア大陸を含め、人は七つの大陸にわかれて住んでいる。それらの大陸すべてが浮いているわけだが、下降しすぎると問題が生じる。その問題とはなにか答えろ、ベルリオット・トレスティング」


 誰にでもわかるような問題だ。

 馬鹿にされているような気がして、わざとおざなりに答える。


「地上にはシグルと呼ばれる魔物がいて、大陸が地上に近づけば近づくほど、より強いシグルが襲ってくる。そんなわけでシグルは人類の恐怖の対象となっているが……さしあたって俺たち訓練生には先生の頭の方が恐怖ですね。あ~、眩しい眩しい」

「き、貴様っ……! 真面目に答えろ!」

「おっとこっちに頭を向けないでくれますか。目が開けられない」


 先ほどの仕返しと言わんばかりに大げさに演技をした。

 訓練生たちが一斉に腹を抱え、口を押さえる。

 みんな笑いを堪えているのだ。

 ベルリオットがしたり顔をすると、教師が舌打ちをした。


「調子に乗りおって……では続けて問題だ。大陸が浮かぶ理由を簡潔に説明しろ」


 またしても簡単な問題だ。


「大陸の中心部にある飛翔核(ジェクトロム・クリア)から注がれた大量のアウラが、大陸を浮かばせている」


 大気に満ちたあらゆる生物の意思に反応する力。

 それがアウラである。

 アウラを体内に取り込み、放出。

 そうすることで人は身体能力を飛躍的に上昇させ、さらに空を飛ぶこともできる。


 使用したアウラはまた大気に戻るため、人がアウラを使っても消滅することはない。

 つまり循環しているのだ。

 アウラは様々な動力に使われ、生活には切っても切り離せない存在となっている。

 さらに教師の問いが続く。


「《飛翔核》のアウラは無限ではなく、消費するにつれて大陸は下降していく。では《飛翔核》のアウラを補充する方法として現在、確立されている方法は?」


「七大陸の内側に存在する《運命の輪》と呼ばれるものが、一日ごとに各大陸を順番に回っている。つまり七日に一度、それは大陸に接近する。そのとき《運命の輪》から勝手に《飛翔核》が大量のアウラを吸収してくれるから、俺たちはなにもしなくていい」


「まあ、そうだが。しかし近年、隣国のディザイドリウム大陸の平均高度が下降傾向にある。この現象についてはまだ明らかにされていないが、ベルリオット・トレスティング。きさまの見解を述べよ」


 やけに簡単な問題が続くと思っていたが、どうやら伏線だったらしい。

 最近の話題ではあるが、上手く整理して答えられそうになかった。

 学問に目をそむけていたつけが回ってきたようだ。


「どうした? わからないのか?」


 教師に勝ち誇った顔を向けられ、ベルリオットは思わず下唇を噛む。


「……ベル」


 右隣からささやく声が聞こえてきた。

 見やると、そこには褐色の肌をした女の子が姿勢正しく座っている。

 頭の片側でひとつに結った銀髪、かなり慎ましやかな胸が特徴的な彼女の名前はナトゥール・トウェイル。

 ベルリオットとは違ってナトゥールは優等生だ。

 ひそめた声とはいえ授業中に声をかけてくるとは珍しい。


 ナトゥールが机をとんとん、と指で小突いた。

 促されるまま視線を落とすと、机の上を滑らすようにすっとノートを差し出される。

 ノートに書かれた内容を目にして、ベルリオットは不敵な笑みを浮かべた。

 顔を上げ、自信満々に回答する。


「常循環アウラと呼ばれるものがある。これはアウラを取り込み、放出するまでにかかる時間。つまりアウラが大気に触れていない間は、“無い”ものとして扱われているという説から生まれた言葉である。

 アウラは大陸が浮遊するための動力でもあるのだから、この常循環アウラが増えれば増えるほど大陸の上昇は阻害される。

 もちろん《運命の輪》から《飛翔核》を通じて大陸に注がれるアウラの量は膨大なため、ちょっとやそっとで影響が出るほどではないが、ディザイドリウムの常循環アウラは全大陸の中でも圧倒的に多いため、目に見えてわかるほど弊害が出ている、というわけである。……どうですか?」


 睨むようにじっと見つめてきたあと、教師が不機嫌極まりないといった表情で鼻を鳴らした。


「ナトゥール・トウェイルに感謝するんだな」

「ばれてましたか」

「当たり前だ。もういい、座れ。あ~、今ベルリオット・トレスティングが言ったものが、今もっとも有力視されている説だ。他にも諸説あるが――」


 とりあえず一難は去った。

 が、頭を使ったせいかどっと疲れてしまった。

 睡眠をとりたいところだが、また教師に絡まれても厄介だ。

 子守唄にも勝る声を耳にしながら、ベルリオットは必死に寝るのを我慢した。




「ありがとうな、トゥトゥ。おかげで助かった」

 ナトゥールと共に、ベルリオットは石敷の道を歩いている。

 左右には青々とした芝が視界一面に広がっていた。

 訓練生が各々、敷物の上で食事をしたり、会話を楽しんだりしている。


 時刻は十一時過ぎ。

 授業間の休憩で、腹ごしらえのために食堂に向かっているところだ。

 先ほど授業を受けた講堂とは別の建物にあるので、中庭を横断する渡り廊下を通っている。


 肩を並べるとわかるが、ナトゥールの身長は女性にしては高い。

 ベルリオットと同じで、成人男性の平均身長とそう変わらない。

 ナトゥールが目の前に踊り出てきた。

 後ろ歩きをしながら、上目遣いに顔を覗き込んでくる。


「ん、どういたしまして。でもダメだよ……? 授業はちゃんと聞かなきゃ」


 人差し指をたてて注意するナトゥールの姿はベルリオットの保護者さながらだ。

 普段は他人に対して強く出ない彼女だが、ベルリオットに対してだけは遠慮がない。

 気恥ずかしさから、ベルリオットは思わず頭をかいてしまう。


「でも眠いのはどうしようもないからな」

「だからって本当に寝ようとするなんて。もう、そんなことだから――」

「《帯剣の騎士》なんて言われる、ってか?」


 ナトゥールの言葉を遮って口にした。

 どうせなら自分から言ってやろうと思ったのだ。

 腰に携えた長剣の柄尻にベルリオットは手をそえる。

 他の訓練生は誰ひとりとして帯剣していない。

 ベルリオットが《帯剣の騎士》と蔑まれる所以が、これにある。


「ごめん」


 足を止めたナトゥールが俯き、ばつが悪そうにつぶやいた。

 ナトゥールに悪気がないのはわかっている。

 咎めるつもりはさらさらない。

 その気持ちを伝えるために、ナトゥールの頭を撫でた。

 但し荒っぽく。

 くすぐったそうにナトゥールが身をすくませる。


「あやまるなって。本当のことだからな」

「……ベル」


 ナトゥールの瞳はなにかを訴えかけてくるようだった。

 憐れみか、同情か。

 どちらでもない気はするが、なるべく目を合わせたいとは思わなかった。

 と、すぐ傍を訓練生が駆け抜けていった。

 それもひとりふたりではない。

 何人もの訓練生がまばらに続いていく。


「おい、あっちらしいぞ――」

「早く行かないと始まっちまうぜ――」


 切羽詰まった様子はなく、みんなどこか嬉々としていた。

 いったいなにが始まるというのか。


「みんなどうしたんだろうね?」

「大方、誰かが決闘でもするんじゃないのか? あっちには闘技場しかないしな」

「でも、それだけじゃこんな騒ぎにならないと思うけど……」


 ナトゥールの言うとおりだ。

 訓練校では決闘など日常茶飯事だった。

 日々の授業をもとに、訓練生には教師から序列を付けられる。

 そして序列は卒業後、騎士団内でどこに配属されるかに強く影響する。

 首席であれば一年目にして王城配属も夢ではないし、逆に下位であれば地方配属は必至だ。


 ただ、教師から付けられた序列を変える方法がひとつだけある。

 それが決闘だ。

 決闘に勝利さえすれば、序列はそっくりそのまま入れ替えられる。

 そんなおいしい話があるのだ。

 己の未来を輝かしいものにせんと、訓練生たちが積極的に決闘を行なうのも当然だった。


「ねえ、ベル。行ってみようよ」


 訓練生たちがこぞって観に行くほどの決闘。

 恐らく上位者同士の決闘だろう。

 ならば行ってみる価値はある。


「まぁ、ちょっとぐらいなら」


 そんなおざなりな返事に、ナトゥールが「ほんと素直じゃないなぁ」とくすりと笑った。

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