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◆第十七話『大陸外縁部』

 最上階の司令室で告げられた担当区域に、ベルリオットたちは防壁通路を伝ってやってきた。

 防壁の内側が緑豊かであるのに対し、外側は荒れ果てた大地が広がっている。

 命を感じさせない、どこか寒々しい雰囲気。

 激しい起伏や、ところどころにある窪みからは、幾代にも渡って繰り広げられてきた人とシグルとの戦いの軌跡を感じられた。


 防壁の下では、すでに騎士たちがシグルと戦闘を繰り広げていた。

 四足で地に這うようなスタイルが特徴的なガリオン。

 ガリオンよりは小柄なものの、その禍々しい色をした翼で常時飛行するアビスが、まるで狂ったように暴れている。


 騎士が五人に対し、シグルの数はおよそ三十。

 しかもシグルは大陸の切れ目――もっとも外側の縁部分から際限なく現れてくる。

 ちょうどアウラを結晶化させたときのように黒い燐光が集まり、収束。

 そうしてできた黒塊が、意志を持って動き出すのだ。


 だが、それでも圧倒しているのは騎士たちの方である。

 防壁の下にいるのは全員がフラウム・クラスだった。

 彼らなら、おそらく単独でもシグルを圧倒する力はあるだろう。

 しかし危険を減らすためか、隊列を組んで効率的にシグルを(たお)している。


 洗練されたその動きはまさに見事としか言いようがない。

 稀に、防壁を這い上がってくるガリオン、しのぶように飛んでくるアビスがいるが、それは防壁通路に待機する騎士によって排除されていた。

 意気揚々と防壁の下を眺めるリズアートに、エリアスが心配そうな表情を向ける。


「姫様、本気ですか?」

「ええ、本気の本気よ。わたしも下で戦うわ」

「下で戦っている者は王城騎士だけであって、一般騎士は防壁通路にて待機、迎撃が定石です!」

「つまりそれって王城騎士が撃ち漏らした残り物退治ってことでしょう? いやよ、わたしは」

「姫様、それも立派な役割です。もしもシグルに内側へ入られてしまえば、民に被害が出る可能性があるのですから」

「別に彼らの仕事を馬鹿にしているわけじゃないのよ。ただ、わたしは今回、防衛線の実情というか、《災厄日》の危険性を肌で感じたいからここまできたの。安全なところから見てるだけというのは御免よ」

「ですが!」

「それに、あなたがいるのだから大丈夫でしょう? エリアス」


 リズアートの信じて疑わない笑みを向けられ、エリアスは目を見開いた。

 頼られたことが嬉しかったのか、それともなにを言っても無駄だと悟ったのか。


「……わかりました」


 それ以上、エリアスが食い下がることはなかった。

 なんというかリズアートの無茶に振り回されるエリアスに、ベルリオットは思わず親近感を抱いてしまった。


 一方、そのとき防壁下では新たなシグルが現れていた。

 一戸建てほどの大きさに、角塊を積み上げたような特殊な体躯を持つ巨人型――ギガントだ。

 現在では、大陸がもっとも下降する《災厄日》でしか確認されていないシグルである。

 人間と同じように四肢と思われる形状を持っているが、下半身を引きずりながら、腕と手だけを使って地を這うように移動するのが特徴的だ。


 動きは鈍重だが、その巨大な手から繰り出される攻撃は凄まじい破壊力を持っている。

 ちょうど巨人が両手を組み合わせ鉄槌のように振り下ろした。

 轟音と共に地面に巨大な窪みが造られる。


「……あれがギガントか」


 教本で見たことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

 あまりの迫力に、ベルリオットは思わず気圧されてしまう。

 ギガントが相手では、騎士たちもあまり余裕がないらしい。

 表情が引き締まった。

 二人の騎士が周囲のシグルに気を配り、残りの三人がギガントに対処している。

 ふと、ベルリオットの視界の端で、防壁通路から飛び降りるエリアスの姿が目に入った。


「少ししたら降りてきてください」


 落下途中、エリアスの身体が紫の燐光に包まれた。

 背中から放出されたアウラが翼を象ると、その勢いがぐんと増した。

 さらに地に突き出した両手に、アウラが凝縮され結晶化した長剣が現れる。

 向かう先はギガント。


「退きなさいッ!!」


 防壁下で戦っていた騎士たちが、すぐさま散開する。

 直後、猛烈な勢いを保持したまま、エリアスは巨人の背に長剣を突き刺した。

 勢いは止まらず、巨人の身体を突き抜け地面にまで到達。

 エリアスが地に激突し起こった衝撃波で、ギガントの身体が弾け飛んだ。

 砂塵が舞い、やがてそれが止む。と、そこには先ほどギガントが作った窪みよりも、さらに大きなものができあがっていた。


「ろ、ログナート卿……!」

「これよりこの区域は我が隊が担当します。あなたがたは他部隊の応援に向かってください」


 体勢を整えるや、エリアスが凛呼として言い放った。

 隊長と思しき青年が食って掛かる。


「し、しかし! ログナート卿の隊は、訓練生との混成部隊と聞き及んでいます! それに王女殿下も――」

「これは殿下の意向でもあり、わたしも問題ないと判断しました。それともなんですか。あなたがた五人にわたしが劣る、と?」

「い、いえ。そのようなことは……っ」

「では、問題ありませんね」

「……了解しました。我らは遊軍として他部隊の応援へ回ります」

「感謝します」

「いえ」


 エリアスを残し、五人組の騎士たちが飛び去った。

 ひとりになったエリアスに、シグルたちが容赦なく襲い掛かる。

 だがそれらを物ともせずに彼女は返り討ちにし、残りのシグルを蹂躙(じゅうりん)していく。

 一部始終を目にしていたベルリオットは、思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。


「エリアスって、やっぱおっかねーな……」

「す、すごいね……」


 ナトゥールも驚きを隠せないようだった。

 しょうがないわね、とばかりにリズアートがため息をつく。


「いつもあんな感じだから、怖がられてばかりなのよ。ま、おかげで場所も空いたことだし、今日はいっぱい頑張るわよーっ」

「おう、がんばれ」


 と冷めた口調で言うと、リズアートから細めた目を向けられた。


「なに言ってるの、あなたも来るのよ。またシグルを斬れるかどうか、試したいんでしょ?」

「お前なんでそれを――」

「あんなに何度も自分の手を見てたらわかるに決まってるでしょ。ほら、行くわよ」


 言われ、がっしりと腕を掴まれてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。たしかに試そうと思ってたのは認める。認めるが、なにもこんな入り乱れた場所じゃなくてもいいだろ。はっきり言って無理だ! 死ぬ!」


 防壁下では四方に注意を払わなければならない。

 そんな状態ではとてもシグルを斬れる自信がない。

 その点、防壁通路にやってくるシグルは散発的。

 力試しにはもってこいと言える。

 必死に抵抗を試みる。が、リズアートに掴まれた腕はびくともしない。


「たぶん大丈夫よ」

「たぶんとかつけるな! お、おいトゥトゥ! お前からもなんとか言ってくれ!」


 温厚なナトゥールならきっと危険なことを勧めたりはしないはずだ、と確信しながら助けを求めてみたのだが、返ってきた反応は期待外れだった。

 ナトゥールは胸の前に右手をかざし、アウラを凝縮させた。


 現れたのは槍の形をした黄色結晶。

 槍の長さは彼女の背丈よりやや長く、太さは握れば中指と親指がついてしまうほど細い。

 余計な装飾などなく、一見してただの棒にしか見えないこの武器こそが、ナトゥールの結晶武器である。その槍を、ナトゥールは円を描くようにくるくると回転させると、石突を地に叩きつけた。

 勇ましい立ち居振る舞いとは裏腹に、頼りなさそうな上目遣いを向けてくる。


「そ、その……もしベルが危なくなったらわたしが助けてあげるから。安心してね」


 だめだ、逃げ場がない。


「ほら、トゥトゥもこう言ってることだし観念しなさい」


 ……最悪だ。


 結局、されるがままベルリオットは防壁下に降ろされてしまった。

 生きて帰れるのか、と身を案じたが、それは杞憂だった。

 今もなお暴れるようにシグルを斃していくエリアスに続き、最後に降りてきたイオルもすぐさま参戦。《豪剣》の異名に相応しい巨大な剣でシグルたちを薙ぎ払っていく。


 殲滅力だけを見れば、イオルの実力はエリアスと遜色ないように見える。

 速さのエリアス。

 力のイオル。

 そんな感じだ。


「ログナート卿。シグルの討伐数、あなたに挑ませていただきます」

「ほう……いいでしょう。訓練校首席の実力、この目で確かめさせていただきます」


 エリアスたちの動きがいっそう激しさを増した。

 さながら嵐のようだ。

 そんな彼らを、ベルリオットは呆けながら眺める。


「な、なあ……作戦とかたてないのか? さっきの騎士たちみたいに隊列組んだりさ」

「さあ? 必要ないんじゃないかしら。好き勝手やりましょ」


 言って、リズアートも緑のアウラを身に纏い、エリアスたちが暴れる前線へと向かった。

 好き勝手やりましょ、などと言われても、あんな激流のような戦いの中に身を投じでもしたら、アウラを使えないベルリオットでは巻き殺されかねない。


「トゥトゥは行かないのか?」

「ベルが心配だからね」

「心配してくれるのはありがたいんだが……万が一にもこっちまでシグルがやってくることはなさそうだな……」


 リズアートを加えたエリアスたちは、シグルが足りないとばかりに戦域を拡大させ、さらに戦線を押し上げていく。

 戦力差は歴然。

 シグルに同情してしまいそうだった。

 この様子では、たとえ防壁上にいたところで撃ち漏らしたシグルがやってくることはなかっただろう。


 予想通り、以降もベルリオットの元にシグルがやってくることはなかった。

 そればかりか担当区域のシグルが枯れてしまい、新たにシグルが湧くまで待機という、消化的な状況を経験することになった。

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