◆『昇る光は世界を巡る』④
「ここも大分変わったな」
ベルリオットはティゴーグ大陸の東側を訪れていた。
かつて〝ごみ溜め〟と呼ばれていた場所だ。
しかし、それが嘘のようにいまは廃棄物が見当たらなかった。
綺麗に舗装された道脇には建造中の住居が多く見られる。
また殺風景な空気を失くすためか、樹が植えられている。
まだ全容は見えていないが、完成すれば〝ごみ溜め〟と呼ばれることはなくなるだろう。
「昔はごみ溜めって言われてたんだぜ。信じられねぇよな」
やや自嘲気味な声が隣から聞こえてきた。
見れば、鼻筋に大きな斬り傷を負った痩躯の男が歩いている。
彼はジン・ザッパ。
殺し屋だ。
但し、頭には〝元〟がつく。
「でも、まさかジンがティゴーグの騎士団に入るとはな」
「一番驚いてんのは俺自身だ。けど、それがこの場所を救うための条件だったしな。いま思い返してみても意味わかんねえぐらい破格の条件だよ。ほんと俺のどこにそんな価値を見出したのかわかんねえよな」
「爺さんの後継として選んだんじゃないか?」
「冗談。あんな化け物ジジイの跡なんて無理に決まってる」
その化け物ジジイとは、ティゴーグ最強の騎士であるアヌ・ヴァロンのことだ。
幻影の騎士と呼ばれる彼は老体の身でありながら、いまだ現役としてティゴーグ騎士団を引っ張っている。
「そういやイオルの奴はどうしてる? 昔のことでいびられたりしてたら面白いんだが」
「あいつがそんなタマかよ。むしろ怖がられて誰も近寄ってないぜ」
「いっつも不機嫌そうだからな。顔は良いんだし、その気になりゃ女の一人や二人ぐらいすぐに見つかるだろうにな」
かっかと笑うジンに、ベルリオットは口の端を吊り上げながら言う。
「それが、その気になったみたいだぜ」
「マジかっ! 相手は誰だ!?」
「これ以上は教えられないな。あとは本人から聞いてくれ」
「んなこと言ったって、あいつが素直に教えてくれるかよ」
無理だとばかりにジンが首を振った。
「にしてもあのイオルがなあ。マジで想像つかねぇ……」
たしかにイオルのことをよく知る者であれば、そう思うのも無理はない。
近くで見ていた身でも確信に至るまで充分な時間を要したのをいまでも覚えている。
道から少し外れ、近場に置いてあった資材に二人して腰掛けた。
視界では建造中の家々が映っている。
騒がしい音が聞こえるが、同時に人々の明るい声も聞こえた。
「リヴェティア王は元気か」
「ああ。たまに散歩するぐらいには元気になったよ」
そう答えながら、ベルリオットはジンのほうを見やった。
彼は目を細めながら視線を下向けている。
「あいつの親を殺したこと、やっぱり後悔してるのか?」
「してねぇよ。あの頃はそうするしか生きていけなかった。家族を生かしてやれなかった。だから後悔はしねえ」
ジンは「ただ」と付け加える。
「他人の命と引き替えに生き永らえてたのは事実だ。帳尻っての、俺のこれからを使って合わしてこうと思ってる」
それがきっと彼なりの贖罪なのだろう。
彼を許すか許さないか。
ベルリオットに選ぶ権利はない。
出来ることはただ一つ。
彼の生き様を見守っていくことだけだ。
◆◆◆◆◆
ベルリオットは乾いた笑みを浮かべていた。
帝都ガスペラントの帝城に向かう大通り。
その道のわずか上を滑るように進む飛空船に乗っているのだが……。
道の両脇には弦楽器を手に演奏する者たちや物珍しさから見学に来た民衆。
空には緑、黄、紫のアウラで絵を描くように飛び回る幾つもの飛空船。
そんな祭典と見紛うほどの盛況ぶりで出迎えられているのだ。
「この日のために約半年もの準備期間を設けたのですが……どうですかな、我が帝国軍は? わたしが言うのもなんだが、なかなかに素晴らしいとは思いませぬか!」
隣に座っている大層な髭を蓄えた男――ガスペラント王が意気揚々と語った。
ベルリオットは今一度帝都の盛りあがりを目にしながら顔を引きつらせる。
「歓迎してくれるのはありがたいんだが……」
「むむ、もしやなにかご不満でも?」
「できればこれからは静かに迎えてくれると助かる。なにより俺を迎えるためだけにこんなに大掛かりなことしてちゃ勿体無いって」
「それはできぬ相談ですな。この帝国だけでなく世界をも救った英雄。そんなあなた様を粗末に迎えては帝国の格が落ちるというもの」
まったく話が通じないが、本心から歓迎してくれていることだけはひしひしと感じるため、強く出られなかった。
……ま、いまからやめさせるのは無理だしな。
そんなことを思いながらベルリオットは気持ちを切り替えると、その後の祭り騒ぎをなんとか享受した。
◆◆◆◆◆
「何度見てもこの迫力は慣れないな」
帝城に隣接する格好で設けられた帝国軍所有の巨大な格納庫。
そこに収められた飛空戦艦を見上げながら、ベルリオットは隣に立つガスペラント王に問いかける。
「飛空戦艦の処分について、もう決まったのか?」
「初めは解体するつもりでしたが、国の歴史として大切に保管しようと考えております。そしていつか展示できればと」
「良い案だと思う」
どんな脅威を秘めていたのか、またどうして生まれたのか。
飛空戦艦の存在もまた後世に伝えていかなければならないものだと思う。
そうすることで同じ過ちを繰り返さずに済むはずだ。
「そういや、あれはまだ中にあるのか?」
「いえ、隔離は終わっております。すでに彼女も到着し――」
「おーい、こっちこっちー!」
どこからともなく覚えのある声が聞こえてきた。
見れば、隅のほうで小柄な少女――ルッチェが手を振っている。
「もう中に積み終えてるよー!」
彼女の近くには大きめの物資輸送船が停まっていた。
それは彼女がリヴェティア・ポータスで製造、整備していた飛空船だ。
ベルリオットは物資輸送船のもとへ向かうと、開いた後部扉から中を覗きこむ。
人の体よりも大きな結晶塊が置かれていた。
水を思わせるほど透明なそれは、中心で揺らめく光を閉じ込めている。
ベルリオットは穏やかな表情を浮かべる。
「……久しぶりだな、メルザ。元気にしてたか?」
その身を覆う風もない。
周囲を照らす眩い光もない。
だが、それは紛れもなく飛翔核だ。
メルザリッテ・リアンという一人のアムールの命によって生まれた――。
「しかし、本当によろしかったのですかな」
振り返れば、ガスペラント王が納得できないといった表情を浮かべていた。
「彼女はあなた様と同じく、我ら人を救ってくれた英雄の一人だ。その恩に報いることに我ら七人の王はなんの躊躇もありませぬぞ」
「これで良かったんだよ。存在しないはずの飛翔核が運命の輪からアウラをもらってちゃ、ディーザが影響受けるだろ。そんなことまでしてメルザは生き永らえたくないって言うはずだ」
「あなた様がそう言うのでしたら……」
「ありがとう、ガスペラント王。その気持ちだけでも嬉しいし、メルザもきっと喜ぶよ」
生まれたそのときよりアウラを注がれていない。
大陸を浮かせることも飛空戦艦を浮かすこともしなかった。
そのおかげでいまのいままでアウラを大量に放出することはなかったが、徐々に漏れ出ていたらしい。内蔵されたアウラは――光はいまや消えかけている。
ベルリオットは飛翔核にそっと手を当てながら、静かに話しかける。
「行こうか、メルザ。俺たちが生きた大陸に」




