表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/161

◆『昇る光は世界を巡る』①

【※注意】ここから本編のその後を描いたものとなります。

「ベルリオットさま、おはようございますっ!」

「殿下~! またウチの店で食ってってくれよ!」

「でんかぁ~、また一緒に遊んでね~!」


 方々からかかる声に応じながら、ベルリオット・トレスティングはストレニアス通りを歩いていた。日課に近い頻度で訪れていることもあり、また声をかけてもらっていることもあり、ほとんどの者が顔見知りといっても過言ではなかった。


「おーい、ベル! ココッテ食ってくかー?」


 道端のほうから四十歳過ぎの男が声をかけてきた。

 彼の名はクダラ。ストレニアス通りの露店商人だ

 ファルの剛芋を蒸した、ココッテと呼ばれる食べ物を売っている。


「おっちゃん。悪いけどこれから寄るところがあってさ。また今度もらうよ」

「約束だぜー!」


 ベルリオットはクダラに別れを告げ、歩みを再開した。

 威勢の良い声で客を呼び込む商人。

 買い物袋を片手に世間話で盛りあがる人々。

 今日もストニアス通りは多くの者で賑わっている。


 あれから――シグルとの決戦から三年の時が経った。

 まだ傷が癒えていない者はいるかもしれない。

 だが、いまも目に映る光景は以前の……いや、以前よりも活気に満ちあふれていた。


「本当に威厳というものがないな、主は」


 ため息が背後から聞こえてきた。

 肩越しに振り返った先、褐色の長身女性が映る。

 彼女の名はティーア・トウェイル。

 護衛を務めてくれているアミカスの末裔だ。


 その隣には彼女の妹であるナトゥール・トウェイルもいる。

 ティーアよりも身長はわずかに低いが、それでも女性にしては高いほうだ。

 片側で結った髪を揺らしながら、ナトゥールはあっけらかんと言う。


「お姉ちゃん、ベルにそんなもの求めるだけ無駄だと思うよ」

「おい、トゥトゥ。何気にひどいな」

「だって本当のことだし。そもそも王配でもありアムールでもある人がこんな気軽に街中を歩いてること自体おかしいと思うんだけど」

「ぐっ……」

「主の負けだな」


 ティーアがふっと笑みをこぼす。

 ベルリオットは居たたまれなくなり、前を向いて歩きだした。

 トウェイル姉妹も両脇に控える格好であとに続いてくる。


「けど、良かったのか。トゥトゥ」

「ん、なんのこと?」

「いや、騎士団を抜けたことだよ。せっかく王城騎士になって序列九位に任命されるって話も出てたとこだったのに」


 ナトゥールは訓練校を首席で卒業したのち、王城騎士に配属されると、瞬く間に騎士団内の序列を上げていった。そしてついに序列一桁に数えられる――というところで騎士団を退団してしまったのだ。

 ナトゥールのほうをちらりと見やると、彼女はすっきりした表情を浮かべていた。


「わたしにとってそこが節目だったんだよ。実力を認めてもらえて……ようやく自分が決めた道を進む自信がついたの」

「その決めた道ってのが俺の護衛はどうかと思う」

「ベルは放っておくとなにするかわかんないしね。それに、お姉ちゃんも」

「な、なぜわたしまで」


 わずかに狼狽するティーアにナトゥールが責めるような目を向けた。


「だってお姉ちゃん、ちょっと融通きかないところあるし。この前だってベルに触ろうとした女の人、あと少しのところで刺しそうになってたし?」

「ま、待て。あれはべつに刺すつもりはなかった。ただ、喉もとに槍を突きつけて脅そうとしただけで――」

「それがやり過ぎだっていうの」


 ナトゥールに気圧され、ティーアが押し黙ってしまう。戦闘能力こそティーアが勝っているが、それ以外のことではナトゥールが圧倒するのが常だった。


 数年前はすれ違って矛を向け合っていた姉妹がいまではこうして仲睦まじく……と言えるのかはわからないが、心の隔たりなく接することができている。

 それがベルリオットは嬉しくてたまらなかった。


「主からもなんとか言ってやってくれ。あれはしかたなかったことであると――」

「あれはさすがにやりすぎだったからな。俺はトゥトゥを支持する」

「ほらっ、ベルもああ言ってるし、しっかり反省してもらわないと」

「あ、主っ!」


 今日もリヴェティアは平和だ。

 そんなことを思いながら、ベルリオットはティーアの縋るような目から逃れた。



     ◆◆◆◆◆


 ベルリオットはトウェイル姉妹とともに目的地であるリヴェティア・ポータスに到着した。管理棟の中に入ると、その相変わらずの雑踏ぶりに思わず苦笑してしまう。


「二人とも、ちょっとここで待っててくれ」


 管理棟の待合室に来るなり、トウェイル姉妹に向かってそう告げた。

 二人から憮然とした顔を向けられる。


「わたしたちは主の護衛なんだが」

「いや、聞かれるとまずいことがあってな」

「内緒話……? 怪しい」

「そんなんじゃないって。ちょっと友人のお節介をしようと思ってさ」


 首を傾げる二人を残して、ベルリオットは管理棟をあとにした。

 多くの飛空船が離着陸を繰り返すさまを横目にしながら進んでいき、やがてある区画を訪れた。そこは四つの区画をあわせており、ほかよりも広々としている。


 中央に飛空船が停まっていた。

 形状はほとんどが角ばっており、お世辞にも格好良いとは言えない。

 ただ、とにかく巨大だった。

 さすがに飛空戦艦(ドストメギオス)ほどではないが、物資輸送用の大型飛空船がすっぽり収まる程度の大きさは有している。


 ふと飛空船側面の重厚な扉が開けられた。

 中から姿をあらわしたのは一見して子どもに見える少女――ルッチェ・ラヴィエーナだ。

 ベルリオットは手を挙げて声をかける。


「よっ、調子はどうだ?」

「あ、きみか」


 彼女は乗り込み口からぴょんと飛び下りると、そばまでやってきた。

 飛空船を紹介するように体を横に開いて話しはじめる。


「もう完成してるよ。でも、ぎりぎりまで調整しておきたいから」

「なにからなにまで悪いな」

「きみにお願いされたら断れないしね。世界を救った英雄さん」

「その呼び方はやめてくれって」

「間違ってはいないと思うけどね」


 そうしてルッチェがからかってきたものだから、ベルリオットは反撃することにした。


「へぇ、そっちがその気なら……」

「な、なんだよ?」


 身構えはじめたルッチェに、ベルリオットは意地の悪い笑みを向ける。


「イオルとはどうなんだ?」

「なぁっ!?」


 大げさに上半身を仰け反らせたルッチェが一歩二歩と後退した。

 かと思うや、必死な表情で詰め寄ってくる。


「なななな、なんできみがそのこと!?」

「お、やっぱりそうなのか」

「ってああぁあああっ、嵌めたなーッ!!」

「嵌めたもなにもわかりやすすぎるからな」

「ぐぅ……」


 頭を抱えてその場にへたり込んだルッチェに問い詰める。


「で、どうなんだ?」

「どうもこうもないよ。たまにここに来て他愛もないこと喋ったりするだけだし」

「攻めないのか?」

「あたしから? そんなの無理無理!」

「どうして?」

「いや、だってさ……あたし、機械いじりばっかやってきたから、そういうの全然わかんなくて。それに身長もこんなだし、手だってぼろぼろだし」


 ルッチェの瞳には諦観の色が強く宿っていた。

 見た目についてはともかくとして、彼女が一般的な女性からかけ離れた生活をしているのは間違いない。

 ただ、そこが大した問題ではないことをベルリオットは確信していた。

 近くに置かれていた木箱に腰掛けたのち、彼女に語りかける。


「訓練校時代、イオルがどんなだったか聞いたことあるか?」

「ううん、全然。そういうの話してくれないから」

「い、イオルのやつ……」


 たしかに自分のことを話すような人間でないことは知っていたが……。

 ベルリオットが思わず頭を抱えてしまっていると、ルッチェが「どんなだったの?」と恐る恐るといった様子ではあったが、興味に満ちた目を向けてきた。

 ベルリオットはため息をついたのち、青空を見つめた。

 いまや懐かしい記憶となった訓練校時代の頃を思い出しながら語りはじめる。


「同期の中じゃ一番強くて、ずっと先頭走り続けてて。五年生の頃には首席にまで上り詰めちまうぐらい圧倒的だった。そんなこともあってすっげーモテてた。俺が知ってる限りでも二十人ぐらいは告白されたな」

「やっぱり交際してる人とかいたの?」

「気になるんだな」

「そ、そりゃあね……」


 ルッチェは頬を赤く染めると、照れくさそうにうつむいた。

 こんな彼女を見るのは初めてだ。

 こちらが思っている以上にイオルのことを想っているらしい。


「一人もいなかったよ。聞くところによると本当に興味がないって感じで全員断ってたらしいぜ」

「やっぱり……イオルは剣しか見てないんだね」

「俺も最近まではそうだと思ってた」

「……どういうこと?」

「あいつがこんなに長く関係保ってる異性ってのは初めてなんだよ。ましてや自分から話しにくるなんてのもな」


 そもそもイオルは女性に限らずあまり人と関ろうとしていなかった。

 いまでこそ少しずつ変わっているように見えるが……それでも昔からひとりになることを好んでいたのは間違いない。

 そんなイオルがルッチェには頻繁に会いにきている。

 これはもう間違いないだろう。


「つ、つまりどういうこと?」


 そう訊いてきたルッチェは逸る気持ちを抑えられないといった様子だ。

 ベルリオットはにやりと口の端を吊り上げながら答える。


「俺が見るに脈アリってことだ」


 ルッチェがぽかんと口を開けたまま硬直してしまった。

 よほど予想外の返答だったらしい。

 たしかにあの無愛想なイオルのことを思えば無理はないかもしれないが。


 やがて理解が追いついたのか、ルッチェから緊張が解けた。

 その頬がゆっくりと緩んでいく。


「そ、そうなんだ……でも、そんな素振り一度も」

「あいつもあんたと同じで不器用だからな。自分から攻めないってんならそこらへんは待ってるしかないんじゃないか?」

「う、うん……」


 ルッチェは難しい顔のまま再びうつむいた。

 大方、これからイオルとどう接していくか悩んでいるのだろう。

 これ以上、助言できることはない。


「さてと、そろそろ行くかな」


 ベルリオットが木箱から腰を上げると、ルッチェもすっくと立ち上がった。


「今日は悪いね。その……相談に乗ってもらっちゃって」

「相談ってほどのことはしてないけどな」

「そんなことないよ。あたし的にはすごい良いこと聞いちゃったし」

「なら良かったよ」


 力になれたのなら幸いだ。

 ルッチェが気持ちを入れ替えるように深呼吸をしたのち、いつものからっとした明るい表情を向けてきた。


「それじゃ、二日後に帝国で。ばっちり仕上げていくから!」

「ああ、よろしく頼む」


 そう別れを告げ、ベルリオットはポータスをあとにした。

 さーて待ってろよ。へたれイオルのやつ……!


五日間、毎日投稿予定。

文字数は全部で2万字程度です。

あまり長くはありませんが、お付き合い頂ければと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ