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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
終章【光満ちる空】
153/161

◆最終話『天と地と狭間の世界 イェラティアム』

 リズアートはエリアスとともにリヴェティア王城内の廊下を歩いていた。

 視線をそらすと、そこかしこに破損した箇所が目に入った。

 シグルとの大戦時の名残だ。

 三ヶ月ほどのときが経ったとはいえ、すべてを直すには如何せん時間が足りなかった。

 細めた目でそれらを見つめながら、リズアートは腰に佩いた剣の柄尻を触る。

 身に纏った純白のドレスには相応しくない装飾品だ。

 しかし、なにがあってもこれを手放すことはしたくなかった。


「……姫さま?」

「ん、どうかしたの?」

「いえ。先ほどから何度かお声をかけていたのですが……返事がなかったので」


 まったく気づかなかったことにリズアートは動揺を隠しきれなかった。

 また不甲斐ない気持ちで胸が満たされてしまう。


「ごめんなさい。とくに考え事をしていたわけではなかったのだけど」

「やはりお疲れなのでは? 大陸がふたたび浮遊してからというもの、ほとんど休まれておりませんし」


 たしかにあまり休んでいない。

 とはいえ、いまは大事な時期だ。

 少し疲れているからといって休むわけにはいかない。


「それで、なんの用だったの?」

「その、あの件についてはどうなされるのですか、と」

「あの件?」

「シェトゥーラ王からの求婚について、です」

「あぁ~……」


 リズアートは思わず眉を顰めてしまった。

 いまからちょうど一週間前のことだ。

 書状にて、シェトゥーラ王から結婚を申し込まれた。


 文面については美しいやら綺麗やらが執拗に連ねられたのち、「寝ているときも、起きているときも、きみの凛々しい姿が僕の頭から離れないんだ」と綴られていた。

 読み進めていくうち、寒気がしたのは言うまでもない。


 ふいにエリアスが足を止めた。

 リズアートも何ごとかと足を止めると、エリアスがなにやら真剣な顔を向けてきた。


「僭越ながら、わたしは丁重にお断りするべきだと思います」

「エリアス?」

「で、出すぎたことを申しているのは重々承知しています。ですが、わたしにとって姫さまの幸せが一番なのです。たとえ民の平和を脅かす結果になったとしても、それでもわたしは姫さまの納得される道を選んで欲しいと考えています」


 リズアートは目を瞬かせてしまった。

 なにも呆れたわけではない。このような私情に関してエリアスが訴えかけてくることが珍しかったのだ。ただ、嬉しくなる反面、困ったなとも思った。


「もう、そんなこと言ったらだめでしょ。あなたはわたしの騎士だけど民の騎士でもあるのよ」

「申し訳ございません……」


 しゅんと肩を落としたエリアスにリズアートは微笑みかける。


「安心して、断るつもりよ。そもそも王同士の結婚なんて認められないだろうし、それに彼、単純に好みじゃないのよね」


 申し訳ないが、本音だった。

 はっきりと言い切ったからか、エリアスが全身を弛緩させた。


「やけにほっとしてるわね」

「保留にされていたのでもしや、と」

「いまは各国が密に協力しあわなければならないから時期的に良くないと思っただけよ。ただ……そうね、待たせるだけ待たせて断るのも酷だから近いうちにきちんと返答しておくわ」


 平和が訪れたからだろうか。

 結婚し、子を授かれ、という周囲からの声が強くなった。

 自分がただの人だったならば聞き流すところだが、王として飛翔核にアウラを注ぐという使命を次代に繋がなければならないため、下手に無視できなかった。


「とはいっても今日は大事な式典があるから出来ないけれど」


 リズアートは肩をすくめながら言った。

 そう、本日ここ王都リヴェティアにて式典が行なわれことになっている。

 名目は新たな暦の設立だ。


「リヴェティア王」


 ふいに聞こえた声に振り返ると、ディザイドリウム王が近くに立っていた。後ろにはジャノとラグが控えており、そろって無言で軽く頭を下げてきた。


「ディザイドリウム王」

「少し疲れておるようだな」

「先ほどエリアス……彼女からも心配されてしまいました。式典が終わりましたら少し休もうと思います」

「うむ、それがいい」


 ディザイドリウム王が鷹揚にうなずいたのち、視線を廊下の窓へと向けた。


「ついにこのときが来たな」

「はい。もう少し早くに出来ればよかったのですけれど」

「しかたないだろう。みな、色々な整理が出来ていなかったからな」


 言って、彼は顔をこちらに向きなおした。


「とはいえ、まだ多くの者が心の整理が出来ていないだろう。そうした者たちにとって、今日という日は区切りになるかもしれぬな」


 ディザイドリウム王の視線が一瞬だけ落ちた。

 なにを見たのか、簡単に気づくことができた。

 腰に佩いた剣だ。

 リズアートは、また柄尻を触る。


 区切り……。


 果たして自分にそれができるのだろうか。

 自問してみたところで答えは出てこなかった。

 ただ、真っ暗な闇があるだけだ。


「リズアート」


 ディザイドリウム王が言った。

 最近は名前で呼ばれることがなかったため、少し驚いてしまった。


「おまえの心がいま、どこにあるのか……わたしにはうかがい知ることなどできぬ。だが、おまえは王だ。せめて本日の宣言の際は、そのような顔をしてはならぬぞ」


 言われて、リズアートははっとなった。

 下向いていた顔を上げ、すぐに引き締める。

 王、という言葉が戒めとなって心に突き刺さる。

 ……そう、わたしには役目があるのだから下向いてなんていられない。


 本日、新たな暦の設立を自分が宣言することになっていた。

 まさに大役だ。

 誇らしいと思う気持ちでいっぱいだが、それと同じぐらい自分で良いのかという気持ちもあった。


「ですが、王の中でもっとも若輩であるわたしで良かったのでしょうか?」

「シグルとの決戦を戦い抜いたこのリヴェティア大陸を治める王ということもある。だが、それ以上に、おまえは狭間のために勇気をもってオウルに立ち向かった。その姿は、まさしく真の王。自信を持つがいい、リヴェティア王」


 ディザイドリウム王の顔の皺が深くなった。


「これはわたしだけではない。ほかの王たちも含めた総意だ」

「承知しました。謹んでお受けいたします」


 リズアートがそうこたえながら、自分はまだまだ未熟者だな、とあらためて思った。

 この大役、しっかりとこなさなければならない。

 民のためにも、自分のためにも――。

 そうリズアートが自身に言い聞かせていると、前方から大声が響いてきた。


「いいか、これには我がガスペラント王国の威信がかかっておる。絶対に失敗はするな、わかったな?」


 姿が見えず、リズアートはディザイドリウム王たちとともに声のほうへと向かった。

 角を曲がった先、そこにはガスペラント王が立っていた。彼は去っていくガスペラントの政務官の背中を見送っている。

 リズアートは声をかける。


「ガスペラント王……どうかされたのですか?」

「おおう、これはディザイドリウム王にリヴェティア王」


 振り返ったガスペラント王が笑顔で迎えてくれた。

 昔とは違って本当に柔らかくなったな、と思う。


「いや、なんでもない。ただ、わたしからリヴェティア王に贈り物があってな。それの準備をしていたところだ」

「贈り物、ですが。そのようなもの、受け取るわけには」

「なに、労いのようなものだと思ってくれていい。もちろん見返りを求めつもりは微塵もない」


 いまさらガスペラント王がなにか悪いことを企んでいる、とは思わない。

 だが、彼の〝楽しさを隠し切れない〟といった笑みを前にすれば不安にならざるを得なかった。


「そんなこと言って、あとでなんかねだるんじゃないのかい?」


 ガスペラント王を挟んだ向こう側から、二人のナド族を連れたファルール王が歩いてきた。


「うるさいぞ、ファルール王」

「あんたに言われたくないねぇ。声が大きすぎてどこにいても聞こえてくるんだよ」

「ならば、なぜわざわざ近づいてきた? ぬっ……さては、いやと言いながらも」

「馬鹿言うんじゃないよ、気持ち悪い。大体、あんたはね――」


 実は相性が良いのではないか、と会うなり言い合いを始めた二人を見ながらリズアートは思った。

 そばに控えていたエリアスが耳打ちをしてくる。


「姫さま、そろそろお時間が」

「わかったわ」


 ほかの王たちも直に到着することだろう。

 リズアートはこの場に集まった王たちに向かって言う。


「ではみなさま、行きましょう」



   /////


 玉座の間は相変わらず外壁、天井が欠損したままだった。

 阻まれることなく突きつける風に髪が優しく煽られる。

 横一列に並んだ七大陸の王。

 その中から、リズアートはひとり玉座の間から通じる天空の間へと向かう。


 ざわめきが聞こえていた。

 前庭に集まった人々のものだろう。

 突き出した通路の先、前庭を望める場所へと立った。


 眼下に目を向けると、王城の広大な前庭だけでなく正門を抜けた先も人で埋めつくされているのが見えた。各国から集まっているとあって、さすがの多さだ。

 王のひとりが顔を出したからか、ざわめきが静まっていく。

 やがて声ひとつなくなったのを機に、リズアートはゆっくりと口を開く。


「シグルとの大戦からまだ日も浅い中、これほど多くの方々が集まったくれたこと、本当に嬉しく思います。七大陸の王を代表し、わたくしから心より感謝いたします」


 言って、かすかに目を伏せると、拍手が返ってきた。

 盛大とはまた違った少し控えめなものだ。

 軽く手をあげると、一斉に拍手が収まっていく。

 静かになったのを見計らい、話を継ぐ。


「本日、みなに集まっていただいたのは、ここに新たな暦の設立を宣言するためです。我々はシグルとの戦いを生き抜き、新たな未来を掴み取りました。ですが、その代償と言うべきか、失ったものはあまりに多すぎました。……大戦からしばらく経ったいまも、決して少なくない数の方々が胸に傷痕を残したままと思います」


 眼下では多くの者が目を瞑っていた。

 中には俯き、涙を流している者もいる。

 そこには悲しみが蔓延していた。


「わたくしには、みなの負った傷の痛みを推し量ることはできません。また癒やすこともできません。出来ることはただひとつ、ともに悲しむことだけです」


 リズアートは自身の胸元に手を当てる。

 天空の間に立つと、いやおうなく思い出される記憶があった。

 前リヴェティア国王である父が暗殺された瞬間。元リヴェティア騎士団長、グラトリオ・ウィディールによって天空の間より落とされた瞬間。

 どちらも辛く、悲しい出来事だ。


「ですが、みなも知っているはずです。悲しむだけでは、人は生きていけないことを」


 リズアートは胸元から手を離したのち、いまいちど人々を見渡した。


「悲しみを捨てろとは言いません。ただ、顔を上げて欲しいのです。そして叶うなら、この狭間の世界の行く末を、ともに見据えて欲しいのです」


 ふいに、じわりと目頭が熱くなった。

 視界の下半分がうっすらと滲みはじめる。

 いったいどうしたというのか。

 リズアートは自分のことが理解できなかった。


 自分は王だ。

 民に弱い姿を見せるわけにはいかない。

 涙がこぼれぬようにと目に力を入れた。

 剣の柄をぐっと握る。そこにはざらついた皮の感触しかないはずなのに不思議と温もりを感じることが出来た。


 ……お願い、力を貸して。


「願わくば、すべての者がまた歩き出せるように……」


 リズアートはこみ上げてくる感情をなんとか押しとどめ、顔を上げた。

 視界に広がる空に向かって声を張り上げる。


「七大陸の王を代表し、わたくし、リズアート・ニール・リヴェティアが、いま、ここに新たな時代が開かれたことを宣言します!」


 空へと羽ばたくように声が広がった。

 直後、割れんばかりの歓声が沸いた。

 悲しみを押し殺している者は少なくないだろう。

 だが、それでも多くの者が、まだ見ぬ未来を歓迎していることを示すには充分すぎるほど大きな声だった。


 王として宣言を終えることができた。

 そこに安堵感を覚えたのは事実だ。

 だが、そんなものなど関係なく、もう限界だった。


 リズアートは冷たいものがつぅと頬を伝っていくのを感じた。

 青く澄んでいた雲がぼやけていく。喉が詰まるような感覚に見舞われ、思わず嗚咽を漏らしてしまう。口を押さえたところで、あふれ出る感情を押しとどめることはできない。

 立っていられなくなり、その場にへたりこんだ。


 どうしたって忘れられなかった。

 彼の顔が。

 彼の声が。

 彼の温もりが。

 すべてが恋しくてしかたなかった。


 あんなこと言ったのに……わたしが前を向けてないじゃない……。


 そこで初めて、リズアートはどよめきが起こっていることに気づいた。

 王がいきなり涙を流したのだ。

 当然だと思った。


 何度も何度も必死に涙を拭うが、一向に止まってくれない。

 自分はこんなにも弱い人間だったのか。

 いや、そんなことはずっと前から知っていたはずだ。

 民の前だからと気丈に振舞ってきた。

 そんな偽りの部分が剥げてしまっただけだ。

 ――今日、自分はここで終わるのかもしれない。


「みんなの前でだめだろ、リズ」


 ふいに聞こえた声にリズアートは全身が硬直した。

 それは、なにより望んだ声だった。

 忘れるはずがない。


 だが、その声の主は、ここにいるはずのない存在だ。

 心が弱くなった自分が望んだ幻聴かもしれない。

 ありえない。

 そう思っているのに、いやおうなく自分の中で期待が高まっていく。

 リズアートは本能の赴くまま、ゆっくりと振り返った。


「うそ…………どうして……っ」


 心が震えた。


 あなたはいつもそう。わたしが困ったときに、いつもすぐに駆けつけてくれる――。


「ベルリオット……っ!」



   ◆◇◆◇◆


 民の騒然とする声が響く中、ベルリオットは天空の間の通路をゆっくりと進む。

 ぼさぼさだった髪は短めに整えていた。

 服も白基調の瀟洒なものを身に纏っていた。

 どちらも、この場に臨むために用意してもらったものだ。


 リズアートが通路の先でへたり込んでいた。

 頬を涙で濡らしながら、こちらを見て瞠目している。

 目の前の出来事がまだ信じられないといった様子だ。

 ベルリオットは彼女の前に立つと、少しかかんだ。


「大丈夫か、リズ」

「本当に……ベルリオット、なの?」

「ああ」

「本当の、本当に……?」

「ああ」


 彼女が安心できるようにと力を込めてこたえた。

 リズアートが唇を振るわせた。なにかを言葉にしようとしては、うまく言葉にならない。そんなことを繰り返したのち、彼女が勢いよく胸に飛び込んできた。


「わたし、あなたがいなければなにも出来なかった……! 悲しくて、苦しくて立っていられなくなった……! いままではこんなことなんてなかったのに……」


 彼女の手に二の腕が強く掴まれる。

 痛かった。だが、その痛みこそが彼女が感じていた痛みなのだと思った。

 ベルリオットはリズアートの頭を優しく抱いたのち、顔を上向けさせた。それから互いの額を当てながら思いの丈を込めた言葉を告げる。


「もう俺はどこにもいかない。リズのそばにいる。だから、リズにも俺のそばにいて欲しい。これから先、ずっと」

「そんなこと……いま言うなんてずるい」


 リズアートがくしゃくしゃになった顔で嗚咽まじりに叫ぶ。


「わたしもあなたとずっと一緒にいたい……! これから先、なにがあってもあなたからもう離れたくない……っ!」


 その言葉を聞いたとき、ベルリオットは自身の唇で彼女の唇を塞いでいた。強く押し当てる。しっとりとして心地よい感触だった。ただ涙のせいか、少ししょっぱい。。

 名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと彼女から顔を離す。


「少しは落ちついたか?」


 すでにリズアートの目からあふれていた涙は止まっていたが、代わりに頬がほのかに赤らんでいる。

 それを隠すように彼女はうつむくと、目だけを上向けて睨んできた。


「……ばか。こんな場所でこんなことして……もう、知らないんだから」

「大丈夫だろ。ほら、聞こえるか。みんなが祝福してくれてる」


 口づけをした瞬間からか、大歓声が沸きあがっていた。

 王都中に届いているのではないか、と思うほどの大きさだ。

 体だけでなく、心まで震えるようだった。ただ不快な感じはない。

 心地よい高揚感を覚えながら、ベルリオットはリズアートへと手を差し伸べる。


「立てるか?」

「ええ」


 彼女を引き上げながら自身も立ち上がった。


「でも、どうやってまた上がってこられたの?」


 リズアートが目元や頬に残った涙を拭ったのち、いぶかるように訊いてくる。

 もっともな疑問だった。

 ベルリオットは自身の胸元に右手を当て、ぐっと握り拳を作ったあと、


「メルザが俺に未来をくれたんだ」


 穏やかに微笑んだ。

 そうすれば、きっとメルザリッテも喜んでくれると思ったのだ。

 多くを語らなかった。

 だが、それでもリズアートは察してくれたようだった。


「メルザさんに感謝しないといけないな。またあなたに逢わせてくれて……ありがとうって」

「あいつも、リズが笑顔でいてくれたらきっと喜ぶと思う」


 メルザリッテを失った悲しみを拭えているかと言えば、いまだ自信を持ってうなずくことはできない。

 これから先、何度も彼女の温もりを思い出しては悲しんでしまうかもしれない。だが、彼女が幸せを願ってくれたという事実が顔を上げる勇気を与えてくれた。前に進む勇気を与えてくれた。


 決して忘れるわけではない。自分を育ててくれたメルザリッテ・リアンという存在は記憶として胸に深く刻まれている。その記憶とともにベルリオットは未来を謳歌しようと思った。

 長く一緒にいたからこそわかる。きっとそれが彼女への一番の恩返しだ、と。

 リズアートがこちらの全身をまじまじと見てくる。


「そういえば、その服、どうしたの?」

「ああ、これか。昨夜ガスペラントに下り立ったんだが、そのときにガスペラント王が是非にってさ。あと髪もぼさぼさだったから整えてもらったんだ」

「ガスペラント王からの贈り物って、そういうことだったのね……って、だったらもう少し早くに逢えてたってことじゃない!」

「そうなるな。いや、驚かせようと思ってさ」

「驚かせようとって……あなた、わたしがどんな気持ちで――」

「悪かったって」

「反省してないでしょう!」


 先ほどまでの泣き顔はどこへ行ったのか、リズアートが眉を逆立てながら迫ってくる。

 三ヶ月も顔を合わせていなかったこともあってか、なんだか懐かしいな、と思った。

 とにもかくにもすっかり元気を取り戻したようだ。

 ベルリオットはリズアートの首と膝の裏に手を回したのち、彼女の身を倒して抱きかかえる。


「よっと」

「ちょ、ちょっとベルリオット? なにしてるのよ!?」

「なにって、これから散歩しようと思ってさ」

「なんでいま? まだ式典の途中なのに――」


 ベルリオットはアウラを纏い、空へと飛び上がった。

 リズアートが抗議を止め、慌てて首にひっしと抱きついてくる。


「もうっ、いつもいつもあなたは勝手なんだから!」

「そうだったか? 覚えてないな」

「そうよ!」


 歓声が遠のいていく。

 見下ろせば、前庭に密集した人の姿も、王城も簡単に一望できた。

 顔を上げれば、どこまでも続く空を視界いっぱいに収めることができた。


「ねえ、ベルリオット!」

「なんだ?」

「まだ言ってなかったわ!」


 風が切りつける中、リズアートの声が胸に響く。


「おかえりっ!」


 リズアートの笑顔が間近にあった。

 ベルリオットは心が温かくなった。

 この笑顔を見るために自分はいままで頑張れたのだ。

 そして彼女のもとが――。

 彼女の生きる、この狭間の世界が自分の帰るべき場所なのだと思った。


「ああ、ただいまっ!」




 かつて、その世界は滅びゆく運命とともにあった。


 だが、ひとりの少年と、彼のもとに集った者たちの手によって未来を勝ちとることができた。

 平和を手にすることができた。


 決して永遠の平和ではない。

 限られた未来でしかない。


 だが、それでも、その世界には光が満ちていた。



 ここは天と地と狭間の世界。



 ――イェラティアム。





           (了)

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