◆第十五話『外縁部遠征』
八月二十一日(ティーザの日)
俗に《災厄日》と呼ばれる日の早朝。
リズアート率いる小隊は、トレスティング邸の庭に集合していた。
外縁部へは、リズアートが乗ってきた王族専用の飛空船で向かうことになっている。
飛空船下部の収納空間に荷物を滑り込ませ、各々乗り込み始める。
操縦席となる最前列にはナトゥールとイオルが、その後ろにリズアートとエリアスが乗り込み、ベルリオットが最後列にひとりで座った。
小隊員は五人。
席はひとつ余る計算である。
なのに席が余っていないのはなぜか。
それは今もベルリオットの隣で、さも当然のように座りながら笑顔を絶やさない、ある人物が原因である。
ベルリオットは眉間をつまむ。
「なんでお前まで乗ってるんだ、メルザ」
「なんで、と申されましても。主に付き従うのは従者の務めでございますので」
ああそうだ。
メルザはこういう奴だった。
彼女はベルリオットから距離を置きたがらない。
当初は訓練校に通うことでさえ反対したぐらいだ。
離れている時間が精神的に堪えられないと言って大泣きされた覚えもある。
真意のほどはわからないが、メルザリッテからはただならぬ“愛情”を感じられる。
それに対して悪い気はしない。
しないのだが……正直、限度を越えていると思う。
肩をすくめながら、イオルが言う。
「大した過保護だな。まあしかし、アウラを使えないのでは心配するのも無理はないだろうが」
「まったくもってその通りでございます」
間髪容れずに答えるメルザリッテ。
主を心配よりもまず主が嫌味を言われていることに気づくべきだと思う。
相変わらずだね、とナトゥールがくすくす笑っていた。
ナトゥールは何度かトレスティング邸に訪れているので、メルザリッテと面識がある。
二人とも茶を好み、その話題でよく盛り上がっていたりする。
ただメルザリッテと少なからず仲の良いナトゥールでも、今回は助け舟を出せない様子だった。
無理もない。
なにしろ騎士団の任務なのだ。
関係のない人間を連れて行くわけにはいかない。
「ねえ、メルザさん。今回は一応、騎士団の任務ってことになるから、同行は遠慮してもらえないかしら」
「では、わたくしも騎士団に入ります」
と、即答したメルザリッテに、エリアスが真面目に返答する。
「入るとしても、すぐには入隊を許可出来ませんから、今回の遠征参加は不可能です。それに、メルザリッテ・リアン。あなたの年齢ですと、恐らく入隊試験は相応に厳しくなるかと」
「し、失礼です! わたくし、まだぴっちぴちです! エリアスさんよりすごーくぴっちぴちです!」
がたっ、という音。
「……ほう、それは聞き捨てなりませんね」
見ればエリアスが、すっくと立ち上がっていた。
表情を崩さないよう努めているようだが、青筋が立っているのが見える。
今にも斬りかかりそうな勢いだ。
出発前に面倒ごとは勘弁して欲しいところである。
とはいえ家臣の罪は主の罪。
つまり駄々をこねているメルザリッテの主であるベルリオットに、すべての責任がある。
「メルザ。頼むから聞き分けてくれ」
「で、ですが……!」
「メルザ」
「…………はい」
しゅんとなったメルザリッテが、渋々ではあるが飛空船から降りてくれた。
「エリアス様。ベル様のこと、くれぐれもよろしくお願い致します」
「本来、護る側である騎士が護られるなどあってはならないことです」
耳が痛い。
「……ですが、彼はまだ訓練生。このエリアス・ログナート。責任を持って、あなたの主を連れ帰りましょう」
「エリアス様……ありがとうございます」
大げさだな、と思ったベルリオットだったが、メルザリッテの安堵した表情を見せられては、愚痴のひとつも言えなくなった。
「それじゃ、行きましょうか。トゥトゥ、お願いね」
「は、はい」