◆二十一話『選択』
ベルリオットは天精霊の剣を手放し、霧散させた。
両腕をだらりと下げ、ゆっくりと地上へ下りていく。
いまだ歓声は絶えない。
そこかしこで喜びをあらわにし、抱きあう騎士たちの姿が目に入る。
だが、それ以上に倒れたままの者たちも多かった。思わず目を背けてしまうそうになるが、必死に堪えた。この勝利は彼らの力なしでは得られなかったものだ。そのことをしかと胸に刻まなければならない。
ベルリオットは自身の胸に右拳を当てながら、しばし目の前の光景を見つめていた。
やがて地上に下り立ち、細く長く息を吐いて緊張を解いた。
「ベルリオットっ!」
いつの間にか近くまでリズアートが来ていた。
抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってくる。
ベルリオットは彼女を受け止めようと身構えた、そのとき――。
すぅっと体から力が抜けていくのを感じた。背後で燐光がちらついたかと思うや、精霊の翼が解かれ、すぐそばにクーティリアスが人の姿としてあらわれた。
さらにほぼ同時、メルザリッテがアウラを使ってそばまで飛んできた。彼女はクーティリアスとともにリズアートよりも早く抱きついてきた。もうほとんど力が残っていなかったこともあり、ベルリオットは押し倒されるようにして尻餅をついてしまう。
当然、全身のあちこちが痛み、思わずうめいてしまう。
「ふ、二人とも。いたい、痛いって」
「ご、ごめんっ! でも嬉しくてっ」
あわてふためきながらもクーティリアスは喜びを隠しきれないといった複雑な表情を浮かべていた。しかたないな、と苦笑しながらベルリオットは彼女の髪をわしゃわしゃと撫でる。
反対側では、メルザリッテが涙を流しながら笑みを浮かべていた。
「ベルさま、信じておりましたっ」
「……メルザ。ありがとうな」
「ぼくも、ぼくもだよ! ベルさまならやってくれるって信じてた」
「ああ。クティもありがとうな」
二人の安心しきった顔を見ていると感じていた痛みもどこかへいったような、そんな気さえした。
「……もうっ」
呆れたような声が降ってきた。
見上げれば、眉尻を下げたリズアートの顔が映った。
わずかに頬がふくらんでいる。なにやら少し拗ねているようだ。
理由は喜びを表現する機会を失った、といったところか。
あまりに子ども染みた態度だが、いまはそれがひどくおかしく思えた。
「リズも、ありがとうな」
リズアートがこちらを窺うようにちらりと見てきた。それから息を吐いて脱力すると、そのままへたりこむようにそばに座りこんだ。ほっとしたように微笑みかけてくる。
「ええ、わたしもありがとう。そして、あなたが無事でいてくれて本当に良かった」
彼女から伸ばされた手に頬をなでられる。
刻まれた傷を撫でられるが、不思議と痛いとは思わなかった。
伸ばされた手の上に自分の手を重ねながら、ベルリオットは彼女に微笑み返した。
いまだ辺りの空気は明るいままだ。
あらためて周囲を見渡す。そう遠くない場所に空の騎士やライジェル、イオル、ジンが倒れこんでいた。彼らの安否が気になったが、どうやら全員無事のようだ。多様ではあったが、笑みで応じてくれた。
「本当にやったんだな」
言いながら、ベルリオットは仰向けに寝転んだ。
いま、そばにいるメルザリッテやリズアート、クーティリアスだけではない。
共に戦ってくれた仲間がいなければ絶対に奴には勝てなかった。
自分ひとりでは絶対に勝てなかった。
みんなで斃したんだ。そして……勝ち取ったんだ。狭間の未来を。
そう思いながら、一面に広がる青空へと右の手のひらを伸ばした。
これからどのような時間が自分を待っているのだろうか。
そんな期待を胸に秘めながら、伸ばした手を閉じようとした、そのとき。
ざわめきが起こった。
何ごとかと上半身を起こし、視線を巡らせる。
全員が一方を見ていることから原因はすぐにわかった。
冥獄穿孔によって開けられた大穴。
その上で一体のベリアルが浮遊していたのだ。
「よもや我が遅れをとるとはな……」
ベルリオットは血の気が引いた。
この喋り方、この声。
それになにより、この漂う雰囲気。
忘れられるわけがない。
つい先ほどまで戦っていたオウルのそれだ。
「うそだろ……たしかに斃したはずだ」
生まれた疑念を払いたい一心でその言葉を口にした。
周囲の空気が一気に張りつめた。
ベルリオットが口にしたことで確信に変わった者も、またそうでない者も警戒を強める。
そんな人間やアムールたちを目にしながら、浮遊するベリアルがひどく落ちついた様子で喋りはじめる。
「いかにも。我の身はきさまによってたしかに葬られた。だが、シグルとアムールは対となる存在。アムールがいる限り、我らシグルは何度でも蘇る」
胸の内を占めていた安堵感が一気に吹き飛んだ。
ようやくオウルを斃したというのに無駄だったということなのか。
また決死の覚悟で戦わなければならないのか。
いや、そもそも何度も復活できるというのなら、〝また〟ではない。
永遠に戦わなければならない、ということだ。
絶望感が押し寄せてくる。
いくらオウル相手に勝利したとはいえ、それは全員がもてる力のすべてを出し切った上で得たものだ。多くの者が負傷し、本来の力が出せない中、次の一度として勝てるかも怪しい。
「それは偽りですね」
メルザリッテが立ち上がり、オウルに向かった。
多くの者が悲観的な表情を見せる中、彼女の瞳だけは力を失っていなかった。
「いくら地底のアウラが無限だとしても、おまえほどの力をすぐに蘇らせることが出来るとは思いません」
「……察しが良いな」
つまらないとばかりにベリアルの姿をしたオウルが息を吐いた。
「いかにも。すぐに我の身を再生することは出来ぬ。復活まで何十年、いや、何百年。一千年を要するやもしれぬ。だが――」
にたりとオウルが笑いながら、両腕を左右に大きく開いた。
「我が僕たちならば、そう時間を要することはない」
その言葉が放たれた直後、穴から大量の黒煙が噴きあがった。あわせて、いくつもの黒い影が浮き上がってくる。黒い影は多種多様な姿かたちをしている。
やがて黒煙が止んだとき、それらの正体があらわになる。
大量のベリアルやドリアーク、ギガント、ガリオン、アビス。さらにメギオラの姿まで見られた。
「冥獄穿孔により地底と地上が完全に繋がった時点で、我らの敗北はなくなったのだ」
オウルが勝利を宣言するかのように声を張り上げる。
「きさまらに安寧のときは永遠に来ぬとしれ。さあ、我がシモベたちよ! いま一度飛び立て! そしてこの地をふたたび深き闇に染めなおすのだ!」
その声に応じて、シグルたちが一斉に動きはじめる。
向かってくる敵はいまの自分ならば簡単に対処できる敵ばかりだ。しかし、それは万全な状態での話だ。まともに体が動かないいま、まともに戦えるとは思えない。
おそらく、ほかの者たちも同じ状態だろう。
「くそっ!」
それでもやらなければならない。
ベルリオットは悲鳴をあげる体に鞭打ちながら、なんとか立ち上がった。
見え隠れする絶望を振り払うかのようにアウラを取りこんだ。
瞬間、視界の上空が煌いた。
淡い黄金色が混じったような白い光だ。それはやがて辺り全体を包みこむかのように強い光を放つ。ベルリオットは思わず目をつぶってしまいそうになるが、なにが起こっているのかを見極めるためにもなんとか堪えた。
上空に凄まじく太い柱が生成された。それはすぅと吸い込まれるように穴へと向かっていく。ゆっくりと落ちたように見えたが、実際には一瞬の出来事だったのだろう。
無数に浮いていたシグルを巻き込みながら、光の柱は冥獄穿孔によって開けられた大穴を塞いだ。
直後に襲ってきた地鳴りに、ベルリオットは思わず片膝をついてしまう。
「なんなんだ、これは……」
やがて揺れが収まったとき、そうつぶやいた。
光の柱はいまも大穴を塞いだまま、そこに存在している。
シグルと戦わずに済んだのだろうか。
状況が把握できず、喜ぶことすらできない。
ただただ唖然としてしまった。
「……やはり今回も来るのですね」
メルザリッテがどこか怯えたようにそうこぼした、そのとき――。
光の柱のそばの虚空が見てわかるほどにぐにゃりと歪んだ。
次いで、人とそう変わらない形をした顔がぬぅと浮き出るようにあらわれた。
ただ、それは普通の顔とは違い、凄まじく大きかった。
巨大化したオウルと同等ぐらいだろうか。
顔は穴を塞いだ光の柱と同じく、淡い黄金色を混ぜたようなほの白い光を纏っている。肌にはきめがいっさい見られない。加えて、まぶたが落ちたままなため、どこか無機質な印象を抱かされる。
その顔は、オウルとは比較にならないほどの威圧を放っていた。
いや、比較することすら無駄とさえ思えてくる。
ただただ心と体が訴えかけてくる。
この相手には絶対に勝てない、と。
見れば、この場に存在するすべての者が巨大な顔の存在に圧倒され、ただ立ち尽くすことしか出来ていなかった。
「メルザ、知ってるのか」
ベルリオットは問いかけた。
メルザリッテがきつく口を結んだ。まるでその名を口にするのが憚られる、とでも言うような素振りだ。しかし彼女は、なんとか押し出すようにその名を口にしてくれる。
「創造主です」
ベルリオットは不思議と大きな驚きには包まれなかった。
おそらく、そうではないかという思いを心のどこかで抱いていたのだ。
オウルをも超える力を持つ存在となれば限られているからだ。
だが、どうにもしっくりこなかった。
あまりに壮大すぎるがゆえ、自身の想像の範疇からかけ離れているからだろうか。
「なぜきさまが介入する、創造主よ!」
突如として聞こえたその叫び声はオウルのものだ。
どうやら創造主が放った光の柱から逃れられたらしい。
穴から少し離れた空中で浮遊しながら怒りをあらわにしている。
そんなオウルに顔を向けることなく、創造主の口が緩慢に動きはじめる。
「この戦いはおまえたちシグルの負けだ」
「なにを勝手なことを! 戦いはまだ終わってはおらぬ! いや、きさまさえ介入しなければ我らシグルが――」
創造主は黙れと言わなかった。
ただ、オウルに槍の形をした楔を上空から五本打ち込んだ。体を地面に縫いつけられたオウルが耳をつんざかんばかりの悲鳴をあげる。
多くの者が唖然とする中、創造主は何ごともなかったかのように口を開く。
「人は本来、アムールとシグルの争いに不確定要素として生み出したもの。しかし、その人が一部のアムールの力を借りたとはいえオウルに打ち勝った」
言葉は、どこまでも無感情に紡がれていく。
「わたしはおまえたちの未来を見たくなった。ふたたび機会を与えよう」
唐突にベルリオットは無数の燐光に包まれた。創造主が纏っている光と同じ色だ。見回せば、ほかの者たちにも同様の現象が起こっている。
温かさも、なにも感じられない光だ。
いや、むしろ冷たいとさえ思う。
これはアウラなのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、自分の体に刻まれた無数の傷口が塞がっていくのが見えた。いや、傷口が塞がっているだけではない。すべての痛みがなくなっていく。
まさか創造主が傷を癒してくれたというのか。
おぉ、と歓声があちこちであがる中、ベルリオットは遥か後方で凄まじい量のアウラが動いたのを感じとった。即座に振り返る。あちらはリヴェティア大陸がある方向だ。
「なにをした……?」
ベルリオットは創造主に向きなおり、問いかける。
「運命の輪と飛翔核、そして六つの大陸を蘇らせた」
あっさりと告げられた言葉に思わず言葉を失ってしまった。
なぜ、そんなことをするのか。
まったく理解が追いつかない。
先ほどの創造主の言葉には、人への驚きと期待の感情が乗せられていた。
そこから推察するに、《運命の輪》と《飛翔核》を蘇らせたのは創造主から人への〝褒美〟ともとれる。つまり、また空へと上がり、天地に挟まれた世界で生きる未来を人に与えたということなのだろう。
たしかに人の未来は保たれるかもしれない。
だが、なぜそのようなまどろっこしいことをするのか。
人に未来を与えてくれるというのなら、地底と地上を繋ぐ穴を閉じても良かったはずだ。
創造主の行動はあまりに不可解だ。
「またか……! また我に無駄な時間を過ごせというのか!」
いまだ楔を打ち込まれたままのオウルが声をひねり出すように叫んだ。
しかし、創造主はその声には耳を傾けてはいない。
こちらが予想だにしない言葉を淡々と紡ぐだけだった。
「アムールよ、天上へと戻るがよい」
天上より応援に駆けつけてくれたアムールたちの姿が一斉に透けはじめた。
冥獄穿孔では共に戦ったニアも例外ではない。
ニアが手を伸ばしながら叫ぶ。
「メルザリッテさま!」
「ニアっ」
それ以上、言葉を介すことはなかった。
ニアや、ほかのアムールがすぅと燐光と化した。まるで風に乗せられるようにかき消えていく。
一見して消滅したかのようにも思えるが、創造主の言葉からして天上へと戻されたのだろう。
「おまえはどうする……ベネフィリアに次いで、もっとも古きアムールよ。狭間で長く生きたおまえには選ぶ権利がある」
その言葉がメルザリッテに向けられたものであることは明らかだった。
メルザリッテが横目でこちらを見やったのち、創造主へと告げる。
「我が身は永遠にベルリオットさまとともに」
「いいだろう」
両者のやり取りを聞きながらベルリオットは考えていた。
なぜ自分が無条件に残されたのか、と。
ただ、その答えは簡単に導き出すことができた。
創造主から見て単純に狭間の住人であると判断されただけだ。
おそらくそこには生まれなど関係していない。
物心がつく前から狭間の世界で暮らしていたのだ。
正直、天上に愛着などありもしない。
母親に逢いたいという思いは少なからずあるが、これからも仲間とともに過ごせるというのなら喜んでそちらを選ぶ。
ようやく未来が見えてきたからだろうか。
創造主によってかき乱された心が、ようやく落ちつきを取り戻してきた。
そのとき――。
「明日の日の出をもってシグルに施した楔を解放し、同時に大陸を浮遊させる」
無情ともとれる言葉が告げられた。
「狭間に生きた者たちよ……選択せよ」
創造主がまぶたを持ち上げる。
瞳孔がなく、ただ眼球が存在するだけの目だった。
どこを見ているかすら判断がつかない。
だが、こちらを射抜いている、とそうベルリオットは感じた。
ああ、そうか。
そのとき、すべてを悟った。
創造主は決して、狭間に生きた者たちを贔屓したわけではない。
あくまで公平である、と。
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シグルに打ち勝ったことが民に報告されると、瞬く間に王都は歓喜の渦に包まれた。
あちこちで笑顔があふれ、陽気な歌や音楽が流れる。またオウルとの戦いに出向いていた騎士が凱旋する際には割れんばかりの歓声があがった。
その光景は平和の始まりであると言える。
だが、現状では偽りの平和とも言えた。
リヴェティア王城の晩餐の間。
ベルリオットは各国の王やラグとともに席についていた。
別にこれから食事をとろうというわけではない。シグルの奇襲で王城のあちこちが損壊したため、会議を行なえるまともな場所がここだけになってしまったのだ。
晩餐の間にひとりの騎士が入ってきた。
その濃い緑色の服はディザイドリウム騎士団のものだ。
跪いた騎士にディザイドリウム王が訊く。
「どうだ?」
「狭間に存在したときと同様の位置関係ですべての大陸を確認いたしました」
「状態は?」
「どの大陸にも建物が存在しました。自分はディザイドリウム大陸が落ちる直前の状態を目にしていますが、おそらくそのときと同様の状態かと思われます」
「もっとも初めに落ちた我が大陸がその状態であるなら、ほかの大陸も落下する前の状態に戻っている可能性が高いだろう」
そうディザイドリウム王が締めくくったとき、感嘆の声がいくつか漏れた。
失ったと思われた大陸がもとの状態で戻ってきたのだ。
当然だろう、とベルリオットは思った。
だが、感嘆の声を漏らした者たちの顔は、すぐに引き締められた。
重要なのは、ここからだ。
ティゴーグ王が口火を切る。
「創造主は浮遊と同時にシグルに施した楔を解くと言っていたそうですが、これはつまり……」
「当然、自由になったシグルが大挙して浮遊を始めた各大陸を襲撃するでしょう。その規模は、おそらく災厄日とは比較にならないかと」
ラグが険しい顔つきで言った。
創造主は無償で空に上がることを許してくれなかった。
未来を得たいのであれば相応の代償を支払え、と。
そう言わんばかりの状況を作った。
室内が一気に暗い空気で満たされる。
「現状、それらを単独で受け切る余力は我らティゴーグにはありません」
「そんなもの、うちだって同じさ」
「アムールがいれば、また話が違うのだが」
ティゴーグ、ファルール王に続いて、ガスペラント王がそろって眉根を寄せる。
「各大陸に分散して考えるからいけないんじゃ。ほ、ほら、今回みたいに一つの大陸に集まって受けきれば……」
シェトゥーラ王がまるで名案を思いついたと言わんばかりに話した。
だが、誰もそのことについて意見を述べない。
訪れた無言の時間に、たまらずシェトゥーラ王がうろたえはじめる。
リズアートが静かにため息をついたのち、淡々と言う。
「それではほかの大陸が落とされます。仮にそれで耐え切ったとしても、いまの人口を鑑みれば、ひとつの大陸では将来的に食糧が持ちません」
「そ、そうだね。うん、知ってたよ。知ってた。ただ、言ってみただけなんだ」
言いながら、シェトゥーラ王が乾いた笑いを見せる。
彼の失言のせいかどうかはわからないが、室内に満ちた空気がいっそう暗くなっていた。
「いったいどうすればいいのだ」
「いますぐにでも決断し、移動を始めなければならないというのに」
「短い。あまりに短い……創造主は考える時間すら与えてくれないのか」
唸り声が虚しく響くだけで一向に答えは出てこない。
いや、違う。
おそらく全員がすでに解決策に行きついている。
ただ、言い出すことが出来ないのだろう。
なぜなら、それは誰かを犠牲にする方法だからだ。
ベルリオットは大きく息を吸ったのち、その言葉を口にする。
「俺が地上に残る」
「ベルリオット!」
リズアートが弾かれたように立ち上がるや、激しい剣幕でまくしたててくる。
「あなた自分がなにを言ってるかわかってるの!? 地上に残ったら、もう大陸には戻って来られないのよ!?」
彼女から反発は食らうだろう、とは予想していたが、まさかこれほどまでとは思いもしなかった。
ベルリオットは思わず面食らってしまう。
彼女が怒ってくれるのは、それだけ大切に想ってくれているからだろう。
素直に嬉しいと思った。
ただ、だからと言って考えを曲げるつもりはない。
リズアートから視線を外し、ほかの者たちに問いかける。
「みんなもわかってるだろ。そうするしかないってこと」
目に映るのは、ばつが悪いというような複雑な顔ばかりだった。
ガスペラント王が目をつむりながら首を振った。また目を開くと、気遣うように話しはじめる。
「だが、きみはこの戦いの功労者だ。そのきみを犠牲にして我々が生き残るなど」
「俺以外が残る場合、相応の戦力が必要になるはずだ。けど、俺ならたぶんひとりで済む」
地底と繋がった穴の前で迎撃するつもりだ。厳しい戦いになるかもしれないが、大陸が浮遊するまでの時間を稼ぐぐらいなら問題ないだろう。
「ひとりで済むって……数の問題じゃないでしょう?」
「……リズ」
リズアートは立ち上がったまま、俯いた先の机を睨みつけていた。
先ほどのように声は荒げていないものの、怒りはまったく抜けていない。むしろ強くなっているようにさえ思える。
ベルリオットは胸が痛かった。
彼女を苦しませているのは自分だ。
それを充分に理解していながら、どうにもできないのがひどくもどかしかった。
「わかってくれ。こうするしかないんだ。きっと創造主もそのことをわかってて、この選択を迫ったんだ」
「創造主がなんだっていうのよ。たとえ、それが最善だったとしても誰かを……あなたを犠牲にして生き残るなんて……」
リズアートが机に押しつけていた両の手のひらを強く握りしめる。
こちらを見やることなく、最後にもう一度、その言葉を口にした。
「わたしは絶対に認めないから」