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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
終章【光満ちる空】
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◆第十八話『剣聖』

 ライジェル・トレスティングはまばゆい白光を放ちながら暗がりを翔けた。

 思わず戸惑ってしまうほど凄まじい速さだ。普段の自分なら間違いなく手放しで興奮していただろう。だが、いまはそんな暇などない。


 眼前に浮遊する、黒き存在――オウル。

 いまや人とそう変わらない形態となった相手が、すでに近くまで迫っていた。ライジェルは瞬時に剣の生成を試みる。体を巡るアウラがあふれるように手のひらから流れていく。いまだかつてないほど鮮明に感じるそれに思わず体を強張らせてしまう。


 くそ、なんて暴れん坊だよッ!


 こちらの意思に反して刀身が不恰好に伸びていく。

 思い描いたのは自分の体と同程度の刀身だったはずだが、すでに大剣を通り越した姿になってしまっている。


 白の力がとめどなくあふれてくる。

 それ自体は良いが、剣の造りがひどく甘くなってしまっている。

 ベリアル程度ならばこれでも充分だろう。

 しかし、いま相手にしているのはシグルの王だ。

 このままでは話にならない。


 ライジェルは剣の柄となる部分を両手でぐっと握りしめた。暴れる猛獣を押さえつけるかのごとく、肥え太った白の剣を振るう。周囲の風を巻き込んだその一振りは重い音を鳴らして虚空を斬った。

 振り終わったとき、刀身の大半がすぅと闇に溶ける。

 残ったのは無駄な肉が削ぎ落とされた簡素な長剣だ。


 これならッ!


 ライジェルはオウルに肉薄した。

 先の勢いを殺さずに切り返しで振り上げる。

 狙うはオウルの首――。


 甲高い音が響いた。

 結晶のかち合った音だ。

 白の剣がオウルの首を捉える直前、黒槍結晶の太い柄によって防がれてしまった。

 オウルの反応速度を考えれば当然の結果だ。

 しかし、注目すべきは音が鳴ったということ。


 これまで接触すら出来なかった敵の得物をついに捉えたのだ。

 互いの得物の周囲を纏う白と黒の靄。それらが食い合うようにぶつかり合っては弾けるように飛び散っていく。


 いけるッ!!


 ライジェルは一度、オウルから距離を取った。

 剣の感覚を確かめるため、一瞬のうちに虚空を三度斬る。

 悪くない。

 しっかりと手についてくる。


 みちり、と自身の手のひらが悲鳴があげるほど剣を握りしめる。

 その痛みを明確に感じたとき、頭が急激に冷えた。

 唐突に全身が痺れた。ほぼ同時、ひりひりと焼けるような、鈍器であちこちを殴られているような痛みがないまぜになって襲ってくる。


 白の光を得て、体が活性化した。

 それによって興奮状態になり、これまで痛みを忘れていたのだろう。

 決して傷が治ったわけではない。

 ライジェルは奥歯を強くかみ合わせ、顔が苦痛で歪みそうになるのを必死に堪える。


 いま止まるわけにはいかないんだよ! 黙ってろ!


「おらぁああああ――ッ!!」


 ライジェルは自身を鼓舞せんと咆哮をあげた。

 白の剣を右脇に流し、前へと翔ける。

 オウルが機先を制さんと黒槍結晶を突き出してきた。ぐいと伸び、先端が一瞬にして眼前にまで迫ってくる。


 ライジェルはまぶたをこれでもかと言うほど持ち上げた。黒槍結晶の先端に剣の切り刃を正確にかち合わせる。凄まじい衝撃に見舞われ、全身の骨という骨が悲鳴をあげる。

 黒槍結晶に押しやられ、後方へ刀身が傾きはじめる、瞬間。剣の柄を回した。黒槍結晶の側面に剣の腹をそわせる。そのまま黒槍結晶を削りながら、ライジェルはオウルとの距離を一気に詰める。


 オウルが黒槍結晶を手放し、後退した。新たに黒槍結晶を生成するが、その形状はこれまでのように巨大なものではなく、自身の二倍程度にまで長さを押さえたものだった。敵はこちらと撃ち合うつもりだ。


 ライジェルは構わずに突っ込んだ。繰り出されるオウルからの突きをすれすれのところで躱し、こちらもまた突きを放つ。喉もとを捉えんとしたそれは、しかしオウルが素早く引き戻した黒槍結晶によって弾かれる。


 後方へ流れそうになった剣を強引に引き戻した。勢いのまま振り落とし、敵の額を狙うが、横に構えられた黒槍結晶によって阻まれてしまう。

 ライジェルは剣を離さずに押し込もうとする。

 が、敵もまた前へ押し出しているためか、びくりとも動かない。

 互いの得物越しにオウルの顔がはっきりと見えた。

 そこには先ほどまでの余裕がいっさいない。


「この力……創造主め、人にも至高の色を与えていたというのかぁッ!!」


 オウルの視線はこちらに向けられているが、その瞳は遠くを見ている。


「ふざけるな! ときを同じくして生まれたアムールはまだしも、なぜ人にまで与えた!」

「創造主ってのは公平なんだろ。だったらなにもおかしくねえよ」


 ライジェルがそう言葉を割り込ませると、オウルがさらに怒りをあらわにした。顔面を引きつらせたかと思うや、まるで哮るように声を張り上げる。


「我らは優等! きさまらは劣等! 等しい力を持っていいわけがない!」

「だったら初めからそんな格付けなんてなかったってことだろうが!」

「刹那しか生きられぬ身でわかったような口を!」

「長生きしてっからって偉いわけじゃねえだろ!」


 どちらからともなく得物を弾いた。

 ライジェルは正面に生まれた空間へとすぐさま剣を振るう。敵もまた黒槍結晶を水平に薙いでくる。互いの得物がかち合い、甲高い衝撃音が辺りに響き渡った。同時、衝突によって引き起こされた突風が溝の中を荒れ狂うように舞いはじめる。


 ライジェルはオウルとともに目まぐるしく溝の中を翔けた。互いの距離が近づけば得物をぶつけ合い、一瞬ののちに弾かれるようにして離れる。

 衝突するたびに凄まじい音と突風が溝の中を支配した。衝撃によって溝の壁面、一部の尖塔が削れ、瓦礫が溝の底へと落ちていく。


 ライジェルは剣を振りながら眉間に皺を寄せた。

 敵は槍を巧みに操り、こちらの剣に正確に撃ち当ててくる。

 ただ強大な力に頼った攻撃をしてきているわけではない。


 さすがに強えな。シグルの親玉だけあるぜ……!


 だが、先ほどとは違って攻撃がまったく効かないわけではない。

 届きさえすれば敵に傷をつけることができる。

 勝ち目がある――。


 オウルと大きく離れた。彼我の距離は百歩程度。ライジェルはすかさず剣を振り下ろした。虚空を斬り裂く鋭い音が鳴ると同時、切り刃から剣撃を模った光が放たれる。飛閃だ。


 オウルもまた黒槍結晶を力強く薙ぎ、虚空を斬った。

 飛閃同様、攻撃の軌道を模った黒色の槍撃が放たれる。互いの飛閃は放たれた直後こそ得物と同等の大きさだったが、進むにつれ肥大化していく。


 ライジェルはもう一度、飛閃を放つや、その前へと躍り出た。飛閃と飛閃の間に挟まれる格好だ。

 一発目に放った飛閃が敵の飛閃と衝突し、弾ける。音はなかった。

 黒と白の粒が飛び散る中、ライジェルはオウルへと迫った。突っこんだ勢いを殺さずに右脇に流した剣を振るう。が、あまりに馬鹿正直な一撃だったためか、あっさり受け止められてしまう。


 ライジェルに焦りはなかった。

 ここまでは織り込み済みだ。そのまま競り合わず、オウルの脇を翔けぬける。直後、オウルの驚愕する声が聞こえた。おそらく二発目の飛閃に気づいたのだろう。

 ライジェルが振り返ったとき、オウルが飛閃を振り払っていた。こちらを警戒してか、すぐさま振り返ろうとする。が、遅い。


 ライジェルは一本の矢のごとく加速した。視界の中、オウルの顔側面が映る。直前まで焦りで支配されていたはずの顔が、いつの間にか笑みに変わっていた。

 ぞわり、とライジェルは全身に怖気がはしった。同時、視界の左端でオウルの尻尾が映った。それは二度大きくうねったあと、突き刺すようにこちらに迫ってくる。


 受けることはおそらくたやすい。だが防御に徹すればオウルに攻撃を加えられるかもしれない機会を逃してしまう。どうする――。


 逡巡の間にも尻尾は距離を詰めていた。尖った先がこちらの肉を貫かんと迫りくる。

 ライジェルは強張る自身の体を律した。速度を落とさずに進む。尻尾の先端が間近に迫ったとき、ライジェルは自身の真正面に無骨な結晶塊を生成。それを勢いよく叩きつけ、反動を利用して上方へと軌道を移す。

 尻尾によって結晶塊が叩き割られた。同時、ライジェルは視界の中で驚愕に満ちたオウルの顔を捉えた。


 その右肩から胸、腹をえぐるように刻む。耳をつんざくようなオウルの慟哭が響く中、ライジェルは逆袈裟に剣を振るった。さらに引き戻し、突きを放つ。が、次に響いたのは甲高い結晶の衝突音だった。

 オウルが黒槍結晶を割りこませてきたのだ。しかし、接触したのはほんの一瞬。圧倒的に勢いで勝っていたこともあり、オウルのほうが弾かれるようにして突き飛んだ。そのまま溝の壁へと激突し、穿った。大量の瓦礫が落ち、粉塵が巻き上がる。


 ライジェルは荒く息を吐きながら、その光景を見下ろした。

 手ごたえはあった。間違いなく大きな損傷を与えたはずだ。

 確信めいたものを抱きながら敵の動向を静かに見守る。


 やがて粉塵が収まったとき、黒い影が蠢き、飛び散った。押しのけられるようにして瓦礫が弾ける。さらに大きく開けられた穴の中から、片膝をついたオウルの姿があらわになった。見るからに死に体だが、なにやら様子がおかしい。


「おいおい、冗談じゃねぇぞ」


 ライジェルは違和感の正体を知ったとき、思わず引きつり笑いを浮かべてしまった。

 オウルの傷が見る見るうちに塞がっているのだ。それを可能としているのは、おそらく溝の底から無限にあふれ出る黒い瘴気だ。流れるようにオウルに吸い込まれては、その肉体に刻まれた傷を癒していく。

 オウルがしかと二の足で立ったとき、傷は完全に塞がっていた。


「よもや我が遅れをとろうとはな」


 言いながら、その手で塞がった傷口を撫でる。


「この体にまともな傷をつけたのはきさまが初めてだ。光栄に思え、人間」

「完全に治してから言われてもな」


 敵は凄まじく高い戦闘能力うえに再生能力まで備えている。

 苦笑するほかなかった。

 いったいどうすれば斃せるのか。

 考えを巡らせてみたものの、単純な答えにしか行きつかなかった。

 再生が追いつかないほどの傷を与える。

 これしかない。


 とはいっても、さっきのが全力だったんだよな……。


 そうライジェルが心の中で愚痴をこぼしたとき、オウルがくいと顎を下げた。膝を軽く曲げると、足場を破壊しつつ跳躍。凄まじい速度でこちらに向かってくる。


 生成した黒槍結晶を突き出された。恐ろしい速さだが、目では追えている。

 ライジェルは即座に迎撃せんと剣を構えた。


 ぎりぎりかっ!!


 黒槍結晶の先端が剣の腹に激突。上方へ勢いよく突き上げられた。衝撃は肩を通って抜けたものの、少なくない痛みを体に残していった。思わず顔を歪めてしまう。ただ、その歪みは痛み以外のものも混ざっていた。


 先ほどまではオウルの攻撃に反応できていたのに、今回は目で追うだけで精一杯だった。

 敵の速度があがったのか。

 再生する際に、敵がなんらかの力を得たのか。

 いや、違う――。


 ライジェルは上方へ突き飛ばされる中、ぽろりと剣を手からこぼしてしまった。

 まったくの無意識だった。

 痛みを堪え、体に無理をさせて通してきたが、どうやら限界が近いようだ。

 それを認識した途端、全身が酷く重く感じた。

 なにか巨大なものを背負っているかのようだ。


 こんな状態ではオウルの再生力を上回る一撃を加えることなどできない。

 ましてやまともな撃ち合いすら出来るかも怪しい。

 だが、だからといって両手を挙げて降参するつもりはなかった。


 ――まだ希望はある。


 ただ、それを実現するためには、いまも迫りくるオウルの動きを一旦止める必要がある。

 ライジェルはアウラを噴出させた。ぴたりとその場に留まり、自分自身へと怒りをぶつける。


「くそがっ!! まだやれんだろっ! 息子の前で情けねえとこ見せてんじゃねぇよ!」


 喉が潰れそうだった。

 血管がはちきれそうだった。

 右手に白の光が集まっていく。形勢された剣を両手でしかと握り、ライジェルは下方から迫るオウルへと振り下ろす。


「ぉおおおおお――ッ!!」


 黒槍結晶と撃ち合う。接触した瞬間、カツンと甲高い音が響いた。ほんの一瞬、静寂が辺りを支配したかと思うや、一変して猛烈な風が巻き起こった。

 風が吹き荒れる中でも、ライジェルは構わずに剣を振りつづける。オウルもまた、黒槍結晶と尻尾を振り回してくる。

 互いの攻撃がかち合うたびに溝の中を荒れ狂う風が舞う。


 自身の体に住まう、あらゆるものを奮い立たせなければ動き続けられなかった。

 悲鳴を上げていた肉体がいまやいっさいの抵抗を見せなかった。むしろ鼓舞するように熱を持ち、溢れんばかりの力を与えてくれる。


 これ以上ないほどに感覚が研ぎ澄まされていた。

 だが、これが自身の実力が昇華した証ではないことをライジェルは悟っていた。

 ともし火がかき消える直前、その存在を見る者の目に焼きつけるかのように揺らめくそれに似ている。


 突き出された黒槍結晶がぐいと伸び、眼前に迫る。現実の感覚ではおそろしく速い一撃なのだろう。だが、いまはそれが緩やかな動きに見えた。あと少し遅れれば眼球を貫かれるかどうかといった瞬間、ライジェルは身をそらした。

 髪の毛の一部を黒槍結晶に裂かれながら、オウルへと迫る。右後ろへ流していた剣を振るう。敵の腹に水平に減り込んだ剣は半分を進んだところで止まった。これ以上、裂くことは無理と判断するや、叩きつけるように押しだした。


 オウルが勢いよく突き飛んでいく。追い討ちとばかりにライジェルは飛閃を二発放った。それらが衝突したのとオウルが溝の壁面に衝突したのはほぼ同時だった。轟音が鳴り響いたとき、またもや巨大な穴が穿たれる。粉塵が舞い、大量の瓦礫が溝の底へと落ちていく。


 ライジェルは剣を手から放り捨てるなり、弾かれるようにして翔けだした。

 溝の内側に倒れた尖塔のうちのひとつへと下り立つ。眼前には横たわったベルリオットと、それに付き添うように座り込むリズアートとクーティリアスの姿があった。

 三人とも何ごとかと目を瞬いている。

 無理もない、と思いつつ、ライジェルは早速本題に入った。


「姫、ひとつ確認したいことがある。この力、人だけしか使えないのか?」

「そのはずだけれど……」

「確証があるわけじゃないんだな」


 その時点で、ライジェルの中で芽生えていた希望がたしかなものに変わった。


「ベルに渡そう」

「な、なにを言って……彼は、に――」


 リズアートは口をつぐんだ。

 彼女が言いたいことはわかる。

 ベルリオットは人間ではなく、アムール。

 それは紛れもない事実だ。

 だが、求めているのはそうした表面的なものではなかった。


「こいつは誰がなんと言おうと俺の息子だ。人として育って、人の心を持った立派な人なんだよ」


 ライジェルはリズアートからベルリオットへと視線を移した。

 期待と希望を込め、真っすぐに見据える。


「きっと使えるはずだ」

「……親父」


 面食らったようにベルリオットが目を瞬かせる。

 その傍らでリズアートの顔が一気に強張った。


「たとえ使えたとしても、いまのベルリオットの体じゃ――」

「やってくれるか、ベル」

「ライジェル!」


 その声はしっかりと耳に届いていたが、頭の外へと追いやった。

 いま、大事なのは彼女の意見ではない。ベルリオットの意思だ。

 ベルリオットがおもむろに目をつむったかと思うや、手をついて上半身を起こした。痛みを我慢しているのか、顔面筋が小刻みに震えている。


 ライジェルは胸がひどく痛んだ。

 なぜ、自分は息子に辛い思いをさせようとしているのか。

 いますぐにでも自分の言葉を撤回したい。

 そうした気持ちが思わず先行しそうになるが、強く唇を噛んでこらえた。

 ベルリオットがふたたび目を開けたとき、そこには力強い意志が宿っていた。


「ああ」

「ベルリオット! どうして……っ」

「悪いな、リズ」


 言いながら、ベルリオットはゆっくりと立ち上がる。よろめき、倒れそうになるが、アウラに頼らずに踏みとどまった。


「俺がやらないといけないんだ。そうしないと守れないんだよ。みんなを……」


 しっかりと胸を張りながら口にする。


「それに、さ。親父のあんな格好、見せられていつまでも寝てるわけにもいかないしな」


 少し照れつつも、どこか誇ったような笑みだった。

 その瞬間、ライジェルの体の中を言い得ぬ感情が駆け巡った。それは形となるまえに体から出て行ってしまう。

 ライジェルは思わず下向いてしまった。

 震える口をなんとか律し、言う。


「すまん、ベル」

「らしくないな。俺の尊敬してた親父は、どんなことがあっても下向かなかったぜ」


 ライジェルが目頭が熱くなかった。

 まだ幼いベルリオットを残し、地上をたってしまったことをずっと悔やんでいた。

 情けない父と思われているかもしれない、とずっと悔やんでいた。

 そんな後悔の念が、すべて吹き飛んだ。

 代わりに押し寄せてきた嬉しさが全身に痛いほど染み渡っていく。


「そう、だな」


 ライジェルは顔を上げ、不敵に笑った。

 と、激しい破砕音が耳をついた。

 見れば、先ほどオウルを突き飛ばした辺りが黒い靄でみちみちていた。言わずもがな、オウルの仕業だ。もう回復したらしく、その身に傷痕はいっさいない。


「クティっ」

「うんっ」


 ベルリオットがクーティリアスを呼び、彼女と手を合わせた。ふたたび青の光、精霊の翼をまとったのち、声をかけてくる。


「親父」


 ライジェルはうなずいた。

 白の力をどう取り出すのかなど知らなかった。だが、できると確信していた。

 自身の胸元に右手を当てると、全身に巡っていた力が一気に胸元へと向かっていく。若干のくすぐったさを感じると同時、凄まじい脱力感に見舞われた。白の力に頼りきっていたこともあってか、いまにもくずおれてしまいそうだった。


 だが、いま、倒れるわけにもいかない。その苦しみを顔に出すわけにもいかなかった。

 やがて胸元にすべての力が集まったと感じたとき、右手を離した。広げた掌には、まるで火のごとく揺らめく白の光が乗っていた。

 ライジェルは右手をベルリオットに差し出す。


「頼んだ」

「ああ。全部、終わらせてくる」


 ベルリオットは躊躇なく手を伸ばし、白の光を掴み取った。

 彼もまた直感で悟っていたのだろう。

 必ず白の力を己のものにできる、と。


 弾けるように散った白の光が燐光となり、ベルリオットの体を包みこんでいく。青の光と荒々しくぶつかり合うが、どちらも消滅することはなかった。その色をたしかに残しつつ、波打つように体の輪郭で揺らめきはじめる。


 ベルリオットが歩みだした。

 ライジェルは脇を通り過ぎていく息子に声をかけることはしなかった。

 ただ振り返り、その後ろ姿を見やった。


 知らねぇうちに、こんなに大きくなりやがって……。


 初めは自分が子育てなんて出来るのかと疑いしかなかった。

 それも見たことのないアムールの子どもだ。

 正直、愛情なんて欠片もなかった。


 だが、ともに過ごす時間が増えるごとにそんなものはすぐにわいた。

 不器用ながらも自分の考え、自分の剣を教えていくうちに、それはさらに増した。

 剣一筋で生きてきた自分にとって、いつしか剣以上の存在となった。


 そんな息子がこうして大きくなった。

 狭間に生きた者たちの未来を背負って立つほどに大きくなった。


 ベルリオットは自分にとって生きた証だ。

 そしてなにより、誇りだった。


 行ってこい、ベル……!


 そう心の中で見送ったとき――。


 ライジェルは、その場に倒れこんだ。



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