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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
終章【光満ちる空】
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◆第十七話『受け継がれる意志』

「ぁああああああ――ッ!!」


 恐怖で動けないなどとは言っていられない。

 ベルリオットは咆哮を上げ、自身を鼓舞した。強張っていた肉体が一気に脈動しはじめる。翼をはばたかせ、翔けた。オウルへと肉迫するやいなや、その額へと剣を振り下ろす。


 音は鳴らなかった。

 先のライジェルのときと同様、黒い靄によって防がれたのだ。

 眼前のオウルは身動きすらせず、ただこちらをじっと見つめている。

 ベルリオットはぎりりと歯を食いしばる。


 一度で無理ならッ!!


 敵の額をなぞるように剣を斜め下へと流した。勢いを殺さずに剣を切り返し、ふたたびオウルの頭部へと斬りかかる。が、またもや黒い靄によって阻まれてしまう。


 ベルリオットは舌打ちしながら、わずかにオウルから距離をとった。

 これまで刀身の中腹辺りをぶつけていたため、叩くという意識だった。

 それをオウルに触れさせる刀身の部分を最低限に留めることで、裂くという意識に変えたのだ。


 ベルリオットは腕の力を抜き、素早い攻撃を繰り出した。またも黒い靄によって阻まれるが、構わずに剣を振り続ける。回数を重ねるごとに速度が上がっていく。自分でも腕の感覚が薄くなっていくほどに回転を上げたとき、これまでとは違う感触を認めた。


 見れば、オウルの頬に斬り傷が入っていた。

 本当に小さな傷だ。

 しかし、いまのオウルに傷をつけた意味は大きい。

 ベルリオットはすかさず次の攻撃を繰り出すが、しかしオウルの手によってあっさりと剣を握られてしまう。

 オウルに動じた様子はまったく見られない。それどころか興味深そうに空いた手で頬の傷をなぞっていた。


「なるほど、やはり至高の色であれば突破し得るか。だが、その程度脅威にはならんわ」


 冷めた声を発しながら、オウルが尻尾をうねらせた。

 ベルリオットはとっさに剣を自身の前へと割りこませた。直後、オウルの尻尾によって叩かれ、凄まじい衝撃が襲いくる。全身の骨という骨が軋んだ。受けきれるかどうかを考える暇もなく天精霊の剣が砕け散った。衝撃を殺しきれず、後方へ突き飛ばされる。


 まさか天精霊の剣が一撃で破壊されるとは思いもしなかった。

 ベルリオットは動揺しながらも、どうにか空中で体勢を整えることに成功した。すぐさま敵の追撃にそなえて構えた、瞬間。思わず目を見開いてしまった。


 眼前に黒槍結晶が迫っていたのだ。

 形状はこれまで見たものと変わらない。

 だが、その輪郭は黒い靄によって覆われていた。

 あれは触れてはならない、ととっさに悟ったベルリオットは弾かれるようにして躱した。黒槍結晶がそばを通過していく。その先にあったあらゆるものを破壊しながら、最後には冥獄穿孔の外郭を貫き、空へと消えていく。


 その凄惨な光景に見とれている暇などなかった。

 新たに黒槍結晶が飛んできた。なんとか辛うじて躱したものの、追加で生成された黒槍結晶が次々に迫ってくる。

 ベルリオットはオウルを視界内に収めながら辺りを翔けた。

 辛うじてまだ直撃はまぬがれている。だが、外れた黒槍結晶によって荒らされる周囲の惨状を目にし、思わず戦慄してしまう。


 自身の拠点だというのにお構いなしといった様子だ。地底と地上が完全に繋がれたいま、オウルにとって冥獄穿孔はもはや用無しなのだろうか。


「どうした、逃げるだけか!」


 オウルがつまらなさそうな声をあげた。

 先ほど傷をつけたとはいえ、あれは敵が反撃してこなかったからだ。

 また敵に攻撃を加えようとするなら、まずはこの黒槍結晶の中をかいくぐらなければならない。それに近づいたところで別の反撃がないとも限らない。

 ベルリオットが攻めあぐねていると、オウルがいやらしく口を歪めた。


「先の威勢はどこへ行った? 父を殺され、怒り狂っていたきさまはどこへ行ったのだ」

「親父はまだ生きてる!」

「そう思いたいだけだろう」


 オウルの言葉が絡みつくように耳に響く。

 必死に頭の中から追いやろうとしていた。

 考えれば、また頭に血がのぼってしまうからだ。

 幼い頃、血まみれになって倒れたライジェルの姿が蘇ってくる。

 沸々とこみ上げてくる熱い感情が警戒心を溶かしていく。


 いまもなお幾本もの黒槍結晶がこちらを貫かんと飛んできている。そのうちの一本を避けたのち、ベルリオットは空中に円を描きながらオウルへと体の正面を向けた。残る黒槍結晶を避け、天精霊の剣を手に突っこんでいく。


 オウルが醜悪な笑みを浮かべながら両手を広げて待ち構えている。余裕すら感じさせる敵の振る舞いにベルリオットの苛立ちがさらに募る。


「頭を冷やせ、ベルッ!」


 ふいに聞こえた声にベルリオットは停止した。

 いまの声は間違いなくライジェルのものだ。

 弾かれるようにしてオウルから距離をとったあと、振り返った。すると視線の先で、剣を突き立てた格好ではあるものの身を起こしたライジェルの姿が映った。


「親父……!」

「大丈夫だ、俺は生きてる。ちっとばかし気絶してただけだ」


 こちらを安心させるためだろう。

 ライジェルが口もとに笑みを作った。

 ただ、剣を杖代わりしなければ、とても立っていられないといった様子だ。

 生きていてくれたことは嬉しい。だが、その痛々しい姿を目にし、ベルリオットは胸が締めつけられるような気分に陥る。


「ほう、まだ生きておったか。ならば」


 ふいにオウルが自身のそばに黒槍結晶を生成した。それを片手で掴むと、すっと無造作に投擲する。静かに放たれたものの、それは先ほどまでベルリオットが受けていた攻撃よりも遥かに速かった。

 だが、問題はそこではない。

 狙われたのが、ライジェルだったのだ。


「っ!!」


 ベルリオットはすぐさま黒槍結晶の進路に割って入った。ライジェルに背を向けるやいなや剣を放り捨て、両腕を交差させる。


「頼む、クティッ!!」


 喉からひねりだすように叫んだ。脳にクーティリアスの声が響いたのか響いていないのかわからなかった。ただ、意図したものは交差した腕の前に生成された。形状こそ簡素だが、天精霊と同等の強度を秘めた障壁だ。


 黒槍結晶が障壁に衝突した。同時、両肩が叩かれたような感覚に襲われる。その場に留まることができず、後方へ追いやられる。すでに障壁にはひびが入っていた。見ている間にも亀裂が全域へと走っていく。これ以上は持たない。


「ぁあああああああッ――!!」


 ベルリオットは咆哮とともに障壁を黒槍結晶の下へもぐらせた。力任せに持ち上げ、上方へ流すようにいなす。が、完全に勢いを殺しきれなかった。凄まじい衝撃に全身を襲われる。空中での制御もままならず、不恰好に後方へ飛ばされていく。


 ようやく止まったのは、ふたたび全身に衝撃が走ったときだった。

 どうやらなにかに激突し、止まったらしい。

 自身の体がどうなっているのかわからなかった。

 ただただ体が重い。


 なにかが遠く聞こえてきた。

 それは時間を経るごとにだんだんと脳に響いてくる。

 やがてライジェルの声だとわかったとき、朦朧としていた意識が覚醒した。

 ぼやけていた視界が輪郭を持ち、色をつけていく。ライジェルの顔が近くにあった。どうやらいまの自分は彼に抱かれているらしい。


「お、おい。ベル、ベルッ!! 返事してくれっ! ベルッ!!」

「親父……無事か?」


 無意識に口から出たのはその一言だった。

 ライジェルの顔がくしゃりと歪んだ。


「馬鹿やろう……なんで俺をかばった……!」


 その声は震えていた。

 わずかに目を潤ませたうえ、唇を強く噛んださまは、そのいかめしい顔にまったくもって似つかわしくない。


 こんな親父の顔、初めて見たな……。


 いまは戦いの最中だというのに、ベルリオットはなんだかおかしくなった。思わず穏やかな気分に満たされ、顔が緩んでしまう。


「誰かを護ってやれる男になれ……そう俺に教えたのは親父だろ」

「馬鹿息子が。こんなときに、いらねぇことを思い出しやがって……」


 言葉とは裏腹にぎゅっと抱きしめられた。

 思っていたよりも、ずっと太い腕に厚い胸だ。

 木々の匂いがした。

 昔と全然変わらない、懐かしい父の匂いだ。

 ライジェルに抱きしめられたのは、いつ以来だろうか。

 少なくとも物心がついてからは一度としてない。


「最期の別れは済んだか」


 オウルの声が聞こえた。

 横目に様子をうかがうと、オウルがまたも黒槍結晶を片手で担ぐようにして握っていた。

 その泰然とした様子は、殺そうと思えばいつでも殺せるぞと言わんばかりだ。


「息子に体張らせるだけ張らせといて、父親が黙って見てるわけにもいかねぇよな」


 ベルリオットの体からそっとライジェルの手が離された。

 視界にライジェルの足が割り込んだ。

 こちらを庇うように、オウルへと向かったようだ。

 オウルが感嘆の声を漏らす。


「ほう、立ち上がるか。だが、その体でなにが出来るというのだ」

「なにが出来るかとかじゃねぇ。ひとりの男として、父親として、いま、出来ることをしなくちゃいけねぇんだよ」

「それが勝てもしない相手を前に剣を握るということか」


 ライジェルは応じなかった。

 代わりに剣を構え、その切っ先をオウルに向けた。

 オウルがほんのわずかな間、目をつむった。それになんの意味があるのかはわからない。ただ、ふたたび瞼が持ち上げられたとき、そこには酷く冷ややかな色を宿した瞳があった。


「我に脅威を与えた唯一の人間として、きさまのことは我の記憶に一生刻まれることだろう」

「はっ、そいつは光栄だな」


 ライジェルが苦笑しながらこたえたあと、肩越しに目を向けてきた。


「すまねぇな、ベル。またなにもしてやれなくてよ」


 こちらを見下ろす父の顔は笑っていた。

 ただ、それは純粋な笑みではない。

 たくさんの後悔の念が入り混じっていた。


「親父……っ!」


 ベルリオットもまた同じ想いを抱いていただけに胸が破裂しそうなほど痛んだ。

 かすかにぼやけはじめた視界の中、オウルが黒槍結晶を握った右手をさらに引き絞った。心なしか、これまでよりも纏う黒い靄の量が増している気がした。ありえないとは思いつつも、全力をもって斃そうとするオウルなりの敬意なのかもしれない、とベルリオットは思った。


 オウルの体が強張った。

 ベルリオットは思わず目を瞑ってしまいそうになるのを堪えた。

 これから起こることを自分は見届けなければならないと思ったのだ。

 オウルの右手が前へ押し出されていく。黒槍結晶が指先から離れていく。

 ついに放たれる――。


 瞬間、オウルの動きがぴたりと止まった。

 頭上を見ながら、大きく舌打ちする。


「ジディアスめ、死んだか」


 ふいにオウルの頭上から幾筋もの青い光が降ってきた。

 凄まじい速さだったが、オウルはそれらを黒槍結晶で難なく弾いていく。そのたびに乾いた破裂音が鳴り響いた。周辺に青い結晶片がぱらぱらと舞う。

 いったいなにが起こったのか。

 ベルリオットが状況を理解するよりも早く、視界にひとつの影が割りこんだ。


「ベルさまっ、ライジェルさまっ!」

「メルザ……?」


 間違いない。

 メルザリッテだ。

 彼女の体には無数の斬り傷が刻まれていた。

 青色だったはずの騎士服は、いまや大半が赤く染まってしまっている。見るからに重傷だ。しかし、彼女からは弱々しさをいっさい感じなかった。それどころか、あふれ出んばかりの精力を感じる。

 彼女はライジェルの前に立ちながら背後をうかがってくる。


「ご無事……ではありませんね。遅くなって申し訳ございません……」

「いや、来てくれただけでもありがたいぜ」


 ライジェルが安堵しながらこたえた。

 ベルリオットもまた同じ気持ちだったが、手放しで喜べる状況ではなかった。


「ジディアスが執心していた青天の戦姫か。だが、きさまひとり来たところで、なにも変わりはせんぞ」


 オウルの言うとおりだ。

 いくらメルザリッテが青の力を持っているとしても、いまのオウルを相手にするには無理がある。それほどまでにオウルの力は桁違いなのだ。

 しかし、そんなこちらの不安とは相反して、メルザリッテは酷く落ちついていた。


「いいえ。わたくしひとりではありません」


 その言葉の直後、オウルの頭上へと幾つもの光が襲いかかった。それらはオウルに一度、接触しては弾かれるようにして後退。メルザリッテのそばへと下り立っていく。

 そこで初めてベルリオットは光の正体を認めた。

 ヴァロン、ジャノ、ティーア、エリアス、リンカ。

 空の騎士たちだ。


「みんな……」


 全員がぼろぼろだ。

 エリアス、リンカにいたってはほかの者よりもさらに状態が酷い。

 立っているのも不思議なくらいだ。

 新たな二つの気配が両脇に下り立った。


「随分と無様な格好だな、ベルリオット」

「ほんと性格ねじまがってんなあ。頑張ったの一言ぐらいかけてやれよ」


 話し方で大体の予想はついていた。

 その姿を目にしたことで確信にかわる。

 イオルとジンだ。

 なぜこの二人がいるのか。

 そんな疑問を抱いた直後だった。


 ずしんと重量感たっぷりの音を鳴らしながら、近くに巨大ななにかが下り立った。

 丸々としたその不恰好な体を見間違えるはずがない。

 ルッチェの機構人形だ。


「ベルリオットっ!」


 耳を疑った。

 それはここにいるはずのない、いや、いてはならない者の声だったのだ。

 声のしたほう――機構人形のちょうど上空に視線をあげたとき、こちらに向かってくるひとりの少女の姿が映った。

 ベルリオットは思わず目を見開きながら、その名を口にする。


「……リズ?」



   /////


 どうしてリズアートがこの場にいるのか。

 ベルリオットは訊こうとするが、口がうまく動かなかった。

 そばまで駆け寄ってきたリズアートが片膝をつくなり手を伸ばしてくる。


「こんなになるまで……」


 頬をなでられた。

 慈しむような触り方だったが、少しくすぐったいと思った。

 まるで傷の痛みを共有したかのようにリズアートの顔がくしゃりと歪む。


「上にも我の僕が残っていたはずだが」


 オウルの声が響いた。

 数的不利な状況下でも動揺はいっさいないといった様子だ。


「異変を感じとり、ニア殿たちが我らを送ってくれたのだ」


 そうこたえるやいなや、ジャノが声を張り上げる。


「全員、ベルリオットとライジェル殿を背にして陣形を組め! 絶対に二人をやらせるなよ!」


 全員が二の足でしかと立ち、ベルリオットとライジェルを守るように立ちふさがる。

 オウルが酷くつまらなさそうにだらりと腕を下ろした。


「雑魚が集まったところでなにが出来るというのだ」

「雑魚も集まれば、存外馬鹿にしたものではないかもしれんぞ」


 ヴァロンが剣を構え、深く腰を落とした。

 片足をすりながら誰よりも前へと出る。


「わしが前を張る! 続けぃ!」


 しゃがれた声をあげながらヴァロンが飛び出した。残った騎士たちも一斉に続く。

 オウルに動く気配はなく、ほぼ棒立ち状態だった。

 構わずに肉薄したヴァロンがオウルへと斬りかかる。が、その剣が敵の額を捉える前にヴァロンの体が色をなくしていく。自身と瓜二つの体を結晶で作ることで敵を惑わすヴァロンの技――幻影結晶だ。


 ヴァロン本体はオウルの背後へ回っていた。それとほぼ同時、ティーアとジャノがヴァロンの幻影結晶を盾にしながら、オウルとの距離を縮めていた。

 オウルの身へと三方向から攻撃を繰り出すが、しかしどれも黒い靄を突破することはかなわない。衝突の音すら鳴らないことに三人は動揺を隠し切れないようだった。しかし反撃を警戒してか、すぐさま飛び退いていく。


 間髪をいれずに両側からエリアスとリンカが迫っていた。互いにすれ違いざまの一撃をオウルに加えていく。さらにメルザリッテが正面から向かう。一対の剣の腹を合わせ、オウルの腹を裂くように攻撃を繰り出し、翔け抜けていく。


 衝突音は一度も鳴らなかった。

 響くのは斬りかかった者たちの動揺する声だけだ。

 オウルに影が差した。

 視線を上げた先、イオルが自身の十倍ほどもある巨大な剣を手にしていた。緩慢な動きでそれを大きく振り上げると、猛りながら勢いよく降下する。


「ぉおおおおおお――ッ!!」


 オウルの頭頂部に大剣が激突した。が、やはり音は鳴らなかった。

 大剣に追随していた風が周囲へと飛び散ったあと、オウルが煩わしいとばかりに右手を伸ばしはじめた。それを本能的に危険を察知したか、イオルが慌てて飛び退く。

 直後、ルッチェが操縦する機構人形がオウルに向かって拳大ほどの玉を五つ投擲した。

 機構人形の中からくぐもった叫び声が聞こえてくる。


「ジンさん!」

「あいよッ!」


 ジンが腰に携えた二丁光銃(ディコル・イーラ)に手を添えるや、ルッチェによって投げられた五つの球を光の線で見事に撃ち抜いた。

 五つの玉が、かっと眩い光を放った。それらが弾けるように散った瞬間、荒々しい風が辺りに吹き荒れる。とても目を開けていられない。

 ベルリオットは吹きとばされそうになったが、そばにいたリズアートが庇ってくれたため、なんとか尖塔から落ちずに済んだ。


 先ほどの玉は運命の輪を破壊する際に使ったものと同じものだろうか。

 凄まじい威力だ。

 もしかすると、という思いがベルリオットの中に生まれる。


 ようやく風が収まった。

 ベルリオットは恐る恐る目を開ける。

 と、その先に映った光景を前に思わず瞠目してしまう。

 オウルは先ほどと変わらない姿で浮遊していたのだ。


「あはは……まったく効いてないや」


 機構人形の中からルッチェの声が聞こえてきた。

 オウルが目を細めながら眼前の騎士たちに問いかける。


「雑魚も集まれば、なんと言ったか……忘れてしまったな。教えてくれるか」

「化け物が」


 ぎりりと歯を食いしばったヴァロンがふたたびオウルへと飛びかかっていく。ほかの空の騎士もあとに続く中、イオルが顔だけを振り向かせて必死の顔で叫ぶ。


「陛下、お急ぎを!」

「ええ、わかってるわ!」


 そう答えるや、リズアートが立ち上がった。そのままライジェルに歩み寄り、少しおどけたように肩をすくめる。


「ライジェル、久しぶりね。ちっとも変わってないじゃない」

「あのちんちくりんだった姫が大きくなったもんだな」

「もう、姫ではなくなってしまったのだけれど」


 リズアートがわずかに眉尻を下げた。

 その言葉の意味を察したライジェルが、すぐさま空気を取っ払うように話題を変える。


「それで、どうしてここに来たんだ。まさか、戦おうってわけじゃないんだろう」


 リズアートが表情を曇らせた。

 だがそれは一瞬だったため、そこに秘められた感情を読み取ることはできなかった。

 彼女が自身の胸元に両手を当てる。と、瞬きひとつする間に、その手が輝き出した。蕾のように握られていた手が開かれると、そこには穢れなどいっさいない真っ白な光がゆらめいていた。

 リズアートから差し出された光を前にライジェルが目を瞬かせる。


「その光は……?」

「アムールにとって空のように澄み渡った青があるように。シグルにとってどこまでも深い闇の黒があるように。人にも至高の色があったの」

「それが、この白き光だっていうのか」


 リズアートはこくりとうなずいた。


「わたしではこの光の力を存分に引き出せなかった。けれど、人の中でもっとも高みにのぼりつめたあなたなら、きっと……」


 そう話す彼女の声は震えていた。

 言葉とは裏腹に、まるで力を渡したくないといったようだ。

 ライジェルが少し困ったように笑った。


「悔しかったんだな。力になれなくて」

「そんなことは……」

「安心してくれ。姫の分も俺が背負ってやる」


 ライジェルが右手で白き光を掴み取ると、自身の胸元まで持っていき、ぐっと握りしめた。瞬間、白き光は弾け、無数の光点となった。それらは眩い輝きを放ちながら、ライジェルの体を包みこんでいく。

 ライジェルが纏っていた赤のアウラが白に塗りかえられていき、やがて光翼を含むすべてが白に染まった。


 その最中、オウルが黒槍結晶を振り回していた。直後に起こった突風によって交戦中の騎士たちが辺りに勢いよく吹きとばされる。溝の壁に衝突した者、倒れた尖塔に衝突した者、全員が満身創痍といった様子だ。うめきながらも立ち上がれそうにない。


「なんだ、その光は……!?」


 オウルはすでに異変を察知していたようだった。

 交戦していた騎士たちに目もくれず、ライジェルだけを注視している。

 それに応えるかのように、ライジェルが白き光を荒々しく噴出させた。


「姫。悪いが、うちの馬鹿息子を頼む」


 振り返らずにそう言葉を残すと、彼は勢いよく飛び立った。



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