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◆第十四話『姫様ご乱心』

 騎士団本部の中に入るのは、訓練校の下級生時代、授業の一環として見学で連れられてきたとき以来だった。

 あのときは教師と他にも大勢の生徒たちがいたから、ほとんど緊張などしなかった。

 だが、今回は違う。

 なにせベルリオットの他に、リズアートとナトゥールの三人しかいないのだ。

 まるで敵地に赴くような気分である。


 石造りなためか、騎士団本部の中はひんやりとしていた。

 入るとすぐに広間――王城騎士専用の待機場所に出た。

 左右に机が配され、人が通りやすいよう中央が空けられている。

 二十人ほどの王城騎士が、談笑したり真剣になにかの打ち合わせをしていた。

 ストレニアス通りほどではないが、少し騒がしい。


「お、おい。あのお方って……」

「ば、馬鹿お前、姫様じゃねえか!」


 待機場所に足を踏み入れるや、ベルリオットたちは注目を集めた。

 同行している中に、リヴェティア王国王女であるリズアートがいるのだから当然だ。

 騎士たちが即座に立ち上がり、整列した。


「王女殿下に敬礼ッ!!」


 左右から、真摯な視線が突き刺さる。

 騎士という立場的に、敬礼をしているのは上位の騎士ばかりだ。

 自分に向けられているわけではないのに、ベルリオットはなんだか申し訳ない気分になる。

 ナトゥールにいたっては、怯えながらへこへこと頭を下げていた。


 リズアートは片手を軽く挙げ、騎士たちに答えた。

 そうした態度はやはり王女と言うべきか。

 威厳を持って平然としていた。

 広間の中央を歩き、奥に向かった。

 受付に立っていた騎士にリズアートが尋ねる。


「グラトリオは?」

「そちらの階段を上った先、執務室でお待ちしております」

「そう、ありがとう」


 受付の騎士が指し示したのは広間の右奥にある階段だ。

 そこから上階へと向かうと重厚な木製の扉があった。

 ためらいもなくリズアートが扉を開け、中に入る。

 ベルリオットとナトゥールも続く。


 さして広くはないが、開放感のある部屋だった。

 赤絨毯が敷かれ、壁には騎士団の紋章や、シグルとの戦いを想わせる絵が描かれた織物が飾られている。

 部屋の脇に、予想外の人物が立っていた。

 訓練校最強の名を欲しいままにする、イオル・アレイトロスだ。


 なんでイオルがここに?


 と疑問を抱くが、聞こえてきた低い声に思考が中断させられる。


「お待ちしておりました。殿下」


 執務机の向こう側で敬礼するグラトリオの姿があった。

 傍で、エリアスも同じように敬礼している。

 今は視界に入っていないが、きっとイオルも同じようにしているのだろう。

 ベルリオットとナトゥールも、グラトリオに対して敬礼する。


「あんまり堅苦しいのは嫌いだから、みんな楽にしてちょうだい」


 そう言って苦笑したリズアートに応じて、部屋にいた全員が姿勢を崩した。

 グラトリオが口を開く。


「この度はお呼びだてする形になってしまい、誠に申し訳ありません」

「いいわよ。もともとわたしから言い出したんだもの。それに騎士団長がわざわざ訓練校の教室に出向いてたら格好がつかないでしょう」

「お相手が姫様ですから、それは――」

「とりあえずその話は置いておきましょう。それより、あの話よっ」


 リズアートのこうしたからっとした気性を、ベルリオットはわりと気に入っている。

 文句があるとすれば、なにかにつけて人を巻き込んでくるところだろうか。

 今回も、巻き込まれる予感がひしひしとしている。

 興奮した様子で、リズアートが話を継ぐ。


「許可をくれたって本当?」

「我々の本心としては、できれば殿下には安全な場所にいていただきたいのですが」

「そのうち嫌でも城に篭らされるんだから、それまでに一度ぐらいは体験しておきたいのよ」


 ここにいる理由を知らされていないベルリオットには、会話の内容がよく掴めなかった。

 けれど《災厄日》まであと一日ということや、グラトリオの発言から、なんとなく予想はできる。

 勘違いでないことを確認するためにも、リズアートに訊いてみることにした。


「な、なあ。まさか大陸の外縁部に行くとか言わないよな?」

「ん? そうだけど?」

「正気かよ」


 予想通りだった。

 しかも、なにか問題があるの? とでも言いたげな表情を返された。

 つい先日、ガリオンの襲撃を受けたばかりだというのに、このお姫様はどうかしている。

 しかしそれがリズアートらしい、と思えてしまうほど、短い付き合いながらにベルリオットは彼女を理解してしまっていた。

 グラトリオが事情を説明する。


「明日の《災厄日》外縁部遠征を経験したいと姫様が申されてな。急遽、小隊を組むことになった。隊員は姫様、イオル・アレイトロス、ナトゥール・トウェイル。そしてベルリオット、お前だ」

「お、俺もですか!?」「わたしが!?」


 ベルリオットとナトゥールの驚きの声が、室内にひびいた。

 しかし考えてみれば、なにもなければ連れてこられたりはしない。

 そしてやはりベルリオットに拒否権はない。


 訓練生の身で《災厄日》に外縁部へ赴くことはほとんどないと言っていい。

 成績上位者であるナトゥールが驚いているのも、そのためだ。

 イオルが平然としているのは、おそらく事前に話を聞かされていたのだろう。

 とにもかくにも、もっとも危険とされる《災厄日》の外縁部に、訓練校きっての落ちこぼれである自分が行くことになるとは、ベルリオットは思ってもみなかった。


「あ、あの……訓練生だけで外縁部に行くのは、ちょっと危険だと思うのですが」


 恐る恐る、そう口にしたのはナトゥールだった。

 ナトゥールの実力であれば、並みのシグルでは相手にならない。

 だから恐らくこの意見は、恐怖を感じているというわけではなく、隊員の中にいるリズアートの存在が気がかりなのだろう。

 王女であるリズアートの身になにかあれば、責任を問われかねない。

 グラトリオが答える。


「それについては……ログナート卿」

「はい。当日は監督役としてわたしが同行します。形式上は姫様が隊長となっていますが……僭越ながら、任務中はわたしの指揮下に入っていただきます」

「ええ。そういう約束だものね。でも、あまりうるさく言わないでよ?」

「善処します」


 生真面目なエリアスの返事に、リズアートが苦笑した。

 エリアスの参加ということであれば、下手な騎士が何十人も護衛につくより安心だろう。

 聞くところによると、騎士が五人から十人規模で行動しなければ危険だと言われる《災厄日》の外縁部を、序列一桁代の王城騎士はたったひとりで行動するらしい。

 それだけ彼らの戦闘能力はずば抜けているのだ。


「団長。ひとつ、いいでしょうか?」


 と声をあげたのはイオルだ。


「なんだ?」

「ログナート卿の同行は心強く思います。ただ、お言葉ですが、アウラを使えないベルリオットを同行させるのは、ただの足手まといになるだけだと自分は思うのですが」


 まったくもってその通りだ。

 しかしイオルに言われるとなぜだかいい気がしない。

 ふむ、とグラトリオがうなずく。


「ベルリオット。聞けば、アウラも使わずにガリオンを斬ったそうじゃないか」

「アウラを使わずに? そんなことできるわけが……」


 グラトリオの言葉に、イオルが眉をしかめた。

 信じられないのも無理はないだろう。

 リズアートがエリアスに初めて話したときも同じような反応をされたものだ。

 ナトゥールも、目をぱちくりとさせている。


「わたしがこの目で見たからね。間違いないわよ」


 リズアートが証言者と聞いては、イオルも黙るしかなかったようだ。

 さらにグラトリオが言い聞かせるように告げる。


「なにより、ベルリオットの小隊参加は姫様のご希望でもある」

「そういうこと」

「余計なことを……」

「ベルリオット・トレスティング! 口の利き方に気をつけなさい!」


 エリアスの怒声にも慣れたもので、ベルリオットは「へいへい」とおざなりに返事をした。

 リズアートがグラトリオに訊く。


「他にはなにかある?」

「いえ、特には。細かいことはログナート卿から聞いて下さい」

「わかったわ。それじゃ、帰って明日の準備でもしようかしら」

「くれぐれもご無理をなさらないよう。姫様になにかあれば、国王陛下に顔向けができませんので」


 グラトリオの言葉に、リズアートは肩をすくめた。


「……気をつけるわ。それじゃあね」

「わたしも姫様の護衛があるので。これで失礼します」


 リズアートに続いて、エリアスも退室した。

 残ったベルリオットたち訓練生も、「失礼します」とだけを告げて部屋を出ようとする。


「あー、イオル。少し話があるから残ってくれるか」


 イオルが呼び止められた。

 訓練校首席のイオルのことだ。

 今後の展望やら王城騎士の配属について、なにか話があるのかもしれない。

 なんにせよ、訓練校でも底辺のベルリオットには関係のない話だろう。

 そんなことを思いながら、部屋をあとにした。

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