◆第十話『象徴の輪』
「そろそろ出発した頃かしら……」
リヴェティア王城の会議室にて、リズアートはそうつぶやいた。
視界の中、各国の王に加えてラグが円卓の席についている。
彼らの表情は多様だ。
しかし総じて負の感情が見て取れる。
夜明け前より集まり、次なる戦況報告を待っているところだった。
睡眠時間がほとんど取れていないからか、血色が良い者はひとりとしていない。
「心配なのですか」
そう訊いてきたのは、うしろで控えるユングだ。
リズアートは両肘を机に置いたあと、組んだ両手に口もとを当てた。
振り返らずにこたえる。
「いいえ、と言えば嘘になるでしょうね」
「やはりオウルの存在ですか」
「決して勝つことは出来ないと言われたシグルの王が侵攻に加わった。それはやっぱり無視できないわ」
「ですが、仮初の体であるとの話ですし、まだ希望はあるはずです。それになによりあの剣聖が生きていたのですから」
「そうね。ライジェルが戻ってきてくれたんだから……」
リズアートが知る限り、強さという点において、ライジェルは人の中でもっとも高みに登りつめた男だ。
その彼が生きていて、このシグルとの決戦に駆けつけてくれた。
これほど心強く、嬉しいことはない。
幼い頃、ライジェルに護衛として何度も面倒を見てもらった思い出が、その想いをより強くしていることは言うまでもない。
だが、自分以上に彼の生還を嬉しく思っている人物がいる。
彼の息子である、ベルリオットだ。
……ライジェルと再会できたのよね。
リズアートはまるで自分のことのように心が温かくなった。
自分にとって父との再会は決して叶わないことだ。
だからこそ余計にベルリオットに自分を重ねてしまいたくなる。
彼がいったいどのようにして父と再会したのか。
想像するたびに思わず目頭が熱くなってしまう。
静かに目をつむり、生まれた感情を振り払うように頭を左右に軽く振った。
気持ちが落ちついたのを確認してから、ゆっくりと目を開ける。
と、視界端の窓の向こう側で黒い影が蠢いたのを捉えた。
その影は段々と大きくなっていく。やがてそれが接近してくるアビスだと認識したときには、すでに窓が突き破られていた。
小気味の良い破砕音を鳴らし、硝子片が飛び散る。
中空に舞う煌く硝子片の合間を縫いながら、アビスがもっとも近くに座っていたシェトゥーラ王へと突っこんでいく。
そこでようやくアビスの存在を認めたシェトゥーラ王が目を見開き、顔面を恐怖の色で染め上げた。
「ひぃっ!?」
「危ない!」
リズアートはとっさにアウラを纏い、飛びだしていた。
不規則な輪郭を持った、決して綺麗とは言いがたいアビスの翼に向かって生成した剣を突き出す。耳をつんざくようなアビスの慟哭が聞こえてくるが、構わずに押し出して奥の壁に貼りつけた。剣の柄から片手を放し、もう一本の剣を生成。身動きの取れなくなったアビスの胴体へと突き刺す。
力なくうなだれたアビスが音もなく黒煙となって消滅していく。
リズアートは纏ったアウラを霧散させながら、ふぅと息をついた。
振り返ると、床に尻をついたシェトゥーラ王が目に入る。
「大丈夫ですか、シェトゥーラ王」
「え……あ、うん」
いましがた起こったことをまだ理解できていないらしい。
彼は唖然とした様子でうなずいていた。
ユングが近くに駆け寄ってくる。
「陛下、お怪我は」
「わたしは大丈夫。それよりこれはいったい――」
どういうことなの、と言おうとしたときだった。
地面が揺れた。
大陸が地上に衝突したときに比べれば微々たるものだが、それでも足場が揺れるなんてことはそう起きるものではない。
しかも一度きりではないのだ。
以降も頻繁に揺れている。
「いったい何が起こっているというのだ!?」
そうディザイドリウム王が声をあげたと同時、会議室の扉が荒々しく開けられた。
ひとりの騎士が室内に飛び込んでくる。見るからに切羽詰った様子だ。頭を下げる間すら惜しいとばかりに騎士はそうそうに口を開いた。
「も、申し上げます! シグルが……シグルが王都に侵入しました!」
その報せを聞いた途端、会議室が騒然となった。
ガスペラント王が苛立つように叫ぶ。
「ば、馬鹿な! 防衛線を突破されたというのか!」
「それが、夜明けと同時に王城上空から侵攻してきたと……」
「いまのいままで気づかなかったというのかっ」
ガスペラント王の怒鳴り声が響く中、ユングが窓から顔を出して外の様子をうかがっていた。
リズアートは彼の背中に問いかける。
「ユング、どう?」
「すでに王城内にも侵入されているようです」
「戦力は?」
「アビスは数え切れませんが、ベリアルやドリアークが数体ほど見られます。どうやら飛行型ばかりのようですね。上空から来られたのもこのためかと」
明らかに狙っていたとしか思えない奇襲だ。
闇で満ちる夜のうちに王都上空で待機。夜明けと同時に降下開始、といった流れで行なわれたのだろう。
シグルの体が黒であるため、発見は困難であることは充分に理解できる。
だが、それでもいまの状況は人側の怠慢が招いた結果としか言いようがない。
いまさら悔いても仕方ないことだが、やはりシグルが頭を使わない、という思いがどうしてもあるのだろう。
「とにかくいまは避難が先です。みなさま、こちらへ」
窓から離れたユングが、会議室の出入り口へと向かいはじめる。
と、廊下側の壁から轟音とともに巨大な黒翼が飛びだしてきた。それは空気を切り裂くような風を纏っていたため、ドリアークの片翼であるとリズアートは瞬時に理解した。
ドリアークの片翼が壁をえぐるように破壊しながら会議室の出入り口まで到達。そこに立っていた騎士を巻き込み、音もなく消滅させた。ドリアークはそのまま壁をえぐるように進むと、王城から離れていく。
壁が崩壊したことで、その先に広がる空がうかがえた。
ただ、そこに映るのは見慣れた青一色の空ではない。
シグルという名の無数の黒点で彩られた闇の空だ。
騎士たちが応戦してくれているようだが、どう見ても状況はかんばしくない。
ユングが飛びこんできたアビスを打ち払ったのち、苦渋に満ちた表情で口を開く。
「すでに囲まれてしまったようですね」
「退路はない、ということですか……」
ティゴーグ王が達観したような声で言った。
ほかの王たちがぼう然と立ち尽くす中、リズアートはぎりりと奥歯をかんだ。
自分はなにをしているのだろうか。
多くの騎士が命を賭して戦う中、こんなところでただなにも出来ずに死ぬことしかできないのだろうか。
そんなのはいやだ。
せめて自ら剣を持って戦い、一体でも多くのシグルを斃す。
そうリズアートは決意し、全身を強張らせた、そのとき――。
誰かに左手をとられた。
顔を上げると、近くにファルール王が立っていた。
「なんて顔してるんだい。可愛い顔が台無しだよ」
「ファルール王」
「まだ焦るんじゃない。なにか手立てはあるはずだ」
優しい声だった。
握られた手は温かい。
幼い頃、彼女に連れられてファルールの自然を駆け回った記憶が蘇る。
リズアートは昂ぶっていた気持ちが段々と静まっていくのを感じた。
ふと目に光が飛びこんできた。
「この光は……?」
光の出所は、リズアートがファルール王と繋いだ手からだった。
ほの白い光を放っている。
眩いが、わずらわしい感じはいっさいない。
「ファルール王、アウラは……?」
「いや、纏ってないよ」
「わたしもです」
いったいなんなのだろうか。
互いにアウラを取りこんでもいないのに、こんなことが起こり得るのだろうか。
仮にアウラを取りこんでいたとしても白い光になるはずがない。
気づけば、ほかの者たちも光の存在を前に目を瞬いていた。
ただ、メルヴェロンド教皇だけは様子が違った。
普段、泰然とした態度を崩さない彼女が信じられないといったように瞠目していたのだ。
「これは……! ファルール王、手をお借りします」
法衣が汚れることも厭わずに駆け出したメルヴェロンド教皇が、自身の右手でファルール王の左手をそっと握った。すると二拍ほどの間を置いて、繋がれた手を包むようにほの白い光がすぅと広がった。
「……やはり」
「メルヴェロンド教皇。いったいどういうことなんだい?」
ファルール王から説明の要求を受けたメルヴェロンド教皇が開けかけた口を閉じた。
まるで口にすることが恐れ多いといった様子だ。
しかし決意するようにうなずくと、詩をうたうように言葉をつむぎはじめた。
「我々は主より与えられた試練を越えることはできなかった。繋げなかったのだ。象徴と象徴の手を。我々は我々の子に託すしかない。そして我々は遠き日に見るのだ。白き光が満ちるその世界を」
その声はあまりに澄んでいたため、戦場の音を追いやってリズアートの耳にするりと入ってきた。しかし、一度聞いただけでは彼女の言葉を理解できなかった。とはいえ、いまは解読に頭を悩ませている時間などない。
「教皇……それは?」
「創世の書の最後に記されていたものです。象徴という言葉が王をあらわすことはわかっていましたが、白き光という言葉は抽象的なもの……希望であると捉えられておりました。ですが、これは」
そう語るメルヴェロンド教皇は、いまだ意識がどこか遠いところへあるようだった。
ふいに轟音が耳をついた。
見れば、廊下の床にベリアルが仰向けで激突していた。
次いで現れたのは五人の騎士だ。
彼らは空から下りてくるなり、ベリアルへと次々に攻撃を繰り出した。金切り声をあげながら、ベリアルは全身を痙攣させたよように震わすと、そのまま黒煙と化し、霧散した。
彼らの顔には見覚えがある。
リヴェティア王城騎士の中でも、上位に位置する者たちだ。
「遅れて申し訳ありません、団長!」
「いえ、助かりました! みな、王を囲むように陣形を組んでください!」
「了解です!」
ユングと五人の騎士たちによって周囲が固められる。
彼らが来たところでシグルの包囲を越えられるほど戦況は好転していない。
厳しい状況だが、いまは外からの援軍を待つほかない。
敵の攻撃が激化した。
ユングたち騎士が四方から襲い来るシグルを打ち払い、そのたびにシグルの慟哭が耳をついてくる。
一時の安全を確保できたとはいえ、とても心を落ちつかせられる状況ではない。
「みなさま、手を。手をお繋ぎください!」
ふいにメルヴェロンド教皇が叫んだ。
ガスペラント王とシェトゥーラ王が困惑したような表情で顔を見合わせる。
「しかし、手を繋ぐと言われてもな」
「そんなことをして意味が――」
「お早く! 時間がありません!」
あまりにメルヴェロンド教皇が必死だったため、リズアートは気づけば加勢していた。
「いまは教皇の言葉に従いましょう。その先になにがあるのかわかりません。ですが、この状況を打破するきっかけを作れるかもしれません」
「リヴェティア王の言うとおりだ」
ディザイドリウム王が続いてくれた。
「我々はいま出来ることをするしかない。それに、わたしは教皇の言葉を聞き、そしてその光を見て、こう思ったのだ。これは王がなさねばならぬことではないか、と」
そこまで言い終えた彼がリズアートの右手を取る。
と、繋がれた手がほの白い光を放ちはじめた。
ティゴーグの王も一言断りを入れてからメルヴェロンド教皇の手をとっていた。
やはりあちらでも繋がれた手から白い光が発せられる。
残されたガスペラント王とシェトゥーラ王が慌てはじめる。
「べつにわたしはやらんとは言っとらん!」
「え? ぼ、ぼくもだよ!」
慌てた様子で二人は輪に入ると、その両手を隣の王と繋いだ。
瞬間、七人の王の体が白い光に包みこまれた。
「な、なんだこれっ!?」
シェトゥーラ王から怯えた声があがる中、七人の王の足もとから輪の中央へと光が伸びた。それは中心部で交わるやいなや、弾けるようにして上下に迸った。まるで天地を貫いているのではないかと思うほど先が見えない。
光の柱は長くは保たれなかった。
一瞬で収縮すると、拳大ほどの大きさを持って王たちの目線で浮遊しはじめた。
まるで火のようにもやもやと揺らめいているものの、その色は赤くない。
穢れなどいっさいない純粋な白だ。
ほかの王たちとともに、リズアートはただただその白の光に目を奪われてしまう。
「そうか……そういうことだったのですね」
まるで感嘆の声を漏らすかのように呟いたのは、ずっとそばで見守っていたラグだ。
ディザイドリウム王が訊く。
「コルドフェン宰相、なにかわかったのか?」
「はい。アムール、シグル。そして人。ベネフィリアさまとオウルが初めに造られた存在とされていますが、創世の書を読む限り創造主は我々人も同列に扱っております。だとすれば、人にもなければおかしいのです」
そう語る彼は顔こそ険しいものの、瞳は探求者のそれだった。
「至高の色です。アムールには空のように澄み渡った青が。シグルにはどこまでも深い闇の黒があります。そして、おそらく……」
「人にとってのそれが、この白き光だというのか」
言葉を継いだディザイドリウム王に、ラグがゆっくりとうなずいた。
「飛翔核を通じて創造主はずっと示していたのかもしれません。白き光こそが人の至高であると」
そう言って、ラグは締めくくった。
リズアートは静かに話を聞きながら、自分の鼓動がだんだんと早くなっていくのを感じていた。ずっとくすぶっていた感情がふつふつと湧き上がってきたのだ。
この光さえあれば、わたしも戦えるかもしれない。
みんなと同じようにベルリオットとともに戦えるかもしれない。
眼前でゆらめく白の光を見ながら、リズアートはごくりとつばを呑みこむ。
ふとシェトゥーラ王が白の光に向けて震える手を伸ばしていた。
「ぼ、ぼくが……」
「なにをしている!」
「いだっ!」
ガスペラント王がシェトゥーラ王の手を叩き落とした。
その光景に、リズアートはほかの王と同様に思わず唖然としてしまう。
涙目になって赤くなった手をさするシェトゥーラ王に、ガスペラント王が目尻を吊り上げて怒鳴りはじめる。
「おまえが取ってどうするのだ。それを手に入れたところでおまえの小さな肝っ玉で戦えるわけがないだろう」
「で、でもこれがあれば、後々ぼくの国が豊かに――」
「なにを勝手なことを! いまは先のことではなく目の前のことだ。いま、生き残らなければあとはないのだぞ」
「そ、それはそうだけど……」
至極真っ当なことを言われ、シェトゥーラ王は縮こまった。
その光景を目にしながら、リズアートはずっと心の中で自問自答していた。
シグルの大群を前にしても目をそらさずに前へ進めるのか。
オウルを前にしても怯えずに立っていられるのか。
幾つも羅列しては、ひとつずつうなずいていく。
やがて自分の中でたしかな思いが形成されたとき、自然とその言葉が口から出ていた。
「わたしに任せてはもらえませんか?」
「……いいのかい? たしかにあんたが剣を振れるのは知ってる。たぶん、こん中じゃ一番まともに戦えるだろう。けど、一番若いのもあんたなんだよ」
ファルール王はこう言っているのだ。
死ぬかもしれないんだぞ、と。
だが、いまさらそのような言葉で揺らぐ決意ならば、もとより申し出ていない。
リズアートはファルール王をしかと見据えながらこたえる。
「覚悟の上です」
「なら、あたしは反対しないさ。もとよりあんたが誰よりも行きたがってたのは知ってたしね」
「ファルール王……」
「ほかの王はどうなんだい?」
その問いかけに、ガスペラント王がいち早く反応する。
「わたしはリヴェティア王に託したいと思う」
「まさか真っ先にあんたが賛同するとはね」
「ふん、わたしは彼女がもっとも相応しい人物であると公平に判断したまでだ」
そう告げると、彼は明後日のほうへ向いてしまった。
態度こそ無愛想極まりないが、支持してくれることには変わりない。
「見ての通りわたしは老いぼれだ。いまさら戦うことなどできはしない」
「わたくしはもとよりただ見守るだけしか出来ない身です」
ディザイドリウム王、メルヴェロンド教皇も続いて支持してくれた。
その傍らでティゴーグ王が鋭い目つきで白の光を見つめる。
「少々興味はありますが……その力を得たところで最前線で戦うのは危険すぎます。戦後を考えて、わたしは遠慮させていただきましょう」
「ティゴーグ王も正直になったものだな。とはいえ、いささか正直過ぎる気もするが」
ガスペラント王から悪態をつかれるが、ティゴーグ王はどこ吹く風といった様子で聞き流していた。
とにもかくにも、ここまで支持してくれたのは五人だ。
リズアートは、残るひとりに向かって問いかける。
「シェトゥーラ王。わたしに任せていただけますか?」
「あ、う、うん。リヴェティア王が言うなら……」
意外にもあっさりと了承してくれた。
しかし、威圧した覚えはないのに彼の目が泳いでいたのはなぜだろうか。
そうリズアートが疑問を抱く中、ファルール王がにやにやと笑いながらシェトゥーラ王ににじり寄っていた。
「あんた、この子の言うことならやけに素直なんだねえ」
「う、うるさいな。年増はだまっ――」
「あん? なんか言ったか?」
「ひぃっ」
ファルール王に睨まれたシェトゥーラ王が尻を地につけた、そのとき――。
廊下側を守っていたはずのユングが猛烈な勢いで突き飛ばされてきた。
彼は室内の壁へと背中を打ちつけると、座ったままうなだれてしまった。
リズアートは叫ぶ。
「ユングッ!?」
「きさまらが人の王か。見るからに非力な者たちだな」
廊下側から不快な声が聞こえてきた。
そちらを見やると、人型のシグルが立っていた。
一瞬、ベリアルかと思ったが、すぐに違うとわかった。
以前に帝国で目にする機会があったが、ベリアルはこんな鳥獣のごとき風貌ではなかった。なにより目の前のシグルから放たれる威圧は、ベリアルのそれとは比較にならない。
ユングがむせ返った。
すぐには立てないのか、彼は脱力したままの状態で訴えかけてくる。
「そのシグルはおそらく東側の報告にあったメギオラです。どうかお逃げください」
「あれが……」
東方防衛線に侵攻したシグルの中にメギオラというシグルの名が存在した。
それは二十という数ではあったものの、メルザリッテを圧倒したという。
単体での力は空の騎士と同等か、それ以上だとも書かれていた。
にわかには信じがたかったが、いましがたユングが圧倒されたことで報告が事実であったことは証明された。
「逃がすわけがないだろう。わたしに与えられた命はきさまらを殺すことなのだからな。……ん、なんだその光は?」
メギオラが白の光の存在に気づいた途端、これまでの余裕を消した。脅威を肌で感じたのだろうか。メギオラは垂らしていた腕を持ち上げると、白の光を囲む王たちへとその鋭利な手を向けた。
直後、二人の王城騎士が飛びかかった。両側面からメギオラを挟む格好。しかも肉迫する機会はほぼ同時、とこれ以上ない連携だ。
いけるかもしれない、とリズアートは思った、瞬間――。
メギオラが片方の王城騎士のほうへ顔だけを向け、口をぱかりと開けた。そこに黒煙が集まっていく。瞬く間に人の頭ほどの大きさを持つ黒球が出来上がると、メギオラはためらうことなくそれを放った。猛烈な勢いを持って進んだそれは一瞬のうちに間近に迫っていた騎士の腹に衝突。その体ごと進むと、王城の壁を破壊しながら彼方へと消えてしまった。
さらにメギオラは顔の向きを変えずに、もう片方の王城騎士へと手を突き出した。あまりに自然だったからか、王城騎士の反応が遅れていた。それでもなんとか剣を割りこませた王城騎士だったが、その剣はメギオラの手によっていとも簡単に砕かれた。ぐさり、と肉を貫かれる音が鳴る。
「雑魚どもが」
メギオラが自身の手をぞんざいに払い、そこに突き刺さっていた王城騎士を振り落とした。どさりと無情な音をたてて部屋の角に倒れた王城騎士が動くことはもうなかった。ただ貫かれた胸から血を流すだけだ。
「陛下っ!」
残った三人の王城騎士がメギオラから守るように王たちの前に立った。
だが、相手の圧倒的な強さや目に映る凄惨な光景のせいか、彼らの足はかすかに震えている。
「無駄なことを。その光もろとも全員消し去ってくれるッ!!」
メギオラが大きな翼とともに両腕を左右に広げると、地を這うように翔けた。ぐんと加速し、一気に王城騎士との距離を詰める。
このままでは目の前の王城騎士たちも、先ほどメギオラに挑んだ王城騎士たちと同様に殺されてしまう。いや、彼らだけではない。ほかの王たちやラグ。そして自分も死んでしまう。
そう思うと、リズアートは足がすくんだ。
なんとも情けない。
こんな心構えで、自分も戦えたらなんてことを考えていたのが恥ずかしい。
リズアートは横目に白の光を見た。
それはいまもいっさいの音すらたてず、燃えるようにゆらめいている。
あらためて見ても本当に存在するのかと思うほどひどく曖昧だ。
だが、たしかに存在している。
これを手にすればいったいなにが起こるのか。
まるでわからない。
だが、これを手にすれば現状を打破できるかもしれない。
リズアートが一瞬の逡巡をしている間にも、メギオラの攻撃の手は動いていた。
もう躊躇している暇なんてない!




