◆第七話『聖なる剣』
ありえない、とベルリオットは思った。
死を前にして、まさか幻覚を見ているのではないか。
しかし、現に自分はまだ生きている。
幻覚であればオウルの攻撃を防ぐことなど出来ない。
ならば、目の前に立っているのはライジェルとそっくりの姿形をした偽者だというのか。
だが、この低い声や、やけに落ちついた喋り方も自分が知っている父のものとぴったりと重なる。
ベルリオットは恐る恐る問いかける。
「本当に……親父、なのか?」
「親父? なんだ呼び方がませてやがるな。昔みたいにお父さんって呼んでもいいんだぞ?」
間違いない。
このからかうような口調。
危険を前にしてもおどけた態度。
目の前に立っているのは、紛れもなくライジェル・トレスティングだ。
だが、それを認めたところで疑問がなくなったわけではない。
「どうして……たしかに親父は死んだはずじゃ」
「まあ待て。詳しい話はあとだ。いまは目の前のこいつをどうにかしないとな」
言いながら、ライジェルはオウルへと視線を戻した。
「よう、随分と俺の息子をいたぶってくれたようだな」
「きさま何者だ。人間か? いやしかし、その肉体は……精霊か?」
「半分正解ってところだ」
そうあっけらかんとこたえた。
親父が精霊? 半分正解?
まったく意味がわからない。
そう混乱するベルリオットが整理を始める間もなく、ライジェルが話を継いだ。
「昔に色々あってな。ちょっと特異な体質になっちまったんだが……そのおかげで俺はここまで自分を高めることができた」
ライジェルが両手に握りこぶしを作り、自身の肉体を強張らせた。
深紅の燐光がふっと音もなく現れ、ちらつきだす。それらはゆらりゆらりと舞いはじめ、彼の身体を包み込んでいく。やがて表面がすべて赤で覆われたとき、同心円状に風が吹き荒れた。さらに渦巻きながら天高くまで昇ると弾けるように散る。
やがて風が収まったとき、視界に映った光景にベルリオットは目をむいた。
……赤の光!?
ライジェルの背から噴出しているのは紛れもなく濃い赤の光翼だ。
昔の彼は紫の光だったはずだ。
それがいま、これ以上ないと言えるほどの濃い赤の光を纏っている。
長い月日が経っているとはいえ、にわかには信じられなかった。
いや、それよりも――。
人がこの領域にまで達せられるというのか。
「行くぜ」
ライジェルが地を蹴った。
地を這うような体勢でオウルへと迫っていく。その最中、左脇へ流した両手の中に結晶剣を生成する。刀身は両刃で幅広。少し長めといったところか。精緻な模様はいっさいない。ただ斬るためだけに造られた形状だ。
オウルに肉迫すると同時、ライジェルは地に足をえぐりこませて急停止した。前へと進む力を足から腰に流し、さらに腕から手へと伝える。無駄なく流れた力によって振られた剣が猛烈な勢いを持ってオウルへと迫る。
凄まじい力が込められた一撃だ。
しかし、オウルには青の光ですら通じなかったのだ。
赤の光では傷を与えることは難しいだろう。
オウルもそう思っているのか、やはり動かない。
間近に迫るライジェルの一撃を観察するように見つめているだけだ。
「ッ!?」
ふいにオウルが大きく目を開いたかと思うや、すばやく後退した。
ライジェルの振った剣が虚空を斬り、ひゅんと鋭い音が響く。
避けた!?
先ほどまで一度として回避行動をとらなかったオウルが、まるで危険を察知したかのように避けた。ベルリオットはそのことに驚きを隠せなかった。
ライジェルの攻撃がそれほどの脅威を秘めていたということなのか。
オウルがわずかに重心を落とし、瞳に警戒の色をにじませる。
「きさま、その剣……」
「避けたか。だが、まだまだこっからだぜ」
ライジェルがふたたび地を蹴った。先ほどよりも圧倒的に速い。一瞬のうちにオウルへと肉迫。すでに振り上げていた剣を素早く下ろす。が、あと少しで触れるというところで真横へと躱されてしまう。
振りぬいた剣から放たれた衝撃が、触れてもいないのに地面を斬り刻む。
荒々しい音などいっさいない。
すぅっと斬られたような跡がついただけだ。
ライジェルの攻撃は終わらない。
オウルを追いかけるように次々に攻撃を繰り出す。そのたびに虚空や地が静かに斬り刻まれていく。手首を巧みにひねっているのか、剣の軌道がとてもなめらかだ。まるで無駄がない。だからといって力が込められていないわけではない。むしろすべての攻撃に全身を使った渾身の力が込められている。
これほど荒々しく静かな攻撃を見たことがない。
これが剣聖と呼ばれた男の実力なのか。
これが親父の本当の実力なのか。
オウルと戦う父の姿を見ながら、ベルリオットは思わず呆けてしまっていた。
ライジェルが本気で戦っているところなんて見たことがなかった。
だが、まさかここまで凄まじいものとは思いもしなかった。
……いや、違う。
いくらなんでもここまでの力があれば、過去、グラトリオ・ウィディールに負けることはなかったはずだ。
つまりライジェルは、グラトリオに倒されたあの日からずっと己を高め続けてきたのだ。ひらすらに剣を振り続けてきたのだ。
すべては今日、この日のため――。
ライジェルから繰り出される連撃の間隙を縫って、オウルが刃物ごとく鋭くした手を突き出す。しかしそれをライジェルは体を最小限に動かすだけで避けた。さらにその動きすらも利用し、流れるように反撃の一振りを放つ。
オウルが空へ飛んで回避する。それをきっかけに戦いの場が空中へと移った。互いに攻撃の手を緩めず、徐々に浮上していく。どちらも一度も攻撃を受けていない。当たればただではすまないということか。
その光景を目にしながら、ベルリオットの頭にふたたび疑問が押し寄せてきた。
なぜオウルがライジェルの一撃を避けるのか、ということだ。
天精霊の剣よりも赤の結晶剣が勝っているとは考えにくい。
だとすれば扱う者の技量だろうか。
たしかに、いま目にしているライジェルの剣の扱いは、それより上がないと言うほかないほど洗練されている。
だが、それだけではないような気がした。
ベルリオットはいま一度じっと目を凝らした。
すると、ある変化を捉えられた。
ライジェルの剣の刃が仄かに光っていたのだ。
飛閃を放つ前の状態と似ているが、あれはなんだろうか。
さらによく見てみると、切り刃を覆う光がひとつではないことに気づけた。
幾重にも光が巡らされている。
正確な数はわからないが、少なくとも三層。いや、五層以上はあるか。
そのわずかな隙間にもアウラが通っているのか、まるで煙や靄のように纏わりついている。おそらくあれがオウルを警戒させているものの正体だろう。
ベルリオットが観察を続けている間にもライジェルとオウルの戦いは止んでいない。
いまもなお凄まじい攻防を繰り広げている。
「わずかな時しか生きられぬ人の身でありながら、ここまで技を極められるとは……大したものだな」
「短い時間しか生きられないからこそだ。息を吸う間、瞬きひとつする間。すべてが無駄にできないからこそ、俺はここまで来られた。たとえ一振りでも無駄にする気はない。一撃一撃に俺が出せるすべての力を込めるッ!!」
そう叫びながら放たれた一撃もまた虚空を斬るだけに終わった。
だが、とてつもなく重い。
目に見えないなにかが、その剣に乗っているかのようだ。
気迫だけならば完全にライジェルが圧倒している。
だが、オウルに焦った様子は見られない。
それどころかオウルの攻撃がさらに鋭くなっていく。ただ虚空を貫くだけだった突きが、ライジェルの肌をかすめるようになってきた。いまもまた、ライジェルの頬を黒い爪がかすめていき中空に血が散っている。
「いかに必殺の一撃だとしても当たらなければ良いだけの話だ」
「そうだな。だが、ひとつ忘れてるぜ」
勝ち気な笑みを浮かべたライジェルが大きく息を吸い込んだ。オウルと剣を交えながら割れんばかりの声で叫ぶ。
「なにぼさっとしてんだ、ベルッ! もう動けるだろ! さっさと手を貸せ!」
その瞬間、ベルリオットははっとなった。
あまりに凄まじい戦いだったため、思わず見とれてしまっていた。
指に力を入れてみる。
動く。
足に力を入れてみる。
立てる。
もう痺れはない。
身体が動くのを意識した途端、焼けるような痛みが全身を駆け巡った。
だが、こんな痛みなどいくらでも我慢できる。
動きたいときに動けない辛さに比べれば、どうということはない。
不安に満ちたクーティリアスの声が脳に響いてくる。
『ベルさま、大丈夫?』
「ああ。悪いがクティ、もう一度頼む」
『う、うんっ』
ベルリオットは軽く指を曲げた両手を縦に重ねた。
手の中にすぅと集まった燐光が形を持ち、天精霊の剣が出来上がる。
それをぐっと握りながら飛翔。いまもなお戦闘を繰り広げているライジェルとオウルのもとへ一気に接近する。
すべての攻撃が恐ろしく早い。
剣の軌道を読むのは至難の業だ。
しかし見えないわけではない。
ベルリオットはじっくりと機を計ったのち、ライジェルが攻撃を繰り出した直後にオウルへと振り下ろしの一撃を見舞う。が、あっさりと掌で弾かれてしまった。
ふたたび始まったライジェルとオウルの攻防を前に、ベルリオットは無力感に襲われる。
「違う! それじゃねえ!」
ライジェルから怒鳴られた。
彼はオウルへの攻撃の手を緩めずにさらに叫ぶ。
「もう何度も見ただろ! やれるだろ、おまえなら!」
その言葉には、なにを見たのかが語られていない。
だが、ベルリオットはすぐに悟った。
ライジェルの剣の刃に幾重にも巡らされた光。
あの光の剣を再現しろと言っているのだ。
一瞬、悔しいだの鬱陶しいだのといった感情が湧いた。
父親と比べられてばかりの頃の記憶が、その感情を湧き立たせたのかもしれない。
ただ、それ以上に信頼されたことが嬉しかった。
おまえならやれる、と。
その言葉一つで動くには充分だった。
ベルリオットは目を閉じ、細く長く息を吐いた。
あの光の剣はおそらく飛閃と同じ要領で再現できるはずだ。
まずは一度、切り刃へとアウラを流し込み、光らせた。
慣れたもので、もうこの工程は一瞬で終わる。
だが、そこからさらにアウラを流しこもうとすると、それ以上先に進まなかった。
だめだ。こうじゃないっ! もっと上塗りするように……!
自然と眉間に力が入る。
柄を握る手が剣の切っ先へと伸びていくような、不思議な感覚に見舞われる。ひどく窮屈だ。まるで弾力のあるものを引っ張るような感覚に似ている。
だが、たしかに剣の刃へとアウラを巡らせている実感があった。
二度目。
三度目。
四度目。
そして――。
五度目を終えたとき、ベルリオットは恐る恐る目を開けた。
自身が手に持つ天精霊の剣へと目を向けると、その刃が眩い輝きを放っていた。単純な光ではない。幾重にも覆いを被せたような格好だ。
出来た……!
安堵で顔が緩みそうになった。
だが、まだ安定していないこともあり、一瞬でも気を緩めることができない。
やがて光る切り刃から靄のようなものがもうもうとしはじめる。
それを機に、ベルリオットはたしかな自信を抱いて前へと翔けた。
視界の中では、ライジェルとオウルによる攻防が繰り広げられている。
ライジェルから繰り出された逆袈裟の一撃。
それを右手側へと避けたオウルが攻撃へと転じようとする。
その瞬間を狙ってベルリオットは即座にオウルへと接近し、剣を振り下ろす。
ベルリオットの剣を目にした途端、オウルがとっさに身を引いた。さらに弾かれるようにして後退し、距離を置く。
一連の動きを見ていたライジェルが目を瞬かせたのち、笑みをこぼす。
「やれとは言ったがまさか一発とはな。さすが俺の息子だ」
「親馬鹿かよ」
「そうだよ。俺は親馬鹿だ」
あけすけもなく言うものだから、ベルリオットは自分のほうが恥ずかしくなった。
近くに訓練校の同期がいたらと考えると顔が熱くなりそうだ。
「……ならば」
オウルが両手に黒い煙を集めだした。それらは瞬時に一対の黒剣となる。切っ先近くのほうがやや太めの無骨な片刃の剣だ。
その剣が造られた直後、ベルリオットはライジェルとともに驚きの声をあげた。
なにも形状が珍しいわけではない。
問題なのは切り刃のほうだった。
どこまでも深い黒色をした膜に覆われていたのだ。それは色こそ正反対だが、ベルリオットとライジェルが使っている光る剣と同じ状態だった。
「こうやるのだろう?」
きさまらに出来ることは自分にもできる。
まるでそう言わんばかりにオウルが勝ち誇った顔を向けてくる。
ライジェルが乾いた笑みを浮かべる。
「こりゃ驚いたな」
「けど、あんなことが出来てもおかしくない相手だ」
「まあな。気ぃ抜くなよ、ベル」
「わかってる!」
そうこたえるやいなや、ベルリオットは我先にと翔ける。オウルに迫ると同時、左脇に流した剣を振り上げた。交差された敵の黒剣とかち合う。切り刃に纏わせたアウラのせいか。凄まじい衝撃に見舞われ、腕が後方へと追いやられる。
「ぐっ」
上半身が仰け反る中、オウルの剣が迫ってくる。ベルリオットは必死に腕を引き戻そうとする。が、間に合うか怪しい。回避行動をとるしかないか、と思ったとき――。
視界に割って入ってきた赤剣が黒剣を弾き返した。
赤剣の持ち主――ライジェルを目にしながら、礼の言葉を口にしようとするが、鋭い目で制された。
「いい! そのまま続けろ!」
回避ではなく、攻撃し続けろ。
そうとったベルリオットは、ライジェルの左側につける格好でふたたびオウルへと剣を向けた。体ぶつかるかどうかといったすれすれの距離を維持しながら、ライジェルとともに休みなく攻撃を繰り出す。
ベルリオットが敵の首を切り裂くような薙ぎを放てば、ライジェルが敵の下半身へと薙ぎを放ち。ライジェルが敵を後退させるような鋭い振り下ろしを放てば、ベルリオットは瞬時に間合いを消す。
動きにいっさいの無駄がなかった。
父親とは十年以上も離れていたのに、どうしてこうも連携がとれるのか。
答えは簡単だった。
そう長いときではなかったかもしれない。
だが、ライジェルから教わった剣が自分の中にたしかに染みこんでいたのだ。
俺の体が、剣が教えてくれるッ! 親父がどう動くのかをッ!
ベルリオットは渾身の力を込め、剣を振り下ろした。交差された黒剣によって受け止められてしまう。が、すかさずライジェルが下から剣を振り上げ、二本の黒剣を左右へと開かせた。オウルの正面ががら空きになる。
ベルリオットはすでに体勢を整えていた。体を左側へと開き、右手を押し出すようにして剣の切っ先をオウルへ向ける。
「っぁああああああ――ッ!!」
オウルが瞬時に上半身を仰け反らせる。だが、わずかにベルリオットの剣のほうが追う速度が速かった。その黒い頬を天精霊の剣の刃がかすめる。斃すことはできなかったが、初めてオウルに傷を負わせられた。
音もなく削れた肌をさらしながら、オウルが後退する。
「ちぃっ!!」
苛立たしげに顔を歪めたオウルが、剣を持ったまま両手を大きく左右に広げた。その先でぐわん空が歪む。あらわれた黒玉が弾け、瞬く間に巨大な黒槍結晶へと変貌する。
オウルが腕を交差すると同時、黒槍結晶がベルリオットとライジェルのもとへと側面から迫ってくる。さらにオウルがふたたび正面から迫ってくる。
黒槍結晶を避ければ、オウルの追撃を食らうのは必至。
だが――。
「ベル!」
「ああ!」
ベルリオットはライジェルと背中を合わせる。と、左脇へと剣を流しながらライジェルと位置を入れ替えるように回った。眼前に迫った黒槍結晶の先端。そこへ添えるように剣を押し当てる。黒槍結晶が光る切り刃に触れた箇所から消滅していく。およそ半分までいったところで黒槍結晶が弾けるように散った。煌く剣の周りを黒煙がゆらゆらと舞い、空気に解けるように消えていく。
迫るオウルと向き合ったライジェルが回転の勢いを殺さずに剣を横に払う。その後、ベルリオットはライジェルの頭上を越える格好でオウルへと斬りかかる。
どれもオウルの黒剣によって阻まれてしまった。
だが、相手はたびたび体勢を崩している。
小さなものだが傷も負わせられた。
いける――ッ!
「ここでしとめるぞ!」
「言われなくてもッ!」
ライジェルとともに、ベルリオットは血気盛んにオウルへと飛びかかる。二人して併走するように剣を振り下ろす。と、オウルが大きく下がった。それは反撃を考えていない後退だ。ゆえに簡単に距離を詰められず、互いに膠着する。
「まさかここまでやるとはな。我も想定外だった。ここは素直に負けを認めるとしよう」
言って、オウルが両手に持った黒剣を投げ捨てて消滅させた。
その勝手な振る舞いにベルリオットは思わず唖然としてしまう。
「負けって……なに言ってんだ。そういう戦いしてんじゃないだろ!」
「褒美に一時の休息を与えてやると言っているのだ。もちろんこの場所だけでなく、いま侵攻中のシグルも下がらせよう」
「ふざけるな! 逃げる気かっ!?」
「追いたければ追ってくればいい。だが、そのときは我も、また我のシモベたちも全力で相手をしてやろう」
オウルは、背後に控えるシグルの大群を見せつけるように両手を広げた。
さらに恐ろしく冷めた目を向けてくる。
ベルリオットはぞわりと全身が粟立った。
思わずたじろぎそうになったが、ここで引いてはならないと剣を握る手を強める。
ライジェルから声をかけられる。
「やめとけ、ベル」
「けど!」
「俺たちはまだ戦えるかもしれないが、ほかの奴らはそうじゃないだろ」
言われて、ベルリオットは周囲へと目を向けた。
黒槍結晶に突き飛ばされた際に破壊してしまった防壁。
その辺りに幾人もの騎士が倒れていた。
さらに向こう側にはトウェイル姉妹の倒れた姿も見られる。
ほかの防衛線でも熾烈な争いが繰り広げられ、同時に凄惨な光景を作っていることだろう。それらを考慮すれば――。
いま、少しでも戦いを中断できるのならば選ばない手はない。
「どういうつもりかは知らねえけどな。ここは甘んじてその褒美とやらを受け取っとこうじゃねえか」
剣を霧散させたライジェルが右肩に手を乗せてきた。
思った以上に大きな掌だ。
そして、重い。
ベルリオットは一度深呼吸したあと、静かに剣から手を放した。
天精霊の剣が落ちていきながら空気中で消滅する。
「懸命な判断だ」
言って、オウルが背を向けて無防備な姿をさらした。
いま攻撃を加えればもしや、という考えは生まれなかった。
それが叶わないことを無意識的に悟っていたからかもしれない。
オウルが軽く首をひねり、肩越しに告げてくる。
「明日の夜明け。我らは再度侵攻し、きさまらに永遠の闇を届けよう」
その言葉を最後にシグルの王は大陸の外へと向かった。
やがてすぅと体が薄くなっていき、いつ消えたのかわからぬうちにその姿が見えなくなった。《聖なる光》の外側にいたシグルも遠のいていく。人など比較にならないほどの数を持つシグルがそろって動くさまは壮観だった。
「ご丁寧に時間まで言ってくれてよ。あの余裕っぷりからして、さっきのまだまだ本気じゃなかっただろうな」
ライジェルがおどけた口調で言った。
ベルリオットはいますぐにトウェイル姉妹のもとへ行きたかった。
だが、期せずして訪れた父との会話の機会を前に、一瞬体を硬直させてしまう。
いまでも目の前にいるライジェルは信じられない存在だ。
またいなくなってしまうのではないか、という考えが脳裏を過ぎったのだ。
「心配しなくても消えやしねえよ。だからさっさと行って来い」
言って、ライジェルが笑った。
どうやら考えを読まれていたらしい。
気恥ずかしさが一瞬こみあげてくるが、いまはそれにとらわれている場合ではない。
ベルリオットは頷いたのち、すぐさまトウェイル姉妹のもとへと翔けた。