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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
終章【光満ちる空】
132/161

◆第五話『認められざる力』

 風を斬る鋭い音、地をえぐる鈍い音。

 途切れることなく響くそれらに、メルザリッテは慣れを感じはじめていた。


「ぐっ……!」


 一体のメギオラから放たれた飛閃が右太腿をかすめた。

 思わず膝を折りそうになるが、歯を食いしばって必死に堪えた。追い討ちとばかりに襲いくる飛閃を避けるため、反射的に地上から空へと飛び立つ。

 肉を裂かれる音だけは慣れない。裂かれるたびに鮮血が飛び出る光景や、焼けつくような痛みが脳へと深く刻まれる。


「さっきまでの落ちつきはどうしたッ!? 焦りが手に取るようにわかるぞ!」


 ジディアスが哄笑しながら叫んだ。

 その通りだった。

 顔に出ているのだろうか。

 動きが鈍っているのだろうか。

 きっとどちらもだろう、とメルザリッテは思う。


 ベルリオットが守る南方防衛線にオウルが来ていると聞かされた。

 ありえない話だ。

 なぜならオウルは地底の世界から離れられないからだ。

 だが、メルザリッテは胸騒ぎがして止まなかった。


 おそらくオウルを抜けば、ジディアスとその配下であるメギオラ部隊がもっとも力をもったシグルだ。それらが地上において最重要拠点である冥獄穿孔を空け、侵攻に加わっている。この状況が胸騒ぎの大きな理由かもしれない。

 もし、なんらかの形でオウルが地上へと上がってきていたとしたら――。


 考えただけでもぞっとした。

 身体だけでなく心まで一気に冷え込んでいくような感覚に見舞われる。

 ジディアスの言葉が真実かどうか、いまの自分には確かめる術がない。

 だが、なんとしてでも最悪の事態だけは避けねばならない。


 四方から放たれるメギオラの黒球を必死に避けながら、メルザリッテはぐっと手に力をこめた。両手に握った剣を胸の高さまで運び、黒球の嵐が止むやいなや弾かれるようにして前へと出た。前方に浮遊するメギオラへと狙いを定める。肉迫する寸前、敵がすっと真横へとずれる。その動きをメルザリッテはしかと目で追えていた。あとは腕を伸ばし、剣を突きつけるだけだ。


 唐突に腕が重く感じた。

 剣を振り遅れてしまう。誰もいない虚空を斬った音が響く。

 体がうまく動いてくれない。体中に刻まれた傷のせいか。いや、違う。早くベルリオットのもとへ行かなければならないという想いがさらに焦りを生んでいるのだ。


 落ちつけッ――!


 自分らしくない、と思った。

 約二千年前。

 大戦を生き抜いたときにはこのような感情などいっさい抱かなかったはずだ。

 メルザリッテは感情を押し殺すために思い切り下唇を噛んだ。

 滲んだ血の味とともにかすかな痛みが、わずかだが冷静さを引き寄せてくれる。


 メルザリッテは次なる攻撃へと転じるため、すぐさま振り向いた。

 瞬間、思わず目を見開いてしまった。

 すでに黒球が間近まで迫っていたのだ。とっさに受けるが、体勢が悪く大きく仰け反ってしまった。間を置かずして飛んできた黒球をまともに食らってしまう。全身を叩かれるような感覚に見舞われ、凄まじい勢いで突き飛ばされる。


 しばらくして地面へと落ちた。腹や胸を打ちつけ、むせてしまう。頭も打ったが、黒球の衝撃に比べれば軽いものだった。

 体が重い。

 皮膚のあちこちが焼けるようだ。

 だが、いますぐに立ち上がらなければ追撃を食らってしまう。

 メルザリッテは力の入らない腕を無理やりに動かし、うつ伏せの状態から上半身を持ち上げた。ゆっくりと顔を上げる。


 そこに光はなかった。

 日の光を遮るように空に陣取ったメギオラたち。

 そのすべての口から一斉に黒球が放たれ、降り注いでくる。

 回避は選べなかった。

 メルザリッテはなけなしの力を振り絞り、自身を守るように障壁を造り出す。

 一度目と二度目の衝撃に合間などほとんど感じられなかった。何度も何度も上から全身を叩かれる。ひしゃげてしまうのではないか。そう思うほど下へ下へと追いやられていく。

 どれほどのときをそうしていたのか。

 実際には短かったかもしれないが、ひどく長く感じた。


 攻撃が止んだ。

 土煙が辺りに充満し、なにがどうなっているのかさえわからない。

 ふと安堵感からかアウラを取り込むことを無意識にやめてしまった。

 もう一度取り込もうとしても力が入らない。


「どうあがいたところで、きさまひとりで我らを相手に勝つことなど不可能だ。これが《青天の戦姫》であったなら話は別だったかもしれないがな」


 土煙が止む中、ジディアスの声が聞こえてきた。

 メルザリッテは呻きながら、目線だけを上向ける。

 すぐそばに立つ一体のメギオラが映った。右手を振り上げ、尖った爪でいまにもこちらを貫かんとしている。


「終わりだ。止めを刺せ」


 ジディアスの命令に応じて、目の前のメギオラの右手が動きだした。

 ちょうど眼球をえぐるような軌道で虚空を突き進んでくる。

 自分はここまでなのだろうか、とメルザリッテは思った。

 約二千年もの間、この戦いのために備えてきたというのに、こんなにもあっさりと終わってしまうのだろうか。

 不思議と徒労感を覚えなかった。

 悔しさもない。

 あるのはただベルリオットに逢いたいという気持ちだけだった。


 ベルさま……。


 心が諦観で満たされ、半ば無意識に目が閉じられていく。

 狭まった視界の大半が、ついに黒の爪によって埋め尽くされる。

 ふとメルザリッテは違和感を覚えた。

 黒の爪の輪郭線が煌いたのだ。

 日の光だろうか。

 いや、違う。

 これは――。


「グァッ!!」


 突然、目に映っていた黒の爪が消えた。

 いったいなにが起こったのか、とメルザリッテは目を見開いた。

 視界の中、メギオラがうめき声を漏らしながら後ずさっていく。その右肘から下は綺麗に斬り取られて存在しなかった。

 ふと眼下の地面に赤結晶の刃が突き刺さっているのを見つけた。

 おそらく、メギオラの腕を斬ったのはこの刃に違いない。


 開けた視界の中、突如として天から幾筋もの赤い光が降り注いだ。

 それらはメルザリッテを囲むように地面へと衝突した。

 巻き上がった砂塵の中、ゆらりと起き上がる人影が映る。

 やがて砂塵が収まり、その姿があらわになる。

 全員が背から翼を生やしていた。

 ただアウラを放出しただけの光翼ではなく、羽の一本一本がうかがえる翼だ。

 間違いない。

 アムールだ。


 そう認識したとき、メルザリッテの心を支配していた諦観が一気に吹き飛んだ。

 腹の底で押しつけられていた希望という名の感情が一気に湧き上がってくる。

 見たところ近くに下り立ったアムールの数は四十ほどか。

 その中でもひと際濃い赤の光を纏う女性のアムールが、ほかのアムールへと叫ぶ。


「メルザリッテさまをお守りするよう立ち回るのです! 絶対に突破を許さないでください!」


 その命令に従い、アムールが一斉に飛翔した。

 赤の光を引きながら、二人一組になってメギオラへと飛びかかっていく。

 あるものは空を斬り裂くように、あるものは地上をえぐるように戦闘を始める。狭間の世界では久しく見ていなかった光景だ。すべてのアムールが優れた技術を持ち、隙を与えずに猛攻をしかけている。また多くが二人で敵に挑んでいることもあり、どこも圧倒的に優勢だ。

 先ほど指示を出した女性のアムールが、メルザリッテのそばまで駆けてきた。


「メルザリッテさま、遅れて申し訳ありません」

「いえ、あなた方はこうしてきてくれました。それだけで良いのです。それより、ほかの場所にも援軍は?」

「はい、おそらくもう到着している頃かと」

「そうですか」


 彼女の手を借りながら、メルザリッテはゆっくりと身を起こす。

 不思議なことについ先ほどまでまったく動かなかった体が動いた。

 絶望から解放されたからかもしれない。

 ただ、その代償か。

 感覚が蘇ったことで痛みが一気に押し寄せてきた。

 思わず顔を歪めてしまう。


「メルザリッテさまっ!?」

「大丈夫です」


 そう答えながら、メルザリッテは女性のもとから離れる。

 と、すぐにふらついてしまった。

 くず折れそうになるが、足に力を入れてなんとか踏みとどまる。


「その体でも、まだ戦うおつもりですか?」

「当然です」


 まだ体が動くとわかったのだ。

 ならば戦うほかない。

 一刻も早く目の前の敵を排除し、ベルリオットのもとへと向かわなければならない。


「やはり二千年のときを経ても、お変わりありませんね」


 穏やかな笑みを浮かべながら、アムールがそうぼそりとつぶやいた。


「……あなたは?」

「狭間の世界が生まれるより前は、まだ幼い姿だったので覚えてないのも無理はありません。ニアと申します。大戦の折、命を救って頂いてからというもの、あなたさまのお力になるためにとずっと己を磨き続けて参りました」

「そう、ですか」


 ニアと名乗ったアムールの姿をまじまじと見つめた。

 身長は自分と同程度か。肩の辺りで切り揃えられた髪は赤みがかっている。顔つきは端整で可愛いよりも綺麗といったほうが似合う感じだ。ぷっくりとしたみずみずしい唇が大人びた雰囲気をかもし出している。

 なにより勝ち気な目が特徴的だった。

 穢れを知らない、真っすぐな瞳だ。


 過去の大戦では一心不乱になって戦っていたため、周囲の仲間をじっくりと見ている暇はあまりなかった。それに二千年も前の昔のことだ。

 申し訳ないが、ニアの顔に覚えはない。


 ただ、当時幼かった少女がこうして大きくなって目の前に立っている。

 屈強なアムールの一団を率いるほどにまで強くなっている。

 それらに、メルザリッテはとてつもなく時間の流れを感じさせられた。

 嬉しいはずなのに、なんだかひどく寂しいような、そんな複雑な感覚だ。

 けれど、いまの自分が浮かべるべきものは暗い顔ではない。

 メルザリッテは微笑みながらニアの頭をそっと撫でる。


「頑張りましたね」

「……は、はい」


 恥ずかしがりながらニアがわずかにうつむいた。

 子どものような愛らしいしぐさだ。

 もう立派な大人である彼女には似つかわしくない姿かもしれない。

 だが、この姿こそがきっと本当の彼女なのだろう、とメルザリッテは思った。


「あ、あのっ、ベネフィリアさまより言伝をうけたまわっております!」

「……ベネフィリアさまから?」

「はい」


 そう答えたニアはゆっくり深呼吸をすると、先ほどまでの赤らんだ顔を消した。

 真剣な表情で告げてくる。


「いま、このときをもって、あなたに施された誓約は解かれます、と」


 その言葉を聞いた瞬間、メルザリッテは涼やかな風が全身を駆け抜けていくような感覚に見舞われた。

 いまの複雑な心境を一言で表すことはできない。

 あえてもっとも大きな感情をあげるならば、それは懐かしさだ。


「心中、お察し致します」

「いえ。わたくしも、それこそが天上のあるべき姿だと思っています。ですがベネフィリアさまがこの力を求められるならば、わたくしは喜んで従いましょう」


 そうメルザリッテがこたえたとき、凄まじい突風が押し寄せてきた。

 踏みとどまらなければ、たちまち吹きとばされてしまいそうなほどだ。

 風の出所は、すぐにジディアスであるとわかった。

 その身を荒れ狂う黒き風で包みこみ、戦場に響き渡るほどの声で咆える。


「やはり来たか、天上のアムールどもが! だが、たとえきさまらでもこの俺は止められんぞ!」


 これまで静観を続けていたジディアスが、ついに動きだした。

 飛翔するやいなや、もっとも近くを飛んでいたアムールへと瞬時に肉迫。拳で大振りの一撃を見舞う。とっさに結晶の盾で受けたアムールの身体がぶれた。あまりの威力に衝撃を殺しきれなかったのだ。そのままアムールは凄まじい速度で突き飛ばされ、はるか遠方の地面に激突した。


 ジディアスは追い討ちに黒球を口から放った。それがアムールのそばに着弾するやいなや猛烈な風が周囲へ広がった。リヴェティア王城の敷地と同じか、それ以上の範囲に渡って地面がえぐられる。


 周辺に存在した多数のシグルが巻き添えを食らっていたが、ジディアスにとってそれはまったく問題ではないのだろう。勝ち誇ったように猛っていた。

 眼前に広がった凄惨な光景を前に、メルザリッテは思わず眉根を寄せてしまう。


「ジディアス……!」


 シグルの王であるオウルを除けば、もっとも上位の存在とあってさすがに別格の強さだ。

 このままでは、対応に当たってくれているアムールの命が危うい。

 ふとニアが腰に携えていた剣を鞘ごと取り外し、そのまま差し出してきた。


「メルザリッテさま、これを」


 それをメルザリッテは受け取るや、ゆっくりと剣を引き抜いた。

 普通の剣ではなかった。

 刀身が透けているのだ。

 日にかざしてみると、はっきりとその先に青い空が映る。

 手を伸ばしても決して触れることはできない。


 メルザリッテの体内には、アウラの流れを制限する《戒刃の鎖》と呼ばれる誓約が施されている。《戒刃の鎖》を解くためには、この透明の剣で自身を貫かねばならない。

 メルザリッテは透明の剣を逆手に持ち、切っ先を自身の胸へと向けた。

 二千年前に一度経験したことだ。

 ためらうことはない。

 透明の刃を自身の体へと突き刺した。

 すぅ、と音もなく吸い込まれていく。


 やがて柄が胸に当たるまで押し込んだとき――。

 どくん、と心臓が跳ねた。

 全身のあらゆる箇所が荒々しく脈打ちはじめる。

 実際に肉を抉っているわけではない。

 だが、呼吸すらままならない苦しさに襲われる。

 間もなくして自身の奥底に感じていた重みがなくなった。

 それを機に、メルザリッテは時間をかけて体から剣を引き抜く。


 瞬間、全方位から体を叩かれたような感覚に見舞われた。

 実際に叩かれているわけではない。

 周囲の空気が一斉に自分へと向かってきているのだ。

 望むままに息を吸えた。

 望むままにアウラを取り入れられた。

 ふたたび、この感覚を味わうときがくるとは思ってもみなかった。


 視界に青い燐光がちらついた。

 ゆらゆらと揺れながら、それは周囲を浮遊する。

 誰かのものではない。

 メルザリッテによって生み出されたものだ。

 本来、アムールの王にだけ許された唯一の力。

 青の光。

 それがいま、自分の中にあるのだ。


 目を瞑り、自身に満ちた力を存分に感じた。

 体に負った傷の痛みはたしかに感じている。

 だが、それよりもいまは、えも言われぬ解放感のほうが勝った。

 メルザリッテはふたたび目を開ける。


「ありがとうございます、ニア。これでわたくしはまた戦うことができます」

「いえ、わたしはなにも……」


 そうニアがこたえる中、メルザリッテは遠方の空にジディアスの姿を捉えた。

 なにやら動きを止め、こちらに体を向けている。


「なんだこれは!? 先ほどとは違う……まさか奴が? いやしかし、このアウラの感覚、におい、忘れようがないッ!」


 動揺、憤怒。

 どちらも感じられる声でジディアスは叫ぶ。


「――きさまが《青天の戦姫》だったのかッ!!」


 メルザリッテはこたえなかった。

 だが、かつてそんな二つ名を持っていたのは事実だ。

 もちろん自分で名乗ったわけではない。

 二千年前の大戦中、戦っているうちに人々からそう呼ばれるようになったのだ。


「ニア、剣をお願いできますか」

「はい。お預かりいたします。援護は――」

「必要ありません。後方の防衛線の援護をお願いします」

「かしこまりました」


 透明の剣をニアに受け渡し終えたとき、こちらに向かってくる二体のメギオラが見えた。

 メルザリッテは焦ることなどしなかった。

 自身の翼へと手を伸ばし、そっと撫でる。


「……アルシェラ。いま一度、わたくしに力を貸してください」


 そう告げると、翼が呼応するようにかすかにはためいた。

 それを認めるやいなや、メルザリッテは両手を左右へと伸ばした。すぐさま両の掌に燐光が集まりだす。通常の結晶武器とは比較にならないほどの光を放ちながら、それは柄から切っ先へと結晶剣を形成していく。メルザリッテの身長よりもさらに長い刀身を持つそれは、柄に翼を模した装飾が施されている。

 限られた精霊にのみ造り出すことのできる剣。

 天精霊の剣だ。


 すでに二体のメギオラは近くまで迫っていた。

 メルザリッテは細めた目で敵を射抜いた直後、ほぼ無造作に動きだした。天精霊の剣の切っ先をいくらか地面に引きずったのち、飛翔。瞬時に二体のメギオラの前へと躍り出る。


 こちらの速さに敵は目だけでしか追えていない。メルザリッテは敵の腹に刃を添え、そのまま通りぬけた。斬ったという感触はなかった。ただ、遅れて聞こえてきた二つの慟哭が敵を斃したことを教えてくれた。


 体が思ったように動くことが心地よかった。

 だが、それに浸っている暇はなかった。

 ジディアスが仕掛けてきたのだ。

 長い爪を生やした右手を伸ばし、猛烈な勢いで迫ってくる。メギオラとは比較にならない速さだ。一瞬にして間近にまで到達してきた。が、それを見越していたメルザリッテは片方の剣を素早く振り、敵の側面を捉えた。骨に響くほどの鈍い音が響く。余波で引き起こされた風が吹き荒れる。


 腕は振りぬけていなかった。眼前には変わらずジディアスの姿が見られる。どうやら片腕で受け止められたらしい。損傷はほんのわずかだけ腕にめりこんだ程度。やはり簡単にはいかない相手だ。


 ただ、こちらも一撃で仕留められるとは微塵も思っていなかった。

 あらかじめ動かしていたもう片方の剣を勢いよく振り下ろす。頭を捉えるか、という寸前、ジディアスが後方へ退いた。逃がすまいとメルザリッテは一気に距離を詰める。二本の剣の腹をあわせ、全力で薙ぎを見舞う。と、見事に敵の腹に直撃した。


 歪んだ顔を残したあと、ジディアスが地上へと落ちていく。途中で体勢を整え、地上に二の足を立てた。地表を削りながらかなりの距離を進んだのち、ようやくその勢いが止まる。


 メルザリッテは片方の剣を敵へと投げ放った。

 あとを追いかけるように自身も続く。

 その間、ジディアスが両手を天に掲げ、黒い影を収束させていた。

 禍々しい黒煙を纏う大剣が生成されると、それを振り上げ、メルザリッテの放った剣を豪快に弾いた。


 にたり、と笑ったジディアスが地上から飛び立ち、こちらに向かってくる。

 メルザリッテは勢いを止めることなく敵と打ち合う。互いに受け流しを選んだからか、ほとんどすれ違う格好になった。メルザリッテは足を立てて地上をすべる。勢いが止まるやいなや、反転。ふたたび天精霊の剣を両手に持つと、飛び立った。


 剣を交差させる格好で、ジディアスの大剣と真っ向から打ち合う。

 脳天を貫かれるような音が戦場へと響いた。

 衝突した結晶を中心に激しい風が起こり、地表の砂埃が舞い上がる。

 がりがりと結晶のこすれる音が聞こえる。

 互いの力はほぼ拮抗といったところか。

 剣の向こう側に、やたらと楽しそうに笑うジディアスの顔が映る。


「どうやら俺はついているようだ! まさかまたやり合えるとはな! きさまにやられたこの傷の借り、いまここで返させてもらうぞ!」

「おまえに長く付き合っている暇はありません。さっさと死んでもらいます」

「ハッ、きさまのその冷酷な口ぶり、忘れてはおらんぞッ!!」


 ジディアスがそう叫んだのち、黒球を放ってきた。

 メルザリッテはとっさに真横へ回避する。が、追いかけるようにジディアスの剣が迫ってきた。半ば反射的に剣を振り、それを弾く。止まらずに敵の脇をかいくぐり、前方の空へと逃げ延びる。


 ふたたび互いの間に距離が生まれた。

 それを境に何度も離れては接近し、剣を交わす。

 一撃一撃が全身に響くほど重い。

 意識をしっかりと保っていなければ気絶するのではないか、と思うほどの衝撃だ。

 青の光、天精霊の剣がなければ、とても耐えられなかっただろう。


 メルザリッテは目の前の敵に集中しながらも、頭の中は南方防衛線のことでいっぱいだった。にわかには信じ難いが、本当にオウルが来ているというのなら、ジディアスに長く付き合っていられる暇などない。

 いくら天上よりアムールが増援に来たとしても敵う相手ではない。

 かといって自分が向かったところでなにができるかもわからない。

 それでも、一刻も早く――。


 ベルさまのもとへ……!



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