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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第六章【運命の時】
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◆第五話『空の七騎士』

 七大王暦一七三六年・七月十七日(ティーグの日)


 リヴェティア王城の会議室に、各国の主要人物が集まっていた。

 巨大な円卓を囲むように王や政務官が席についている。各国の騎士も参加しているが、彼らは席につかず、大半が自国の王の後ろに控える格好だ。


 その中で、ベルリオットは騎士でありながら席につかされていた。

 もちろん初めは断ったが、王たちに押し切られてしまったのだ。アムールであり、ベネフィリアの子であるベルリオットを差し置いて、楽な格好はできないというメルヴェロンド教皇の強い意思が大きな理由だ。

 ちなみにベルリオットの背後には、メルザリッテとティーアが控えている。


「みなさま、お忙しい中、お集まりいただき感謝いたします。わたしは今回の会議進行を務めさせていただくことになりました、ラグ・コルドフェンと申します。よろしくお願い致します」


 ラグは軽く頭を下げたあと、きりりとした表情で話を始める。


「さて、本日の議題はみなさまご存知の通り、来るべきシグルとの決戦。その具体的な対策について、です。我々、狭間に生きる者の未来がかかった戦いです。いま、この場には種族、国、立場も違う方々がおられますが、どうかそれらにとらわれず忌憚のない意見をいただければ幸いです」


 約一年前ほどだろうか。

 ディザイドリウムの宰相に任命されて日が浅い頃は、まだいくらか頼りないところがあった。だが、いまはその小さな身なりに似つかわしくないほど貫禄が出ている。本当に頼もしくなった、とベルリオットはしみじみと思う。


「ではまず、大陸が落下した際の布陣についてですが――」

「その前に気になることがあるんだけど、いいかい?」


 口を挟んだのはファルール王だ。


「はい、どうぞ」

「率直に言うと食糧の問題だよ。このままじゃあ四ヵ月後の運命のときを迎える前に足りなくなる。巨大農場になったうちの大陸も平均高度が下がりはじめてて、そろそろ落とす頃合いだしね」


 いまや二つだけとなった浮遊大陸。

 そのうちのひとつ、ファルール大陸の王都を除いたほぼ全域を巨大農場とすることで狭間に生きる者の食糧をまかなってきた。だが、それも《運命の輪》から供給されるアウラの量が減ったことにより終わりを告げようとしている。

 ファルール王の指摘を受けても、ラグに動じた様子はない。


「そうですね。切り詰めても運命のときの一ヶ月前には食糧も尽きてしまうでしょう」

「じゃあどうするつもりだい? 仮に食糧がもったとしても、そのあとにシグルとの戦いが待ってる。腹空かした状態で戦えってのはさすがに酷だろう」

「ファルール王の仰るとおりで、わたしも同意見です」

「なにか案があるんだね?」


 ファルール王の問いかけにラグが「はい」とうなずく。


「案というほどではありませんが……わたしは、運命のときをわざわざ待つ必要はない、と考えています。それに現状、《運命の輪》が機能しなくなる正確な時間がわかりません。ならば我々の都合の良いときに《運命の輪》から《飛翔核》へアウラを注がなくすることで意図的に大陸の高度を下げ、万全の状態でシグルとの戦いを迎えるべきだとわたしは考えます」


 《安息日》に《運命の輪》から《飛翔核》へとアウラを注がなかった場合、《飛翔核》はアウラの放出量を制限し、大陸の急激な落下を防ごうとする。これにより中途半端に下がった大陸がシグルの足場となる可能性が危惧されていたが、最終的に地上へ向かわなければならなくなる、運命のときの際には気にする必要がない。

 むしろ、急激に落下した場合の被害を考えれば、緩やかに落下する手段を選ぶほかない。


 なるほどね、とファルール王がうなずいた。

 ほかの王や政務官も感心したように、同様の反応を見せている。

 少しざわつきはじめた場に、ラグが「ただ……」と懸念するような声を投じる。


「そこでひとつ問題になるのが《運命の輪》の存在です。ご存知かとは思いますが、《運命の輪》は我々の大陸を浮遊させる役割を持っていると同時に、地上と天上に挟まれた空間に存在するアウラを取りこむことで、天上、地上のどちらからも狭間へ侵入できなくするという役割も持っています」


 ディザイドリウム王の後ろで控える、ジャノ・シャディンがかすかに首をかしげる。


「コルドフェン殿、すまないがよくわからない。いったいなにを言いたい?」

「つまり《運命の輪》を残したままシグルとの戦いを迎えた場合、我々は単独で戦わなくてはならないということです」

「単独とはいっても、もとよりそれしかないだろう?」


 狭間に生きる者たち。

 それをさして単独と言っているのだが、どうやらラグの真意がジャノには伝わらなかったようだ。

 ベルリオットのそばで控えていたメルザリッテが一歩だけ前へ歩み出る。


「失礼ながら申し上げさせていただきますと、いま、狭間に生きる者だけでシグルと衝突した場合、確実に敗北します」

「そんなもの、やってみなければわからないだろう」

「いいえ、わかります。それだけ戦力が桁違いなのです。ガリオン、アビスなどの下位の個体であれば、その数、億は下らないかと」

「億……いやしかし、ガリオン、アビス程度――」

「ひとつ認識していただきたいのは、《災厄日》に浮遊大陸へ上がって来られる個体は、あくまで上位の固体を省いたものだということです。現在のわたくしと同等の強さを持った固体が少なくとも数十はいると覚悟しておいてください」

「り、リアン殿と同格が数十ッ!? 絶望的じゃないか……」


 メルザリッテと実際に対峙したことのある者が、そろって顔を強張らせた。

 シグルとの決戦に勝つこと。

 それが簡単ではないことはあらかじめ聞かされていたが、相手の戦力についてまではベルリオットも知らなかった。思わずほかの者たちと同様の反応をしてしまう。


「ですが悲観することはありません」

「これで悲観するなというのは――」

「ラグさまが先ほど仰られた〝単独では〟というお言葉を思い出してください」


 リズアートやユング、ディザイドリウム王は、すでに答えに行きついているようだった。

 彼らを除いたほぼ全員が思案をはじめ、場が沈黙に支配される。

 そう難しい問題ではない。

 狭間の住人である、人とアミカス。

 地上、地底の住人である、シグル。

 それらを除いて、残っている者たちはひとつしかない。

 エリアスがはっとなり、勢いよく顔をあげた。


「まさか……っ!?」

「はい。天上に住まうアムールが加勢に入ります」


 おぉ、と感嘆に近い歓声があがった。

 アムールといえば多くの人々にとって神と等しき存在である。

 それに扱えるアウラの質という面だけでみれば、多くの人よりも優れている。アムールが精神的な支えとしても、純粋な戦力としても期待されるのは当然のことだろう。

 気づけば、先ほどまで絶望であふれていた場の空気が一気に和らいでいた。

 ただ、その中でひとり、エリアスだけはまだ疑問が晴れていないようだった。


「し、しかし、その確証はあるのでしょうか? いくらあなたがアムールであるとはいえ、二千年も天上と連絡がとれていないのでは――」

「必ず来ます。二千年前、我が同胞があなた方……いえ、わたくしたちを必ず救いに来ると約束してくれたのですから」


 メルザリッテの信じて疑わない姿勢に、エリアスだけでなく全員が息をのみ、沈黙で応じた。明確な証はなかったが、おそらく信用に値するだけの強い気持ちをメルザリッテから感じとったのだろう。


 ふとメルザリッテが「そしておそらく……」とつぶやきながら、ベルリオットのほうをちらりと見てきた。

 その目に意味深なものを感じたベルリオットは彼女に問いかける。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 メルザリッテはあっさりと視線を戻してしまった。

 いったいなんだったのだろうか。

 気になるところだが、彼女が話す必要がないと判断したことならば、きっと聞く必要がないのだろう、とベルリオットはわりきった。


「なるほど。それで先ほどの《運命の輪》の問題に戻るわけですね」


 そう発言したのはティゴーグ王だ。

 以前、ベルリオットがオルヴェノア大聖堂で彼を一目見たとき、一癖のある人物だという印象だった。というのも、恰幅が良い中年男性といった風貌の彼はおおらかな表情をしながら、その目には冷ややかなものを宿していたからだ。

 だが、いまはどうか。

 たしかに眼光はいまだ鋭いものの、棘がなくなっている。

 もしかすると帝国に捕らわれたことが大きな理由となったのかもしれない。

 ティゴーグ王の言葉に、ラグが応じる。


「はい。シグルとの決戦を迎える際、《運命の輪》を残したままでは天上から来てくださるアムールの妨げになってしまいます。ですからわたしは――」


 彼は全員の顔を見回したあと、一拍の間を置いて口を開く。


「《運命の輪》の破壊を提案します」


 場が静まり返った。

 多くの者が口を開けたまま、瞳を驚きの色に染めている。

 無理もない。

 ベルリオットは、メルザリッテとともにラグの相談に乗っていたのであらかじめ知っていたが、そうでなければきっとほかの者と同じく目を見開いていただろう。


「待った」


 そう声をあげたのはオルバだ。

 彼は難しい顔をしながら疑問を口にする。


「《運命の輪》は風の衣で守られていて近づけないはずだ。あれを無視して破壊なんて出来ないだろう」

「その風の衣なのですが、運命のときが近いからか、どうやら勢いを失っているようなのです。前回の《安息日》に調査隊とともにわたしも間近で見たきたので間違いありません」

「けどよ、仮に風の衣が障害にならなかったとしても、あんなでかいもの、どうやって破壊するんだ?」

「考えはあります。ルッチェさま」

「はいは~い」


 これまで円卓から距離を置くように控えていたルッチェが歩み出てくる。

 肩にかけていた革の鞄から親指大の水晶玉を取り出すと、オルバに向かって放り投げた。

 オルバが荒々しく掴み受けた水晶玉をまじまじと見つめる。


「なんだこりゃ」

「試しにアウラ流しこんでみて」

「ん、あ、ああ」


 躊躇いながらではあったが、オルバは言われた通り、水晶玉にアウラを流しこんだ。

 ヴァイオラの光が水晶玉の中に巡り、瞬く間に紫に染まる。と、水晶玉がまばゆく光を放ち、ぼんっと音をたてて破裂した。


「うぉ!? んだこれ、破裂したぞ!」

「ある稀少鉱石をちょろっといじってね。そんな感じでアウラを込めると破裂するんだ」

「破裂するんだ、じゃねえ! なんてことやらせやがんだ!」

「だいじょぶだいじょぶ。それぐらい小さなやつだったら怪我はしないよ」


 ルッチェが飄々とした態度で憤るオルバを交わしているよそで、ラグが話を続ける。


「その水晶玉はわたしがルッチェさまに頼んで作ってもらいました。これを改良したサジタリウスを使って放ち、《運命の輪》にぶつける予定です」

「こんなんで本当に破壊できるのか?」

「もちろん実物はもう少し大きなものを使います。それに大量のアウラを溜めていられる《運命の輪》は巨大な容器のようなものですから、たとえ威力が充分でなくとも、かすかな穴さえ開けられれば問題ないだろう、とわたしは判断しました。どう……でしょうか? みなさま」


 ラグが不安な表情を浮かべながら、ほかの出席者の顔をうかがう。

 全員が思案しているものの、ほとんど答えが出ているといった印象だ。

 リズアートがいち早く声をあげる。


「食糧の問題から運命のときを迎える前に大陸を落下させる。アムールに加勢してもらうため、《運命の輪》を破壊する。どちらも理にかなっているし、わたしは賛成します」

「ちょいと忙しくなりそうだが、そうするしかなさそうだしねぇ」


 やれやれと演技がかった素振りを見せながら、ファルール王が続く。

 それを皮切りに、ほかの出席者もラグに向かってうなずくことで賛成の意を示した。


「ありがとうございます。では、その方向でみなさまよろしくお願いいたします。次は……話を戻しますが、大陸を落下させる際の布陣について、です」


 言って、ラグがそばの政務官に目配せをした。

 うなずいた政務官が巨大な巻物を円卓の上に置くと、転がすようにして広げた。

 中に描かれたものがあらわになる。


「これは創世の書を始めとした各国の古い書物をもとに再現した地上の地図です。なにぶん大半が二千年前の資料を参考にしていますから、正確ではありませんし、なにより地形が変動している可能性もあります。あくまで参考として捉えていただければ幸いです」


 かすかに色がつけられ、非常にわかりやすいものとなっている。

 中央には、リヴェティア大陸と思しきもの。その周りにはリヴェティア大陸の何十倍、いや、何百倍ともいうほどの広大な世界が広がっている。


 山脈や川、渓谷もある。

 地上は大陸と同等、もしくはそれ以上が海というもので満たされていると聞かされていたが、たしかにそのようだ。地図の多くが、湖と同じ色で塗られていた。

 地図を目にしたメルザリッテが感嘆の声を静かにあげた。


「わたくしが知っている、地上のものとほとんど違いはありません。ラグさまの仰られた通り、大きく地形が変動していた場合はその限りではありませんが……よくここまで再現されましたね」

「本当ですか? 良かった……!」


 ラグとともに、地図の作成に関わったであろう政務官がほっと息をついていた。

 どれだけの苦労をしたか、その様子から見て取ることができる。

 会議の場であることをはっと思い出したラグが、慌てて顔を引き締めた。


「し、失礼しました。話を続けさせていただきます。実は、ヴァロンさま、ユングさま、シャディンさまとあらかじめ話し合い、大まかではありますが騎士の方々の配置を考えてまいりました。これを基盤に意見をみなさまからいただければと思います」


 一呼吸したあと、ラグはそばに置いていた小さな袋から平らな駒を取り出した。

 そこには各国の騎士団の名が記されている。

 ラグは駒を手に取り、地図の上に順々に並べていく。


「ではまず大陸の西側防衛線から……リヴェティア騎士団。北側には帝国騎士軍、シェトゥーラ騎士団。東側にはディザイドリウム騎士団、ティゴーグ騎士団。南側には神聖騎士団、ファルール騎士団という配置です。西側がリヴェティア騎士団のみであることについてですが――」

「そんなもの説明しなくとも良い」


 ガスペラント王が尊大に言った。

 彼は腕を組み、顎を上向けるという、いかにも偉ぶった態度で口を開く。


「先の戦争を見ても、リヴェティアがひとつ抜けていることは誰もがわかっていることだ。それにリヴェティアには《蒼翼》がいるのだからな」


 にやり、と得意気な笑みながら、ガスペラント王がベルリオットのほうを見てきた。


 な、なんだ!?


 ベルリオットが対応に困っていると、ファルール王がにやにやと笑い出した。


「ガスペラント王……あんた、助けてもらってからってもの、気持ち悪いぐらい心酔してんねぇ」

「う、うるさいぞファルール王! 下品な格好で《蒼翼》を誘惑してる奴になど言われたくないわ!」

「誰が下品だって? くされおやじ」

「お、おやっ、おやじだと!? わたしがおやじだと!? きさま、言わせておけば――」


 ファルール王とガスペラント王が、会議もそっちのけで言い合いを始める。

 リズアートは呆れた様子を見せていたが、多くの者が見慣れた光景だと言わんばかりに知らん振りをしている。


「やめんか二人とも。王がそんな調子でどうする。ほかの者に示しがつかんぞ」


 最年長者であるディザイドリウム王の発言とあってか。

 争っていた二人の王が、納得いかない様子ではあったもののようやく口を閉じた。

 場が収まったところを見計らい、メルザリッテが地図のある一点を指差した。

 リヴェティア大陸南側の、はるか先に位置する場所だ。


「ここにシグルの住処である地底につながる穴――冥獄穿孔インフェルヌス・フォヴィアムがあります。穴とは名ばかりで塔の形状をしていますが……とにもかくにも、これを破壊すること。それこそが、この戦いの勝利条件と言って良いでしょう」

「てっきりシグルを殲滅するか、あっちの頭を倒すかのどちらかだと思っていたが。まさかそんなものがあろうとはな」


 冥獄穿孔の地点を見つめながら、ジャノが興味深そうにうなずいている。


「先ほども申しました通りシグルの数は桁違いです。たとえ地上のシグルをすべて倒したところで地底に住まうシグルが冥獄穿孔を通して新たに追加されることでしょう。ですからやはり冥獄穿孔を破壊するしかありません」

「では、シグルの頭を倒すほうは?」

「それは不可能だと思われます。なぜならシグルの王……イジャル・グル・オウルは、地底を離れられないからです」


 シグルの王――。

 イジャル・グル・オウル。

 以前、ガルヌが死に際に「オウル」の名を口にしていた。

 あのときは意味がわからなかったが、どうやらシグルの王の名だったようだ。

 しかし、いまはそれよりも気になることがあった。

 ベルリオットの気持ちを代弁するように、エリアスがメルザリッテに問いかける。


「地底を離れられない……? いったいどういうことなのですか?」

「アムールの長であるベネフィリアさまがそうであるように、シグルの王も存在するだけで強大な力が必要となり、起源となる土地の力を常に得ていなければならないのです」

「で、ではそのシグルの王と直接戦うことはない、ということですか?」

「そういうことになります」

「なるほど……。その、興味本位で申し訳ないのですが、仮に戦った場合、どうなるのか聞いてみても良いでしょうか?」


 エリアスが恐る恐るといった様子で訊いた。

 ベルリオットも少しだけ興味があった。

 自分の力が通用するのかどうかという、単純に武人としての立場からだ。

 気づけば息をするのも忘れ、じっと答えを待っていた。

 メルザリッテはまぶたを一瞬だけ跳ねさせたあと、憂うように目を細める。


「ベネフィリアさま、そしてイジャル・グル・オウルは、創造主によってこの世界で初めに作られた存在であり、もっとも力を与えられた存在でもあります」

「つまり倒せる見込みはない、と」


 その言葉をエリアスが口にした直後、多くの者が顔を強張らせた。

 メルザリッテは一瞬困ったような表情を浮かべただけで、うなずかなかった。

 代わりに顔を上げ、遠慮がちに微笑む。


「心配せずとも戦うことにはなりませんから、みなさま安心してください」


 その振る舞いから見ても間違いなく肯定だ。

 しかし、誰もがメルザリッテの気遣いを汲んで、それ以上はなにも訊かなかった。


 イジャル・グル・オウル……それほどなのか。


 もし少しでも勝てる見込みがあるのなら、ベルリオットの名を引き合いに出していただろう。だが、それすらなかった。

 相手の実態が知れないこともあり、ベルリオットは悔しさを感じなかったが、無力さだけはひしひしと感じた。


「彼女の情報をもとにすれば、南側に主力を置くべきでしょう」


 場の空気を一新するように声をあげたのは、ユング・フォーリングスだ。

 彼の作った流れを維持するように、ラグが慌てて話を続ける。


「そうですね。では、配置をもう一度考えてみましょう。現在、騎士団単位で割り振ってはいますが、もう少し細かいところまで見ていく必要もありますね」

「ひとつ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 すっと耳に入ってくる、静かで澄み渡った声が響いた。

 声の主は、サン・ティアカ教会のメルヴェロンド教皇だ。


「メルヴェロンド教皇、どうぞ」

「神聖騎士団が、ベルリオットさまの御傍で戦うことを願っているのです。士気の問題もあります。どうか彼女たちの願いを聞き入れてはいただけないでしょうか?」

「我らアミカスの末裔も主とともに戦うことを願っている。せっかく考えてくれた布陣にケチをつけるようで申し訳ないが」


 メルヴェロンド教皇に続いてティーアが発言した。

 どちらの言葉にも、控えめながらゆずらぬ意志が感じられる。

 ジャノが少しうろたえながら応じる。


「いや、そのあたりを考慮できていなかったこちらが悪い。……ベルリオット、お前はどう考えている?」

「俺からも出来ればお願いしたい」


 もともと神聖騎士団が属する教会からは恭順の意を示されている。

 アミカスの末裔についても同様だ。以前、ファルールで行なった演説が彼らの心を解きほぐすのを大きく手伝ったらしい。帝国との戦争終結後、ティーアを通してアミカスの末裔たちから一緒に戦いたいと打診されていた。

 もちろんアムールであることが前提の話であることは充分に承知している。

 だが、どんな理由であれ、自分のことを慕ってくれているのだ。

 彼らを断ることなど出来ないし、断るつもりもない。


「しかし、良いのか? 教会とアミカスの末裔は……」


 ジャノが歯切れ悪く訊いた。

 長くいがみあってきた両者が手を取り合えるのか、と彼は言っているのだ。

 メルヴェロンド教皇が、ティーアと軽く目を合わせたあと、口を開く。


「すべては終わったこと、と済ませるにはあまりに悲惨な出来事でしたが、だからと言って相手を恨み続けてもなにも得られません。それにいまはシグルが目の前に迫っています。我々サンティアカ教会は同じくアムールを主とする者として、アミカスと手を取り合い、これにあたることを選びました」

「そういうことだ。もちろんわたし個人としても、教会には取りかえしのつかないことをしたと思っている。だから一度、罪を償いたいと申し出たのだが、『あなたにはベルリオットさまの御身を守るという使命があります』と返されてしまってな」


 言って、ティーアは少し肩をすくめた。

 それに対し、真面目なメルヴェロンド教皇はなにも反応しなかった。

 現状、相性はあまり良くなさそうな彼女たちだが、争うことはもうない。むしろこれから良くなっていくはずだ、とベルリオットは確信にも似た思いを抱いていた。


「問題ないようですし、ここは彼女たちの意見を反映するべきでしょう」


 ユングが眼鏡の位置を直しながら、ラグに目配せをして会議の進行を促す


「はい。では……西側にはディザイドリウム騎士団、ティゴーグ騎士団。北側には変わらず帝国騎士軍、シェトゥーラ騎士団。東側にはリヴェティア騎士団、ファルール騎士団。そして南側にはトレスティング卿と神聖騎士団、アミカスの末裔――で、どうでしょうか?」

「意見、よろしいでしょうか」

「どうぞ、メルザリッテさま」

「ファルール騎士団を北側へ。さらにリヴェティア騎士団からエリアスさまを北へ、リンカさまを西側へ移動したほうがいいかもしれません」


 場が一気にざわついた。

 無理もない。

 東側に配置されていたのは、リヴェティア騎士団とファルール騎士団。

 そこからファルール騎士団を抜き、さらに残ったリヴェティア騎士団からエリアス、リンカを移動させるというのだ。

 オルバやホリィをはじめとした手練の騎士が数人いるものの、圧倒的に数が少ない。

 ジャノが血相を変えたように円卓に両手をついた。


「それはっ!? いくらリヴェティアが優れているとはいえ、ログナート卿、アシュテッド卿が抜けた穴はでかすぎるのではないか?」

「たしかに戦力が下がることは間違いないでしょう。ですが、それでも問題ないとわたくしは申しているのです」

「だがしかしッ!」

「まだわからねぇのか、ジャノ。たぶん先生は、うちの騎士団と一緒に戦うって言ってるんだよ」


 オルバが口にした「先生」とは、メルザリッテのことだ。

 ジャノははっとなり、顔から焦りの色を消した。


「そういうことか……ベルリオットのメイドとしての印象が強くて、すっかり戦力から抜いてしまっていた」

「仕方ありません。わたくしほど戦いから遠い存在はいませんから」

「そ、そうだな……」


 メルザリッテの実力を知る者としては素直に頷けないのか。

 ジャノの顔が少しだけ引きつっていた。

 ユングが口を挟む。


「わたしはてっきりトレスティング卿とともに戦うものだと思っていましたが」

「できればそうしたかったのですけれど、これが最善の策と判断したのでやむなく」


 言って、メルザリッテはちらりとベルリオットのほうを見るなり、恍惚の笑みを浮かべながら体をくねらせた。


「もちろんベルさまが寂しいと仰るならば、おそばにいさせていただきますがっ」

「必要ない」

「ベルさま、みなさまの前だからって照れなくとも。素直になっても良いのですよ」

「素直な気持ちだ。ってか、みんなの前だからこそ自重してくれっ」


 会議の空気などまったく意に介していないメルザリッテに、ベルリオットは頭を抱えながら切実に告げた。

 リズアートがくすりと笑みをこぼす。


「相変わらずベルリオットへの愛情であふれてるわね」

「はいっ、それはもうこの愛情だけでシグルを呑みこんでしまうほどです!」

「それは頼もしいな」


 かっか、とヴァロンが高らかに笑った。それに釣られるようにほかの出席者も笑いを漏らした。それに恥ずかしさを覚えることなく、メルザリッテは笑顔を振りまいている。

 先ほどまで暗い印象の強かった場の空気が一瞬にして明るくなってしまった。

 向けられる愛情は過剰すぎて困りものだが、こうしたところは彼女の良いところだ、とベルリオットはあらためて思った。

 場が少し落ちついたところでラグが声をあげる。


「大まかなところは大体、決まりましたね。あとの細かい調整はわたしどものほうでさせていただくとして、このあたりで一度、終わりという形でよろしいでしょうか?」

「最後にいいかしら」

「リヴェティア王、どうぞ」

「わたしたちからみんなに伝えたいことがあるの」


 リズアートがほかの王と頷きあったあと、出席者の顔を見回した。


「来るべきシグルとの決戦。きっと辛く苦しい戦いになるでしょう。これを乗りこえるためには目に見える希望が必要不可欠だと思います。そこでわたしたち王は、現時点において、狭間でもっとも強い七人の騎士を選び、その者たちに希望の象徴となってもらうことにしました。天上と地上に挟まれた空に生きる者たち……《空の騎士》と言ったところでしょうか。これには狭間の大陸が一つとなったことを民衆に知らせるという意味も兼ねています」


 全大陸から集まった民の希望の象徴となること。

 それは、これまでの比ではない重責を背負うとともに最高の名誉を得たことにもなる。

 騎士がそろって身を強張らせる。


「それでは名前を挙げていきます。序列七位からジャノ・シャディン。六位にリンカ・アシュテッド。五位にエリアス・ログナート。四位にティーア・トウェイル。三位にアヌ・ヴァロン。二位にメルザリッテ・リアン。そして一位に――」


 静謐な空気の中、リズアートの凛とした声が響く。


「ベルリオット・トレスティングを任命します」


 見当はついていた。

 なにしろアムールという存在は、旗としてこれ以上ない存在だからだ。

 だが、いざ、任命されるとなると実感が湧かなかった。


「やってくれるわね、ベルリオット。あなたが団長よ」


 そう、リズアートから問われる。

 ほかの出席者からも、期待に満ちた目を向けられる。

 重責を担うことによる精神的な負荷は、不思議といっさい感じなかった。

 その代わり、胸の中に得たいの知れない感情がこみ上げてきていた。


 ……あのときと同じだ。


 以前、ナトゥールとともに訓練校を訪れた際、ボバンや多くの訓練生を前にしたときにも感じた。

 希望の象徴である、空の騎士。

 その団長。

 きっと自分は、この大役を受けることになるだろう。

 ただ、いま自分の中にうごめく感情を理解するまでは、うなずいてはいけないと思った。


「少し時間をくれないか」


 気づけば、ベルリオットはそう答えていた。



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