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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第六章【運命の時】
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◆第三話『飛翔核の正体』

 王城がすっぽりと入ってしまうほどの広い空洞の中。

 中央に置かれた台座の上で、とてつもなく巨大な結晶塊がほの白い靄を纏いながら、まるで心臓の鼓動のように明滅する。

 この結晶塊は飛翔核。

 リヴェティア大陸を浮遊させている動力だ。


 ルッチェ・ラヴィエーナは、ひとり飛翔核をじっと見つめていた。

 ちなみに無断で侵入したわけではなく、リズアートから許可をもらっている。

 こつこつ、と背後から足音が聞こえた。

 ルッチェが振り返ると、そこにはフリルがふんだんに付けられた、いわゆるメイド衣装というものに身を包んだ女性が立っていた。


「悪いね、呼び出しちゃったりして」

「気になさらないでください、ルッチェさま。わたくしも、いつか話す機会が来ると思っていましたから」


 彼女はメルザリッテ・リアン。

 トレスティング家に仕えるメイドだ。

 彼女とは帝国との戦争終結後、ベルリオットの紹介で知り合った。

 話した時間はそう長くない。そのうえ、彼女の余裕に満ちた立ち居振る舞いを前にすると、なんだか心の奥底まで見透かされているような感覚に見舞われるため、ルッチェは少し苦手だった。


「こっちの考えはお見通しってことかー。さすが大陸が浮く前から生きてるだけのことはあるね」


 ルッチェは思ったことそのまま口に出した。

 瞬間、メルザリッテは顔から笑みを消し、流れるようにこちらに背を向ける。


「わたくし、気分を害しました。誠に申し訳ないのですが、これにて失礼いたします」

「え、えー!? ちょ、ちょっと待ってよ! あたしなにか怒らせるようなこと言った? もし言ったなら謝るからさ、だから、ね?」


 怒らせてしまったことはわかったが、理由がわからない。

 それでも、このまま帰られるのだけは避けたい。

 必死になって説得していると、メルザリッテがくるりと振り返り、こちらに向き直った。

 ルッチェは思わず目を瞬かせた。

 メルザリッテが、ぷくーと頬を膨らませていたのだ。


「わたくしは歳をとりません」

「へ? そんなことってあるの? 最低でも二千歳は越えて」

「とりません」


 大声ではないものの、込められた怒気はいやおうにも伝わってきた。

 そこでルッチェはようやく理解した。


 あー……そういうことね。


 たしかに多くの女性にとって年齢とはひどく繊細な問題だと認識しているが……。

 よくわからない感情だったため、軽視してしまった。

 反省しないといけないな、とルッチェは思う。

 とにもかくにも、どうにかしてメルザリッテに機嫌を直してもらわなければならない。

 彼女には訊かなければならないことがあるのだ。


「ご、ごめん! そうだね! どれだけ時が過ぎたって年齢増えないことだってあるよね! 現にメルザリッテさんってすっごい綺麗でお肌もつやつや。いやもうほんと若いなあっ! 若いっ! とにかく若いっ!」


 ちょっと大げさ過ぎたかもしれない。

 いくらなんでも、これではわざとらしくて逆効果なのでは――。


「そ、そんなに褒めて下さらなくても。少し照れてしまいます」


 効果てき面だ。

 先ほどまでのふくれっ面はどこへやら、メルザリッテの表情は緩みきっていた。

 その豹変ぶりにルッチェは戸惑いつつ続ける。


「ま、まあ本当のことだしね。あたしなんてこんなナリだし、同じ女としてうらやましいよ」

「そんな、ルッチェさまはかわいらしくて素敵ですよ。その気になれば、すぐにでも良い方が見つかるかと」

「そ、そうかな?」

「はい。このメルザが保証します」

「そっか。あたしに良い人が」


 知り合った男性はそう多くない。

 その中でも親しい仲となると本当に限られている。

 候補というべき男性の顔が脳内に浮かびはじめ――。


 って、あれ? いつの間にかあたしが励まされてる!?


 はっと気づいたルッチェがメルザリッテのほうを見やると、くすくすと笑われていた。

 どうやらからかわれていたらしい。

 あはは、とはにかみながら、ルッチェは自身が被っている帽子のとんがり耳を触る。


「これは、ほんとにかなわないな」

「申し訳ありません。おふざけが過ぎましたね」

「いやいや、いいよ。おかげで緊張もほぐれたしね」

「緊張していたようには見えませんでしたが」

「表面には出さないようにしてたからね」


 いつの間にか彼女に抱いていた苦手意識が、すっかりなくなってしまった。


 ……すごいな、最低二千歳。


 そう心の中で感心したと同時、メルザリッテが微笑んできた。

 優しい笑顔なのに妙な寒気に襲われたのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。

 内心で焦りつつ、ルッチェは話を切り出す。


「そ、それじゃあ、前話もこのぐらいにして本題に入ってもいいかな?」

「はい。わたくしはいつでも」

「今日は二つだけ訊きたいことがあるんだ。もしかしたらあたしの思い違いかもしれない、馬鹿げた話なのかもしれないんだけど」

「このリヴェティア王城と……飛翔核について、ですね」


 メルザリッテの口にした言葉に、ルッチェは思わず瞠目してしまう。


「おどろいたな。ほんとになんでもわかっちゃうんだね」

「ルッチェさまはベッチェ・ラヴィエーナの子孫ですから。興味を持つと思われるものの中から、わたくしだけが知っている可能性のあるもの、となればそれらに限られますから」

「なるほどね。ま、それなら話は早いや」

「わたくしの知る範囲で良ければ、お答えします」

「ありがと。じゃあ~早速。まずはリヴェティア城についてなんだけど、どうしてベッチェ・ラヴィエーナはこのリヴェティア城だけ設計したのか、という点なんだ」


 それはリヴェティア王城がもっとも美しく、もっとも権威の高い城である、と言わしめた理由のひとつでもある。

 メルザリッテは眉ひとつ動かさずに、ひとつの可能性を提示してくる。


「単純に依頼をしたのがリヴェティアだけだったのかもしれません」

「いや、それはどうかな。彼女は発明家だけでなく芸術家としても有名だったから他国からの依頼もあったと思うんだ。当時、七つの国は同等の権威と権力を持っていたとされるはずだから優劣をつけてリヴェティアだけを選んだとは考えにくい」

「ではルッチェさまはそこに意味があった、と」

「うん。そして、これはあたしの勘なんだけど……ベッチェが、こんな大きな建造物を作ってなんの仕掛けも施していないはずがないんだ」


 単純に自分の生きてきた経験からか。

 それともラヴィエーナの血を引いているからか。

 根拠はないはずなのに、ルッチェは自信があった。


「やはり、あなたは彼女によく似ていますね」


 ふっと笑みをこぼしながら、メルザリッテがそう言った。

 彼女、とはいったい誰のことだろうか。

 もしかして――。

 と、ルッチェが問いかける間もなく、メルザリッテがすぐに話を続けた。


「先ほどの問いですが、肯定です。彼女は、このリヴェティア城にある仕掛けを施しています」

「やっぱり! ね、ねえ、いったいどんな仕掛けなの! 彼女が考えたものなら、きっとものすごいと思うんだよね!」

「お、お話しますので少し落ちついてください」

「ご、ごめん。つい興奮しちゃって」


 ルッチェは思わずメルザリッテに詰め寄ってしまった。

 これまでいっさいの動揺を見せなかったメルザリッテだったが、さすがに困惑していた。


 うー、子どもみたいなことしちゃったな。


 ルッチェは猛省しながらとんがり帽子の耳を触った。

 考えごとをしているときや恥ずかしいときにしてしまう癖だ。

 羞恥心が完全に消えたわけではないが、おかげで平常心は取り戻すことができた。

 顔をあげると、メルザリッテから笑みを向けられた。

 過去を思い出すように、彼女の目は遠くを見つめる。


「いまのあなたと同じように、彼女は心躍るようにその仕掛けについて語ってくれましたよ」


 やっぱり間違いない!


 ルッチェは思わず目を輝かせてしまう。

 先ほどメルザリッテが口にした、〝彼女〟の正体は――。


「ベッチェを知ってるの!?」

「はい。と言っても彼女はいつも忙しそうに動いて一点に留まることはなかったので、長く一緒にいたわけではないのですが」


 自分も一箇所にあまり留まらないようにしている。

 ずっと同じ環境に身を置くことで新しい刺激を得られず、思考が固まるかもしれない、と思っているからだ。だが……。

 もしかすると単純に彼女の血だったのかもしれない。

 顔も知らない先祖との繋がりを知り、ルッチェは思わず顔をゆるませてしまう。

 メルザリッテが話を続ける。


「そして知り合った短い期間の中で、彼女はわたくしにあることを語ってくれました」

「それこそがリヴェティア王城の秘密。運命のときを迎えて大陸が落ちたとき、ふたたび起こるであろうシグルとの戦いを想定して作られた装置。その名も聖なる光(サンクタラルクス)

「サンクタラ……ルクス…………」

「リヴェティア王城を中心に大陸全土を強力なアウラの障壁で包み、シグルの悪しき攻撃から守る。彼女がこの狭間の世界に残した最大の遺産です」

「大陸全土って、そんな大規模なものを……」


 手の震えが止まらない。


「やっぱりベッチェはすごかったんだ」


 ベッチェは、自分のもっとも尊敬している人物であり、そして目標でもある。

 彼女がどれだけ遠い地点にいるのか。

 それを知ったことでルッチェは絶望にも似た感覚に襲われた。

 だが、それに負けないぐらい、嬉しい気持ちが湧きあがってくる。


「でも、そんな大量のアウラをどうやって。それに起動方は……」

「もともと地上は《運命の輪》の影響外ですし、大陸が落ちる頃には《運命の輪》も崩壊していますからアウラの量を心配する必要はありません。そして起動方については……」


 メルザリッテはもったいぶるように間を置き、やけに真剣な表情を向けてきた。

 きっと相応に壮大な起動方法に違いない。

 心して聞かなければならない。

 ごくりとルッチェが喉を鳴らした、そのとき。

 メルザリッテが茶目っ気たっぷりに、にっこりと笑った。


「知りませんっ」

「あぅっ」


 全身を緊張させていたせいで、思わず倒れそうになった。

 メルザリッテが申し訳ないとばかりに目を伏せる。


「そこまでは聞かされなかったもので……」

「いやいや、こればっかりはしかたないよ」

「お役に立てず申し訳ありません」

「ほんと気にしないで。ちょっとほっとしてる自分もいるんだ。ベッチェがどうやって《聖なる光》を作ったのか……それを解明しながら探すの、ちょっと面白そうだしさ」

「お気遣い感謝いたします」


 苦労もせずにすべてを知るのは面白くない、という気持ちがあったのは本当だった。

 それが理由で、いまのいままでメルザリッテに聞けずいたのだ。


 ま、それぐらいは自分で頑張らないとね。


 そう心の中で意気込みながら、ルッチェは次の話へと移る。


「じゃあ、二つ目の質問。《飛翔核》のことなんだけど、知りたいのは、これの正体なんだ」


 言い終えたとき、急に寒気が押し寄せてきた。

 この広間は、地下ということもありもともと気温は低い。

 だが、そういった寒さではなく、体の奥底に直接突き刺さってくるような寒さだ。

 見れば、メルザリッテの顔から笑みが消えていた。


「知って、どうするのでしょうか」


 これまで見たことのない冷たい瞳で射抜かれる。

 答え方を間違えれば殺されるのではないか。

 そんな気さえしてくる。

 ルッチェは怯えからくる震えで、口がうまく動かせなかった。

 下唇を強めに噛み、痛みを感じることでようやく震えを止められた。

 真っすぐにメルザリッテの目を見ながら、なるべく平然を装いながら答える。


「あたしはただ知りたいだけだよ。そして再現して、応用したい。でも……それが非人道的な行為に繋がるのなら、あたしは手を出さないよ」


 じっと見つめられた。

 実際にはそれほど長い時間ではなかったと思う。

 だが、ときがとまったかのような錯覚に見舞われ、ひどく長く感じた。

 間もなくして、メルザリッテの瞳に色が戻った。


「それを聞いて安心しました」

「こっちは心底ほっとしたよ」

「警戒してしまい、申し訳ありません」


 警戒。

 威嚇の間違いではないか、と思ったが、口にしないことにした。


「それで、どうなのかな?」

「《飛翔核》がどのような構造をしているのか、詳しいことはわたくしにもわかりません。ただ、創造主は人類に《飛翔核》をお与えになる際、こう仰いました。〝命ある結晶を授けましょう〟と」

「やっぱり……」

「ということは、気づいてらっしゃったのですね」

「薄々、そうなんじゃないかって程度だけどね」


 言って、ルッチェは飛翔核を見やった。

 それはほの白い靄を纏い、明滅している。通常の結晶ではありえない現象だが、逆にそれさえなければただの大きな結晶塊とも言える。

 だが、飛翔核は生きているのだ。


「アウラを吸収して、放出する。その流れは王族によって制御されてはいるものの、世界に生きるものとまったく同じだからね」

「その考えで言えば、飛空船を動かす際に使うオルティエ水晶も同じだと思いますが」

「たしかにそうだけど、《飛翔核》規模となると存在しない。いや、なにより重要なのは使用者を選ぶってことかな。単純な鉱石にそんなことは出来るはずがない。そこに意思がなければ、ね」

「それで《飛翔核》には命がある、とお考えになられたのですね」

「うん。だから、命を犠牲にすれば《飛翔核》と同等のものを作れるんじゃないか、って」


 ルッチェはさらりと言ってから、まずいと思った。


「あ、さっきも言ったとおり再現するつもりはないからね。あくまで頭の中での話だから」

「わかっております」


 笑顔で応じてくれるものの、生きた心地がしなかった。

 ことこの話題については発言の一つ一つに気をつけなければならないな、と胸に刻んだあと、ルッチェは飛翔核のほうへゆっくりと歩み寄っていく。


「ここだけの話、あたしあんまり信仰心ってのないんだ。実際に見たことのないものは信じないってタチでね。本当に神はいるのかなって子どもの頃からずっと思ってた」


 ルッチェは《飛翔核》の置かれた台座前で足を止めた。

 見上げてみると、その大きさに圧倒されるばかりだ。

 《飛翔核》の周りを動く白い靄が風を切るような音を鳴らしている。

 足音や話し声がなければ、この広い空洞に響く音はたったそれだけだ。


「でも、さ。《飛翔核》に命があったって知ったとたん、神ってのは《飛翔核》のようなことを言うんじゃないかって思ったよ。ただ静かに、人の住む大陸をずっと支えてきたんだから」

「神とは、抽象的なものであって良いのだとわたくしは思います。それぞれが信じたもの。それこそが神であり、自身を見守ってくれる存在である、と」

「だとしたら、神がいないって考えてたのは少しもったいなかったかもね」


 言って、ルッチェはもう一度《飛翔核》をよく見つめた。

 生き物であることを知ったからだろうか、なんだか《飛翔核》から視線を向けられているような気がした。

 それに対して疑いを持つことなく、ルッチェはにかっと笑い返した。

 勢いよく振り返り、メルザリッテに向き直る。


「うん、すっきりした! ずっと気になって作業に身が入らなかったんだよね~。ありがと、メルザリッテさん!」

「いえ、お役に立てて良かったです」


 本音を言えば、もっと色々なことを訊きたい。

 主にベッチェについてだが、熱が入りすぎてメルザリッテに迷惑をかける気がしたので、今日はここまでにしておこうと思った。


 今度、お礼と称してトレスティング邸にお邪魔したのち、じっくり話を聞かせてもらおう。


 そんな計画を立てつつ、ルッチェは天に向かって右拳を突き上げた。


「よーっし、まずは《聖なる光》の起動方法さがしからがんばるぞー!」



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