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◆第十二話『赤のアウラ使い』

 裂帛の気合と共に、ベルリオットは力の限り地を踏み切った。

 リズアートが怒鳴っていたが、なにを言っているのか聞こえなかった。

 意識はもうガリオンしか捉えていない。

 リズアートに襲い掛かる一条の黒い光。

 そこに光もなにもない、ベルリオットという線が重なる。


 不気味に光を放つその眼。

 まさにリズアートを食い殺さんとする鋭い牙。

 ガリオンの頭部を見据える。

 奴の口に、ベルリオットは差し出すように剣をすっと添えた。

 わずかなぶれも許されない。

 踏み込み足から重心を腰に移動させる。


 この身を風のように。

 なによりも疾く。


 ただ素直に剣を薙いだ。

 斬った、という感触はなかった。

 だがベルリオットは見た。

 視界の端で両断され、背と足が離れ離れになったガリオンの姿を。

 リズアートに到達する前に、ガリオンの身体はガラスが割れたような音を残し、砕け散った。

 黒いアウラの靄が霧散し、夜の闇に溶けていく。


「うそ……ただの剣で、シグルを斬るなんて……」


 リズアートが驚愕に目を見開いていた。


「やった……のか?」


 リズアートの声を聞いて、ようやくガリオンを倒したのだという実感が湧いた。

 人間を脅かしてきたシグルを自分の手で倒した。

 生まれて初めての経験。

 自分の手と、それに握られた剣をまじまじと見つめる。

 やがて嬉しさがこみ上げてきた。

 そのとき――。


「ベルリオット! 逃げてっ!」


 黒い影が動いていた。

 数は二。

 すでにベルリオットの眼前にまで迫っている。

 逃げられない。

 構える時間もない。

 近づくガリオンに視界が覆われた。


 ――やられる。


 そう、思った瞬間だった。

 ガリオンの断末魔が耳をついた。

 視界に飛び込んできた二体のガリオンは、いつの間にか地に倒れていた。

 というより地に縫い付けられていた。

 縫い付けているのは、刃のような形をしたアウラの結晶と思われるものだ。

 思われるもの、とした理由は、そのアウラが見たこともない色をしていたからだ。


 刃の形をしたその結晶は、赤みを帯びていた。

 結晶化したアウラは、普通、それを造り上げた者が扱うアウラの色と同一色となる。

 つまり、緑、黄、紫色以外はありえない。

 ありえないはずなのに、そこにある。


 ただ、そんな疑問よりも、今はもっと重要なことがある。

 いったい誰が、ガリオンを倒したのか。

 その疑問に行き着いたとき、ベルリオットとリズアートに強い風が吹きつけた。

 呆然としてしまっていたせいか、二人して尻餅をついてしまう。

 そして眼を剥く。


 いつからそこにいたのか。

 目の前に人が立っていた。

 フード付きの白外套に身を包んでいる。

 こちらに背を向けているため、どのような容姿をしているかわからない。

 ベルリオットとリズアートを庇うように、白外套の人はガリオンとの間に立っている。

 状況から推測するに、先ほど二体のガリオンを一瞬にして倒したのはこの人だろう、とベルリオットは思う。


「誰、なんだ?」


 と問うが、白外套の人は答えない。

 代わりに耳に入ってきたのは、ガリオンの唸り声だった。

 ベルリオットが倒した一体、そして先ほど二体が倒れたとはいえ、まだ十体近くのガリオンが残っているのだ。

 危険な状況は変わらない。


 本能的に脅威を感じ取ったのか。

 シグルの注意がベルリオットたちから白外套の人に向いていた。

 ガリオンたちに感情があるのかはわからない。

 だが、恐怖に押し負けて動き出したように見えた。

 三体のガリオンたちが先手を打って白外套の人に飛び掛かる。


 白外套の人の周りに赤の燐光が集まると、背から奔出したアウラが翼を象った。

 しかしその翼は、ただアウラを放出しただけの無骨な形ではなく、羽根の一本に至るまでが窺える。

 そう、まるで本物の“翼”のようだった。


 同時に、両手には洗練された形状の、赤の剣が一本ずつ現れる。

 双剣。

 ただただ単純な形であるのに、あそこまで綺麗な結晶武器を見たことがない。

 本物のような翼と相まって、神々しいとさえ感じてしまうほどに美しかった。

 両腕を腰の前で交差させるや、白外套の人は飛び掛かってくるガリオンに向かって、足を踏み出した。


 白外套の人を中心に風が渦巻いた。

 そんな中でも、ベルリオットはしかと目を見開いていた。

 だというのに気づいたときには、白外套の人の姿はガリオンを挟んだ向こう、遠く離れた先にあった。

 そして襲い掛かった三体のシグルは、切り口は違えど、どれもが綺麗に両断されていた。

 斬られたガリオンは、形を維持できなくなり空中で霧散する。


 動きが、疾すぎる。


 今度は白外套の人から動いた。

 残りのガリオンに襲い掛かっていく。

 やはりその姿を視認することはできない。

 ただ、彼あるいは彼女が通った道には、さざめいた芝生、斬られたシグルが残るため、進行方向だけはつかめた。


 圧倒的。

 けれどそこに荒々しさは感じられない。

 その戦いぶりにベルリオットは見とれてしまっていた。

 きっとリズアートも同じだったと思う。

 だから、気づけなかった。


 ガリオンの低い唸り声が背後から聞こえた。

 集団からはぐれていたのか。それとも無防備になるまでわざと息を潜めていたのか。

 そんな疑問を抱くよりも早く、ガリオンが地を踏み切った。

 瞬間、地から這い出た、赤色結晶の刃に腹を突き刺され、その動きを止めた。

 這い出てきた赤色結晶とともに、ガリオンが砕け散る。


 未だかつて目にしたことのなかった、赤色結晶を白外套の人は扱っている。

 つまりベルリオットが持っている情報からでは、目の前でシグルを貫いた赤色結晶の刃を出現させたのは白外套の人という答えにしか行き着かない。


「なっ――」


 これにはリズアート共々、ベルリオットは驚愕するしかなかった。

 目にしたことが信じられなくて、恐る恐る口に出して確認する。


「な、なあ。アウラで造られた結晶って、人の手から離れたら、形を維持できずに消滅する……はずだよな」

「え、ええ……。ましてや遠隔的に……手にも触れずにアウラを結晶化させるなんて。あんなの、見たことも聞いたこともないわ。あの人、いったい何者なの……」


 思い返してみれば、白外套の人が現れたときのこともそうだ。

 同時に二体のガリオンを倒したあの攻撃――人の手を離れた刃が、ガリオンの身体を貫いていた。

 恐らく投擲したのだと思うが、そんな攻撃方法は、やはり今までに見たことがない。


 ベルリオットは、白外套の人に視線を戻した。

 彼、あるいは彼女が通ったと思われる場所には、軌跡があった。

 様々な角度から両断されたガリオンが倒れている。

 それらは白外套の人がアウラを収めたのと同時に、ガラスが割れた音ともに跡形もなく散った。


「助けて……もらったのよね」

「そう、なるだろうな」

「なら、お礼を言わなくちゃね」


 言うや、リズアートが立ち上がった。

 服についた汚れを簡単に払ってから、白外套の人へと歩み寄る。


「ま、待てよ」


 ベルリオットもあとに続いた。


「ありがとう。本当に助かったわ」


 リズアートはごく素直に感謝の礼を述べた。

 しかし、リズアートに返答をするでもなく、白外套の人は明後日の方向を向いていた。


 やはりと言うべきか。

 全身を覆い隠すその様相から察するに、正体を知られるわけにはいかないなんらかの理由が、この人にはあるのかもしれない。

 そんなことはきっとリズアートもわかっているはずだ。

 けれど彼女の探求心は止まらない。


「あとでちゃんとお礼がしたいし、よければ名前を教えてくれないかしら」


 もっとも、正体を知りたいのはベルリオットも同じだった。

 生唾を飲み込みながら、返答を待つ。

 白外套の人が、こちらを一瞥した。

 そのときだった。


「姫様――――ッ!」


 背後、住宅街の方から声が聞こえてきた。

 振り向くと、紫色のアウラを撒き散らしながら、物凄い速度で誰かがこちらに向かってくる。


「エリアス?」


 段々と輪郭があらわになっていき、それがエリアスだとわかる。

 舞い散る赤い燐光が、視界に入ってきた。

 同時に、ふわっとした優しい風に、全身が撫でられる。

 先ほど白外套の人がいた場所に慌てて視線を戻した。

 そこにはもう誰もいなかった。


「逃げられちゃったわね」

「あ、ああ」

「ほんと、いったい何者だったのかしら」


 さあな、とベルリオットは返した。

 白外套の人が立ち去るとき、風に乗せられて“匂い”がした。

 それはなんだか、懐かしいような、それでいて温かく包み込んでくるような優しい匂いだった。

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