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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第五章【狭間の王・後編】
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◆第八話『復讐の先に』

 ガルヌとの距離を詰めんとイオルは翔ける。

 行く手を阻むように黒騎士たちが割り込んでくるが、構わずに進む。

 ふと光の線が両脇を通りすぎ、黒騎士たちへ向かっていく。ジンの援護射撃だ。

 黒騎士たちがとっさに体の前へ盾を生成した。光の線が盾に衝突するや、方々へ飛び散ってしまう。だが、たしかな衝撃が黒騎士たちを襲ったようだ。彼らは後方へ弾き飛ばされる。

 ガルヌへの道が開いた。


「行け、イオルッ!」


 イオルはガルヌに肉迫した。大剣を振り上げ、勢いよく下ろす。耳をつんざかんばかりの甲高い音が広間に響いた。渾身の一振りは敵に届いていない。阻んだのはガルヌが交差した血色の悪い手、その指先から伸びる爪型の結晶だ。

 その結晶を粉砕せんと大剣を押しこもうとするが、なかなか進まなかった。

 思いのほか抵抗が強い。


「あいにくと貴様の顔に覚えがないのだが……何者だ」

「……イオル・ウィディールと言えばわかるだろう」

「ウィディールだと? あの、グラトリオ・ウィディールの縁者か」

「そうだ」

「奴に息子はいなかったはずだが――いや、面倒を見てる餓鬼がひとりいたか。もしや、それかっ!」


 ガルヌが交差した手を振り払うように持ち上げた。イオルは即座に飛び退く。ガルヌの爪が虚空を切り裂き、鋭い音を響かせる。間合いが生まれたが硬直はない。ふたたび肉迫する。

 黒騎士の相手はジンがしてくれているようだ。

 光の線が広間のいたるところを貫く中、イオルはガルヌとともに空中を飛び回り、互いに何度も激しく結晶をかち合わせる。


「なるほどな。グラトリオ・ウィディールの敵討ちでもしようというわけか。だが勘違いしているぞ、小僧。奴から力を求めたのだ。わたしはただそれに応えたに過ぎない! きさまはただあやつを正当化させたいがために、わたしに罪をきせているのだ!」

「そんな答え、とうに行き着いている! だが、おまえがいなければ、あの人が闇に踏みこむことがなかったのもまた事実だ!」


 イオルは一気にアウラを取り込み、加速した。


「同じ悲劇を繰り返させないためにも、俺はおまえを討たなければならないッ! それを誰よりも我が父が望んでいるはずだッ!」


 ひときわ力を込め、剣を振り下ろす。が、またもやガルヌの爪に受け止められてしまう。

 思った以上に敵の結晶は硬かった。爪形状の細さを感じさせない。黒い禍々しさが、見た目以上に頑丈さを伝えてくるような気さえする。

 ――だが、そんなことなど関係ない。


 イオルは大剣に己のアウラのすべてを流し込む気で力をこめた。と、ふいに切り刃が柄から光りだした。見たこともない現象だ。煌きながら延びたそれは、やがて剣先へと到達した。瞬間、大剣全体が発光する。なにが、どうなっているかはわからない。

 だが、力を得たことは間違いないと思った。


「ガルヌ。ここでおまえを討ち、この愚かな怨嗟の渦を終わらせるッ!」


 イオルは敵から一度大剣を離すやいなや、ふたたび振り下ろした。一度ではない。何度も何度も打ちつける。ガルヌを後方へ押しこんでいく。息つく暇など与えない。敵の黒い爪にわずかな亀裂が入った。イオルは追い討ちとばかりに己が出せる最高の力をもって大剣を振り下ろす。


 ついに黒い爪が音をたてて砕けた。

 ガルヌの仮面、体に接触した大剣をイオルは容赦なく押しこんだ。広間を形成する分厚い壁にガルヌが激突する。轟音とともに壁が損壊し、辺りに破片が飛び散る中、イオルはガルヌともども外へ飛び出た。綺麗に刈り込まれた芝の上へガルヌを押しつける。すべるように地面を抉りながら進む。長い距離を経て、ようやくその勢いが止まった。


 眼下で倒れるガルヌは両手、両足をだらしなく伸ばしている。死んだのだろうか。いや、それはない。なにしろ胸を貫かれて死ななかった男だ。この程度でくたばるわけがない。

 ぴしり、と音が鳴った。

 大剣の下、仮面に亀裂が入っている。

 枝分かれのように亀裂が伸びきると仮面がぱかりと左右二つに割れた。

 仮面が地面に落ち、隠れていた顔があらわになる。


 瞬間、イオルは瞠目した。

 余すところなく刻まれた細かく深い皺。

 骨に薄い皮をかぶせたような頬。

 血の気がまったく感じられない紫色の唇。

 およそ人とは思えない顔が、そこにあったのだ。


「見るなァッ――――!!」


 ガルヌが叫んだ。

 次いで片手で顔を覆いながら、こちらにもう片方の手を伸ばしてくる。

 イオルは身の危険を感じ、即座に飛び退いた。


「イオル、後ろだッ!」


 ジンの声だ。

 その声を頼りに、イオルは右方へ転がる。

 直後、先ほどまで自分が立っていた地面に、二人の黒騎士が剣を突き立てた。

 イオルが立ち上がり、身構えると、隣にジンが下り立った。


「ふぅ、わりぃわりぃ。上手く抑えられてたんだが、急にそっちに行っちまってよ」

「問題ない。それよりも……」


 言って、イオルはガルヌのほうを顎で示した。


「へぇ、なかなか面白いことになってるじゃねーか」


 ガルヌは、いまも片手で顔を覆い隠している。

 しかし隙間から、あのおよそ生者とは思えない顔がいまもうかがえる。

 ガルヌの両脇に黒騎士たちが立ち、剣を構える。

 睨み合いの格好だ。


「誰にも見せたことのないわたしの素顔を、よもやきさまのような餓鬼に暴かれるとはな」


 苛立たしげに舌打ちをしたガルヌへと、イオルは侮蔑の目を向ける。


「そこまでして生にしがみつくか」

「人の身では我が悲願の成就まで遠すぎたのだ」

「悲願だと?」

「シグルが人を支配し、この滅び行く狭間を救う。それこそが我が悲願ッ……!」

「人を襲うシグルが人を救う、か。冗談も程ほどにしろ」

「すべては狭間が滅び、後に生まれるであろう新たな世界のためよ。そこにはこの狭間に蔓延る偽善などいっさい存在しない。まことの正義、そして自由がそこにはあるのだ!」


 狂気に満ちたガルヌの叫びが、ひっそりとした王宮に木霊する。


「だが、この崇高なる理念を理解する者は少ない。だから、わたしは! この滅びのときに際し、アムールを崇める不届き者たちを一掃しなければならないのだ!」


 目的は見える。

 だが、なぜそれを行なければならないのかがぼやけて見えない。


「長い間生きて頭の中まで腐ったんじゃないのか? なぜ、シグルのために戦う。おまえは、なんのために戦いを始めた?」

「……」


 ガルヌは押し黙った。

 答えようともしない。

 やはり長い間生きたことで忘れてしまったのか。

 いや、そもそも戦い始めた理由自体なかったのかもしれない。

 その感情自体が、仮にシグルによって作られたものだったとしたら……。

 イオルは、それ以上は考えないことにした。

 たとえ、どのような始まりがあったとしても、哀れみを抱くような相手ではない。


「狭間が破滅したときにと決めていたが……考えが変わった。いいだろう、きさまらに絶望を味わわせてやる」


 ガルヌの体を覆うように黒い瘴気が頭上から伸びるように空へ上がった。

 直後、二つに分かれ、噴水のように黒騎士たちへと降り注ぐ。まるで生き物のようにうごめいたあと、ふたたびガルヌのもとに戻っていく。残ったのは甲冑のみで黒騎士たちの姿はない。ラハンがのみこまれたときと同じだ。


 瘴気をその身に宿したガルヌに異変が起こった。

 生気の感じられなかった顔、体に急激に肉がついていく。

 張りのある若々しい青年の姿に変貌したかと思うや、破裂するように肉が飛び散った。びちゃびちゃと肉片が地面に落ちる。


 肉という名の衣を脱ぎ去ったガルヌは、まったく別の外見に変わっていた。

 体のほとんどが黒い。

 違うのは紫色をした眼球だけだ。

 その姿はもはやシグルとしか言いようがない。

 こちらを威嚇するように、ガルヌが鋭く尖った歯、爪を見せつける。


「あいつ……!」


 ジンが歯軋りをしながら言った。


「知っているのか?」

「……ああ。弟が殺された話はしたよな。そんときの奴とまったく同じ見た目なんだよ」


 ジンの弟――ドン・ザッパが殺された話は、昨夜、屋敷で聞かされた。

 ちなみに話して欲しいなどと頼んだ覚えはない。

 酒に酔ったジンに絡まれた形だ。

 非常に鬱陶しいことこのうえなかったが、話を聞いたあと、イオルは彼を見る目ががらりと変わった。

 奴も自分と似ている、と。


「まあ、あんときの奴は殺ったはずだから別物だろうが……なんにしろ雰囲気からして、こっちのが断然やばそうだぜ」


 人型のシグル。

 過去、グラトリオが起こした事件の折にそのようなシグルがいたことは聞いている。

 ただ、事件の加担者だったにも関わらず、イオルはその存在の正体を知らなかった。

 あのときの人型のシグルといま目の前にいるガルヌが同じかはたしかめられないが……。


 ただ一つ言えることがある。

 この狭間の世界において、こいつらは無用な闇を生み出す、無用な存在ということだ。


「……ジン、剣だけは尖らせておけ」

「は? 意味が――」

「行くぞ!」


 イオルはアウラを噴出させ、大地を蹴った。

 光翼から漏れる燐光を散らしながら、ガルヌへと向かう。

 視界の中、ガルヌが両手を広げ、振り下ろす。と、左右からイオル目がけて黒い結晶の刃が無数に飛んできた。神の矢フィーリウス・サジッタだ。


 イオルは大剣を地に刺し、それを反動に後方へ飛び退いた。突き刺さったままの大剣へと黒の刃が降り注ぐ。手から離れたこともあり、霧散を始めていた大剣が黒の刃によって勢いよく破損する。


 出鼻をくじかれた。

 すぐさま体勢を整えなければ、と大剣を生成しようとした、そのときだ。

 イオルは怖気に見舞われ、体が凍った。


 陽の光が遮られた。

 弾かれるようにして視線を上向ける。ガルヌが上空を飛んでいた。覆いかぶさるようにこちらに飛びかろうとしている。

 これまでとは圧倒的に速さが違う。

 イオルは戦慄し、思わず体を硬直させてしまう。


 ガルヌの鋭い爪が、こちらを捉える、直前。背後から二筋の光がはしった。ジンの二丁光銃(ディコル・イーラ)が放ったものだ。光の線がガルヌの顔面にぶち当たる。貫通はしなかったが、痛みは与えられたらしい。ガルヌが顔を歪めながら後方へ退避し、まるで獣のごとく四肢を大地につける。


「ひとりでどうにかなる相手じゃねえ! 気を引き締めてかかれよ!」


 もちろんそれは充分に承知していた。、

 ただ、相手の力が予想をはるかに上回っていたのだ。

 イオルはさらに神経を研ぎ澄ませ、ふたたび飛翔する。ガルヌも飛び上がった。空で衝突し、互いの得物をかち合わせる。耳をつんざかんばかりの音が辺りに響く。


「シャァアアアアア――ッ!!」


 大口を開け、ガルヌが奇声をあげる。

 威嚇のつもりだろうか。

 わからないが、まさしく化け物としか言いようがない。

 相手の武器は爪を基本形としている。二方向からの攻撃が可能だ。長く結晶を合わせるのは得策ではない。すぐさま大剣を離すと、敵がその鋭い爪を横腹目がけて突き刺さんとしてくる。


 このまま大剣で防ごうにも間に合わない。

 即座に大剣から手を放し、霧散させると、イオルは無心で左手にアウラを流した。ルッチェに作ってもらった手袋を通し、大剣が即座に生成される。それをもって、イオルは敵の爪を弾いた。


「ヌゥッ!?」


 驚愕したように声をあげたガルヌだが、すぐさま平静を取り戻していた。

 息つく暇もなく、その二本の手から伸びる爪で多様な攻撃を繰り出してくる。

 見たこともない素早い攻撃。一本の剣で受けきるのは至難の業だ。

 しかしイオルは一撃を食らうことなく、ガルヌの攻撃に耐えていた。


 ルッチェのくれた手袋のおかげだ。

 大剣を消滅、再生成を繰り返す。

 そうして通常では成しえない速度をもって敵の攻撃を迎えている。

 ときおり、ガルヌによって周囲に神の矢が作られていた。

 だが、それらはすべてジンの二丁光銃によって撃ち落されている。


「その手袋、ラヴィエーナが作ったものか」

「だとしたらなんだ」

「己に力がないために他者に頼った。きさまもわたしと同じだ。さすがはグラトリオの子といったところか。そろって我と同じ道を歩んでいる」


 自分のことならなんと言われてもいい。

 だが――。


「おまえとあの人が一緒だと……? ふざけるなッ!」


 イオルは渾身の力を込め、振り払いの一撃を放った。

 警戒したガルヌが大きく飛び退いた。下り立った外壁上を這うように駆けはじめる。敵はまるで品定めでもするかのような目を向けてくる。

 敵の耳に届くよう、イオルは声を張り上げる。


「あの人の剣は、いまも俺の剣に宿っている! あの人の剣があったからこそ俺は人に、他者に力を借りることは恥ではないと知れた。人は手を取り合うからこそ、より大きな力を生み出せるのだと知れた!」


 ガルヌが跳び上がった。あまりの脚力に足場にした部分が反動で損壊する。

 弧を描くようにして宙を翔け、向かってくるガルヌが胸の前で手を交差させた。虚空を刻んだ跡が、そのまま黒い刃となって飛んでくる。


 一撃では相殺できないだろう。

 仮に大剣を瞬時に再生成し、黒い刃を相殺したとしても、その先にはガルヌが待っている。受け切るのは得策ではない。避けたほうが無難なのはわかっている。

 だが、イオルは構わずに進んだ。

 信じていたからだ。

 味方の――ジンの援護を。


 後方から光の線がはしった。

 それは黒い刃と衝突し、どちらも弾けるようにして散った。

 ガルヌとの間になにもなくなった。

 イオルは己の剣を……グラトリオに育ててもらった剣を振り上げ、加速する。


「他者の力を奪い、ただシグルのために戦うおまえと一緒にするな!」


 ガルヌと衝突した。

 ひと際大きな音が辺りに響き渡る。結晶をあわせたのはほんの一瞬だ。互いに離れては肉迫を繰り返す。王宮の敷地内を縦横無尽に翔けていく。近づいた建造物が派手に破壊されていく。


 戦闘中、イオルの脳裏の片隅にある人物の像が浮かんでいた。

 グラトリオだ。

 彼は完璧な人間ではなかった。

 大きな過ちを犯した。

 悪しき存在として後世に伝えられることは間違いないだろう。

 だが、イオルは彼の存在すべてを否定したくはなかった。


 彼が生きてきた証が自分の中には残っている。

 たとえどれだけ険しい道だとしてもグラトリオの意志を継ぎ、戦おうと思った。

 それが不毛な道だとしても剣を振るい続けようと思った。


 だが、その一歩を踏み出すためには倒さなければならない敵がいる。

 奴こそがこの狭間の世界に闇を呼び込み、多くの悲劇を作りだした男――。

 ガルヌだ。

 絶対に負けるわけにはいかない。


「うぉおおおおおおおおッ――!!」


 イオルは吼えた。

 後背筋から肩、腕から手へと力のすべてを込め、一撃一撃を放つ。

 敵に受け止められるか、避けられるかすれば、瞬時に左手にはめた手袋へとアウラを流し込み、ふたたび大剣を振るう。あらゆる場所の血管がはちきれそうな気がした。だが、すべての攻撃に妥協はいっさいしない。


 イオルは、大剣で繰り出せる連撃の限界を遥かに越えた攻撃でガルヌを圧倒していた。

 だが、相手の身を斬ることには一度も成功していない。

 それほど敵は戦いに慣れしているのだ。

 おそらく長い年月を生きた経験が可能にしたのだろう。

 ジンも援護してくれているが、そのほとんどが敵の神の矢の相殺に向けられている。

 せめてあと一手があれば……。


「その道具、瞬時に生成できるのは同形状の結晶だけだろう」


 ガルヌが抑揚のない声で言った。

 イオルは剣を振り続け、無言で応じる。


「つまり、きさまがわたしと対等に渡り合えるのは、この間合いだけということだ」


 敵に焦りが見られなかったのは、そのせいか。

 ガルヌの言うことは間違っていない。

 ルッチェの手袋から生成できる大剣は形状が決められている。

 大きくも小さくもできない。

 そしていまの連撃は手袋の力を借りて初めて可能なものだ。

 この間合い以上の距離で、いまと同じ速度の連撃を繰り出すことはできない。


 間合いを取ろうとするガルヌに、イオルはこれまで以上に接近する。

 一瞬前まで圧倒していたはずなのに、急激に劣勢に立たされた気がした。

 これもガルヌの思惑通りなのかもしれない。

 そう思うと焦りが湧き起こってきた。


 ――どうする。


 そう自問したとき、イオルはふとあることを思いつく。

 形状を変えれば、瞬間的に剣を生成できないことを相手に知られているのだ。

 それを逆手に取ればいいのでは、と。

 ちらりと陽の位置をたしかめた。ちょうど視界の中に入っている。

 イオルは、陽との間にガルヌを挟むように位置を調節した。直後、弾かれるようにして距離をとった。


 胸の前で両手をあわせ、全身を巡るアウラの多くを流しこんだ。漠然とした心象を伝え、武器を形成していく。大量の燐光が収束し、輪郭を成していく。

 出来あがったのは、人の身などより一回りも、二回りも大きな大剣だ。

 雑に造ったため、透過性は低い。

 代わりに陽の光を反射し、白く煌いている。

 目くらましにするには不十分だが、目的はそれではない。


「馬鹿め! 自ら下策を選んだかッ!」


 ガルヌが素早く腕を交差させ、黒の刃を放った。さらに神の矢を二本追加して放つと、鋭い爪が伸びる両手を広げ、その身で突っこんでくる。三つに分けられた攻撃にほとんど隙間はない。


 イオルは大剣を振り上げるだけで、すぐには下ろさなかった。

 いま、振り下ろしても破壊できるのは黒の刃だけだ。

 神の矢が範囲内に入るまで待った。虚空を突き進み、始めに放たれた黒の刃が眼前にまで迫る。瞬間、イオルは思い切り大剣を振り下ろす。黒の刃だけでなく神の矢を巻き込み、叩き落す。質が高くなかったこともあり、大剣が弾けるように散る。


 敵が放った遠距離攻撃は、すべて打ち砕いた。

 だが、それらを放った張本人――ガルヌが間合いを詰めてきていた。

 勝負時と見たか、その速さはこれまでとは比べ物にならない。

 距離も、いくらルッチェの手袋を使っても間に合わないところまで迫っている。

 一見して、イオルは危機的な状況に陥っていると言える。

 だが――。


 大剣の破片が煌き、消え行く中、ひとつの影がガルヌに向かっていく。

 その影の正体は、ジンだ。

 彼は二丁光銃(ディコル・イーラ)ではなく、その手に長剣を握っている。


「なにぃッ!?」


 ガルヌの驚きの声が響く。

 大剣は目くらましに造ったわけでも、ましてや決め手に造ったわけでもない。

 ただ、ジンの姿を隠すために造ったのだ。


「行け、ジンッ!!」

「ガルヌゥウウウウウウッ――!!」


 ジンが突き出した剣がガルヌの額を貫いた。鈍い音が鳴った。勢いのままジンは押しこんでいく。ジンの剣が地面に突き刺さった。ガルヌの頭が地面に貼りつけられた格好だ。

 ガルヌの体が一度大きく跳ねると、荒々しく地面のその身を落とした。


 常人ならば、すでに死んでいただろう。

 だが敵は、すでに人であることを捨てた者だ。

 ガルヌの両手、両足が震えながらではあるが動きだす。

 イオルは、それを見るよりも早く動いていた。

 ルッチェの手袋から生成した剣をガルヌの腹に勢いよく突き立てる。


「ガャァアアアアアアアアアアア――」


 金切り声を幾重にも重ねたような奇声が響く。

 いつまでも途切れない。


「首を斬れっ!」


 イオルはとっさに叫んだ。

 ジンも同じことを思っていたのか、ほぼ同時に動きだしていた。ジンによってガルヌの首が刎ねられる。血は出ない。代わりに奇声が止まった。


 ふいに黒い瘴気が、まるで蒸発するかのように空へ昇りはじめた。

 瘴気に取り込まれることを警戒したイオルは、ジンともどもガルヌの上から飛び退いた。

 だが、杞憂だったようだ。瘴気はこちらに来ることなく静かに昇っていき、やがてふっとかき消えた。


 まだ不安感は拭えない。

 イオルは目を落とした。

 そこには肉のない、白骨が横たわっている。

 綺麗とは言いがたい色だ。

 ところどころがくすみ、汚れている。

 イオルはつぶやく。


「殺った……のか」

「相手が相手だからな……自信はないが、これで死んでないってんなら、どうしようもねえ」


 ガルヌの存在はあまりに異質だった。

 そのせいで必要以上に警戒してしまっている節はあるだろう。

 イオルは、一度ゆっくりと瞬きをしてから、あらためてガルヌだった白骨を見つめる。

 きっとガルヌは死んだのだ。


「なあ、イオル。いま、どんな気持ちだ」

「なにもないな」

「だよなぁ」


 ジンが大げさに息を吐き、肩をすくめる。

 達成感を得られるかと思った。

 だが、実際に得られたのは言いようのない脱力感だ。

 イオルは、ジンとともにアウラを散らした。


「復讐ってこんなもんだろうな。失ったもんが大きすぎて素直に喜べねーわ」


 ジンが寂しさに満ちた面持ちで白骨を見つめる。

 イオルは、別に失ったものを取り戻すために戦っていたわけではない。

 純粋な憎しみから剣を振り上げ、下ろしどころを探した。

 ただ、剣が目的の場所を斬ったとき、あらためて突きつけられたのだ。

 死者は戻らないのだ、と。

 グラトリオ・ウィディールは戻らないのだ、と。

 しっかりと自覚していたのに、それは想像以上に心に虚しさを伝えてきた。


「だからって復讐が無駄だって思わないけどな。こいつがのうのうと生きてる未来は許せないしな」

「結局、自己満足なんだろう」

「ああ。自分のためだわ。ドンのためなんかじゃねえ」


 弟の名を呼びながら、ジンが自身の胸を大げさに拳で叩いた。

 顔をうつむけた彼は、下唇を強く噛み、体を震わせる。

 どれだけそうしていただろうか。

 やがて彼は荒く息を吐いたあと、顔を上げた。


「まっ、せいせいしたぜ」


 すでにいつもの飄々とした彼に戻っていた。

 強いな、とイオルは思った。

 ジンに比べて、自分はどうだろうか。

 ちゃんと前へ進めているだろうか。

 自分では歩いて――いや、ひた走っているつもりだが、ときおり不安になる。

 こんな風に思うようになったのは、周りにいる自分より強い者が目に入るようになってからだ。


 その中でも、とくに影響を受けている人物が思いおこされる。

 ベルリオット・トレスティングだ。

 彼はいま、帝国に囚われたリズアートの救出に向かっている。

 ティゴーグ大陸圏内の戦域を上手く抜けていれば、今頃、ガスペラント大陸に着いていることだろう。


 グラトリオが起こした事件の折、イオルはリズアートに救われた。

 彼女がいなければ、いまの自分はなかった。

 その恩義に報いるため、今度は自分が彼女を救いたいと思った。

 だが、少し前までの自分は復讐に心を囚われていた。

 そんな状態で顔を合わせるわけにはいかなかった。


 頼んだぞ……ベルリオット。


 イオルが北東の空――ガスペラント大陸の浮かぶほうへ視線を向けた、そのとき。

 ジンが背後にそびえる王宮の尖塔へと歩きだした。


「んじゃまー、ティゴーグ王を助けに行くとするか。一応、そんくらいの義理は果たすぜ」


 その後、イオルはジンとともにティゴーグ王を無事に救出した。

 それにより、ティゴーグ王国が帝国側から離反。戦況は一気にリヴェティ側の有利に運び――。

 ついに帝国騎士が、その身から光を解放した。




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