◆第六話『ドストメギオス奪取作戦』
「そろそろぶつかりそう」
ティゴーグ大陸圏内に到達する直前。
リンカ・アシュテッドは飛空船から身を乗り出し、前方を見やった。
視界には、南方防衛線の上空に配された騎士や飛空船の姿が映っている。
出立前から、帝国哨戒機の発見報告があがっていた。
こちらが進軍の準備をしていることは相手に知られていたというわけだ。
それを抜きにしても、相手の万全に整った迎撃体制を見るに、こちらが攻めることは予測済みだったと考えるのが妥当だろう。
「機巧人形はどうかな? もうほとんど残っていないと思うけど」
「見える範囲では、いない」
飛空船には、ほかにも搭乗者がいる。
操縦者の一般騎士に加え、エリアス、先ほど声をかけてきたルッチェだ。
「楽でないことに変わりありませんが、前回よりはまともに戦えそうですね」
「けど、今回はあれがいる」
リンカは、敵方のやや後方に陣取った物体を目にしながら言った。
それは城と見紛うほどに巨大だ。
しかも浮遊しているというのだから、自分の目を疑ってしまいそうになる。
ルッチェが弱々しい声をあげる。
「やっぱり出してきたかぁ……」
「あれが、そうですか?」
「うん、ドストメギオス。あたしの作品だよ」
エリアスの問いに、ルッチェが答える。
あれがリヴェティア王城を急襲した飛空戦艦……。
破壊された王城を直接見たわけではない。
だが、想像しただけでも憎しみが湧いてくる。
リンカが目つきを鋭くしたとき、飛空戦艦の前面に取りつけられた砲塔に白い燐光が集まっていくのが見えた。
「白い光が集まってる」
「すぐに射線上から離脱して! 撃ってくるよ!」
ルッチェが操縦者に向かって叫んだ。
直後、リンカは全身を叩かれたような感覚に見舞われた。
飛空船が一気に上昇したのだ。
下方でまばゆい光が迸った。
覗き込むと、先ほどまで飛行していた場所を貫く極太の白い線が映る。
あまりのまぶしさに、思わず目を閉じてしまいそうになるのを必死に堪える。
やがて、発光が収まった。
極太の白い線が通過した場所にはなにも残っていない。
リンカはごくりと唾を飲みこむ。
白煌砲。
ルッチェから、その危険性はあらかじめ伝えられていた。
そのため、砲塔にアウラが集まりはじめた時点で連合の飛空船は回避行動に入っていた。
おかげで被害は最小に済んだように見えるが……まったくないわけではない。
恐ろしい破壊力を前に、リンカは心臓を掴まれたような感覚に陥る。
と、エリアスが立ち上がった。
「すぐに出ましょう」
「……ん」
「わたしが道を作ります。リンカはラヴィエーナ殿を頼みます」
「リンカさん、お願いしまっす!」
「任せて」
ルッチェの明るい声に、リンカは自信満々に答える。
今回、リンカにはエリアスとともに特別な作戦が与えられていた。
それはルッチェを飛空戦艦内部まで導き、同飛空船を奪うことだ。無理だった場合は、速やかに破壊する手はずになっている。
「これで最後にしたいものですね」
帝国側の防衛線を見つめながら、エリアスがぼそりと言った。
リンカも、彼女と同じ気持ちだ。
シグルと戦うのは、まだいい。
だが、同じ人間同士で命を奪い合うのは、やっぱり嫌だ。
その気持ちを自分の中でも押し出すため、リンカはエリアスに言う。
「したい、じゃなくてするんでしょ」
「そう、ですね」
うなずいたエリアスが、敵を見据えながら口を開く。
「では、行きましょう!」
その合図の直後、三人揃って飛空船から飛び降りた。
下方から猛烈な風が吹きつけてくる。
勢いを殺さずにリンカはアウラを纏い、さらに加速する。
ほかの騎士たちも戦闘態勢に移行したようだ。
連合の飛空船から飛び出した光。
それらが防衛線上に張られた帝国側の騎士へと翔けて行く。
四十人程度の騎士がこちらに向かってきた。
接近するなり半々に分かれ、両翼につける。
彼らは飛空戦艦の奪取に当たる騎士たちだ。
リンカは背後に向かって声をかける。
「大丈夫?」
「ありがと! これぐらいならついてけるよーっ!」
その声の調子から強がりではない、とリンカは思った。
そもそもルッチェは黄色の光だ。
最低限の質は持っているし、移動で遅れを取ることはないだろう。
心配すべきは戦闘だ。
と、下方でなにかがちらついたのが見えた。数は五。こちらに向かってくる。
近づくにつれ姿があらわになり、それが敵騎士であることがわかる。
リンカは弾かれるようにして、神の矢を放つ。五発。それらは敵騎士の急所を貫くことはなかったが、勢いを大きく殺いだ。そこへ周囲の味方騎士が攻撃をしかけ、仕留める。
その間も、全員がほぼ速度を下げずにエリアスに続く。
リンカは後頭部あたりがずきんと痛み、思わず顔をゆがめてしまう。
神の矢が原因だ。
五発は、いまの自分が放てる限界の数だった。
とはいえ、いくら負担が大きかったとしても出し惜しみしていられるほど余裕はない。
ここは戦場。
しかも、これまでとは違い敵地で行なわれている。
いつ、どこから襲撃があるかわからない。
あらためてリンカは気を引き締めてから、周囲に向かって叫ぶ。
「陣形はラヴィエーナを中心に組んで。ただ、守ることに専念しすぎてエリアスに置いていかれないように」
「了解っ!」
飛行しながら味方の騎士たちが速やかに陣を変形させていく。
リンカが抑えている前方を除き、すべての面を覆うようにルッチェが守られる。
すでに周囲の戦闘は激化していた。
あちこちで結晶の衝突音、騎士の咆哮が響く。
空はほとんどが黄と紫色で塗られ、また防壁城からはいくつもの光の線が流れていく。
当然、奪還を任された隊だけで突っこんでいるわけではない。
多くの騎士による援護が行なわれている。
この隊に任された作戦が、それだけ勝敗に大きく左右するということだ。
失敗は許されない。
突然、エリアスが停止した。
彼女のあとに続いていた者もそろって止まる。
なにごとかとリンカは思ったが、エリアスの前を塞ぐ者を見て納得した。
「そんなに引き連れて、どこへ行くつもりかの」
ティゴーグ最強の老騎士。
アヌ・ヴァロンだ。
「まさか散歩というつもりじゃなかろう」
「相変わらずたわ言を。……ティゴーグ王が人質にとられているそうですね」
エリアスが早々に踏み込んだが、ヴァロンに動揺は見られない。
「さて、なんの話かな」
「ティーア・トウェイルから事情は聞いたのでとぼけても無駄です」
「……それで? 知ってどうする? 陛下が囚われている限り、わしは……ティゴーグの騎士は帝国の剣となり盾となり戦うしかない」
言って、ヴァロンが剣を構える。
その気迫にあてられたか。
味方の騎士たちが一斉に顔を強張らせ、身構えた。
「再三に渡るこの勝負、今度こそ決着をつけようぞ」
「……残念ですが」
「爺さんの相手はあたしたちじゃない」
エリアスに続き、リンカがそう答えた直後――。
巨大な影が、リンカ、エリアスのそばを猛烈な勢いで通過し、瞬く間にヴァロンの持つ剣へと激突。辺りに甲高い音が響かせた。
影が動きを止めたことで、その正体があらわになる。
一本の錐状結晶を前に突き出す、二人の全裸男。
ナド族のハーゲンとマルコだ。
「ぬぅうっ、裸族が相手じゃとっ……!?」
「裸族ではない! ナド族であるっ!」
ハーゲンたちの得物の先端は、ヴァロンの剣腹に突き刺さっていた。
そこから徐々に亀裂が広がっていく。
ナド族。とくにハーゲン、マルコの二人が生み出す結晶は巨大で強固だ。
一撃に秘められた破壊力は、リンカやエリアスの攻撃を凌駕している。
ヴァロンの表情に焦りが生まれる。
彼はハーゲンたちの結晶をいなしながら剣を捨てた。
距離をとるやいなや、即座に新たな剣を生み出す。
ヴァロンに息つく暇はなかった。
ハーゲンとマルコが、錐状結晶を振り回しながら血気盛んに攻撃をしかける。
「老いているがっ!」
「過去に最強と謳われたことのある騎士!」
「老いているがっ!」
「我らナドが最強の部族であることを証明するには最高の相手!」
「ぐぬぅ、老いとる老いとるうるさい奴らめ!」
片や力強さを活かし、片や老練な技術を活かし、と異なる戦い方が繰り広げられる。
これほど特殊な戦いは見たことがない。
いまが戦時でなければ、武人としてずっと見ていたい、とリンカ思う。
「急ぎます!」
そう声を上げ、移動を始めたエリアスに隊の全員が続く。
当初、これまで通りヴァロンの相手はリンカがする予定だった。
だが飛空戦艦の奪取が作戦に組み込まれたため、船内の狭い場所でも戦えるリンカが、それに当たることになったのだ。
逆にエリアスやハーゲンのような広い場所でこそ活きる者たちには、船内までの道を開けてもらう役割が任された。結局のところ適材適所というわけである。
飛空戦艦の全体像が鮮明に見えてきた。
その姿が大きくなるにつれ、敵騎士の猛攻が激しくなっていく。
いまも、敵騎士が絶え間なく襲いかかってきている。
一度も攻撃を受けていないのは、前方で戦うエリアスがすべてを打ち払っているからだ。
ついに視界から飛空戦艦の姿がはみだすほどに近づいた。
と、エリアスが飛行速度を急激に落とした。
こちらを迎撃せんと無数の光の線が飛んでくる。
飛空戦艦の甲板、側面からだ。
そこに配された敵騎士がサジタリウスでアウラを放っている。
エリアスが剣で弾く中、ほかの味方はほとんどが片手に盾を作り出し、身を守っている。
リンカは武器を捨て大きめの障壁を生成した。
あらためてルッチェの位置を確認しながら、彼女の前方すべてを覆う。
「突撃します! 離れないようついてきなさい!」
そう叫んだエリアスが、哮りながら飛空戦艦へと突っこんだ。
彼女は襲いくる光の線を剣ではじき、また飛閃を放って相殺していく。
リンカ、ルッチェやほかの騎士もあとに続いて突撃する。
エリアスの進撃を見て、突破されると思ったか。
近場で戦闘を行なっていた敵騎士がわらわらと翔けてくる。
ただでさえ、前面からサジタリウスの攻撃を浴びせられているのだ。
側面から攻撃をしかけられ、ろくに迎撃できずに味方の騎士が次々にその身を傷つけられ、落ちていく。
リンカは強く奥歯を噛んだ。
戦争をしているのだ。
犠牲はつきものだ。
納得はしている。
だが、味方がやられたことになにも思わないほど自分の心は冷め切っていない。
前を飛んでいたエリアスが、船の中央辺りに位置する甲板に到達した。
彼女は勢いを止めることなく、そこに陣取っていたサジタリウス兵を次々に斬り倒していく。まさしく奮迅の勢いだ。
リンカは甲板に足をつけるなり、味方の生存確認を行なった。
そばに下り立ったルッチェはふぅ、と息をつきながら汗を拭っている。
見たところ怪我はない。
味方の騎士は……十人近く殺られたか。
残りは二十人ほどしかいない。
ふいに、エリアスの放った飛閃がこちらに向かって飛んできた。
リンカはなにごとかと反射的に身構える。
が、飛閃は頭のすぐ上を越えていく。
それを追うように振り向いたとき、敵騎士の姿が目に入った。
どうやら近くまで迫ってきていたようだ。
敵騎士がエリアスの飛閃を受け、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。
一難は去ったが、ほかの敵騎士があとを追うように続々と甲板へ向かってくる。
「ここはわたしが引き受けます! リンカたちは早く中へ!」
エリアスが叫びながら、甲板に近寄る敵騎士の迎撃へと向かう。
いつまでもこの場にいては、エリアスも戦いにくいだろう。
早く中へ入らなければ、とリンカが思ったとき、そばにいたルッチェがアウラを収束させ、槌状の結晶を造りだした。
それを思い切り振り下ろし、甲板の床をぶち抜く。
できたのは人一人が余裕を持って通れる程度の穴だ。
「ここから行こう!」
「合図したらきて」
リンカは真っ先に飛びこんだ。
中は薄暗かった。
穴から差し込む陽の光が灯り代わりになっている。
かなり広い場所だ。天井も高いようで足場まで距離があった。
あとは太めの管が張り巡らされているぐらいか。
ほかに特徴的なものはない。
「侵入者だ! すぐに報せろ!」
視界のはじで、叫んでいる男を見つけた。
そばには扉があり、その向こう側へと叫んでいるようだ。
リンカはすぐさま神の矢を放った。背中から貫かれた男が呻き、倒れる。
ふと背後に空気の乱れを感じた。ほかの敵が近づいていたようだ。リンカは振り向きざまに両手に持った短剣で二連撃を見舞う。胸、腹を切り裂かれた敵が力なく倒れる。
重要な場所ではなかったのだろうか。
ほかに敵の気配はない。
だが、それもいまの段階では、だ。
先ほど叫ばれたこともある。
すぐに敵の増援が駆けつけてくるだろう。
味方を引き入れるならいましかない。
「降りてきて!」
リンカが叫んだ直後、味方が穴からぞろぞろと入ってくる。
数は減っていない。
おそらくエリアスの奮闘のおかげだろう。
ルッチェが、先ほどリンカが神の矢で倒した男の方を指さした。
その傍には開け放たれた扉がある。
「そこをずっと真っすぐに進めば機関室。中央に飛翔核……でっかい結晶があるから、それで判断すればいいよ。大丈夫だと思うけど、もし迷ったら渡した図を見てね」
隊の全員が、おおよそだが船内の構造を頭に入れている。
ルッチェの作成した図のおかげだ。
機関室の制圧部隊へとリンカが言う。
「それじゃ手はず通りにお願い」
「はっ!」
半数の騎士が、アウラを噴出しながら扉の方へ向かって飛んでいく。
リヴェティアが誇る王城騎士の中でも上位に入る者たちだ。
心配はしていない。
「結晶と周囲の器具さえ壊さなければなにしてもいいからー!」
機関室へ向かった者たちへとルッチェが叫んだ。
それから彼女は振りかえり、扉とは反対側を指さす。
「艦橋はあっちだよ!」
「了解。みんなついてきて」
リンカは、ルッチェと残りの騎士を率いて飛行する。
管のような物が張り巡らされているため、真っすぐに飛べず、速度が出せない。
思わず苛立ちを覚えてしまう。
いま、このときもエリアスは甲板で戦ってくれている。
リズアート救出のため、ベルリオットが敵地に乗り込もうとしている。
仲間のためにも、早くこの飛空戦艦を奪取しなければならない。
リンカの心に焦りがどんどん募っていく。
と、ようやく管が張り巡らされた区画を抜けた。
だが、少し先には壁があるだけで、前に進める場所は見当たらない。
行き止まりだ。
「そこは壊して大丈夫なところ! でも綺麗にくり抜いてもらえると――」
後方からルッチェの声が聞こえた。
壊しても大丈夫、と聞いた瞬間、リンカは神の矢を四本放っていた。壁の前で急停止するやいなや、神の矢が刺さった場所を頂点に矩形を作るよう斬り裂く。
くり抜かれた壁が、ばたんと音をたてて向こう側へ倒れる。
「……わぉ」
ルッチェが感嘆していた。
それに対しなにか思うよりも早く、視界に映ったものにリンカは注意を引かれる。
くり抜いた壁の先に延びる通路。
そこに、二十人ほどの帝国騎士がひしめいていたのだ。
「いたぞ! 侵入者だ!」
侵入者報告を聞き、操舵室へ来ると踏んだか。
その道に兵を配置したというわけだ。
敵の体勢は万全といった様子だが……。
通路は、ただ歩くことだけを基準にすれば多少ゆったりとしているが、戦闘を行うにはあまりにも狭い。
「全員、離れないようについてきて」
言って、リンカはだらりと両腕を垂らした。
とんとん、と片足で二度跳ねたあと敵の中へと突っこむ。垂らしていた腕に力を入れ、体の前へと構える。
敵も攻勢に出てきた。
一斉に向かってくるが、その数や通路の狭さから身動きが取りづらそうだ。前に出てきたのは二人のみ。この程度の数なら脅威に値しない。
リンカはさらに加速する。
敵二人の得物はどちらも剣だ。振り回しては味方に、また壁に当たる。
肉迫と同時、敵のひとりが突き、もうひとりが振り下ろしを放ってきた。薙ぎがないのはわかっていた。敵の側面へとつけるやいなや、リンカは壁を蹴り、勢いそのままに二人の敵を斬り裂く。
呻き声とともに敵が崩れ落ちる中、休む間もなくほかの敵がしかけてくる。
たった二人を倒したところで、敵のほうが数が多いのは変わらない。
だが、恐れることはなにもない。
リンカは敵の群れへと突っこんだ。
地に円を描くように、また体をしなやかに横回転させながら、敵の背面、側面、頭上へ回り込み、肉を裂いていく。足場を地面から壁、また壁から地面へと変え、敵の群れの中をうねるように突き進む。
リンカの通りすぎたあとには悲鳴が、血が残った。
新たに斬りかかってきた二人の敵を難なく斬り伏せ、沈黙させる。
と、もう前に敵がいなかった。
どれだけ斬っただろうか。
途中から意識すらも流れに身を任せていたため数えていなかった
飛行の速度を落とさず後方をうかがった。
全員、ついてきている。
彼らのほとんどが目を見開いていたが、気にしないことにした。
リンカは単独で進んでいく。
視界がひらけた。
飛び出たのは広い空間だ。
前面の透明性の高い壁を通し、視界いっぱいに空を眺められる。
地に足をつけているのに、まるで大空を翔けているかのようだ。
思わず見惚れてしまいそうになるのを堪え、リンカは視線を落とした。
そこには数人の帝国兵が立っている。
彼らの前には、水晶が埋めこまれた台らしき物。
通常の飛空船よりも大きいが、あれらは飛空船の操舵に使うものと酷似している。
どうやらこの場所が操舵室で間違いないようだ。
操舵を行なう者たちの少し手前に、ひとりの男が豪奢な椅子に座っていた。
ほかの者より身なりが良い。
おそらく指揮官級に違いない。
彼はこちらの姿を視認するや、弾かれるように立ち上がった。
リンカは、すぐさまその男に背後に回りこみ、背中、首へと刃の先端を突き当てる。
「全員、動くな。動いたらこいつを殺す」
警告を無視して、三人が動きだす。
リンカは、その者たちの足もとへと神の矢を放った。
ひとりが驚いてその場に尻餅をつき、残りの二人が顔を恐怖に歪ませる。
「訂正。動いた人は殺すから」
味方の騎士がなだれ込んできた。
動きを止めた敵を次々に拘束していく。
味方によって指揮官が拘束される中、ルッチェがそばまで寄って来た。
彼女は周囲を見回しながら「ほぇ~」と感嘆の声をもらす。
「これが《紅炎の踊り手》……か。すごいね。聞いてた以上だよ」
「相手が弱かっただけ。全然すごくない。それより、この空域から速く離脱させてリヴェティア側へ」
「おっと、そうだったね!」
ルッチェが足早に水晶のもとへ向かった。
彼女は細かな水晶を忙しなく触ったあと、台中央に埋め込まれた水晶へと勢い良く手を当てた。
「よーっし、全速ぜんしーっん!」
直後、ぐんっと体に圧がかかった。
これまで微速前進を続けていた飛空戦艦が一気に加速する。
進行上で戦闘を行なっていた者たちが、敵味方問わず脇へとそれていく。
機関室に向かった騎士たちはどうだろうか。
先ほど操舵室までの道をふさいだ帝国騎士の数は少なくなかった。
こちらの迎撃に兵の数を割いたことから察するに、機関室ではそれほど激しい抵抗を受けていないだろう。すでに制圧が完了しているかもしれない。だが、万が一のことも考え、自分が様子を見にいこうと思った。
操舵室を制圧した時点で、飛空戦艦の奪取はほぼ完了したと言えなくなかった。
リンカは余裕が生まれ、これまでしまいこんでいた心配事が浮かび上がってくる。
ベルリオットのことだ。
彼はリズアートを救出するため、ティーアとともに二人で帝国へ向かっている。
順調ならば、今頃、ガスペラント大陸を目前にしている頃だろう。
できれば自分がともに行きたかった。
一緒に戦い、彼の力となりたかった。
作戦が決定した時点から付き纏っていた気持ちだ。
いまもそれがないとは言い切れない。
けれど、飛空戦艦を奪取したことでいくらか和らいだ気がする。
……大丈夫。彼は強いから。あたしなんかよりも、ずっと。
胸を押さえながら、自身に言い聞かせる。
こんな気持ちを抱いたのは、家族以外では初めてだ。
だから余計に落ちつかなかった。
こっちは大丈夫だから。陛下をお願い。そして無事に帰ってきて……!