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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第五章【狭間の王・後編】
113/161

◆第五話『進軍開始』

 全身を優しく包みこむ毛布は柔らかく心地良い。

 肌触りも申し分ない。

 長く滞在しているからだろうか。

 部屋の空気は自分の色に染まっているように思える。

 我が家の自室を除けば、いまやもっとも安らげる場所だ。

 強いて気になるところをあげれば、少し部屋が広いことぐらいだろうか。

 ただそれはささいなことで、いま、こうして寝つけない理由にはならない。


 ベルリオットはむくりと上半身を起き上がらせ、窓の外を見やった。

 すっかり暗くなっている。

 喧騒もほとんど聞こえない。

 夜を迎えてから活発になるファルール王都が静まっているのだ。

 つまりは、それほどに遅い時間ということだろう。


 そのまま窓から星空を見つめながら、ベルリオットは自身の胸に手をあてた。

 鼓動は速くない。

 身体的には落ちついている。

 寝つけない理由はほかにある。


 少し歩くか……。


 このままでは一向に体を休められない。

 そう思ったベルリオットは夜着を脱ぎ、外出用の服に着替えた。



   /////


 初めはあてもなく歩くつもりだった。

 だが、別邸を出るとき、いまも起きているであろう人物のことを思い出した。

 会う必要はない。ただ、話すことはあるため、どうせなら、とベルリオットはその人物のもとに向かうことにした。


 寝ようとしていたこともあって、体温が下がっていたのかもしれない。

 外に出たとき、少しだけ肌寒さを覚えた。

 やはり喧騒はない。

 だが、ほのかな灯りを漏らす民家がちらほらと見られた。

 まだ起きている者は、大方、ちびちびと酒を飲みながら眠気を待っているのだろう。

 そんなことを思いながら、ベルリオットはゆっくりとした足取りで王都内を歩く。


 やがて、ファルール王宮の敷地内でもっとも端に位置する屋敷にたどり着いた。

 ベルリオットが滞在しているファルール王の別邸に比べれば規模は小さい。

 見た目もこちらのほうが古いように思う。

 ただ、今回は目の前の屋敷に用事はない。

 屋敷からほど近い場所に、風致の感じられない建物があった。

 窓から漏れ出る頼りない灯りを目にしながら、ベルリオットはその建物の中へと足を踏み入れる。


 中は間取りなどなく、広間があるだけだ。

 壁際にはいくつもの燭台が置かれ、明かりが確保されているが、急ごしらえな感が否めない。おそらく、夜間の出入りは考慮されていないのだろう。

 足もとには雑多な物が散乱していた。

 昼間に来たときは、これほど散らかっていなかったはずだ。

 ベルリオットは半ば困惑しながら、部屋の中央に目を向ける。


 そこに、この惨状を作り出した張本人――ルッチェがいた。

 彼女は工具を手に、単座式飛空船(アミス・ティリア)を弄っている。

 足もとに散らばった物を踏まないよう気をつけながら、ベルリオットは彼女の近くへ向かった。

 よほど集中していたのだろう。

 五歩程度の距離まで近づいたところで、彼女はようやくこちらに気づいた。

 だが、ちらりとこちらを確認しただけで、すぐ作業に戻る。


「きみか。どうしたの? 明日早いんだし、寝ないとまずいんじゃないの」

「そうなんだが、なかなか寝られなくてさ」

「まー、事が事だしね。緊張するのも無理ないか」


 いま、ルッチェが行なっているのは椅子の取りつけだ。

 明日、そこにティーアが座ることになる予定だが……どうやら難航しているらしい。

 ルッチェは険しい顔つきで何度も装着しては取り外している。


 単座式飛空船は従来の飛空船に比べるとかなり細身だ。

 そのため安定性に欠けるといった話を、この場に単座式飛空船を運んだときに彼女から聞かされた。

 ただ、改造自体はそう難しいことではないらしい。

 単純に機体の均衡を保たせる調整に時間がかかってしまうだけの話だという。

 おそらく、いまはその段階に入っていると見ていいだろう。


「遅くまで悪いな」

「気にしなくていいよ。あたしこういうのしてると時間忘れちゃうタチだしね。それに……さ、いまの状況って少なからずあたしにも責任があるしね。これぐらいはさせてもらわないと」


 言って、彼女は手を止めずに自嘲気味に笑う。

 やはり今回、単座式飛空船の改造に自ら進んで名乗りを挙げたのも、理由はどうあれ帝国に加担してしまったことが大きな理由なのだろう。

 それからベルリオットは彼女から少し離れた場所で見学を続けた。

 職人の仕事を間近で見ることはほとんどないため、初めは物珍しかった。だが、繰り返しの作業なだけに時間が経つに連れ、段々と飽きが襲ってくる。


「見てても暇でしょ」

「そんなことは……ないとは言い切れないな」

「正直でいいね。イオル、まだ起きてると思うけど、彼と話してきたら?」


 返答に困った。

 ここに来たのは、ルッチェの様子を見に来ただけだ。

 イオルと会うためではない。

 返事に窮していたことが驚きだったのか、ルッチェが確かめるように訊いてくる。


「知り合いなんでしょ?」

「まあ、リヴェティアの騎士訓練校で同期だったってだけだけどな」


 会うのが嫌だとかそういうことではない。

 気恥ずかしい。気まずい。

 そういったものともなにか違う。

 ただ、いざ二人で話すとなると心の準備が必要になりそうな気がした。

 とはいえ、いつかは話さなければならないことも自覚している。


「さっき屋敷に戻ったとき、居間にいたから行ってみるといいよ」


 半ば流されるような形だ。

 だが、いまはそれでいいような気がした。



   /////


「これは思ってもみない来客だな」


 ベルリオットが隣の屋敷を訪ねたとき、出てきたのはジン・ザッパだった。

 彼は目を見開いているが、顔に出しているほど驚いたようには見えない。


「……イオルは?」

「中だ。来な」


 顎をしゃくったジンに続いて、ベルリオットは屋敷の中へと入る。

 灯りもなしに歩いているため、あまり内装の様子はうかがえない。

 ただ、踏みこむたびに軋む板張りの床が歳月の長さを知らせてくれた。

 前を歩くジンが、振り向かずに声をかけてくる。


「俺がレヴェン国王を殺したってこと話さなかったらしいな。許す気にでもなったか?」

「別に許したわけじゃない。そもそも俺に裁く権利はない。あんたのことはリズに任せるつもりだ」

「そのリヴェティア王を救うために、いまは休戦ってことか。なかなかしたたかな考え方じゃねぇか。だが、俺は裏切るかもしれないぜ」

「そのときは俺がお前を討つ」

「お~、怖いね」


 本気であることを、言葉の裏にふんだんに込めたつもりだったが、意に介した様子もなく飄々と躱されてしまった。

 その余裕は、ジンの器の大きさが生み出しているのだろうか。

 実際のところはわからない。

 だが、自分と合わないことはたしかだ、とベルリオットは思った。


「イオル、おまえのお客さんだったぜ」


 居間に着くなり、ジンが言った。

 広い空間の中、灯りは中央の机に置かれた蝋燭一本のみ。

 おかげで室内は薄暗く、四隅にいたってはほとんど見えない。

 机を囲むように置かれた革張りの椅子。

 その一角にイオルが座っていた。


「……ベルリオット?」


 彼は、こちらの顔を視認した途端、少しだけ目蓋を持ち上げる。

 どう返事したものか。

 流れで来てしまったこともあり、第一声を考えていなかった。

 そうしてベルリオットが悩んでいるうちに、ジンが口を開く。


「それじゃ、俺はちょっと外で涼んでくるとするかね」


 そう言い残して、早々に部屋から立ち去ってしまった。

 てっきりジンも同席するものだと思っていたので面食らった気分だ。

 しかし冷静になって考えてみれば、彼に同席する理由はない。


「なんの用だ?」


 鋭い眼光を瞳に宿しながら、イオルが言った。


「いや……戦争んときは話す暇がなかったからさ」


 ベルリオットは視線をさまよわせながら、そう答える。

 別に怖気づいたわけではない。

 ほかに後ろめたい理由があったからだ。


「座れ」


 言われ、ベルリオットはイオルから少し離れた場所に座った。

 視線の先、机上に置かれた蝋は、すでにかなり溶けている。

 コップが二つあることから察するに、おそらくジンと話し込んでいたのだろう。


「悪い。せっかく教えてくれたのに」


 リヴェティア王城へ救援に駆けつけたものの、リズアートを助けることができなかった。

 そのことを思い出しながら、ベルリオットは強く下唇を噛んだ。


「おまえが行って無理だったのなら、俺が行っていたところで結果は変わらなかっただろう。俺に責める権利はない」


 気にするな、と言わないところがイオルらしいと思った。


「それに……俺にはリヴェティアに関わる資格がないからな」

「まだ気にしてるのか」


 グラトリオ・ウィディールによるリズアート暗殺未遂事件に、イオルは加担した過去を持つ。このことを彼が引け目に感じているのは間違いない。

 彼の言う資格がない、という意味も、そこに繋がっているのだろう。

 イオルが自身の広げた右手を見つめたあと、おもむろにぐっと握りこぶしを作った。


「陛下は俺を許してくださったお方だ。できるなら力になりたいが……いまの俺は復讐の色に染まっている。このまま陛下の力になっては陛下の正義を汚してしまう」


 だからこそ、自分ではリヴェティアの救援に戻らなかったということか。

 彼の真意を知り、ベルリオットは思ったことを口にする。


「ほんと面倒な奴だな」

「おまえに言われたくはない」


 吐き捨てるように返答された。

 その高圧的とも取れる言動に、昔は苛立ちを感じたことは少なくなかった。

 だが、いまでは相変わらずだな、と懐かしさとともに居心地の良さを感じた。


「全部、終わったら戻ってこいよ」

「奴を討ってから考える」


 客観的に見れば、イオルではガルヌの相手は難しいかもしれない。

 だが、ベルリオット個人としては、イオルが負けるとは思えなかった。

 訓練校時代、無敗を誇った彼の姿が脳裏に焼きついているからかもしれない。

 客観的に見れば無謀とも言える人選に反対しなかったのは、それが理由だ。


「おまえは必ず陛下を救い出せ」

「ああ、わかってる」


 揺らめく蝋燭の火を瞳に映しながら、互いに目を合わさずに言葉を交わす。

 初めはどうなることかと思った旧友との対面だったが、ほどよくほぐれた心の緊張が、悪くは無かったと告げていた。



   /////


 十二月一日(シェトの日)


 大陸の外縁から陽が顔を出し、暗闇に満ちていた大地を一気に照らしていく。

 ベルリオットはまぶしさに耐えられず、思わず目を細めてしまう。

 視界の中、陽によって照らされたはずの大地は、ほとんどが土色ではなく灰色に染まっている。

 原因はあちこちに停泊した数え切れないほどの飛空船だ。

 すでに、リヴェティア側の連合がファルール大陸の北方防衛線に集結し終えていた。

 数にすると前日の戦争とほぼ変わらないだろう。

 だが、今回は飛空船が置かれていることもあり、さらに壮観だった。


「よく眠れたようですね」


 ベルリオットが防壁上から外縁部側を眺めていると、横合いから声がかけられる。

 振り向いた先にエリアスが、リンカとともに立っていた。


「そう見えるか?」

「ええ、顔色がよく見えます」


 エリアスが口もとをわずかに緩めながら答える。

 ルッチェの様子を見にいったりイオルと話したり、と昨夜は遅くまで外をうろついていたので寝室に戻った時間は遅かった。だが、体を動かしたこともあってか横になってからはすぐに眠りにつけた。

 おかげで体は重くない。むしろ調子が良いぐらいだ。

 リンカが疑うような眼差しを向けてくる。


「てっきり興奮して寝てないと思ってた」

「なんかそれは誤解を招きそうな言い方だな……」

「だってベルだし」

「おい」


 どこ吹く風といったようにリンカが目をそらす。

 相変わらずだな、と呆れつつベルリオットは彼女から視線を外した。

 眼下に広がる連合の騎士たちを視界に収めながら、リズアートがさらわれてからいまに至るまでのことを思い出す。


「まあ、なんていうか……俺ひとりの問題じゃないんだってあらためて思ってさ」

「当然でしょ」


 リンカが怒気のこもった声をあげた。

 彼女の方を見やると、鋭い目つきを向けられていた。

 その小柄な身長を感じさせない威圧感だ。


「いつも、なんでもひとりで解決しようとしすぎ」

「リンカの言う通りです」


 エリアスからも同様の目を向けられた。

 彼女は、戦慄くように全身を震わせながら言葉をつむぐ。


「本当はわたしだって姫さまを助けに行きたい。ですが、あなたが適任だから……あなたでなければ姫さまを救い出すことはできないから、わたしはあなたに任せるのです」

「……エリアス」

「姫さまをよろしくお願いします」


 エリアスが目を伏せ、かすかに頭を下げた。

 その隣では、リンカが頷いている。

 彼女らの想いは決して軽くはない。

 だからこそ、それはベルリオットの心の奥深くまで沈み込む。

 そして、うなずくことで誓約となった。



   /////


 防壁上に設けられた停泊場。

 単座式から複座式に生まれ変わったアミスティリアを前に、ベルリオットは感嘆の声を漏らした。

 もともとまたがっていた場所のすぐ後ろに一席増えただけだ。

 形状はほとんど変わっていない。

 だが、これが一夜漬けで仕上げられたというのだから驚かざるを得ない。


「時間がなかったってのもあるけど、あんまり納得はいってないんだよねー」


 アミスティリアをぺたぺたと触りながら、ルッチェが渋面を作る。

 今日の彼女は、帽子や厚硝子の眼鏡をかけていない。

 あらわになった髪は陽光を綺麗に反射するほど艶やかだ。

 長さは肩にかかる程度か。

 ただ、邪魔にならないようにと両側で結われている。

 ベルリオットはアミスティリアを見つめながら言う。


「俺には充分に見えるが」

「ぜん……ぜんっ! 美しくないね!」

「そ、そうなのか……」


 ベルリオットも、ディザイドリウムで初めて見たときからその洗練された形状に心奪われたものだが、ルッチェの情熱を前にしてはそれもかすんでしまう。


「なんにしても助かったよ。ありがとう」

「気にしなくていいよ。でも、あらためて整えたいから、この子を無事に戻してくれると嬉しいかな」


 言いながら、ルッチェがアミスティリアを撫でる。

 その顔は慈愛に満ちていた。

 彼女にとって、造りだした物は自身の子どもそのものなのだろう。

 と、ルッチェが名残惜しそうにアミスティリアから離れる。


「それじゃ、あたしもそろそろ行くかな。リンカさん待たせてるんだよね」


 彼女も今回の戦場に向かうことになっていた。

 ある作戦を担っているからだ。


「大丈夫なのか?」

「集中してたら三日三晩寝ないこともあるし、これぐらい平気平気っ」


 力こぶを作るようにルッチェが誇らしげに言う。

 これから向かうのは戦場だ。

 まったくもって平気ではないだろう、と突っこみたくなったが、そんなことは彼女も承知のはずだ。そのうえで行くと言っている。

 あまり表情には見せないが、彼女も帝国に手を貸してしまったことを後悔している。


「無理はしないでくれよ」

「きみもね」


 そう言い残して、ルッチェが防壁上から飛び下りた。

 少ししてから、黄色の光を纏い、飛び去っていく彼女の姿が映る。


「主。そろそろ出立の準備を」


 声をかけてきたのはティーアだ。

 彼女は離れた場所でずっと控えていた。


「本当に良かったのか? 俺の方に来て」

「言っただろう。帝国に詳しいわたしがいた方がいい、と。それに……リヴェティア王は主にとって大切な人なのだろう?」

「ああ」


 ベルリオットは迷わずにうなずいた。

 リズアートとの付き合いは、そう長くない。

 だが、ともに過ごした時間は人生の中でも特に濃密だった。

 楽しさだけではない。

 苦しみや悲しみを感じることもあった。


 そしてそれらが自身の考え方に大きな影響を与え、成長させてくれた。

 彼女と出会ったことがすべての始まりだったのかもしれない。

 そう思わせられるほど、リズアートという存在はいまやベルリオットの中で大きくなっている。

 ふとティーアが納得しつつも、少しばかり残念そうな顔を見せる。


「やはり恋仲だったか」

「……は?」

「違うのか?」

「大切な人っていうのは親しい友人としてって意味だ。別にあいつとは恋仲ってわけじゃ――」

「では、まだトゥトゥにも芽があるというわけか」

「芽って……」

「やはり姉としては、妹を勝たせてやりたいという思いが強くてな」


 恋仲だとか芽があるだとか露骨な物言いに、ベルリオットは困惑を隠しきれなかった。

 さらに真面目に言う物だから始末が悪い。

 これは無視できないな、と思った。

 ベルリオットは気恥ずかしさを感じ、ティーアから目をそらしながら伝える。


「そういうこと、色々考えないといけないって自分でもわかってる。けど、いまは目の前のことで精一杯でさ。全部……本当に全部終わってから考えるつもりだ」


 リズアートがさらわれたこと。

 浮遊大陸が落下すること。

 ほかにも様々な問題が、いまはまだあちこちに転がっている。

 それらを無視して前に進むことは自分にはできない。

 だから、すべてが終わったときに答えを出そう、とベルリオットは自分の中で決めていた。


「ベル様。ぼくは愛人でもかまわないからね」


 ふいに後ろ手から声がかけられた。

 振り向いた先で、クーティリアスが満面の笑みを浮かべている。


「く、クティ!? って、愛人って! おまえはなに言ってんだ」

「そうか、その手があったか」

「ティーアまでっ」


 真剣に思案しはじめたティーアに、ベルリオットは呆れるほかなかった。

 そんなこちらの様子を見て、クーティリアスがしてやったりな顔でむふふと笑っている。

 彼女は、ティーア相手には性格を偽ることをしなかった。

 これから長い付き合いになるから、という理由を前提に、主を同じくする仲間意識から、という理由が強かったらしい。そうしたクーティリアスの気遣いに、教会を嫌っていたティーアも顔には出さなかったものの喜んでいた。


 二人が打ち解けたことには、ベルリオットも自分のことのように嬉しい。

 だが、やんちゃなクーティリアスだけでも手に負えない感があるのに、今後は真面目なティーアが加わることを考えたとき、思わず頭を抱えたくなった。

 ふいに視界の端で光がちらついた。

 どうやら進軍開始のようだ。


 外縁部側で連合の飛空船が、隊列を作りながら順々に飛び立っていく。

 その光景に、ベルリオットは胸が躍った。

 かつて、これほどの数の飛空船が同時に飛ぶことがあっただろうか。

 すべてがリズアートを救出するために動いている。

 しかもそれが成されるかどうかは自分の手にかかっているのだ。

 数え切れないほどの黄、紫の光の線で彩られた青い空。

 それを目にしっかりと焼きつけ、ベルリオットは強く手を握り締めた。


「俺たちも行こう」



   /////


 ベルリオットは、ティーアとともにアミスティリアにまたがった。

 大陸圏外でも動けるよう、両側足もとのあたりから頭上までが透明性の高い板で覆われている。なんでも合成樹脂というものを使っているらしく、ルッチェがアミスティリア用に特別に製造したという。


 すでにクーティリアスを纏っているが、精霊の翼は出ていない。

 飛空船にアウラを注いでいる間、背中から光翼は出ないとされているが、精霊の翼も例に漏れない。

 では、いま、クーティアスはどうなっているのか、という話しだが……。

 彼女は精霊の翼を作り出す機関のようなものであって精霊の翼ではない。

 結局のところベルリオットと同化した、という考えで問題ないということを彼女本人から聞いた。 


「しっかり掴まっててくれ」


 そうベルリオットが言うと、ティーアが後ろから両腕を回してきた。

 ぎゅっと力強く抱きしめられ、体が密着する。


「主よ、喧嘩を売っているのか?」

「……は?」

「女が後ろから抱きついたのだぞ。普通、このようなとき男は泣いて喜ぶのではないのか?」


 ベルリオットは、ティーアが言ったことを理解するまで時間がかかった。

 その間に、彼女は口惜しいとばかりにこぼす。


「やはり小さいのが問題か。しかし、これは種族柄どうしようもないことでな……」

「いや、べつに小さいのが問題とかそういうわけじゃなくてだな。俺がそんなことで喜んでたら引かれるだろっ」

「それは当然だ」

「だったら――」


 ベルリオットはあわてふためきながら振り向く。

 と、くすりと笑うティーアが目に入った。


「……ティーア?」

「すまない。また力んでいたように見えたからな。少々からかわせてもらった」


 彼女の気遣いにベルリオットは心が温かくなった。


「ありがとう。けど、俺はもう大丈夫だ」


 強がりではない。

 焦りがないと言えば嘘になる。

 いますぐにリズアートのもとに向かいたい気持ちはなくなっていない。

 だが、焦ったところでしかたないことを理解し、納得できるまでには心が落ちついた。

 とはいえ、自分ひとりで成しえたわけではない。

 多くの仲間がいたからこそたどりつけた。

 それに――。


「いまはティーアもいるしな」

「……主」


 ほんの少し前までは強大な敵だった彼女が、いまは仲間として動いてくれる。

 これほど心強いことはない。


『むむっ、これはぼくの居場所がなくなる危険が!』


 唐突に、クーティリアスの声が脳内にひびいた。


「言わなくても、クティは含まれてるに決まってるだろ」

『このとってつけた感! 帰ったらとことん遊びに付き合ってもらいます!』


 ふと、視界の中で最後に飛び立っていく飛空船が映った。

 作戦では、最後尾からの出発ということになっている。

 いい頃合だ。


「よし、行くぞ」

『ああっ、無視したーっ!』


 脳内でわめき立てるクーティリアスをよそに、ベルリオットはアミスティリアをゆっくりと上昇させた。充分な高度に到達してから前方へ向かって進む。速度を出しすぎないよう抑えているにも関わらず、アミスティリアは一気に加速し、連合の集団に追いついてしまう。


「クティ、さっきの遊びに行くっての、絶対に行こう。ただ、そのときはみんなでだ」


 もちろん、そこにはリズアートもいなければならない。

 いまだ見えぬティゴーグ大陸。

 さらにその先に浮かぶガスペラント大陸へとベルリオットは意識を向けた。


 待ってろ、リズ……!




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