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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第五章【狭間の王・後編】
112/161

◆第四話『狭間が進むべき道』

 演説から程なくして。

 ベルリオットはティーアを伴いファルール王宮内を歩いていた。

 向かう先は会議室。

 そこでリズアート救出へ向けての作戦会議が行なわれることになっている。


 ふと、すれ違う騎士から、奇異とも畏怖ともとれる目を向けられた。

 あからさまではないものの、その騎士はこちらを避けるようにそそくさと巡回の任に戻っていく。


 またか……。


 実は、いま起こったことは今回に限ったことではなかった。

 向けられた目に敵意がこもっていたなら、こちらも強く出られるのだが、ことはそう簡単ではない。

 それに先ほどの騎士が見ていたのは、実際には自分ではなく隣を歩くティーアだ。

 元とはいえ帝国騎士だった彼女が、平然とファルール王宮内を歩いている。

 そこに恐怖を覚えない方が珍しいと言える。

 おそらくティーアも、自身がどのように見られているか気づいている。

 その証拠に、先ほどからどこか居づらそうだった。


「やはり、わたしは待機していた方が良かったんじゃないか?」

「気にしないでいい。それよりいまは俺から離す方が心配だ」


 そう告げたあとに、ベルリオットはふと気づく。

 いまの発言、もしかすると別の意味に取られるかもしれない。


「ティーアを疑ってるわけじゃないからな」

「わかっている。わたしの身を案じてくれたのだろう?」

「まあ、なんというか……」

「なるほど。主は誤魔化すのが苦手らしい」


 言って、ティーアがふっと表情を崩す。

 これまで険しい顔つきばかり見ていたからか、不意打ちを食らったような気分だった。

 とっさに目をそらし、頭をかいてしまう。


「言っておくが、ティーアに協力してもらえたらっていう、打算的な考えがあったことも事実だ。俺は決してあんたが思ってるような良い奴じゃない」

「それでも、甘言ばかり吐く者よりはよっぽど信用できる」


 なんだかむずがゆい。

 いまの彼女には、なにを言っても美化されそうな気がした。

 ベルリオットは言い訳したい気持ちをぐっと堪え、代わりに足を速める。


「おーい」


 ふいに後ろから声がかかった。

 振り返ると、そこに小柄な少女が立っていた。

 角のようなとんがりが生えた帽子に、首にかけられた厚硝子の眼鏡、と変わった装飾品を身につける彼女は――。


「ラヴィエーナ……?」

「やっ。先日はどーも」


 そう言ながら、人懐っこい笑みを向けられた。

 彼女はルッチェ・ラヴィエーナ。

 楽天的な雰囲気に加え、小柄な外見からは想像できないが、その家名が示す通り天才発明家、ベッチェ・ラヴィエーナの子孫である。


 ベルリオットは、ふとあることに疑念を抱いた。

 初めて会ったとき、ルッチェの服は決して綺麗とは言えなかった。

 それが、いまはいっさいの汚れが見当たらないほど清潔な装いだ。

 ファルール王宮内を歩くのだから当然と言えば当然だが、問題はそこではない。


「どうしてここに……?」

「ラグって人に協力して欲しいってお願いされてね」

「それで会議に呼ばれたってわけか」

「そそ」


 そう答えたあと、ルッチェが視線を横へとずらす。

 と、彼女は急に先ほどまでの垢抜けた雰囲気を消し、怖じ怖じしはじめる。


「トウェイル将軍……だよね?」

「もう将軍ではないが」

「え~と……その~……」


 なんだか煮え切らない様子で、ルッチェがティーアの顔をちらちらとうかがいはじめた。

 かと思うや、がばっと勢いよく頭を下げる。


「ごめんなさいっ!」

「……なんのつもりだ?」


 突然のことに、ティーアが目をぱちくりとさせる。

 ぐっと目をつむったまま、ルッチェが押し出すように言葉を紡ぐ


「機巧人形のこと。あんなもの造っちゃったせいで、アミカスが巻き込まれて……」


 どうして彼女がおどおどしていたのか、ベルリオットはようやく理解した。

 機巧人形を造るまでの詳しい経緯は知らないが、アミカスを巻き込み、少なくない死者を出してしまったことは間違いないのだ。

 ティーアが怒りを覚えない道理はない。

 そう思い、ベルリオットはティーアの様子をうかがったが、そこには怒りなど感じられなかった。穏やかとも違う。ただ、あるがままの事実を冷静に受け止めているようだ。


「進んで造ったわけではないのだろう?」

「それはもちろん! ラヴィエーナの名に誓うよ!」

「ならばそれでいい」


 ティーアはそう答え、うなずく。

 その顔からはなんの感情も見て取れなかった。

 だが、どこか纏う雰囲気が柔らかく感じたのは、きっと気のせいではないだろう、とベルリオットは思う。

 ルッチェもほっとした様子で顔を上げ、息をついた。

 そんな二人の様子を見ながら、ベルリオットはふとあることを思い出す。


「そう言えば、ティーアに伝えないといけないことがあったんだ。帝国がファルール侵攻を囮に、リヴェティア大陸を攻めていたのは知ってるよな?」

「一応、将軍だったのでそのあたりのことは把握している」

「それで俺がリヴェティアに向かうにしても、負傷したトゥトゥを置いていくわけにもいかない。そうして困ってたとき、助けてくれたのが彼女なんだ」

「助けたって言っても、リヴェティア側の本陣まで運んだだけだけどね」


 そう付け足すように言ったルッチェのことを、ティーアが少しぼう然とした様子で見つめる。


「ラヴィエーナ殿が?」

「その場に居合わせたのも偶然……でもないけど、ほんとたまたまだよ」

「そうか……ラヴィエーナ殿、心から感謝する」


 今度はティーアが頭を下げた。

 ルッチェほど勢いよく、また急角度ではない。

 だが、そこには見た目以上の誠意がこもっているような気がした。


「い、いや本当に運んだだけで、そんな感謝されるほどじゃないし。あ~、なんだかこういうの苦手なんだよね」


 ルッチェがはにかみながら、照れ隠しとばかりに片手で帽子のとんがりをいじる。

 そんな彼女に親近感を抱いたのか、ティーアが柔和な笑みを浮かべていた。

 二人の間にあったものは、わだかまりというほどではなかったかもしれない。

 だが、彼女らの置かれた境遇からたしかな壁が存在していた。

 それが、いまはこうして心を通わせられている。

 目の前で生まれた新たな繋がりに、ベルリオットは狭間が進むべき道を見たような気がした。



   /////


「事前にお伝えした通り、今回は帝国に拉致されたリヴェティア王救出に向け、作戦を練っていくことになりますが……その前に状況の整理も踏まえ、改めてこれまでの経緯を説明させていただきたいと思います。それではまず、我々と帝国が開戦したところからですが――」


 会議室に響くラグの声に、ベルリオットは出席者とともに静かに耳を傾ける。

 深刻な状況だ。当然、重苦しい空気になることは予想できたが、そこに加え室内には張りつめたものが混ざっていた。


 政務官の多くは恐れ、怯え。

 腕に覚えのある者は筋肉を強張らせ、警戒心を強めている。

 彼らが注目するのは、ベルリオットの後ろに立つ人物。

 ティーア・トウェイルだ。


「以上です。ここまでで、なにかご質問はありますか? なければ次へ進みたいと思いますが……」


 説明を終えたラグが、恐る恐るといったように出席者の顔を見回す。

 彼も室内の重い空気を感じ取っていたのだろう。

 このまま会議を続けることは、ティーアにとっても、ほかの出席者にとっても良い結果には繋がらない。

 それに、いまの状況を招いたのは自分だ。

 どうにかしなければ、とベルリオットは意を決する。


「ラグさん、ちょっといいかな」

「はい。どこか間違っていましたか?」

「いや、話してくれた内容に問題があったわけじゃないんだ。そうじゃなくて、先にいまの空気をどうにかしておこうと思ってさ」


 言葉にはしないものの、ラグが納得したような瞳を向けてきた。

 それを合図にベルリオットは立ち上がり、全員の顔を視界に収める。

 その中には、エリアス、リンカ、オルバ。

 ファルールからはマルコ、と見知った騎士たちも混ざっている。


「あらためてみんなに伝えておこうと思う。彼女、ティーア・トウェイルは俺の仲間だ」


 この場に集まった者たちは、人の中でもひときわ強い意思を持っている。

 アムールの言葉だから、という理由だけでは左右されない。

 だからこそ、アムールではないひとりのベルリオットとして、もう一度彼らに伝えなければならないと思った。


「……主」


 ティーアがつぶやくようにこぼした。

 表情には出していないものの、かすかな不安が滲んでいる。

 彼女の目を一度見据えてから、ふたたび室内を見回す。


「たしかに、これまで彼女とは敵対していた。戦うたびに互いの仲間を傷つけあった。そこに怨嗟が生まれたのは間違いない。だからもう彼女を憎むな、なんて言わない。許すなとも言わない。

 ただ、みんなもわかってると思うが、それは彼女だけではなく、俺たちにも言えることだ。俺たちも、多くの帝国騎士を傷つけた。それを踏まえたうえで、もう一度、俺たちがいまなにをしなければならないかを自分の胸に問いかけてみて欲しい」


 言って、ベルリオットは自身の胸に拳を打ちつける。

 出席者は、ただじっとこちらを見つめている。

 いま、彼らの胸の内はどうか。

 若輩者がなにをいっているのかと罵っているかもしれない。

 それでも耳を傾けてくれている。

 話した言葉は確実に彼らに届く。


「俺たちの目的は帝国を滅ぼすことじゃない。人類が……この狭間の世界が生き延びることだ」


 遅かれ早かれ行きつく問題だった。

 ティーアを受けいれるか否か。

 この答え如何によって、狭間の運命が決まるといっても過言ではない。


「いま、俺たちはどんな道を進んでいるかわからない。仮に最善の道だったとしても、次の瞬間には間違った道を進むかもしれない。結局、どの道が正しいのかなんて誰にもわからないんだと思う。ただ、それでも戦わずに済む道があるのなら、俺はその道を選んで進みたい」


 先が見えないから不安になる。

 誰もが慎重になる。

 ベルリオットもそうだった。

 だが、救える者がいるなら話は別だ。


 たとえ、その先が暗闇だったとしても、迷わずに手を伸ばせる。

 道のない道だったとしても、勇気を持って足を踏み出せる。

 これまでベルリオットは自ら進んで前に出ようとはしなかった。

 そんな中で、こうして自分の意見をはっきり述べられたのは、救える者――ティーアがいたからだ。


 出席者の大半は、いまだ沈黙を保っている。

 息を吐きながら目をつむる者。

 難しい顔をしながら腕を組む者。

 ほかの出席者の様子をうかがう者。

 挙動に違いが出るのは個性か、それとも答えが違うのか。

 異様な空気に包まれる中、ベルリオットは嫌な痛みを胃に感じつつ、彼らの出方を待ち続ける。


「やっぱり、おめぇは甘いな。ほんっとうに甘ぇよ」


 そう雑な声をあげ、沈黙を破ったのはオルバ・クノクスだ。

 全員から視線を向けられる中、彼は椅子の背もたれに深く身を預けるという不遜な態度をとった。それに対しエリアスが注意しようと口を開きかけた、そのとき。

 オルバが急に前のめりになり、自身の腕を机に叩きつけた。


「だが、嫌いじゃねぇ」


 その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「オルバ……」


 彼は乱暴だが、情に厚い。

 ただ、ときおり冷徹な一面を見せるため、一抹の不安はあったが、どうやらうまく支持を得られたようだ。

 先ほどオルバに言葉を遮られたエリアスが、こほんと咳払いをする。


「はっきりと言わせていただきますが、ティーア・トウェイルのことを心の底から信用しているか、と問われれば、素直にうなずけません」


 彼女は、ちらりとティーアの方を見やる。


「ただ、わたしも騎士です。実際に剣を交えてみて、彼女が自身を偽りながら、あなたに忠誠を誓うなどといった曲がったようなことができるとはとうてい思えません」


 剣を交えることで、相手の人格までわかるなんてことは稀だ。

 おそらく、同じく真っすぐな心を持つエリアスだからこそ気づけたのだろう。

 多少の疑念は持ちつつではあるが、彼女もティーアを受けいれてくれたようだ。

 ただ、ひとつだけ疑問に残った。

 会議が始まってからのエリアスの態度だ。


「じゃあ、やけにティーアを警戒していたのは……」

「わたしがすぐに受けいれては、下の者に示しがつきませんから。ほかの方々も、おそらく同じだと思います」


 なるほど、と思う。

 ほかの騎士の顔をうかがうと、多様な反応ではあったが、たしかに首肯が返ってきた。

 そんな中で、リンカがぼそりとつぶやく。


「正直、戦わないで済むならそれで」

「身も蓋もないな」


 あっさりとした彼女はともかくとして、騎士はティーアを受けいれてくれたようだ。

 政務官たちはどうか。

 彼らにベルリオットが視線を送ると、代表するようにラグが声をあげた。


「今後、実際に戦場に出て共に戦うことになるのは騎士様方ですから。この件に関して、わたしは騎士様方の意見を尊重したいと思います」


 ラグの言葉が他人事のように感じてしまった。

 だが、話の流れはこちらにとって悪くないのだ。

 あえて踏みこむ必要はない、とベルリオットはでかかった言葉を飲みこむ。


「戦場だけでなく、寝首をかかれるとは考えなかったのか」

「お、おいティーア」


 発言だけでなく、その身も前に踏み出したティーアを制そうとした。

 だが、そこに貼り付けられた表情を見た途端、思わず上げようとした手を下ろしてしまう。まるで戦地へと赴くかのごとく、険しい顔をしていたのだ。


 ベルリオットはふと思う。

 彼女の立場はひどく不安定だ。

 いつ、足場を崩されるかわからない。

 だからこそ、彼女は自身の立場を揺らがすかもしれない不安要素を、いまのうちに浮き彫りさせようとしているのではないか。そうすることで、今後の憂いをなくそうとしているのではないか、と。


 ラグは微動だにせず、ただじっとしている。

 かと思うや、ぎゅっと目を瞑り、息を吐いた。

 それから凛とした表情でティーアを見据える。


「では言わせていただきます。仮にあなたが帝国から送り込まれた刺客だった場合、誰かを殺したとしても、このファルール大陸にいる限り逃げることは不可能に近いでしょう。そして今度こそ処刑はまぬがれないと思います。そのとき、我々と帝国、どちらが得をしたのか考えてみてください。


 あなたとあなたが殺した人物。純粋に戦力として見た場合、あなたを上回っている者は少ない。つまり意味がありません。これが帝国の作戦だったとするなら、立案された方は相当に頭がおかしいとわたしは思います。


 もし殺された人物がファルール王であったなら話は別ですが、常に厳重な警備体制がしかれているため、いくらあなたでも突破は難しいでしょう。もう一人、我々にとって殺されると困るお方……ベルさんがいますが、彼はあなたを仲間だと言っているので」


 流れるように言葉を連ねていたラグが、そこでようやく息をついた。

 その小柄な体型のせいか。

 はたまた温和な性格のせいか。

 いま、彼が見せた姿に、ベルリオットは思わず圧倒されてしまった。

 同じように感じた者は少なくなかったようで、出席者の大半がぽかんとしている。

 周囲の様子に気づいたラグがやりすぎたと感じたのか、慌てた様子で話を続ける。


「と、とにかくですね、わたしの結論としては、あなたがこの場にいることが帝国の作戦であることは絶対にない、と考えています。そのうえで、あなたを受けいれるかどうかを答えさせていただきますと……あけすけのない言い方ですが、帝国に騙されていた、と考えればあなたを受けいれられます」


 本当にあけすけのない言い方だ。

 しかし、それは多くの者が思っていながら、ベルリオットという後ろ盾を気にして口にはしなかったことだ。それを、いまや決して弱くない立場にあるラグが言葉にした。

 おかげで、ほかの政務官たちは機先を制されたように一様に口をつぐんでいた。


 ただ、こうなるとティーアの心情が気になる。

 面と向かって無条件に信頼できないと言われたのだ。

 心配になって様子をうかがってみたところ、彼女は落ちこむどころか満足げに笑んでいた。


「忌憚なく述べてくれたこと、感謝する」


 言って、ティーアが目を伏せる。

 そこに慇懃さはなかったが、たしかな誠意を感じられた。

 形はどうあれ、彼女は受けいれられた。

 そのことに、ベルリオットはほっとすると同時、嬉しさがこみ上げてきた。

 おかげで目を開けたティーアと顔を見合わせたとき、思わず穏やかな表情を浮かべてしまう。

 だが、会議を中断させてしまったことを思い出し、すぐに表情を引き締めた。


「それで……ラグさん、これから作戦を考えていくってことでいいんだよな?」

「はい。そのつもりです」

「その前に、伝えたい情報があるんだ」


 目をぱちくりとさせるラグをよそに、ベルリオットはティーアの名を呼んだ。

 すると彼女は出席者の顔を見回したあと、淀みなくその言葉をつむぐ。


「ティゴーグ王が人質として帝国に囚われている」


 一瞬、室内のときが止まったようだった。

 だが、すぐに騒然とした空気に包まれる。

 ベルリオットは会議が始まる前にあらかじめティーアから聞かされていたため、彼らのように驚きはしなかった。もちろん、初めて聞かされたときは同様の反応をしたのは言うまでもない。


「さっき信じる信じないの話はしたがよ、これはちょっと別問題だぜ。なんせ話がでけぇ」


 オルバが、その太い眉を下げながら言った。

 同調するように数人の政務官がうなずく。


「その話、信憑性は高いと思います」


 ラグが放った一言で、ざわついていた議場が静まった。

 彼は難しい顔をしながら説明をはじめる。


「ティゴーグ王は思慮深い方である、とリヴェティア王、ディザイドリウム王が仰っていました。その情報から、ティゴーグが帝国側につくのがやけに早いと思っていたのです。ですが、いまの話ならば辻褄が合います」


 二人の王の名が出たことで、うかつに反論できなくなったのか、ほかの政務官たちが揃って口を結んでいた。

 そんな彼らをよそにラグは思案にふける。


「これは好機かもしれません。ティゴーグ王を救い出せれば、ティゴーグ騎士を帝国騎士から分断できます。それだけでなく、そのままこちらについてくれる可能性も……」


 リズアートを救い出すためには、ガスペラント大陸まで辿りつかなければならない。

 当然、帝国との衝突はまぬがれず、そこに与するティゴーグとの衝突は必至だ。

 仮にラグの示した道が実現すれば、戦況は一気にリヴェティア側の有利に傾くことは間違いない。

 室内の空気が少しばかり浮つき始めたところ、すぐにティーアの口から忠告が飛ぶ。


「だが、ティゴーグ王を救うのは容易ではないぞ。わたしが情報をもらす可能性を考慮し、ティゴーグ王の周りは守りが堅くなっているに違いない。ティゴーグ王の捕縛作戦において陣頭指揮をとったガルヌもおそらくそこにいるだろうしな」

「ガルヌというと、あの仮面男ですか」


 そう訊いたエリアスに、ティーアが首肯する。


「実力はわたしとほぼ互角か。いや、奴はわからないことが多すぎる。わたし以上と見たほうがいいだろう」

「あなた以上とは、それほどの手練ですか」


 言って、エリアスの顔が険しくなった。

 彼女が剣を交え、互角に闘い合ったティーアが自分以上、と口にしたのだから無理もないかもしれない。


 ガルヌの戦闘能力がティーアとそう違わない。

 そのことは、ベルリオットは実際に戦ったことがあるため充分に知っている。

 ただ、結晶を合わせるたびに奴からは底知れないものを感じた。

 それが不気味に感じ、奴を実力以上に強大に見せているのかもしれない。


「あ、あの~、ちょっといいかな?」


 ルッチェが恐る恐る手を挙げた。

 綺麗にされたものの、彼女の格好は作業服だ。

 この場でもっとも不釣合いであることは間違いない。

 ただ、ラグに招待されたことや、ベッチェ・ラヴィエーナの子孫であることが相まって、一目置かれているのもまた事実だ。

 その彼女の発言ということもあり、出席者はそろって口を結び、注目している。


「そのガルヌって人と戦いたいって人たちがいるんだけど……」


 どよめきが起こった。

 ガルヌの実力は、いましがたティーアと同等以上と示されたのだ。

 そんな中で進んでガルヌと戦いたがる者は、よほど腕に自信があるか、命知らずのどちらかだろう。

 しかし、いまこの場にいる者以外で、ガルヌの相手がつとまる者がいるのだろうか。

 ぱっと思い浮かばず、ベルリオットはその疑問を口にする。


「いったいだれが?」

「えっと……イオル・ウィディールとジン・ザッパって人たち」


 イオルの名を聞いた途端、ベルリオットは納得がいった。

 彼の育ての親、グラトリオ・ウィディールはリヴェティア王国を滅ぼそうとした。

 それ事態はグラトリオ個人の憎しみから引き起こされたものだが、彼にシグルの力を与え、誑かした者が存在する。


 その人物こそがガルヌである、と。

 確証はないが、先の戦争にて再会したかつての級友ラハン・ウェルベックの様子から鑑みるに、その可能性が高いだろう。

 おそらくイオルもその答えに行き着き、ガルヌ討伐に名乗りを挙げたのだ。

 グラトリオの仇を討つために――。


「ジンってのは、もしかしてイオルと一緒にいた……?」

「そそ。ぶっちゃけちゃうけど、暗殺を生業にしてたから隠密行動には慣れてると思うよ」


 ルッチェが、さらりと問題発言をした。

 ベルリオットは、ジンという男が暗殺者であることを知っていた。

 ディザイドリウムで実際に戦い合ったからだ。

 そして彼がリヴェティア国王を暗殺した本人であることも知っていたが、リズアートを救出するために必要なら、彼の生業についてはほかの者に黙っているつもりでいた。

 だがその思惑は、ルッチェの一言によって一瞬で崩れ去ってしまった。

 暗殺者という言葉に、さすがに議場が騒然としている。

 エリアスが険しい顔つきで言い放つ。


「そのような危険人物を作戦に組みこむなど容認できません」

「たしかにそうだと思うけど……う~ん」


 ルッチェが腕を組み、唸りだしたかと思うや、すぐに閃いたように顔をあげた。


「さっきティーアさんが話した、ティゴーグ王が囚われてるって件。見たところ信じられない人が少なくないみたいだけど、その二人はきみらとは直接関係ないからさ。王救出の際に彼らがどうなろうと損はないんじゃないかな?」

「そ、それは……」


 ルッチェの問いに、エリアスが答えあぐねる。

 捉えようによっては、〝関係のない者が死んだところであなた方に支障はないでしょう?〟と問われているようなものだ。

 たとえ事実であったとしても、人の命が関わっているのだ。

 簡単にうなずくことはできない。


 ふと視界に、ばつが悪そうな表情を浮かべる者が視界に何人か映った。

 おそらく彼らが、ティーアの話を信じていなかった者だろう。

 室内に気まずい空気が漂いはじめる。

 と、それを吹きとばすように快活な笑い声が響いた。

 見れば、オルバが大口を開けて笑っていた。


「ティゴーグ王が救出されてティゴーグ騎士団が投降すればそれでよし。そうでなければ敵として戦うだけ。単純でいいじゃねぇか」

「あたしもそれでいいと思う」


 リンカが続けて賛同する。

 言ってしまえば、まどろっこしいことが好きではない二人だ。

 包み隠そうとしない、ルッチェの考え方に共感を覚えたのかもしれない。

 エリアスが肩をおろし、呆れたように息を吐く。


「……わかりました。我々リヴェティアはラヴィエーナ殿の意見を支持します。コルドフェン殿」

「わたしも同じです。ほかに意見、または反対の方はいますか?」


 ラグが見回したところ名乗り出た者はいなかった。


「ではラヴィエーナ様、そのようにお二方にお伝えください」

「りょーかいっ」


 そうルッチェが明るい口調で答えた。

 ふとベルリオットは、そばに控えるティーアの様子をこっそりうかがう。

 が、視線を向けていたことにすぐさま気づかれてしまった。


「どうした?」

「いや、ティーアも行きたいんじゃないかって」


 彼女は妹のナトゥールを傷つけられたのだ。

 ガルヌを討つ理由がある。


「行きたい気持ちがないと言えば嘘になる。だがリヴェティア王を助けるのであれば、帝国の内部を知り尽くすわたしが、主とともにガスペラント大陸へ向かう方がいいだろう」

「わたしも、トウェイルさんの考えに賛同します」


 そう言ったのはラグだ。

 彼は真剣な顔つきでこちらを見つめてくる。


「いくらベルさんでも、リヴェティア王が囚われた状態で戦うのは得策ではありません。ガスペラント大陸に到着した折、まずベルさんが敵を引きつけ、その間にトウェイル様が帝城内部へ侵入、リヴェティア王を救出する。この流れが妥当かと思われます」


 デュナムは、リズアートを伴侶とすることを望んでいた。

 それが本当だったなら、彼女の命が奪われるようなことはないだろう。

 だが敵地にいる限り、危険はつねに潜んでいる。

 一刻も早く彼女を救い出すべき、というラグの考えに異論を唱える理由がない。


「ありがとう、ティーア」


 ティーアは自身の感情よりも、こちらの目的を優先してくれたのだ。

 そのことに、申し訳ないという気持ちは少なからず抱いた。

 だが、口から出たのは感謝の気持ちだった。


「これは主と契約した時点で決めていたことだ」


 言って、ティーアが柔和な笑みを浮かべる。

 本当に味方になってからの彼女には驚かされてばかりだ。

 姉は優しい、というナトゥールの言葉に偽りがないことを、ベルリオットは改めて実感した。


「蒼翼たちに陛下の救出を任せるとしても、敵本体を無視するのは難しいんじゃねぇか?」

「やはり、こちらの本体が敵本体を引きつけている間に、ベルさんたちには帝国に乗りこんでもらうことになりそうですね」


 オルバの意見に、ラグがそう答える。

 その案自体に、ベルリオットも異論はない。

 ただ、行動範囲には大陸圏外も含まれるため、一つだけ懸念があった。


「引きつけてさえくれれば、アミスティリアなら振り切れると思うが……あれ、ひとり乗りなんだよな」

「あ~じゃあ複座式にしよっか?」


 と、即座にルッチェが答えた。


「できるのか?」

「やっつけだけど、明日の朝までにならなんとかなると思うよ」

「悪いけど、頼む」

「ほいさ、任せといてっ」


 言って、ルッチェが意気揚々と自身の胸を叩いた。

 これでティーアとともにガスペラント大陸に向かえる。

 リズアート救出に向け、漠然としていた道筋が段々と明確になっていく。

 それに連れ、ベルリオットの中で、はやる気持ちがふたたび湧きあがってくる。


 失敗は許されない。

 焦りは禁物だ。

 必ずリズアートを救うためにも、いま、するべきことに目を向けなければならない。

 そうベルリオットは自身に言い聞かせ、感情を抑えこむように両手を握りしめた。

 話が落ちついたところで、ラグがわずかに前のめりになる。


「では、先ほど話した流れで細かいところを詰めていきましょう」



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