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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
第五章【狭間の王・後編】
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◆第二話『ガスペラント帝城』

 リズアートは飛空戦艦(ドストメギオス)から降り、ガスペラント帝国の地に足をつけた。

 百人ほどの帝国騎士が二列に並び、作り出した道をリズアートは歩いていく。帝国騎士は道側に向かって敬礼をしているが、それは決してこちらに向けたものではない。


 ひとりの男が少し先を歩いている。

 彼はデュナム・シュヴァイン。

 宰相という立場でありながら、いまや帝国を実質的に支配している男だ。

 帝国騎士が手厚く迎えているのも、デュナムというわけである。


 リズアートは辺りを見回した。

 空が見えない巨大な空洞。

 おそらくここは、飛空戦艦を格納するために造られた場所だろう。

 陽が当たっていないこともあるが、自然を感じさせるものがまったくない。

 まるで心の底まで冷え込んでいくような、そんな寒さを覚えてしまう。


「顔色があまり良くないようだな」


 デュナムが振りかえり、声をかけてきた。

 白々しいその顔を睨みつけながら、リズアートはふんだんに棘を混ぜながら言う。


「気遣うぐらいなら、これを外してちょうだい」


 リヴェティア王城から連れられたときより、腕や背中に拘束具が取り付けられていた。

 これがある限り、アウラを使えない。

 囚われの身なのだから当然の待遇と言える。

 そこに関して納得はしているが、やはり自分の思うとおりに体を動かせないのは精神的に堪えるものがあった。

 デュナムが表情を崩さずに、抑揚のない声で告げてくる。


「絶対に逃げないというのなら考えよう」

「では、これをつけていれば脱走していいのかしら」

「できるものならな」


 口約束だけで拘束具が解かれるのなら、たとえ嘘をついてでも逃げないと答えるべきなのかもしれない。だが、仮に拘束具が解かれたとしても、この男が簡単に脱走を許すとは思えなかった。

 二重三重に網を張っているに違いない。


 現状では逃げる算段がつかない。

 ならば、気持ちだけでも抵抗してやろうと思ったのだ。

 相手の施しなど絶対に受けない、と

 そうしてリズアートが意志を固める中、デュナムがそばにやって来た政務官へと声をかけていた。


「あれの移送は済んでいるのか」

「明日にでも、すべて終えられるかと」

「ふむ、順調……か。だが、万が一のことも考えられる。できるだけ急がせろ」

「はっ」


 政務官は軽く頭を下げたあと、そそくさとデュナムのもとから離れた。

 移送とは、なんのことだろうか。

 そうリズアートが疑問を抱いた、そのとき。


「は、放してくれ! 僕はひとりで歩けるっ」


 ふいに右方から叫び声が聞こえてきた。

 そちらにはリズアートが降りてきたところとは別の小さな搭乗口があり、騒ぎはその階段下で起こっていた。

 なにやら数人の帝国騎士を相手に、ひとりの男が暴れている。


 拘束具を取り付けられた彼は、質素な布生地を羽織っただけ、という決して良い身なりではない。

 囚人であることを考えれば、なにもおかしくはない格好と言えるのだろう。

 だが、彼本来の立場を知っていたリズアートは酷く似つかわしくないように見えた。


「ぼ、僕は王だぞ! きさまらのような下々の者が触れていい存在ではない!」


 暴れていた男はシェトゥーラ王国の王だ。

 身分の低い者には強気な彼だが、心はとても弱い。

 それを証明するかのように、強い口調のわりにその顔は引きつっていた。


 飛空戦艦の動力は飛翔核だ。

 そしてその飛翔核は、シェトゥーラ大陸を浮かせていたものであることは明白。アウラを注ぐことのできる、シェトゥーラ王がどこかにいることは予想していたが、どうやら飛空戦艦の中にいたらしい。


 騒ぎを聞きつけたデュナムが帝国騎士が作り出した道を外れ、シェトゥーラ王のもとへゆっくりと歩いていく。

 それに気づいたシェトゥーラ王が焦りはじめる。


「こ、これは違うんだ。シュヴァイン!」


 ふいにデュナムが足を止めた。

 そこに言い得ぬ威圧感を覚えたのか。

 シェトゥーラ王の表情が一気に恐怖の色に染まる。


「しゅ、シュヴァイン殿……」

「……それは大切な道具だ。あまり雑な扱い方はするなよ」


 そう言い残し、デュナムが身を翻した。

 直後、シェトゥーラ王が不恰好に尻餅をついた。

 安堵したことで体から力が抜けたのだろう。

 ただ恐怖感を完全には拭えていないらしく、いまだ体を震わせている。


「不快なものを見せてしまってすまないな」


 戻ってきたデュナムが言った。

 リズアートは、もう一度シェトゥーラ王のほうを見やった。

 彼はいま、帝国騎士に殴り、蹴られ、強制的に黙らされている。

 止めに入りたいが、いまの自分にはそれをするだけの力がない。

 ただ目をそらすことしかできなかった。

 シェトゥーラ王の現状を知ったことで、リズアートはある人物の安否が心配になった。

 それはこの大陸を治めていたはずのガスペラント王だ。


「ガスペラント王は……」

「もちろん生きているとも。この大陸の動力としてな」


 そう平然と言ってのけたデュナムからは、もはや人間の心を感じられなかった。



   /////


 三人の帝国騎士に囲まれながら、リズアートはデュナムとともに昇降式の床に乗り、上階へと向かう。

 ほどなくして止まった床から降りると曲線状の通路に出た。

 外側はむき出しになっており、そこから街並みを眺望できた。

 かなり高いところまで上がっていたらしく、建物はどれも小さく見える。


 視界の中には、いまいる建物の一部も映っていた。

 曲線の造りになっているところが多く、至るところに尖った装飾が見られた。

 全体を確認したわけではないが、一つ一つの規模から察するに相当に大きいことがわかる。おそらく、いま足を踏み入れている場所こそがガスペラント帝城だ、とリズアートは思った。


 実は、帝国に来たのは初めてだった。

 リヴェティアとの関係があまり良くなかったこともあるが、それ以前に黒導教会が巣食っているという噂が絶えない場所である。

 わざわざ身を危険にさらしてまで訪れる必要性を感じられなかったのだ。


 それにしても、なんだか空気が淀んでいた。

 呼吸を思わずためらってしまうほどだ。

 ガスペラント帝国は鉱業に力を入れていることもあり、緑が少ない。

 そのせいであることは間違いないが、まさかこれほどとは思いもしなかった。


 ふと前を歩くデュナムが足を止めた。

 リズアートは少し顔をずらして彼の先をうかがうと、そこには仮面を被った男が立っていた。

 仮面の男のことは七大陸王会議の際に見た覚えがある。

 たしかガルヌという名前だったはずだ。


「うまくいったか」

「そちらは……どうやらいい結果ではなかったと見るが」

「囮としての役割は果たしただろう」

「その通りだ。なにも恥じることはない」


 ガルヌが不愉快だとばかりに鼻を鳴らした。

 おそらく、ファルール大陸で行われた先の戦争について話しているのだろう。

 話の流れから察するに、どうやらリヴェティア側はうまく帝国を退けたようだ。

 囮、という話だったが、ファルール大陸が落とされるような事態にならなかったことに、リズアートは心の底からほっとした。


 そのとき、ふと視線を感じた。

 顔を上げると、ガルヌと視線が交差した。

 仮面を被っているため、どのような表情をしているかはわからない。

 だが、決して好意的ではないことがひしひしと伝わってくる。

 リズアートは、覚えた不快感に思わず目をそらしてしまいそうになるのを必死に堪え、意地を張って睨み返した。


「ガルヌ。勝手な真似だけはするなよ」


 デュナムが言った。

 静かな口調だったが、そこには怒気がこめられているようにリズアートは感じた。

 ガルヌが視線を外さずにこたえる。


「……こいつはいますぐに殺すべきだ」

「彼女は、我々帝国の象徴としてこれ以上ない存在だ」

「生かしておけば、かならずお前に牙をむくぞ」

「ならばそうならないようにすることが、平定後のわたしの仕事だな」


 ガルヌが気に食わないとばかりに鼻を鳴らした。


「好きにするがいい。だが、約束だけは忘れるなよ」

「ああ、わかっているとも」


 デュナムの返事を聞くと、ガルヌはそれ以上なにも言わずに立ち去っていく。

 約束とはいったいなんのことなのか。

 そんな疑問よりも、リズアートはガルヌが目の前から去ったことに安堵した。

 あの男が纏う空気はなんだか重たい。

 たとえるなら、このガスペラント大陸に蔓延する淀んだ空気のようだ。

 ガルヌが去ったほうを見やりながら、デュナムが口にする。


「奴にも困ったものだな」

「彼は何者? あなたとほぼ対等な感じに見えたけれど」

「わたしの相棒のようなものだ。奴は、そうは思っていないようだがな」


 そこには言葉以上に深い意味がこめられているような気がした。



   /////


 窓もない薄暗い通路を経たあと、たどり着いたのは牢屋だった。

 鉄柱で区切られたその中へ、リズアートは帝国騎士に押しだされるようにして入れられる。閉められた牢の外側から、デュナムが解せないといった様子で口を開く。


「思ったほどに悲観した顔ではないな」


 リズアートはなにもこたえるつもりはなかった。

 ただ黙って睨み返すだけだ。


「ベルリオット・トレスティングか」


 その名を聞いた途端、リズアートはわずかに体を反応させてしまう。

 悲観していないのはベルリオットのおかげか、というデュナムの問い。

 まさしくその通りだった。


 飛空戦艦の白煌砲(ラディス・ヴィア)によってリヴェティア王城が危機にさらされたとき、翔けつけたベルリオットによってそれは防がれた。あのときの光景が脳裏に焼きつき、同時に覚えた感情が心の奥底に深く刻み込まれている。

 そのおかげでリズアートは、いまも希望を持つことができていた。


 なにも自分の身が助かることまでは求めていない。

 もちろんそうなればいいが、ただベルリオットがいれば、リヴェティアは……狭間の世界は無事であると思えるのだ。

 悲観することなどない。

 そうしたこちらの態度が気に食わなかったのか、デュナムが眉根を寄せた。


「戦時の花として扱うとは言ったが……あれは国としてだ。わたし個人としては、あなたには心の底から認めてもらいたいと思っている。わたしという男を」

「そんなことには一生ならないでしょうね」

「……その心に巣食うものが存在するというのなら、それをこの世界から消し去り、あなたをわたしのものとする」


 ベルリオットが負けるはずがない。

 そう思っているはずなのに、デュナムから感じる静かな狂気がリズアートの心をざわつかせる。


 ベルリオットっ……!


 希望の名を口にしながら、リズアートは遠い地へと想いを向けた。




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