◆最終話『虚空を舞う蒼き翼』
ベルリオット・トレスティングは、自身の心を落ちつかせるように長く息を吐いた。
ふいに手にしていた結晶の盾に亀裂が入った。
根を張るように広がったかと思うや、弾けるように消滅する。
どうやら一撃しか耐えられなかったらしい。
いや、一撃でも持ったと考えるべきだろう。
それほどまでに、白の光線は恐ろしい威力を持っていた。
なんてものを造ったんだ……。
ベルリオットは自身が乗る単座式飛空船を空中に維持させながら、遠くの空に浮かぶ巨大飛空船を睨みつける。
到着するなりリヴェティア王城が白の光線に襲われたため、辺りの惨状を詳しく確認する暇がなかった。
あらためて眼下をうかがったとき、その凄惨な光景に言葉を失った。
敵味方問わず、多くの騎士があちこちに倒れていたのだ。
王城自体も所々が破壊され、見るも無残な状態だ。
玉座の間に至っては、天井部分が跡形もない。
と、そこでベルリオットは、玉座の間に倒れた者たちを見つけた。
ディザイドリウム王やジャノ、ユング、ホリィ。そして――。
「メルザッ!!」
すぐさま玉座の間へと向かった。
単座式飛空船の勢いを落とす時間がわずらわしい。
床の上を滑らせながら、荒々しく着陸させる。
飛び降り、メルザリッテのそばへと駆け寄る。
「大丈夫か、メルザ」
「ベル……さま……」
「いったいなにがあったんだ」
「申し訳……ありま、せん……」
メルザリッテが唇を震わせながら、悔しさを滲ませる。
彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。
「すぐに、帝国の船を…………リズアート様が……」
言われて、辺りを見回した。
見える範囲に、リズアートの姿が見当たらない。
そこでベルリオットは、ようやくメルザリッテの言葉を理解する。
――リズアートが帝国に連れ去られた。
心臓を掴まれたようだった。
腹の底から湧き上がるどす黒い感情が、体を、心を震わせる。
なにもリズアートがさらわれたことだけが理由ではない。
いまの、このリヴェティア王城の惨状が、全身を駆け巡る激情をさらに後押しした。
「すぐに戻る。少しだけ待っててくれ」
そう告げながら、ベルリオットはゆっくりと立ち上がった。
ふわりと静かに浮遊したあと、一気に加速する。
向かう先は帝国の巨大飛空船。
王都から離れるように移動しているが、急げばまだ追いつける距離だ。
「クティ、すまない。俺は、自分を抑えられないかもしれない」
『ベル様……』
これまでも仲間が窮地に陥ったことはあった。
だが、いまだかつて、これほどの激情に駆られたことはない。
いまの俺には力があるのに……みんなを護れなかった。
その後悔の念が、仲間を傷つけられたことへの憎しみとない交ぜになって、いまも襲い掛かってくる。心をかきむしられるような感覚に、体が熱くなり、頭がどうにかなりそうだった。
見つめる先、巨大飛空船から黒い粒のようなものがいくつも飛び出てくる。
帝国騎士だ。
少なく見積もっても百人以上か。
全員がこちらの進行上へと割って入るやいなや、一斉に向かってくる。
ベルリオットにはさらに加速した。
どれだけの敵が前を阻んだとしても、いまの自分に止まるという選択肢はない。
横へ広げた両手にアウラを収束させ、結晶を生成。
造り出した一対の剣を持ち、敵集団の中へと突っこむ。
「どけぇえええ――ッ!!」
一人ひとりの相手をする暇などない。
力任せに剣を薙いでいく。
そのせいか、結晶が早くも悲鳴をあげた。
左手の剣にはひびが入り、右手の剣にいたっては切り刃が欠けている。
それを視認した直後、すぐさま剣を放り、新たに一対の剣を生成した。
精霊の翼のおかげで時間差はほぼない。
追加で敵が投入されているのか。
斬れども斬れども敵が向かってくる。
雑な戦い方をしているせいか、体にかかる負担がいつもと比べ物にならなかった。
だが、ベルリオットは痛みを忘れるように自身に言い聞かせる。
メルザたちが受けた痛みに比べれば、こんなもの――!
視界には何度も敵から噴き出た血が割り込んでくる。
耳にも数え切れないほどの悲鳴が届いていた。
それらをすべて思考の外へと追いやり、ただただ巨大飛空船を追いかける。
こちらの気迫に押されたか、敵に怯みが見られた。
その一瞬を見計らい、ベルリオットは剣を一本に絞り、極大の飛閃を前方へと放った。
挙動が大きかったからか、攻撃を受けた敵はほとんどいない。
だが、巨大飛空船までの道が開けた。
ベルリオットは帝国騎士の集団の中を一気に翔け抜ける。
と、サジタリウスと思しき光線が巨大飛空船から幾つも飛んできた。
いまや見慣れた攻撃だ。
体が避け方を覚えていた。
わずかな空間をかいくぐっていき――。
ついに、視界の多くを帝国の巨大飛空船が占めるところまで距離を詰められた。
あと少しだ……あと少しで、あいつのもとまで行ける!
そのとき、全身に怖気がはしった。
以前にも、この感覚に見舞われたことがある。
記憶をさかのぼろうとしたが、即座に中断させられた。
濃紫の光を纏った男が目の前まで迫っていたのだ。
互いの剣がかち合い、甲高い音を響かせる。
ベルリオットは、目の前の男に見覚えがあった。
七大陸王会議に参加していた、帝国の宰相――。
「デュナム・シュヴァイン……! お前があいつを、リズをさらったのか!」
「ああ、そうだとも! 来るべきシグルの戦いにおいて、彼女は人類の希望の象徴として、わたしの伴侶となるのだ!」
「ふざけるなよッ!」
相手の剣を押しのけるようにして、ベルリオットは自身の剣を振り払った。
デュナムが後方へ突き飛ぶ。
「やはり貴様が障害となるか……だがッ!」
体勢を整えたデュナムが、両手を広げ、全身で空を感じるような格好をとった。
直後、彼の体を纏っていた紫の光が、みるみるうちに黒へと変色する。
「そのアウラは……!」
「この力は悪として認識されている。だから、あまり人前で見せるわけにはいかないのだが……やむを得まい」
間違いなくシグルの力だ。
しかし、これまでその力を纏った者は眼球が紫色になり、筋肉が膨張する、といったような特徴が見られた。だが、デュナムにはそれがない。
感情的なところもなく、酷く冷静だ。
シグルの力を完全に御しているというのか。
ふいに、デュナムの身体の輪郭がぶれた。
かと思うや、いつの間にかベルリオットの眼前まで迫り、剣を振り下ろさんとしていた。
避けるだけで精一杯だった。追い討ちをかけるように黒の剣が襲い来る。右頬をわずかに斬られ、血が散る。恐ろしく鋭い突きだ。まるで淀みがない。
相手の変貌にわずかながら動揺し、機先を制されてしまったが、ベルリオットは早々に気持ちを切り替えた。体勢を立て直し、払いの一撃を放つ。それを起点に連撃を繰り出していく。
相手も引かずに攻勢に出てきた。
互いに攻撃と回避が一体となった撃ち合い。
無数の剣撃が虚空を斬り、その度に鋭い風切り音が耳に届く。
相手から滲み出る圧力が、ベルリオットを包むように押し寄せてくる。
これまで戦った誰とも比較にならない。
格が違う。
これほどの力を持った者がいたというのか。
「そこをどけ、デュナムッ!」
「通りたければわたしを倒してみるがいい!」
デュナムと戦っている間にも巨大飛空船は遠ざかっていく。
あの船は、ガスペラント大陸から二大陸分の距離を越えてリヴェティア大陸まで航行してきたのだ。もし大陸圏外へと出られてしまえば、ベルリオットに追いかける術はない。
「そろそろいいだろう」
デュナムがいきなり左手をぐっと握った。
直後、彼の後方で黒の結晶が派手に弾け飛んだ。
これほどの実力を持った相手が、いまさら神の矢を応用して使ったことに驚きはしない。
ただ、いったいなにをしたかったのだろうか。
「大陸が滅びる前に、貴様とは決着をつけなければならないだろう。……だが、それはいまではない」
そう言ったデュナムの後方で、白い燐光がちらついた。
見れば、巨大飛空船の円筒へと白い光が収束していくところだった。
そこでベルリオットは、先ほどデュナムが黒の結晶を派手に破壊したのは巨大飛空船へ向けたものだったと気づいた。
あれを合図に白の光線が放たれる手はずになっていたのだ。
円筒が向けられた先には王都がある。
だが、飛空船が移動したことで、かなりの距離が空いている。
「まさか……」
届くというのか。
デュナムが冷たく言い放ってくる。
「あれの射程距離は、サジタリウスの比でないぞ」
「デュナァアアムッ!!」
ベルリオットは瞬時に翔けだした。
射線まで距離があった。
おそらくデュナムの仕業だろう。
こうなることを予測し、あえて射線から遠ざけるような戦い方をしたのだ。
巨大飛空船から白の光線が放たれた。
それは白い道を描くように、王都へと向かって伸びていく。
このままでは間に合わない。
ベルリオットは飛行しながら射線上に神の種を造り出す。
だがそれは、すぐさま衝突した白の光線によって破壊された。
耐えられた時間はほんのわずかだ。
しかし、そのわずかだけで充分だった。
ベルリオットは射線上へと躍り出た。
間を置かずして視界が白の光で埋め尽くされる。
即座に巨大な盾を生成。体全体で押さえ込むようにして構える。
直後、激しく全身を叩かれたような感覚に見舞われた。
白の光線が激突したのだ。
さらに途切れることなく重い衝撃が襲いくる。
四肢が軋む中、ベルリオットは歯を食いしばって堪える。
やがて白の光がふっとかき消えたとき、同時にベルリオットの盾も砕け散った。
まぶしさでなかなか目を開けられなかったが、無理やりに目蓋を持ち上げる。
と、そこにはもう、デュナムの姿はなかった。
帝国の巨大飛空船は遥か遠くに見えたが、いまや粒のように小さくなり、高度もかなり上がっている。
すでに大陸圏外へと出たことは間違いない。
それはもう、追いかけられないことを意味していた。
ベルリオットは悔しさを吐き出すように、誰もいなくなった空へと叫んだ。
◆◇◆◇◆
「貴様だけは! 貴様だけはッ――!」
「ええい、しつこい奴よ!」
リヴェティア側と帝国側の戦争が行われる中、ティーア・トウェイルは、ガルヌへと止むことのない攻撃を繰りだしていた。
この男は、あろうことかアミカスの仲間たちを戦争の道具として扱ったのだ。
それだけでなく、ナトゥールを傷つけた。
絶対に許してはならない。
死をもって償わせねばならない。
先ほどから、いくらガルヌに攻撃しても一度として当たっていなかった。
これほどまでの手練だったのか、という驚きよりも、苛立ちの方が強い。
そしてそれは、いま、もっとも強い感情である怒りと憎しみへと変わっていく。
「ちぃっ、引き時か」
戦線を見ながら、ガルヌがそう零した。
ティーアも帝国側が押されていることには気づいていた。
そもそも機巧人形とサジタリウス部隊が突破された時点で、帝国側が劣勢に立たされることは予測できた事態だ。
ただ帝国側の目的は、この戦争に勝利することではない。
リヴェティア、ディザイドリウムの騎士をファルール大陸に引きつけることだ。
そしてそれは充分に達成できたと言える。
戦場に間延びした音が響いた。
撤退を報せる合図だ。
それを機に帝国側の騎士たちが一斉に引いていく。
ガルヌも一目散に本陣側へ向かおうとするが、ティーアはそれを許しはしなかった。
「逃がしはしないぞ、ガルヌッ!」
ガルヌの背後から、心臓部目がけて勢いよく槍を突きだす。
わずかな重みを感じたのは一瞬。
気づいたときにはすでに相手の肉を貫いていた。
ついにガルヌを倒した。
ナトゥールを傷つけた罪を、アミカスの命を犠牲にした罪を、この男に償わせてやったのだ。もちろんそれで恨みが晴れたわけではない。
かすかな達成感があった。
しかし仲間のことを思えば、それは覚えてはならないものだ。
感情を押し殺しながら、ティーアは槍を引き抜こうとした、そのとき――。
紫結晶の長い爪を生やした手に、槍を握られていた。
ガルヌの手だ。
「なっ、どうして――!?」
「わしは殺せん」
ガルヌが首を回し、その仮面を真後ろへ向けてくる。
常人ではできない芸当だ。気味が悪い、とティーアが思った直後、仮面のそばを通って結晶の刃が眼前に迫ってきた。
ガルヌは神の矢を使いこなす。
そのことを完全に失念していた。
激昂し、冷静さを失っていたからかもしれない。
いまさら後悔しても遅かった。
ただこの場から逃げることだけを考えて飛び退く。
が、わずかに間に合わず、敵の刃に右肩を裂かれた。
血が噴出したが、傷は深くない。
すぐさま攻勢に転じようとしたが、敵との距離が空いていて攻撃が届かなかった。
距離を詰めようにも、追加で何本も神の矢を放たれ、うかつに近づけない。ついには、ガルヌが消えるように姿をくらまし、追いかけることすらできなくなってしまった。
ティーアは悔しさに顔を歪めながら、静かに地上へと下り立った。
憎しみの対象が目の前から消えたためか、急速に頭が冷えていく。
まず頭に浮かんだのはナトゥールのことだ。
彼女を傷つけられたことへの怒りで我を忘れ、ガルヌに向かってしまったが……。
ナトゥールはまだ生きていたのだ。
いますぐに彼女のもとへ行かなければならない。
そう思い、意識を周囲に向けたとき――。
ティーアは、自身を取り囲むリヴェティア側の騎士の姿にようやく気づいた。
その数は、一瞬で諦観を抱くほどだ。
ひとりの女性騎士が歩み出てくる。
彼女とは激闘を繰り広げたことがあった。
その凛々しい顔は忘れもしない。
リヴェティア王城騎士のエリアス・ログナートだ。
「どうか大人しく投降してください」
「……一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「トゥトゥは……ナトゥール・トウェイルはどうなった?」
ティーアは、アムールや教会への恨みを利用され、ガルヌに騙された結果、アミカスを売った形になってしまった。
本当に愚かだ。
もう仲間に顔向けができない。
そんな中で、自身に残されたたった一つの希望は、妹であるナトゥールの存在だけだった。彼女さえ生きていてくれれば、もうなにもいらない。
だが、その妹の姿がどこにも見当たらないのだ。
受け入れられるかは別にして、仮に死体があれば諦めもつくが、それもなかった。
つまりは回収された可能性が高い。
ティーアが一縷の望みにすがる中、エリアスのもとへとひとりの騎士が駆け寄った。
耳打ちしている。
なにか緊急の報告だろうか。
話が終わったとき、エリアスの表情が心なしか和らいだ。
「安心してください。ナトゥール・トウェイルは、彼……ベルリオット・トレスティングのおかげで一命を取りとめたようです」
「そう……か」
押し寄せた安堵感が、強張っていた全身の筋肉を一気に緩ませた。
最後にガルヌを討ち取れなかったことが悔やまれるが、こうなってしまってはもう成す術がない。
トゥトゥさえ生きてくれれば、わたしはもう……。
多くを望めない中、叶えられたたった一つの光に満たされながら、ティーア・トウェイルは投降した。
◆◇◆◇◆
ベルリオット・トレスティングは玉座の間に立っていた。
精霊の翼の解放により、人の姿へと戻ったクーティリアスとともに、目の前の光景を見つめる。
帝国が引き上げてから間もなく、王城の中は救援の騎士や救護班で溢れかえった。
瓦礫の撤去を行なう者、人命救助を行なう者。
視界の中では、いまも慌しくあちこちで人が動いている。
メルザリッテやディザイドリウム王、ジャノたちが丁重に運ばれていく。
不幸中の幸いと言っていいのか、どうやら命に別状はないらしい。
それだけ確認できれば充分だった。
もし彼らの命が失われでもしていたら、正常ではいられなかったかもしれない。
それほど、いまの自分が精神的に不安定であることをベルリオットは自覚していた。
視線を切って歩き出そうとした、そのとき――。
「すぐに帝国へ行かれるつもりですか」
視界に騎士が割り込んできた。
ユングだ。
彼はひとりの騎士に肩を貸してもらいながら、やっと立てているといった様子だった。
腹部には応急処置として巻かれた包帯。
傷口が開いたままのようで血が滲んでいくのが見て取れる。
ベルリオットは「そのつもりです」と答えながら、ユングのそばを通りすぎる。
「いくらあなたでも、一人では無茶です」
言いながら、ユングが後ろから肩を掴んできた。
いまはファルール大陸で戦争が行われている最中だ。
たとえ戦争が終わったとしても、疲労の問題から、すぐにガスペラント大陸へ騎士を向かわせるのは厳しいだろう。
それゆえの「一人で」というユングの言葉だった。
もちろん、ベルリオットはそれを承知の上だ。
そして無茶であることも理解している。
単身でガスペラント大陸に乗り込めば、何千、何万という騎士を相手にしなければならない。それに帝国は黒導教会と深く結びついているのだ。どんな脅威が待ち受けているのか予想できない。
そしてなにより、あのデュナム・シュヴァインという男。
剣を交えてみたが、底が知れなかった。
正直、勝利までの道筋が明確に見えない。
それらすべてを考慮すれば、ユングの言葉が正しいことは明白だ。
ただ、そんなことはわかっている。だが、行かなければ、デュナムの手からリズアートを救えない。
「なら、どうしろっていうんだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
ユングに怒りを向けるのは間違いだ。
それはもちろんわかっているが、いまは、自身の前に立ちはだかるものすべてが鬱陶しいと思えた。
「……すみません。けど、俺は行かないといけないんです」
湧きあがってくる怒りの感情を押し殺しながら、ベルリオットはなんとか言葉を紡いだ。
肩に置かれたユングの手から逃れるように歩きだす。
「わたしは、強大な力を持つあなたを利用していた!」
ふいに、ユングの叫び声が辺りに響いた。
ベルリオット思わず足を止め、振り返る。
と、そこには苦しむような表情を見せるユングの姿があった。
彼は全身を震わせながら、己の罪を告白するかのように胸中を吐露する。
「あなたを英雄として祀り上げることが、このリヴェティアの、ひいてはこの狭間の世界のためになると思ったからです」
これまでユングの采配には色々と思うところが多くあった。
最たる例は、ベルリオットが王城騎士の序列九位に昇格したことだろう。
いくら圧倒的な力を持っていたとしても、つい最近まで訓練生だった者が、そこまで駆け上がることなんて異例中の異例だった。
ただ、それも、すべてはベルリオットを英雄とするためだったという。
納得はできた。だが、それ以外に思うことはなにもなかった。
「英雄なんて称号はどうでもいい。俺はただ、あいつを……リズを取り戻したい。ただ、それだけだ」
本日はガラトの日――ガスペラント大陸の《安息日》であり、いまはもう落下してしまったシェトゥーラ大陸の《災厄日》となっている。
つまり明日がディザイドリウム、明後日がリヴェティアの《災厄日》だ。
そして《運命の輪》から大陸を浮かす原動力である《飛翔核》にアウラを注ぐのは、対象となる大陸の《災厄日》にしかできない。
――あと二日。
それまでにリズアートを助け出せなければ、リヴェティア大陸は落ちる。
「……一日」
ユングが、ぼそりと口にした。
続けて彼は、瞳に強い意志を宿しながら告げる。
「どうか一日だけ時間を下さい。その時をもって、このユング・フォーリングスがあなたを全力で支援させていただきます」




