◆第十五話『白煌砲―ラディス・ヴィア―』
ひりひりと肌が焼けるような痛みに襲われ、リズアートは目を覚ました。
世界が傾いている。いや、違う。
どうやら自分が横たわっているだけのようだ。
身体の節々が痛む中、ゆっくりと身を起こした。
辺りを見回すと大小様々な瓦礫が散乱しているのが目に入った。
やがて、ここが玉座の間であることを理解する。次いで、この惨状が作り出される直前のことを思いだしていく。
突如として帝国の巨大飛空船から放たれた白い光線が王城を襲った。
玉座の間を直撃していてもおかしくない軌道だった。
だが、リズアートは現に生きている。
改めて周囲を確認してみると大きく破壊されたのは天井だけだ。
発射前に射線上に躍り出たメルザリッテが、軌道をずらしてくれたのかもしれない。
そうだ……メルザさんは……みんなは……?
先ほどから視界内には誰も映っていない。
まさか、と最悪の事態を想定したとき、背後から衣擦れの音が聞こえた。
振り向くと、少し離れた場所に倒れたメルザリッテの姿が目に入った。
「メルザさんっ」
リズアートは急いで立ち上がった。
メルザリッテのそばに駆け寄り、その身を抱きかかえる。
肌のあちこちに痛々しい傷が見られた。
彼女の可愛らしいメイド衣装も見る影もないほどにぼろぼろだ。
メルザリッテがうめき、力なくまぶたを持ち上げる。
「リズアート様……お逃げ、ください……」
彼女が生きていたことに心の底から安堵した。
同時に自分が迫られている問題を突きつけられ、胸を締めつけられるような想いに見舞われた。
先ほどまでは、急襲を受けながらでも、メルザリッテがいる限り身の安全は保障されると思っていた。それほどまで彼女の強さは圧倒的だったからだ。
そのため、逃走の選択はすぐに消したのだが……そのメルザリッテが白の光線によって倒れてしまった。
つまり、もう護ってくれる存在はいなくなってしまったのだ。
まだほかにもいるかもしれない生存者を見捨て、逃げるなんてことはしたくない。
だが王として、死ぬわけにはいかないのだ。
死ねば、飛翔核にアウラを注ぐことができなくなり、リヴェティア大陸を落とすことになってしまう。それだけは避けなければならない。
リズアートは思い切り下唇を噛んだ。
感情を押し殺し、逃げることを決意する。
せめてメルザさんだけでも……!
それは自身の感情に折り合いをつけるための、小さな抵抗だった。
リズアートはメルザリッテを抱く手に力を込め、飛び立とうとした、そのとき。
視界に多くの人影が割り込んできた。
黒基調の軽装に身を包んでいる。彼らは帝国騎士だ。
一瞬にして取り囲まれ、リズアートは退路を断たれてしまう。
見たところ全員が紫の光。
戦ったところで勝ち目はない。
ふいに近場に一機の飛空船が降りてきた。
側面に帝国の紋様が描かれている。
「勇ましいことだな。一国の女王にしておくには惜しい存在だ」
中からひとりの男が現れた。
彼が着ているのは帝国騎士と同じ黒い軽装だが、少しゆったりとした装いだ。
中性的な顔つきや青白い肌、胸元まで伸びたさらさらの髪が目につく。
彼は帝国の宰相を務める――。
「あなたは……デュナム・シュヴァイン……!」
「これはこれは。わたしの名を覚えていてくれたとは光栄だな」
「各国の数ある重要人のひとりとして、ね」
「連れないお方だ」
気取ったように笑む彼の態度が、リズアートは憎らしいと思った。
現状に対する不満があふれ出る。
「シグルとの大戦はもう間近に迫ってるのよ。こんなことをしている場合じゃないっていうのに、ガスペラント王はなにを考えて――」
「滑稽だな。実に滑稽だ」
突然、彼が堪えきれないといったように笑い声をあげる。
「……なにがおかしいの」
「いや、すまない。そうか、他国では帝国がまだあの男のものであると思われているのだったな」
「どういうこと……?」
「ガスペラント帝国は、いまやそのすべてがわたしの手の中にある。この戦いに、あの男の意思など介在していない」
伝えられた事実に、リズアートはすぐに理解が追いつかなかった。
ガスペラント王ならば、今回のような戦争をしかけてきてもなにも不思議には思わなかった。それほどまでに、七大陸王会議においての彼の態度があまりにも傲慢だったからだ。
だが、裏で糸を引いていたのはデュナムだったという。
これまで帝国に向けていた漠然とした敵対心が、リズアートの中で一気に彼へと収束していく。
そんなこちらの心の内を嘲るように、デュナムが言う。
「あなたを迎えに来た。リヴェティア王よ」
「……人質にでもするつもり?」
「人質? とんでもない。わたしは、あなたと生涯をともにしたいと思っている」
七大陸王会議のときに、値踏みするような嫌らしい視線を向けられている気がしたが、どうやら思い違いではなかったようだ。
リズアートは拒否の意を瞳に宿しながら、相手を睨めつける。
「ふざけたことを言わないで。誰があなたなんかと」
「嫌われたものだな。しかしわからないな。あなたと個人的に接触したことなど一度もないのだが」
「あなたのことは初めて見たときから嫌いだったわ」
「わたしと同じように、あなたもわたしを意識してくれていたということか」
「そういうところが気持ち悪いの」
「……ふむ。これは難航しそうだな。だが、わたしとしても簡単に引き下がるわけにはいかないのだよ」
言って、デュナムが視線を外した。
それからリズアートを取り囲む兵士の前を、ゆっくりとした足取りで歩きはじめる。
「リヴェティア王よ。あなたは、いまの狭間の世界に疑問を抱いたことはないかな。決して広いとは言えないこの世界に王が七人もいるなどと」
「王がいなければ大陸が存在できないこと、あなたが知らないわけではないでしょう」
「もちろんだとも。だが、大陸を浮遊させる役割を持つ者が、なにも大陸を統治する必要はないだろう?」
「たしかにそこに必要性はないかもしれない。けれど、シグルという明確な敵がいる中で、その役割を持つ者が守られる環境は必要であったと考えるわ」
「つまりあなたの考えは、王が王になったのは、統治するためではなく自身を守るためであった、と」
「そういうことになるわね」
「なるほど、そのように捉えれば一概に利己的とは言えないな。とはいえ、現状の体制を肯定する理由にはならない」
「長く続けられてきた慣例が、いつしか侵してはならないものへと変わったのでしょう。それをいまから変えるというのは、いささか無理があるわ」
「ならばどれだけ時間がかかろうとも変わるべきだ。新たな争いを起こさないためにも」
「あなたがよく言えたものね」
「わたしが起こさなくとも必ずどこかで人は他者との共存を拒み、不満を爆発させていたはずだ。それほどまでに、国というものは人と人との間に隔たりを生む」
デュナムが足を止め、リズアートへと向きなおる。
「人が一つになるためには七人の王など不要だ。しかし、民衆は支配を望んでいる」
「その支配する者に、あなたはなろうとでも言うの?」
「そうなればいいのだが、残念ながらわたしには力があっても、支配者たる名誉、栄光がない」
だから王の血を引くあなたが必要なのだ、と。
デュナムはそう瞳に意思を込めて、見つめてきた。
「わたしは、この滅び行く運命にあるこの世界の英雄となる。そしてあなたには英雄のそばで咲く一輪の花となって欲しい。……どうかな?」
「さっきも言った通り死んでもいや。それになに? 一輪の花って。ただあなたのそばに控えて、望まれるがまま笑っていろとでも言うの? ふざけないで。わたしはあなたの道具になんてなるつもりはないわ」
リズアートはまくし立てるように言い放った。
デュナムに動じた様子はない。
そればかりか口もとを吊り上げた。
「いい、いいぞ……その強気な態度、ますますあなたが欲しくなった、リヴェティア王よ」
狂っているとしか思えない。
この男にはなにを言っても無駄だ、とリズアートは本能的に感じた。
気丈に振る舞い続けていた心が初めて恐れを抱いた、そのとき。
突如として周囲から悲鳴があがった。
何ごとかとそちらに視線を向けたとき、濃紫の光を纏った騎士が、帝国騎士の一角へと斬りこんでいくのが映った。
眼鏡をかけ、長身白皙といった風貌の彼はユング・フォーリングス。
リヴェティア騎士団の団長を務める騎士だ。
ユングは帝国騎士をなぎ倒し、デュナムと対峙するようにリズアートの前へと陣取った。
「ご無事ですか、陛下ッ!」
「ユング……っ!?」
彼の服はぼろぼろだった。
ここまで来るまでに相当な死線をくぐってきたことがうかがえる。
いきなり現れたユングへと、周囲の帝国騎士が一斉に斬りかかろうとした。
だが、デュナムが右腕を振り、それを制す。
「こうして向かい合って会うのは久しぶりだな、ユングよ」
「……久しぶり?」
デュナムの放った言葉に、リズアートは思わず聞き返してしまった。
彼らは七大陸王会議で出会っている。
久しぶり、という言葉はおかしくない。
ただ、そのときの彼らは一度も言葉を交わしていなかった。
にも関わらず、デュナムのこの親しげな態度……。
デュナムがユングへと訊く。
「なんだ、彼女に話していなかったのか」
「どういうことなの、ユング」
ユングは黙り込んだまま、なにも答えない。
それがリズアートの猜疑心を強めていく。その表情を見て取ったからか、デュナムが格好の得物を見つけたとばかりににやりと笑った。
「言えなかったのも無理はないかもしれないな。敵対国の宰相であるわたしと昔なじみなどという事実は」
初めて聞いた話だった。
いくら臣下とはいえ、その交友関係のすべてを把握することなど難しい。
ただ、その相手がデュナムであったという事実は見逃すにはあまりにも大きな問題だ。
なにしろ彼は、いまや帝国の実権を握る男だ。
もし二人の繋がりが真実であれば、ユングに間諜の疑いがかけられてもおかしくはない。
リズアートは恐る恐る訊く。
「本当なの、ユング」
「……はい」
嘘であって欲しかった。
もちろん、二人が繋がっているという事実だけでは裏切り者であるとは断定できない。
だが、そうであると思って彼を見なければならなくなる。
こちらの動揺を見て、デュナムは楽しんでいるようだった。
そして、わずかに目を伏せ、芝居がかったように語りはじめる。
「懐かしいな。あれは親に連れられ、ティゴーグに逗留していたときだったか。出入りしていた図書館で、わたしはユングと出会ったのだ。初めは無表情で面白くない奴だと思ったが、なかなかどうして。話してみれば、わたしと同じ目線を持っているではないか」
彼は嬉々とした表情で話しを継ぐ。
「馬鹿な話しかしない同世代の者ばかり見てきたからか、わたしは心躍ったよ。これまで胸の内に溜めていたものを吐き出すように、ユングと話し、またユングもそれに応えてくれた。そうして討論にも似た話し合いを繰り広げていたときだ。わたしたちに興味を持ったというある男が、一冊の本を差し出してきたのだ」
充分に間を置いてから、その言葉を紡ぐ。
「その本の名は《創世の書》。あいにくと本物ではなかったようだが、それは重要ではなかった。そして男は、その本を見せると同時に、あることを教えてくれたのだ。……この狭間が滅ぶ運命にあることをな」
ある男とはいったい誰なのか。
《創世の書》とはいったい何なのか。
リズアートは疑問を抱いたまま、デュナムの話に耳を傾けつづける。
「馬鹿な話だと思った。恐らくいまのわたしが訊いていたら信じなかっただろう。だが、純真な心を持つ子どもだったたからか、わたしもユングも疑うことはしなかった。そしてそれは心の底に植えつけられた」
当時は真偽の判断がつかなかったにしろ、彼らは大陸が落下することを幼少の頃から知っていた、ということになる。
そのときから、デュナムは英雄になるため、帝国の実権を握る画策を始めたのかもしれない。そう考えれば、彼の現在に至るまでの手際の良さに納得ができる。
対するユングは、滅びのときを前にして、なにを思い、成してきたのだろうか。
考えてみたものの、リズアートにはまったく想像がつかなかった。
なにしろ彼は普段から、あまり他人に感情を読み取らせないようにしている。
わざとなのか、はたまた天然なのかはわからない。
だが、そのせいでいつも不信感を抱かせられていた。
そして、それはいまも同じである。
「それからわたしたちは会うたびに語り合った。一度として意見は合わなかったが、狭間の世界を救うためにあらゆる手段を模索した。残念ながら結論は出ず、別れのときは来てしまったのが……それ以来だ。わたしたちが交流を持つようになったのは」
語り終えたデュナムが、ユングへ向かってゆっくりと手を差し出した。
「ユングよ。わたしのもとへ来る話、考えてくれたかな。お前がいれば、わたしによる人類の統治は、より強固で揺ぎ無いものとなる。そしてシグルが相手でも人類は必ずやうち勝つことができるだろう」
ユングは思案しているのか、少しの間、微動だにしなかった。
やがて左手で眼鏡の位置を調整したあと、彼は静かに話しはじめる。
「きみは誰よりも強く、聡い。わたしが英雄と定める理想とほぼ合致する」
「ユングっ!」
「――だが、わたしが英雄にもっとも必要だと思うものが、きみには欠けている」
ユングがデュナムの話に乗るのではないかと勘違いをして、リズアートは思いとどまるようにと彼の名を叫んでしまった。一瞬でも彼を疑ってしまったことが恥ずかしい。だが、いまはそれ以上に安堵の感情が勝った。
ユングの言葉に、デュナムが「ほう」と関心を示す。
「わたしに欠けているもの、か。興味深いな、是非聞かせてくれ」
「……他者を思う心。きみにはそれがない。すべての行動が自分のためだけにある」
「心外だな。わたしは滅び行くこの世界を救うために動いている」
「それが、いまのこの現状だというのなら、やはりきみは英雄になるべきではない」
言って、ユングが剣を握る手にぐっと力を込めた。
「残念だよ、ユング」
デュナムが落胆したのを見計らい、周囲の騎士たちが身構えた。
いつ襲いかかられてもおかしくない状況だ。
リズアートに背を向けたまま、ユングがひそめた声で話してくる。
「陛下、わたしが仕掛けたのを合図に、ここからお逃げください」
「ユング……!?」
すぐさまユングが動きだした。
周囲の帝国騎士へと斬りかかり、一人、二人と倒していく。ユングは決して弱くない。だが、相手は全員が紫の光だ。数的に見ても長くは持たないだろう。
――ユングの決死の覚悟を無駄にするわけにはいかない。
リズアートは考えることを放棄し、メルザリッテを抱いたまま飛翔した。
行き先は西方、ファルール大陸側だ。
ファルールにたどり着きさえすれば、彼が――。
「まさか逃げられると思ったのかな」
「なっ!?」
すっと横合いから現れたデュナムに回り込まれ、前を塞がれた。
彼は紫の燐光に包まれ、手には血みどろの剣が握られている。
「どうして……ユングは――」
「奴なら、そこで寝ている」
言って、デュナムが顎でしゃくるようにある一方を示す。
その先の光景を目にし、リズアートは目を瞠った。
ユングが血まみれになって地に伏していたのだ。
彼はその知力を買われて団長に任命されたものの、エリアスに近い戦闘能力を持っていたはずだ。それなのに、あっさり負けてしまったというのか。
倒したのは間違いなくデュナムである、とリズアートは本能で感じとった。
彼は今こそ宰相の座に就いているが、過去、騎士として優秀で将来を有望視されていたという。そのため彼の強さは未知数であったが……まさか、ここまでとは思いもしなかった。
「出来ればあなたには手をあげたくない」
「……あんなものを撃っておいて、よく言えるわね」
「そもそもあれは、メルザリッテ・リアンを無力化するために撃ったものだ。決してあなたを傷つけるために撃ったわけではない」
――リズアートを狙えば、メルザリッテがかばう。
つまりそれを確信したうえで、巨大飛空船の白の光線を撃ったということだ。
もしかばわなかったら、という仮定の話はおそらくデュナムにはないのだろう。
「先ほどあなたを人質にするかどうか、という話をしたな。あの話だが……あなたではなく、彼らを人質にとるとしよう」
デュナムが眼下の帝国騎士に手振りで合図を送る。
と、先ほどまで見当たらなかったディザイドリウム王やジャノ、ホリィたちが連れられてきた。三人とも気を失っているようでぐったりとしている。
その彼らに帝国騎士たちが剣を突きつけた。
リズアートはデュナムを睨みつける。
「卑怯者……!」
「なんとでも言うがいい。目的が達成されるのであれば、その途上になにがあろうと問題ではない」
人質にされた彼らが目の前で殺されたとき、リズアートは理性を保っていられる自信がなかった。そもそも拒否したところで逃げ切れるわけではないのだ。
どうしてわたしには力がないの……!
自身の力のなさを恨みながら、リズアートは、いま答えられるたった一つの言葉を口にした。
「……約束して。みんなには手を出さないって」
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「丁重にな。傷つけた者は命がないと思え」
リズアートは、帝国の巨大飛空船内に入るなり拘束された。
後ろに回した両手首に鎖をかけられたあと、肩甲骨を覆うように鉄板を取りつけられる。
鉄板は、取りこんだアウラを放出させないための処置だ。
先導するデュナムに続き、リズアートは船内を歩く。
中は無駄な装飾などなかった。
ただ効率を求めて造られた構造といった様子だ。
そのせいか、どこか冷たさを感じた。
「どうかな。この飛空戦艦は」
デュナムが自慢するように言った。
リズアートがなにも答えずにいると、彼は面白くないといったように鼻を鳴らす。
少し幅の狭い通路に出た。
やけに明るい。
欄干で区切られた向こう側、下方から白い光が漏れている。
覗きこむと、玉座の間ほどの広間に鎮座する巨大な結晶塊が映った。
風を切るような音を漏らすそれは、大陸浮遊の原動力――まさしく飛翔核だ。
「驚かないようだな」
「あのアウラを見たときから薄々感じていたから」
どこから飛翔核を持ってきたのか。
リズアートは、すぐにその答えに辿りつく。
「シェトゥーラのものよね」
「そうだ。きみたちがメルヴェロンドでの戦いに気を取られてくれたのでな。簡単に手に入ったよ」
「リヴェティアを攻めるためだけに、シェトゥーラを落として、こんなものを造るなんて……」
「人類が生き残るための必要な犠牲だ」
犠牲、という言葉を放つには、彼の顔にはあまりにも感情がなかった。
それからリズアートは入り組んだ通路を経て、艦橋と呼ばれる場所に連れられた。
前面と側面のほとんどが硝子張りだ。
外の様子が広く見ることができた。
硝子の下では、帝国騎士と思しき者たちが十人。
飛空船を操縦するときと同様、彼らは水晶にアウラを通わせていた。
おそらくあそこで飛空戦艦を動かしているのだろう。
艦橋の中央には、玉座にも似た豪奢な椅子が置かれていた。
そこへデュナムがゆっくりと腰を下ろすと、前方の騎士たちへと声をかける。
「撤退状況はどうなっている」
「ほぼ完了しております」
「ではこれより我らがガスペラント帝国へ戻るととしよう。――と、その前に」
デュナムが目を細め、冷酷な表情をすっと浮かべた。
「リヴェティア王城へ向けて、白煌砲を撃て」
「白煌砲……? もしかして――」
「その通り、先ほど撃った白の光線のことだ」
「約束と違うじゃない!」
「対等ではない状況で結んだ約束など守るに値しない」
このデュナムという男に慈悲はない。
わかっていながら、少しでも信じてしまったことを激しく後悔した。
もうメルザリッテは助けてはくれない。
ふたたび放たれれば、王城はひとたまりもないだろう。
「……やれ」
「お願い、それだけは――!」
リズアートが叫び声を上げた、直後。
一瞬にして視界が白の光で埋め尽くされた。
目を瞑った。
まぶしかったからではない。
ただ、自身の愛した王城が、仲間が失われるさまを見ていられなかったのだ。
やがて目蓋の上からでも届いていた発光が消えた。
ただ、なにか様子がおかしい。
なにも音が聞こえなかったのだ。
いかに距離が離れていようと、あれほどの威力を持った攻撃が当たれば、凄まじい轟音が耳に届いてもおかしくない。
リズアートは勇気を出し、ゆっくりと目蓋を上げた。
そこに、王城は残っていた。
見たところ白煌砲が撃たれる前となにも変わっていない。
いったいなにが起こったのか。
その答えは、視界の中ではきらめく青の光が示してくれた。
ファルール大陸にいるはずの彼が、どうしてそこにいるのか。
そんな疑問は、いまの自分にとって重要ではなかった。
ああ、来てくれた。
また翔けつけてくれた。
あなたはどうしていつも……!
深い絶望にあった心が風に吹かれたように舞い上がっていく。
同時に、苦しいほどに胸が高鳴った。
ベルリオット……!
その名を心の中で口にしたとき、目から涙があふれ出た。
王として気丈に振舞わなければならない。
臣下を見殺しにしてでも生きねばならない。
押し殺していた感情が一気にあふれ、リズアートは嗚咽を堪えるのに精一杯だった。
「ベルリオット……トレスティングだと……?」
デュナムも初めは驚いた様子を見せていた。
しかし、その表情はだんだんと勝ち誇ったような笑みへと変わった。
「だが、もう遅いッ……!」




