◆第十四話『飛空戦艦―ドストメギオス―』
殺風景な部屋の中。
紙がめくられる音、筆の滑る音だけが静かに響く。
メルザリッテ・リアンはリヴェティア王城の執務室にいた。
淡々と執務をこなすリズアートのことを、部屋の隅から見守っている。
ほかには誰も居ない。
メルザリッテも下がっていいと言われたが、断った。
彼女の護衛を務める立場上、離れることは好ましくないからだ。
リズアートはいま、書類に目を通している。
ただ、先ほどからたびたび視線が止まることがあった。
ここ数日の彼女の働きぶりを見ていると、それが異常であることがわかる。
どうやら気が散っているようだ。
「少し休まれてはいかがですか?」
「そうね……ん~っ!」
伸びをしたあと、リズアートが立ち上がった。ゆっくりとした足取りで背後の窓へと向かう。硝子の先を見つめるその目は、遥か遠くへ向けられている。
「会談、どうなってるかしら」
「そろそろ終わってもおかしくない頃合ですね」
「何ごともなければいいけれど……」
本日、ファルール大陸にて、帝国側との休戦交渉が行われている。
結果がどう転ぶのか。帝国側が無茶な要求をしてくるのは間違いないが、リヴェティアを初めとした同盟側にそれを呑む理由はない。
そもそも両者ともに余力を残している。
平行線を辿ることは間違いないだろう。
それが予測できないほど帝国側も馬鹿ではないはずだ。
その上で会談を行うというのだから、なにか良からぬことを裏で企んでいる、と邪推してしまうのは無理もない話である。
沈黙が続いた。
重いわけではない。
ただ、なにかを話さなければならないという義務感に駆られた。
「リズアート様は我々がアムールであることを知って、どう思われましたか?」
話す内容を頭の中で考えたわけではない。
無意識に口から出た言葉だ。
振り返ったリズアートが目を瞬かせる。
「……いきなりどうしたの?」
「いえ、少し気になりまして……答えづらいようでしたら捨て置いてください」
これまでアムールの話題には触れないようにしていた。
リズアートもまた同様に触れてこなかった。
気遣ってくれたのかもしれないし、単に興味がなかったのかもしれない。
いずれにせよ、二人きりのときでは初めて話す内容だ。
リズアートがふっと柔和な表情を浮かべると、少しおどけたように語りはじめる。
「もちろん初めは驚いたわ。だって神様って聞かされてきた存在が身近にいたのよ」
「人が神として崇めているだけであって、正確にはアムールは神などではないのです……」
「それでも尊ばれる存在であることには変わりないわ」
やはり彼女もアムールを特別視しているのだろうか。
メルザリッテが落胆にも似た思いを抱いたとき、「けれど」とリズアートが話を継いだ。
「少し時間が経って……冷静になってから思ったことがあるの。だから、なんだろう? って。だって、わたしとなにも変わらないんだもの」
言いながら、リズアートが歩み寄ってきた。
彼女の手にメルザリッテの両手が優しく包みこまれる。
「あなたたちと過ごした時間。それほど長くはなかったけど、ただただ楽しかった。それこそ、これまでわたしが過ごした時間の中で一番って言ってもいいくらいよ」
その楽しかった時間に、アムールであるかどうかは問題ではなかった、と。
つまりは、そう言いたいのだろう。
相手を思いやれる優しい子だ。
いや、心の底からそう思えているからこそ、生まれた考えと言える。
わずかな逡巡の後、メルザリッテはゆっくりとその言葉を口にした。
「リズアート様……聞いていただけますか? わたくしと、ベル様のことを――」
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「そんなことが……」
メルザリッテが話し終えたとき、目の前のリズアートが神妙な面持ちでそう零した。
長話になったため、途中から執務机前に置かれた椅子に座っていた。
互いに向かい合う格好だ。
大まかではあるが、話せることは話した。
時間短縮のため、ライジェル・トレスティングに関することは省いたが、ほかはベルリオットに話した内容とほとんど大差ない。
「お願いがあるのですが……ベル様は、このことを隠したくて隠していたわけではないのです。ですからどうか、ベル様を責めないでください」
「そんなことするわけないじゃない。仮に隠していたとしても、責めるつもりなんてないわ」
「ですが、我々は正体を明かさずにあなた方と接して――」
「そうだとしても、わたしたちを守るために狭間の世界に来てくれたんでしょう? そんな人を批難することなんて出来ないわ」
「リズアート様……」
たしかにもっともな言い分かもしれない。
ただ、彼女の言い分が眩しいほどに真っすぐで、メルザリッテは思わず心を揺さぶられた。
「ただ、一つだけ心配なことがあるの」
「心配事……ですか」
「さっき話したことに戻るけれど。多くの人にとってアムールが特別な存在であることは間違いないわ。そしてその特別な存在……アムールであることを彼は明かした。当然、彼は尊ばれ、やがて侵してはならない存在へと昇華すると思う。ただ、そうなったあとに待っているのは……」
「孤立、ですか」
そう問いかけると、リズアートがこくんと頷いた。
「わたしもね、同じような境遇で育ったからすごくわかるの。もちろん、お願いすれば友達であるかのように振舞ってくれる人はいたわ。けれど、やっぱり目に見えない壁っていうのが感じられるのよ」
リズアートは、生まれてから常に王族という尊ばれる存在であった。
高すぎる身分が生み出す孤立。
それを彼女は嫌というほど味わったに違いない。
「でも、彼は……ベルリオットは違った。わたしのことを王としてではなくて、ひとりの人間として見てくれたの。わたしには、それがすごく嬉しかった」
大切な思い出を呼び起こそうとしているのか。
それとも忘れないようにしまい込もうとしているのか。
彼女は目を瞑りながら、両手を胸にそっと当てた。
「だからわたしも……彼をアムールとしてではなく、ひとりのベルリオット・トレスティングという人として、これからも接していきたいと思ってるわ。……彼が、彼のままでいられるように」
リズアートが、ベルリオットのことを大事に想っていることがひしひしと伝わってきた。
これまでメルザリッテは、リヴェティア大陸の王としてリズアートを重要視する反面、彼女本人に価値を見出していなかった。ただこれはリズアートだけに当てはまることではなく、人類すべてに対してである。
だが、いま、ベルリオットが狭間の世界に来た経緯、そしてその正体を知ったときの彼女の対応に、メルザリッテは見る目を一変させられた。
態度を変えないばかりか、ベルリオットの居場所を作り、また守ろうとしてくれている。
この方は、これからもきっとベル様の力になってくれることでしょう。
メルザリッテは胸の中が温かいもので満たされ、思わず笑みが零れた。
心に余裕が生まれたからか、ふと悪戯心が働く。
「それはつまり、ベル様をリズアート様の伴侶として迎える、ということでよろしいでしょうか?」
「…………えっ?」
リズアートが目をぱちくりとさせた。
すぐに意味が理解できなかったのか。
何度も何度も瞬きを繰り返す。
と、彼女の顔が一気に赤らんだ。
「え、あ、あっ。そういう意味ではなくて。良き友人として、わたしは――」
「あらあら、リズアート様がそのような反応をされるなんて……」
「べ、別にわたしは慌てているわけではなくて、ただメルザさんが変なことを言うから誤解されないようにっ!」
あたふたと手を泳がせながら彼女は口早に喋る。
思った以上の反応に、メルザリッテは楽しくなって思わず調子に乗ってしまう。
「このメルザ、ベル様をお婿に出すのは胸が酷く痛みますが……お相手がリズアート様なら――」
「ちょ、ちょっとメルザさんっ! う~……彼の気持ちが少しわかった気がするわ……」
いまだほんのりと耳を赤く染めながら、リズアートが困った表情を浮かべる。
王として国を背負って立つ運命にあったからだろう。リズアートは妙に大人ぶっているところがあったが、こうしてみれば年頃の少女となんら変わらない。
メルザリッテは思わずふっと笑みを零す。
と、ふいに扉の向こう側から慌しい足音が聞こえた。
メルザリッテはすぐさま立ち上がり、すっとリズアートの後ろに控える。
こんこん、と扉が叩かれた。
リズアートの返答で中に入ってきた政務官が簡易的に頭を下げると、口を開く。
「申し上げます。ファルール大陸にて行われていた休戦交渉中にシグルが出現。それを機に帝国側が侵攻を開始し、大陸北部で双方睨み合いの格好になっているとの報告が入りました」
「やっぱり……ね」
そう口にしたリズアートに、あまり驚いた様子は見られなかった。
与えられた情報から、どのような形であれ帝国が侵攻してくることは充分に予測できたことだ。結果を知ったいまでは、必然だったと言える。
ただ一つだけ気になることがあった。
リズアートもそれだけが解せなかったようで、難しい顔をしている。
「見計らったようなシグルの出現だけれど、それは黒導教会が加担していたということ?」
「そのあたりの事実確認はとれていない模様です」
「そう……伝令がリヴェティアにたどり着くまでの時間を考えれば、すでに開戦されているでしょうね」
「おそらくは」
「とにかく情報を整理するのが優先ね……みんなを会議室に集めて」
「かしこまりました」
そう言い残すと、政務官が足早に退室する。
「メルザさん、わたしたちも会議室に向かいましょう」
「はい」
メルザリッテは、リズアートに続いて廊下へと出た。
直後――、
「陛下ッ!」
アウラを纏った騎士が、切羽詰った様子で飛んできた。
王城内でアウラを纏って飛行することは禁止されている。
許されるのは急を要するときのみである。
目の前で慌しく片膝をついた騎士を前に、リズアートが顔を強張らせる。
「何ごと?」
「北東の空に、帝国の旗を掲げた巨大飛空船を確認。王都に向けて侵攻中とのことです!」
リズアートが息をのんだ。
「帝国って……そんなはずはないでしょう? ディーザ側は大陸二つ分も距離があるのよ」
「で、ですが現に……」
「北東の防衛線は?」
「連絡が取れません。おそらく、すでに……」
騎士は言葉を濁した。
おそらく壊滅したのだろう、とメルザリッテは思った。
「現在、ユング団長の指示でこれの排除に当たっていますが、サジタリウスと思しき攻撃が放たれ、接近が難しい状況です」
リズアートがいきなりアウラを纏い、飛び立っていく。
おそらく自分の目でたしかめに行ったのだろう。
彼女の背を見失わないよう、メルザリッテは後を追った。
リズアートがアウラを散らし、足をつけたのは、中庭を見下ろせる第三階層の回廊に着いたときだった。
そこは天井がないため、見晴らしがいい。
「なんなのあれ……巨大なんてものじゃない……」
リズアートが絶句していた。
メルザリッテは彼女の隣に下り立つと、同じように北東の空を見つめた。
瞬間、思わず目を瞠ってしまう。
城と思えるほどに巨大なものが、王都の外周辺りに浮いていた。
あれが報告にあった帝国の巨大飛空船に間違いないだろう。
全体的に縦長の形状。
ただ翼を思わせるものが両側面から延びている。
前面中央に、塔をそのまま横倒しにしたような、巨大な円筒形のなにかが見られた。
圧倒的な存在感に、メルザリッテはまるで常に胸をえぐられるような気分に陥る。
背面部分には、鉤爪のようなものが横並びに幾いくつも取りつけられていた。
それは後部から下へしなるように伸び、先端が前方へ反り返る。
ふいに、その鉤爪の内側が根元から先端へ向かって明滅しだした。
それをなぞるように灰色の球が凄まじい速度で滑り、射出される。
数は十程度。それらが瞬く間に王城まで到達。
あちこちに激突し、轟音を鳴らす。
その内の一つが、中庭に落ちてきた。
「リズアート様っ!」
メルザリッテは瞬時にアウラを纏い、リズアートを庇うように球との間に割って入った。
地表に激突した灰色の球の周辺は、衝撃で窪んでいる。
突然、球の一面がぱかりと開いた。
中から人形のようなものがのそり、と出てくる。
そのとき、メルザリッテは自身の赤いアウラが緑へと変色したのを捉えた。
おそらくあれが、報告にあった帝国の機巧人形で間違いないだろう。
機巧人形が視線を上げ、睨めつけてくる。
表面は無機物であるはずなのに、獲物を狙う獣のような獰猛さを感じた。
とにかく、このまま機巧人形の影響下にいては掴まる可能性が高い。
距離を取るのが先決だ。
「失礼いたします」
メルザリッテは肩、膝裏に腕を通す形でリズアートを抱きかかえた。
巨大飛空船間から遠ざかるため、南側へと飛翔する。
それを合図に機巧人形も動き出し、追いかけてきた。
通路を破壊しながら、跳躍を繰り返す。
機巧人形が滞空できないという情報はたしかなようだ。
その優位性を活かし、メルザリッテは徐々に距離を空けていく。
巨大飛空船から、なおも球が射出されているようだった。
あちこちに球が落下し、轟音を響かせる。
先ほどとは違って球は黒色だ。
中から現れたのは機巧人形ではない。
帝国騎士がぞろぞろと飛びだしてきた。
全員がアウラを纏わずに実在の武器を持っている。
機巧人形の周囲ではアウラが使えないという。
その対策といったところか。
メルザリッテは、視野を確保できる広い場所を探し、見つけた。
天空の間だ。
そこは玉座の間に隣し、前庭を見下ろせる場所にある。
天空の間にリズアートを下ろす。
同時、背後側から壁が瓦解する音が聞こえた。
機巧人形が玉座の間の壁を突き破ったのだ。
機巧人形の影響下に入らない程度には距離が離れている。
メルザリッテは試しに戒刃逆天を使おうとしたが無理だった。
意識が機巧人形の足もとまで届かない。
代わりに神の矢を放った。
虚空を突き進み、機巧人形の影響下へと侵入する。
赤から黄色に変色したところで相手に当たった。
衝撃は伝わったようだが、わずかに傾いただけで傷はまったく与えられていない。
なるほど。黄の光は維持できるようですね。ならば――。
底を抜いた、円錐形状の神の矢を二つ生成。
先に一つを放ったあと、その後を追わせるように二つ目を放った。
二つの結晶が重なった格好で機巧人形の間近まで迫る。
先に放たれた結晶は黄色まで落ちたが、後に放った結晶はまだ紫色までしか質が落ちていない。
機巧人形の胸部に二つの結晶が激突。
わずかに傷をつけ、上半身をのけぞらせた。
「いまの……?」
リズアートが驚きの声をあげていた。
どうやら外側に囲いを造ってやれば、アウラの質が落ちるのを和らげられるようだ。
それがわかっただけで充分だ、とメルザリッテは思った。
「すぐにあれを排除します」
十ほどの円錐形状の神の矢を生成し、速度に差をつけ、すべてが重なるように放った。
直後、メルザリッテは造り出した一本の大きめの剣を手に、自らも機巧人形へと突っこむ。
「メルザさんッ!?」
リズアートの声が響いたのと同時、神の矢はほとんどが紫以上の質を保ったまま機巧人形の腹部に到達した。
機巧人形が両手で神の矢を受け止める。ガリガリ、という摩擦音が響く中、メルザリッテは結晶の中を突き進み、機巧人形へと接触。勢いのまま鋼鉄の体を貫いた。
背後で機巧人形が倒れる音を聞き、メルザリッテは振り返る。
と、目を見開いたリズアートの姿が映った。
「すごい……」
そう言えば、彼女の前で戦うのは初めてだったかもしれない。
いや、一度だけある。
彼女とベルリオットが夜にガリオンの襲撃を受けたときだ。
とはいえ、あのときは正体を隠していたため、メルザリッテ・リアンとして戦うところを見せるのは初めてということになる。
「陛下ッ! 前庭側からも敵が来ています!」
リズアートの背後側から、ひとりの女性騎士が姿を現した。
切りそろえられた前髪が特徴的で、鎌型の結晶武器を手にしている。
王城騎士のホリィ・ヴィリッシュだ。
「ホリィ様。少しの間だけ、リズアート様をお願いいたします」
メルザリッテはリズアートのそばを通りすぎ、天空の間から前庭上空へと躍り出た。
視界に映ったのは機巧人形が三体。実剣を持った帝国騎士が五十人ほど。リヴェティア騎士が続々と集まってきているが、今のところ帝国騎士に比べれば数は少ない。それに到着した者から順に機巧人形に蹂躙されている。
メルザリッテは先ほど機巧人形を倒した際に使った多重の結晶を生成した。それを一体の機巧人形へと放ち、自身も続く。最高速での飛翔。機巧人形の影響下に入ったと同時、前方の結晶が変色し始める。構わずに突き進み、鋼鉄の体を貫く。轟音を立てて地上へと激突する。
地面がえぐれ、土が周囲に飛び散る中、さらに二体目、三体目へと同じ手法で突撃。光の軌跡を描きながら、前庭を駆け抜ける。
メルザリッテがふたたび高度を上げ、前庭を見下ろしたとき、すでに鋼鉄の人形たちは横たわっていた。
もうアウラを制限するものはない。
「帝国に与し、この地を攻めたことを後悔なさい」
メルザリッテは前庭中に意識を張り巡らせ、自身の片手を天へとかざした。直後、先端を尖らせた赤の結晶が、リヴェティア騎士のみを避けるように地表のあちこちから突き出る。何十人もの帝国騎士が貫かれ、突き飛ばされていく。無慈悲な一撃。メルザリッテが得意とする戒刃逆天だ。
飛行以外の意識を解放した瞬間、赤色をした針の山がふっとかき消える。いま、前庭で二の足で立てている者は、リヴェティア騎士のみだ。その彼らは目の前で起こったことに対して理解が追いつかないのか、一様に驚愕の表情で棒立ちしている。
「お待たせしました。前庭の制圧完了です」
アウラを散らしながら、メルザリッテはリズアートの前に静かに下り立つ。
「強いとは聞いていたけれど、これほどだなんて……」
「あ、圧倒的じゃないですか……!」
リズアート、ホリィともに唖然としていた。
たしかに人間基準で言えば、普通ではない戦い方だったかもしれない。
とはいえ、機巧人形が相手では手加減をするほど余裕はなかった。
足音が聞こえた。
玉座に通ずる階段側からだ。
とっさにメルザリッテは身構えたが、現れた人物を見て警戒を解いた。
ディザイドリウム王と、彼を護衛するジャノ・シャディンだ。
「ディザイドリウム王っ」
「姫も無事だったか」
「はい、彼女が護ってくれたので」
リズアートの言葉に、ディザイドリウム王が皺を深めながら感嘆の声をもらした。
ふとメルザリッテは、視界の端である一方をじっと見つめるジャノの姿を捉えた。
視線を追った先には動かなくなった機巧人形が倒れている。
「これは、リアン殿がやったのか?」
「はい」
「そうか……」
彼の弟たちは機巧人形に殺されたと聞いた。
そこに思うところがあったのだろう。
ディザイドリウム王が気遣うように、ジャノの肩に手を置いた。
「陛下……」
弟たちの仇を取りたいという気持ちは少なからずあっただろう。
だが、どう足掻いてもジャノの力では真っ向勝負を挑んでも機巧人形には勝てない。
王のため、冷静に逃走を選択した彼は護衛としての任務をまっとうしたと言える。
「戦況は五分五分といったところか」
「ただそれも増援で持っているといった感じです。機巧人形に片っ端からやられちゃってるので……」
ディザイドリウム王に、ホリィが肩を落としながら現状を説明する。
リズアートが一瞬だけ逡巡するようなしぐさを見せたあと、口を開く。
「機巧人形さえいなければ、こちらの戦力が勝っているのは間違いないわ。メルザさん、悪いんだけれど、お願いできるかしら」
「承知いたしました。では、すぐに――」
排除してきましょう、と言おうとしたときだった。
ぞっとするような怖気が全身を駆け抜け、思わず足が硬直した。
この感覚に至った正体はなにか。
勘を頼りに視線を一方へ向ける。
視界の中、先ほど機巧人形によって破壊された壁から外の様子がうかがえた。
そこには悠々と浮遊する巨大飛空船。
ただ浮いているだけならなにも思わなかった。
巨大飛空船に取りつけられた円筒の先端に白い光が集まっていくのが見えた。
間違いなくアウラだが、あの質は飛翔核が纏うものだ。
どうして飛翔核のアウラが飛空船から出ているのか。
気になるところだが、それはいま問題ではない。
帝国は、アウラを撃ちだすというサジタリウスを持っている。
そのサジタリウス同様、もし白の光が撃ちだされでもしたら――。
「皆様、すぐにここから逃げてください!」
メルザリッテは弾かれるように飛び立った。
リズアートたちがいる、玉座の間や天空の間を背負う格好で巨大飛空船と向かい合う。と、すぐさま飛空船との間に神の矢の応用で巨大な障壁を何枚も造り出す。脳が焼き切れそうな感覚に見舞われたが、構わずに続ける。
十枚目の障壁を生成し終えた、そのとき――。
巨大飛空船から、極太の白の光線が放たれた。
すべての障壁が音もなくのみこまれ、メルザリッテの視界一面が瞬く間に白色で多い尽くされる。
王城への直撃だけは絶対に避けねばならない。
メルザリッテは、いまの自分が扱えるすべてのアウラを用い、その身を盾とした。
白の光線と激突。かつてない衝撃が全身を襲う。
自分がいま、どうなっているかわからない。
ただひたすらに前へと力を向けている。
そこに高度な技術の応戦など存在しない。
あるのはただ純粋な力比べだけだ。
ことその点において、赤の光は白の光に及ばない。
――防ぎきれない。
ついにメルザリッテは押し切られてしまう。
そして――。
白の光線が王城へ激突した。