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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
四章【狭間の王・前編】
105/161

◆第十三話『アミス・ティリア』

 やむことなく押し寄せる斬撃。

 視界内に黒色が映らないことはない。

 ベルリオット・トレスティングは、五人の黒騎士からなおも激しい攻撃を受けていた。


 ラハンが自身を一本の槍と化し、突っこんでくる。

 回避の選択が脳裏によぎった。

 だが、ほかの黒騎士が予め放った飛閃によって逃げ道が消されている。

 真っ向から受けるしかない。


 剣を一度放り捨ててから、ベルリオットは瞬時に盾を造り出す。そこへ、ほぼ時間差なしにラハンの剣が接触。短い衝突音のあと、金切りるような音へと変化する。青の結晶が破壊されることはない。だが、たしかな衝撃が全身へと伝わり、ベルリオットは後方へと追いやられる。

 結晶の向こう側で、ラハンが狂気に満ちた笑い声をあげる。


「ハハハハハハハッ!! やはり僕は間違っていなかった! この力さえあれば、貴様に僕が負けることはないっ!」

「くそっ、お前にかまってる暇はない!」


 いま、ベルリオットは平常を保てていなかった。

 先ほどから視界内に映る、ある惨状が原因だ。

 いつの間にか、ナトゥールが倒れていた。

 さらに、なぜかティーアとガルヌが戦っている。


 なにが、どうなってるんだ!?


 状況を理解できない。

 その苛立ちをぶつけるように、ベルリオットは盾を押し出し、ラハンを突き飛ばした。

 即座に剣を造りだし、飛閃を二発放つ。剣で受けきれないと判断したのか、相手は剣を放り捨て、盾で受けきった。が、衝撃を殺しきれなかったようで、さらに後方へと飛んでいく。


 一瞬、余裕が生まれた。

 そのとき、ナトゥールがむせ、血を吐き出すのが視界に映った。

 まだ生きている。

 助けられる。

 とはいえ、いまは、黒騎士たちと戦っている最中だ。

 とてもナトゥールを抱えて本陣まで撤退できる状況ではない。


「誰か! 誰かトゥトゥを――!」


 助けてくれ、と言い切ろうとしたところで、思い留まる。

 ここは敵本陣寄りの場所だ。

 当然、近くに手の空いた味方などいない。

 このままでは、ナトゥールを助けられない。


 戦場で危険にさらされることは必然。

 その上で守ると決め、彼女の同行を許したのだ。

 言い訳などはできない。

 ナトゥールを守れなかった。

 残ったのは、その事実だけだ。


 こいつらがいなければ……!


 ふたたび襲いかかってくる黒騎士たちを視界に収めながら、ベルリオットは思う。

 ナトゥールが傷つく前に戻ることは、もうどうやってもできない。

 いま、出来るのは傷ついたナトゥールを助けることだけだ。


 そのためなら、俺は――!


 ベルリオットは弾かれるようにして加速。ひとりの黒騎士へと狙いを定め、一直線に向かう。相手も狙われていることを認識したのか、けん制するように飛閃を放ってきた。


 これまでは飛行速度を落としたうえで、回避か防御に徹していた。だが、もうそんなことはしない。ベルリオットはさらに加速した。眼前まで迫った黒い刃。自身の剣でなぎ払う。勢いを殺しきれなかった黒い衝撃が、顔面、肩をかすめた。噴出した血が、飛行の軌跡をなぞるように空に流れていく。


 危険を察知したのか、狙っていた黒騎士が逃走を選択した。こちらに背を向ける。逃がすまいとベルリオットは手に持った剣を投げつけた。虚空を突き進んだ青の剣が、敵の左太腿を貫き、さらに先の空で霧散する。黒騎士が呻く。さらに飛行速度が見るからに落ちた。今なら追いつける――。


「僕を無視するなぁ、ベェルリオットォオオッ!!」


 ラハンを含む、ほかの黒騎士たちが側面から襲いかかってきた。彼らの攻撃を受ければ、手負いの黒騎士に追いつけない。ベルリオットは両手に剣を生成し、投げつける。命中したが、大した損傷は与えられていない。動きを止めた程度だ。しかし、いまはそれでいい。ふたたび二本の剣を造り出すと、身体を回転させ、残りの黒騎士へと見舞う。

 その隙にベルリオットは、逃げる黒騎士との距離を一気に詰めた。


 目の前の黒騎士が顔だけをこちらに向けている。甲冑の下、いまどんな顔をしているのかわからない。だが、怯えていることはなんとなく理解できた。

 ベルリオットは構わずに黒騎士の胸部を背後から貫いた。ぐぐもった悲鳴のような声が聞こえた。一瞬の痙攣ののち、相手は動かなくなる。剣を抜き去ると、その黒騎士は力なく落ちていく。やがて、どさりと音を立てて地上に激突した。


 ベルリオットは目の前の光景、自分のとった行動に対して不思議と感情がわかなかった。あるのはただ、ナトゥールを助けなければならない、という意志だけだ。


 いまのうちにトゥトゥを……!


 すぐさまナトゥールのもとへ向かって翔けた。

 直後、そばを黒の飛閃が通りすぎていく。

 向かう先には、ナトゥールが横たわっている。

 ベルリオットは彼女の前に、神の矢の応用で障壁を生成する。時間がなかったため、造りが甘い。黒の飛閃が激突。障壁が散ったが、飛閃も消滅していた。

 見たところ、ナトゥールへの被害はない。

 ベルリオットがほっと息をついた直後、後ろからラハンの声が聞こえてきた。


「……いいことを思いついたぞ。そいつ、たしか貴様と仲が良かったよなぁ」

「ラハン、お前……!」

「お前たち、あのアミカスを狙え!」


 ラハンに呼応して黒騎士たちが一斉に剣を振り上げた。

 飛閃を放つつもりだ。

 ベルリオットはすぐさまナトゥールを庇う形で黒騎士に向かった。

 剣を放り捨て、大きめの盾を造りだし、構える。

 すでに黒騎士から放たれていた飛閃が盾に激突した。


「外道がっ!」

「なんとでも言え! 僕は……僕は、貴様に勝つためならなんでもすると決めたんだ!」


 黒騎士たちが止まることなく、ナトゥール目がけて飛閃を放ってくる。

 それらすべてを受けているため、盾の向こう側は真っ黒だった。

 これではまともに動けない。

 一刻も早くナトゥールの手当てをしなければいけないのに、それができない。


 くそっ、このままじゃトゥトゥが……!


『ベル様、左から――!』


 クーティリアスの声が脳に響いた。ナトゥールを守ることばかり考えていたため、周囲の警戒を忘れていた。すぐさま左手側へ目を向ける。眼前には黒騎士。両手に持たれた黒剣が、いまにも振り下ろされようとしている。このままでは直撃はまぬがれない。


 まずい――!


 と、視界に映っていた黒騎士が、突如として現れた剣に頭頂部から貫かれた。さらに剣とともに一気に落下し、猛烈な勢いで地上へと激突する。

 大量の砂が巻き上がった眼下の光景を見つめながら、ベルリオットは思わず目を瞬かせてしまう。


 いったいなにが起こったのだろうか。


 砂塵が収まったとき、無残な姿で倒れた黒騎士が映った。

 ただ、あらわになったのは、それだけではなかった。


「腕が鈍ったんじゃないのか」


 そこに、ひとりの騎士が立っていた。

 ツンツンにはねた硬そうな髪。

 自信に満ち溢れた立ち姿。

 肩にかつがれるようにして持たれた、特大の大剣。

 間違いない。


「イオルっ……!?」



   /////


 ベルリオットは思わず目を瞠った。

 目の前に現れた者の名は、イオル・アレイトロス。

 かつて、リヴェティア王国の騎士訓練生だった男だ。

 国王暗殺を企てたグラトリオ・ウィディールに加担したことがきっかけで、自ら国を出ていたはずだが……。

 その彼がなぜ、この場にいるのか。


 予測外の事態に戸惑っているのは敵も同じようで、動きを止めていた。

 その中でイオルが飛翔し、ベルリオットの隣にやってくる。


「いますぐにリヴェティアへ戻れ、ベルリオット」


 彼は黒騎士をけん制するように剣を構えたあと、そう言った。

 発言の意図がつかめず、ベルリオットはぼう然としてしまう。


「意味が……」

「帝国がディーザ側から直接リヴェティアを攻めてくる」

「なに言ってんだ? あっちからは航行不可能なはずだろ」

「それを可能にするものを帝国は持っている」


 イオルの表情は真剣そのものだった。

 嘘をついている様子はない。

 ただ、ひとつ気になることがある。


「どうしてお前がそんなこと……」

「詳しい話をしている暇はない。いいから早く行け!」


 いま、リヴェティアは多くの戦力をこのファルールの地へ送り、手薄になった状態だ。

 もし急襲されれば、危機に陥ることは間違いない。

 イオルの話が本当ならば、いますぐにリヴェティアへ戻るべきだろう。

 だが――。


 いま、トゥトゥを放って行くわけにはいかない……!


「イオル、トゥトゥを本陣まで連れていってくれ! リヴェティアにもお前が――」

「俺はまだリヴェティアに戻るつもりはない」

「イオル!」

「だが、ちょうど適任の奴がいる」


 イオルがそう口にした直後、突如として現れた飛空船が、リヴェティアの本陣側へ向かって飛んでいくのが映った。かなり大きい飛空船だ。おそらく輸送用だろう。やがてその飛空船は遠く離れた場所に荒々しく着陸する。


「あれに乗ってる奴に、トウェイルを運んでもらえ」

「お前の仲間なのか?」

「そんなところだ」

「でも、俺が行けば、イオルが――」

「僕は運がいい! イオルッ! お前もいっぺんに倒せるなんてなぁッ!」


 先ほどまで静観していたラハンが弾かれたように動きだした。叫びながら、イオルに向かって斬りかかる。上段からの振り下ろし。興奮しているのか、大振りで攻撃の軌道は読みやすい。だが、それだけに食らえばひとたまりもない一撃だ。


 しかしイオルに動じた様子はなかった。ゆらり、と肩に担いだ大剣を後ろへ流すように構えたあと、迫りくるラハンの剣へと思いきり振り抜いた。

 二人の剣が甲高い音を鳴らして衝突する。かなりの衝撃が届いたようで、二人は剣とともに上半身をのけぞらせる。わずかにイオルの方が体勢が不利かもしれない。


 とっさにベルリオットは横から加勢しようとした、そのとき――。

 イオルが大剣を霧散させるやいなや、頭上にあった手を腰の辺りまで素早く移動させた。そこから大剣を一瞬で再生成。流れるような動作で相手の横っ腹へと薙ぎの一撃を見舞う。

 結晶同士のぶつかる音が聞こえた。ラハンは、辛うじて剣を割り込ませたようだ。だが伝わった衝撃に、勢いよく吹っ飛んでいく。


「俺が……なんだと?」


 何ごともなかったかのように、イオルが振り返りながら言った。

 ベルリオットが懸念していたのは、彼に黒騎士を任せて大丈夫かどうか、だ。

 先ほどの戦闘を見る限り、黒騎士が相手でもまったく引けをとっていない。

 だが、それはあくまで一対一での話だ。


「お前の言いたいことはわかる。だが、心配は無用だ」


 そう発したイオルの背後で、二人の黒騎士が動きだした。

 だが、直後に上空から襲いかかった光の線によって、黒騎士たちは揃って後方へと飛び退く。光の線は黄色だった。線状の攻撃は、サジタリウスと酷似している。


 ベルリオットが上空を見やると、そこにひとりの男が浮いていた。

 少し小汚い外套を羽織った格好。前方へと向けられた、円筒形のものを両側の腰に一丁ずつ装着している。


 サジタリウスだろうか。

 だが、あれは飛びながら撃てなかったはずだ。

 そもそも先ほど放たれた光の線は黄色だった。

 男の纏う紫のアウラと一致しない。


 視線をさらに上げたとき、そこに見覚えのある顔が映った。

 ディザイドリウム大陸を落下させるとき、機巧人形とともに襲撃してきた暗殺者だ。

 以前は鼻筋に傷などなかったが、間違いない。

 とっさにベルリオットは剣を向ける。


「お前は、あのときの……!」

「おいおい、いまはあんたとやりあうつもりはねぇぜ」

「お前にはなくても、俺にはお前を討つ理由がある!」


 リヴェティアの前国王――リズアートの父親であるレヴェンを殺した男だ。

 本当なら見過ごすわけにはいかない。


「……けど、いまの俺には、ほかにやるべきことがある」


 下手なことをすれば容赦はしない。

 そう瞳に込めて、ベルリオットは睨めつけた。


「おっかねぇなあ、おい」


 そう言って男は苦笑するが、言葉のわりに動じた様子は見られなかった。

 と、先ほど突き飛ばされたラハンが戻ってきた。

 ほかの二人の黒騎士とともに陣形を組むように並ぶと、イオルへ剣を向ける。


「イオルぅッ! 貴様も倒して、僕が最強だと証明してやる!」

「一対一でもないのに最強を証明するだと? 笑わせるな」

「うるさい! お前さえいなければ! お前さえいなければっ!」


 その怒りに呼応するように、ラハンの全身から闇のアウラが噴出する。それを機に、黒騎士たちが一斉に動いた。イオル、鼻傷の暗殺者も前へと翔け、黒騎士たちと戦闘を開始する。イオルが前で相手を引きつけ、鼻傷の暗殺者が後ろから援護射撃をする格好だ。

 黒騎士たちと攻防を繰り広げながら、イオルが叫ぶ。


「こいつらの相手は俺たちがする! お前は早くリヴェティアへ行け!」

「ああっ!」


 イオルたちに黒騎士を任せ、ベルリオットはナトゥールのそばへと下り立った。

 彼女は目を瞑り、苦しそうに息をしている。

 流れ出る血のせいで、傷の深さがどの程度なのかはうかがえなかった。

 ただ予断を許さない状況なのは間違いない。

 彼女をそっと抱きかかえ、ベルリオットは飛び立った。


 頭上を取られないためにだろう。

 大半の戦闘が空で行われていた。

 そのため、先ほど着陸した飛空船は地上にぽつりと孤立していた。


「おーい!」


 少女が飛空船のそばで手を振っていた。

 二つの尖がりがある帽子を被り、作業着に身を包んだ格好。

 あれがイオルの言っていた人物だろうか。

 彼女の前に下り立つと、人懐っこい笑みを向けてくる。


「きたきた。きみが蒼翼のベルリオットだね」

「あんたは……?」

「あたしはルッチェ・ラヴィエーナ。よろしくっ!」

「ラヴィエーナ……!?」


 いきなり告げられた衝撃の家名に、ベルリオットは思わず面食らってしまう。

 天才発明家と謳われた、ベッチェ・ラヴィエーナ。

 目の前の少女が、その子孫かどうか。

 気になるところだが、いまはたしかめている暇などない。

 ナトゥールを抱きかかえる手に、力をこめる。


「イオルの仲間で間違いないんだよな……?」

「まー、そんなところだね」

「悪いんだが、トゥトゥを、この子をリヴェティアの本陣まで連れてってくれないか?」

「うわぁ、見るからにやばそうだね……」


 ルッチェが眉根を下げながら、悲痛な表情を浮かべる。


「事情はよくわからないけど、任せといて。この子は責任を持って送り届けるよ」

「ありがとう……あんたの飛空船が狙われないよう味方には伝えておく」

「了解っ。あ、こっちに運んで」


 彼女の指示どおりに飛空船の補助席にナトゥールを乗せた。

 その間、飛空船の中に消えたルッチェが、布や包帯を両手に抱えて戻ってくる。それらを使い、応急処置を施していく。

 初めは、ルッチェにナトゥールを任せることに抵抗があった。だが、彼女の熱心に処置を施す姿を目にし、ベルリオットはようやく飛び立つことを決意できた。


「……トゥトゥのこと、よろしく頼む」

「ちょいちょーい、待った待った!」


 少し焦った様子でルッチェから呼び止められた。


「リヴェティアに行くんなら飛空船が必要でしょ」

「あ、ああ」


 完全に失念していた。

 どこかで借りるしかない。

 と、ルッチェがある一方を向いた。


「それ使って」


 彼女の目線を追った先、飛空船に立てかけるようにしてある物が置かれている。

 形状は、どことなく細身の四足獣を思わせる。とはいえ、足はない。

 白色が多く、所々に青色の線が入れられている。

 なんだか親近感のわく配色だ。

 その得体の知れない代物へと、ベルリオットは歩み寄る。


「これは……」

「飛空船だよ。アミス・ティリアっていうの。あたしの最高傑作」


 以前、ディザイドリウムの店で飾られていたものと酷似している。

 あのときは、たしか試作品だったはずだが……。

 つまり、目の前のものが完成品ということだろうか。


「またがるように乗って。そうそう。で、その両側に突き出た取っ手を持つの。あ、あと今のうちにアウラを注いどいて」


 言われるがまま、ベルリオットは単座式飛空船(アミス・ティリア)に乗り、取りこんだアウラを機体に巡らせる。


「左側が下部から、右側を回すと後部から噴出するからそれで調整して。あとは行きたい方向に取っ手を切ってやれば大体いけるはず。そんなに難しくないはずだから、すぐに慣れると思うよ。あ、大陸圏外に出るときには必ず前面中央にある槓杆を引いてね。そしたら覆いが出てくるから」


 ルッチェは器用にも、ナトゥールに応急処置を施しながら操作の説明を続けてくれる。


「あとそれ、充分なアウラを内部に溜めて圧縮するんだけど、相当な量と質がないと上手く飛べなくてね。それこそ、きみぐらいのアウラがないと。まっ、ぶっちゃけるときみ専用機ってことだ」

「俺専用の……」

「そろそろいいよ」


 言われ、ベルリオットは左手側の取っ手をそっと回した。

 下部から青い燐光が噴出すると同時、ふわりと機体が浮き上がった。

 見る見るうちに地上との距離が空いていく。


「トゥトゥのこと、頼んだ!」


 眼下に向かってそう叫ぶと、任せてとばかりにルッチェが手を振って応じてくれた。

 右手側の取っ手を回すと、後部からアウラが噴出した。

 ぐんっと一気に加速する。

 自分で飛ぶよりも遥かに速い。

 アウラを内部に溜め込み、圧縮すると言っていたが、それがこの驚異的な速度を可能にしているのだろうか。


 仕組みはよくわからないが、その溜め込み、質を高めるという機能から名前の由来を理解した。

 ――アミス・ティリア。

 それはアミカスの祖と言われる存在の名前だ。

 クーティリアスの言葉が脳に届く。


『ベル様、なんだか胸騒ぎがするよ』

「ああ、俺もだ」


 前々から、彼女の言葉には予知と思えるほどの信憑性があった。

 精霊の翼という形で彼女と繋がったことにより、それをベルリオットも感じられたのかもしれない。


 いまの速度なら、すぐにリヴェティアに着くだろう。

 だが、それでももっと早く向かわなければならないという焦燥に駆られた。

 ベルリオットはさらに速度を上げ、一筋の光となって戦場を駆け抜ける。


 みんな、無事でいてくれ……!



   ◆◇◆◇◆


「あちらの方がなにやら騒がしいですね。なにかあったのでしょうか?」


 ラグ・コルドフェンは本陣の右方を見つめながら言った。

 あの辺りは救護班が控える区画だ。

 戦争中なのだから、怪我人の対応に追われて騒がしくなることはあるかもしれない。

 だが、そういったものとはまた違う感じだった。


「たしかに変だな。見てこさせるか」


 そう答えたのは、護衛を務めてくれているオルバだ。

 彼もいぶかりながら右方を見つめたあと、近くの騎士を呼びつけ、様子を探ってくるよう指示を出した。


 ふいに本陣前方からざわめきが聞こえた。

 見れば、ひとりの騎士がこちらに向かって飛んでくる。

 かなり切羽詰った様子だ。

 いったい何ごとだろうか。

 と、ラグは疑問を抱いたが、彼の後方から迫る大きな影によって答えはすぐに示された。


「機巧人形が一体、抜け出ました! いますぐにこの場からお逃げください!」


 騎士が叫んだと同時、影の正体がはっきりと映った。

 間違いない。

 鋼鉄の体を持った人型のそれは、まさしく機巧人形だ。

 機巧人形は腕を伸ばし、前を飛ぶ騎士へといまにも攻撃を加えんとしている。

 ラグは声を張り上げ、注意を促す。


「後ろから来てます!」


 振り向いた騎士が、すぐ後ろまで迫った死を前に悲鳴を上げた、そのとき――。

 ラグは、視界の右端から割り込んできた巨大な影を捉えた。

 それは猛烈な勢いで機巧人形に体当たりをかまし、突き飛ばした。機巧人形が不恰好に何度も地面を跳ね、その度にがしゃんがしゃん、と不快な音を辺りに響かせる。かなりの距離を進んだところで勢いは止まったが、甚大な被害を受けたのか、倒れたまま硬直していた。


 機巧人形を突き飛ばした正体を探らんとして、ラグは視線を戻す。

 と、それは隠れるわけでもなく、堂々と立っていた。

 外見は機巧人形と同じく人型だ。外装も鋼鉄で構成されているように見える。

 ただ、形状が違った。

 上下に重ねられた二つの大きな球体。

 そこから生える四肢の先端に小さな球体が取り付けられている。

 全体的に丸みが多い感じだ。

 そして顔と思しき場所には、太めの眉と青色硝子で表現された目がある。


 な、なんだあれは……!?


 いささか間抜けな見た目と言えなくもない。

 だが、それはラグの胸に深く響いた。


「か、可愛いっ……!」

「はぁっ!?」


 オルバが隣で信じられないといったように声をあげた、その直後。

 どよめきが起こった。

 先ほどまで倒れていた機巧人形が、ぎこちなくではあるが立ち上がったのだ。

 どうやら機能停止にまでは追いやれなかったらしい。


 と、そこへ丸型の機巧人形の手から、拳大の石のようものが投げ込まれた。その石を中心に燐光が現れ、ちらつき始めたかと思うや、機巧人形ががくんと膝をつき、前のめりに倒れた。動こうとする挙動は見せるものの、微妙に振動する程度で立ち上がれないようだ。


 その不思議な光景に、ラグを含む周囲の人間は唖然としてしまう。

 いったいなにが起こっているのだろうか。

 ふいに丸型の機巧人形の頭頂部が、ぱかっと開けられた。

 中から出てきたのは、少女だ。


 厚硝子の眼鏡を外したあと、少女が機巧人形を指差しながら叫ぶ。


「いまのうちに取り押さえて! あ、でも中の人は絶対に殺さないでよ!」


 いまだ連続して起きた光景に、ラグは理解が追いついていなかった。

 ぽかん、と口を開けたまま少女を見つめていると、怒鳴り声が飛んでくる。


「はやくー! あんまり長い間とめてられないんだからー!」

「は、はいっ。みなさん、いまのうちに機巧人形を取り押さえてください!」


 ラグが指示を出した途端、本陣で待機していた騎士たちが一斉に機巧人形へと向かっていった。アウラは使えるようだが、騎士たちの動きが悪い。あの石は、機巧人形と違ってアウラを使えなくする、といった類のものではないようだ。

 考察を始めたラグの思考内に、少女の声が割って入ってくる。


「それ、使って」


 言って、少女が大きな袋を投げた。

 ラグの目の前に、どさっと音を立てて袋が落ちる。

 どうやら口を縛る紐が緩んでいたらしい。

 袋の中からころりとなにかが転がり出てくる。

 それは先ほど機巧人形の動きを止めた石と同じ物だった。


「これは先ほどの……?」

「そそー。トリミスタル鉱石をちょろっといじって造ったんだ。そこのねじを回して取り外せば、一定時間だけど周囲のアウラの流れを乱れさせることができるよ。まー、帝国がいま使ってる機巧人形専用の道具かな」


 少女が指を立てて、得意気に説明してくれる。

 なんだか難しくないことのように思えるが、もし簡単に造れるものなら今回の戦争に当初から導入されていてもおかしくないはずだ。

 目をぱちくりとさせながら、ラグは問いかける。


「あ、あなたはいったい……?」

「ん? あたしはルッチェ。ルッチェ・ラヴィエーナだよ」

「ら、ラヴィエーナぁっ!?」


 ラグは思わず

 彼女――ルッチェがラヴィエーナの末裔かどうか証明するものはない。

 だが、彼女が乗っている丸型の機巧人形や、帝国の機巧人形を止めて見せた道具は、それを証明するに値する。

 ただ、本当に彼女がラヴィエーナだったとすれば、ラグには一つ解せないことがあった。


「あ、あのっ、どうして我々の味方をしてくれるのですか?」

「うーん……個人的に帝国には色々してやられちゃってね。仕返しってこともあるけど……あとちょっと贖罪というかなんというか。ま、思うところがあるんだよ」


 言いながら、ルッチェが苦笑した。

 どうやら込み入った事情があるようだ。

 もともと動機があるのかどうかを知りたかっただけなので、それ以上は訊かないことにした。


「それじゃ、あたしも暴れてくるとするかな! あっ、とその前に……ダンゴマル二号――この機巧人形のこと、狙わないようにきみたちの味方に伝えておいて!」

「わ、わかりましたっ」

「それじゃ、今度こそ行ってきまーっす!」


 そう言い残して、ルッチェが丸型機巧人形(ダンゴマル二号)の中へと戻った。頭頂部の窓が閉められてから間もなく、すーっと滑るように動き出した丸型機巧人形が本陣から出て行く。

 その後ろ姿を見つめながら、ラグは言い得ぬ脱力感に襲われた。


「い、言ってしまわれた……」

「なんだか突風みたいな奴だったな」


 隣に立つオルバが呆れように言った。

 まさしくその通りだったが、ルッチェは素晴らしい物を残してくれた。

 目の前に置かれた大きな袋。

 そこには機巧人形の動きを止めた道具がいくつも入っている。

 その中の一つを手に取りながら、ラグは確信する。


 これさえあれば、機巧人形を完全に止められる!


「対機巧人形の部隊を新たに作ります。みなさん、すぐに準備を!」




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