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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
四章【狭間の王・前編】
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◆第十話『絆の障壁』


 ベルリオットはナトゥールとともに、ファルール王都北側の空を翔ける。

 かなり長い距離を進んだが、眼下には変わらず騎士の姿が映っている。

 顔を上げても、その終わりがはっきりとはうかがえない。

 まさに壮観としか言いようがない光景に、ベルリオットは不謹慎ながらも思わず高揚感を覚えてしまう。


「すごいね……」

「ここまでの数が集まることなんてないからな」


 参戦する騎士は、リヴェティア、ディザイドリウム連合から一万五千。聖堂騎士から四千、ファルール騎士団から六千の計二万五千人となっている。

 数で言えば、ディザイドリウム騎士団にはまだまだ人員の余裕がある。だが数が増えれば、当然その分だけ駐屯費が増える。ディザイドリウム大陸の移民問題もあり、ただでさえ食糧事情は逼迫した状態だ。そのため、これ以上の援軍は望めなかったというわけである。


 ほかとは違い、疲労が見て取れる部隊が目に入った。

 負傷者もいるようで騒然とした様子だ。

 間違いない。

 北方防衛線より撤退し、本体への合流を終えたばかりの部隊だ。

 灰色が多く使われたファルール騎士服の中、赤色の騎士服を見つけた。

 リンカ・アシュテッドだ。

 彼女の目の前に、ベルリオットはナトゥールとともに下り立つ。


「リンカ、無事だったか」

「撤退時にはすでに帝国が上陸しはじめてたけど、ぎりぎり間にあった感じ」

「モノセロスは?」

「前にもひとりで倒してたし、余裕」


 リンカは目をそらしながら、素っ気なくこたえた。

 ベルリオットが北方部隊の駐屯地に来たのは、純粋にリンカの身を案じてのことだった。

 彼女がモノセロスを倒したことに驚きはない。

 ただ、見たところ「余裕」とは言いがたい結果だったようだ。

 それを彼女の肌に刻まれたいくつかの傷が物語っている。


「あんまり無理はしないでくれよ」

「……生意気」

「こっちは心配して――」

「でも、ありがと」


 リンカがぼそりとそう言った。


「あ、ああ」


 不意打ちだったために、ベルリオットは勢いをそがれた。

 最近の彼女は、ときおりしおらしい一面を見せる。ただ、普段の素っ気ない態度からかけ離れているため、少し調子が狂ってしまう、というのが本音だ。

 いつもの無表情に戻ったリンカが、あっけらかんと言う。


「それで、これからどうするか決まってるの?」

「ああ。本体は機巧人形の上を通ってサジタリウス部隊、及び敵本体に攻撃をしかけることになってる。リンカもこれに加わってもらう予定だ」

「待って。色々聞きたいんだけど……まず機巧人形の上って、サジタリウスの的になるでしょ。まさか食らうこと前提で突っこむわけじゃ」

「それについては、ナド族がどうにかしてくれるらしい」

「ナド族が?」

「ああ。先行する彼らのあとに続く手はずになってる」

「具体性のない指示ね……まあいいけど。じゃあもう一つ、通りすぎたあとの機巧人形はどうするの? またベルが相手するの?」

「いや、俺もそうなると思ってたんだが、どうやら違うみたいだ。なんでも機巧人形は完全に無視していいらしい」

「対処法は?」

「聞いてない」

「……大丈夫なの?」

「どっちもラグさんの指示らしいからな」


 作戦内容を聞いた当初、疑念を抱かなかったと言えば嘘になる。

 だが、指示を出したのがラグと聞いた途端、その疑念は消えうせた。

 それほどベルリオットは彼に全幅の信頼を寄せている。


「信用してないわけじゃないけど、あまりにも説明不足」

「まあ敵に気取られないために、徹底させてるんじゃないか」

「だったらいいけど」


 リンカは納得がいかないといった様子だ。

 できれば憂いのない状態でことにあたって欲しいところだが、彼女の抱く感情も充分に理解できる。だから、これ以上とやかく言うつもりはなかった。

 それにいまは、リンカに話しておかなければならないことがある。


「リンカに頼みがあるんだ」

「なに?」

「エリアスと一緒に、アヌ・ヴァロンの相手をしてもらいたい」

「あのジイさんの?」

「ああ。順当に行けば俺が相手をしなくちゃいけないんだろうけど……ちなみにエリアスの了解はもう得てる」


 そう伝えると、リンカからいぶかしむような目を向けられた。

 途端、ずっと後ろで控えていたナトゥールが前に歩み出てくる。


「あ、あのっ。ベルにお願いしたのはわたしなんです! お姉ちゃんに……ティーア・トウェイルに会いたいってお願いしたから」


 そう必死に懇願する彼女に、リンカが珍しく面食らっていた。

 だがすぐに顔を引き締めると、ナトゥールのことを見据える。


「深い事情は知らないし聞かないけど。あなたにとって必要なことなのね」

「……はい」

「わかった。あのジイさんはエリアスとあたしで見る」

「あ、ありがとうございますっ!」


 ぱあっと弾けるような笑みを浮かべたナトゥールだったが、リンカから釘を刺すように「ただし」とつけ加えられる。


「無事に帰ってくること」

「はいっ」


 先日、王都で一緒に買い物をしたことがきっかけで、少なからず仲間意識が強まったのかもしれない。目の前の光景がなんだか微笑ましくて、ベルリオットは思わず頬が緩んでしまう。


「ベルも、ちゃんとこの子のこと守るように」

「ああ、わかってる」

「なに笑ってるの」

「いや、笑ってないって」

「笑ってる」


 リンカの目つきが鋭くなった、そのとき――。

 柔らかく、それでいて耳に響く音が聞こえた。

 それは間延びしたようになおも続く。

 今回から戦争時の合図に用いられることになった金管楽器のものだ。

 内容は、敵の進軍開始を報せるもの。

 ほかの騎士が一斉に慌しく動きはじめる中、ベルリオットはこれから敵が現れる北方を見据えた。



   /////


 北側にナド族が下り立った。

 横一列に並んだ彼らは、およそ六百人。

 裸という主張の激しい格好なため、異様な光景だ。

 中には彼らを直視できず、うつむく者も少なくない。

 しかしナド族は、全員が少しも恥ずかしがることなく、堂々たる姿で屹立している。


「聖なる騎士である我らナドが、勝利の道を切り開く! みなは安心してついて来られよ!」


 声を上げたのはハーゲンだ。

 マルコの姿が見当たらないが、おそらくファルール王の護衛についているのだろう。

 ナドが剣を掲げると、全騎士が応えるようにそれに倣った。

 これから挑む戦いに向け、あちこちから雄たけびが上げられる。

 足から伝わる地鳴りのような振動が、また骨に響くような咆哮が全身を震わせる。


 ベルリオットの気持ちが昂ぶった、瞬間――。

 一斉に騎士たちが飛翔した。

 幾筋もの光が地上から空へと上がっていく。


 はるか前方から迫ってくる鋼鉄の集団が目に入った。

 やはり機巧人形は最前線に投じてきたようだ。

 機巧人形が持つ特性。一定範囲内のアウラを使えなくする、というのは敵味方問わず脅威である。そのため、機巧人形を本体から切り離して使える戦術を敵は選ばざるを得ない。


 見たところ、投じられた機巧人形の数は少なくない。

 メルヴェロンド大陸で行われた戦争時、かなりの数を戦闘不能に追いやったが、どうやら補充されたようだ。


 その機巧人形の後方に控える、サジタリウス部隊の姿をかすかにとらえる。

 正確な数はわからないが、少なくともメルヴェロンド侵攻のときをはるかに越える数であることは間違いない。

 ふいに前方の空がちらついた。

 サジタリウス部隊から光の線が放たれたのだ。


「いつ、いかなるときも我らの心は一つ! 構えよ、絆の障壁コクトゥス・メィスリア!」


 最前線に位置するナド族が、一斉に両手を胸の前へ突きだした。

 そこから波紋のように結晶化が進んでいく。

 盾を造ろうとしているのだろうか。


 しかし、それでは各人が生成した盾と盾の間から攻撃を通しかねない。

 ましてや一枚の盾では、集中砲火に耐えられず破壊される可能性すらある。

 そんな危惧を抱いていたベルリオットの目に、思わぬ光景が飛び込んできた。


 ナド族の造りだした結晶が、隣り合う結晶と繋がっていったのだ。

 通常、他人の結晶と結晶は繋げることはできない。

 これは各々が描く心象が違うからだ。

 しかしナド族は、その問題を、心を一つにすることで解決している。


 やがて現れたのは巨大な横長の盾。

 隙間は一切見当たらず、また相当に分厚い。

 サジタリウスから放たれた光の線が《絆の障壁》へと激突した。

 衝撃はナドに伝わっているようだが、盾への損傷はいっさい見られない。

 敵の攻撃を完全に遮断するナド族の活躍に、ほかの騎士たちから歓声が沸き起こる。


「これがナド族の力か……」

「す、すごい……」

「裸であること意外はね」


 ベルリオットとナトゥールが素直に感嘆の声をもらす中、リンカだけは顔を引きつらせていた。

 サジタリウスからの攻撃はすでに第二射、三射と放たれているが、依然として《絆の障壁》がそれらを防いでくれている。

 このまま進めば、サジタリウス部隊まで辿りつけるだろう。

 ただ、気がかりなのは、眼下の機巧人形の存在だ。

 奴らはただひたすらに前へと突き進んでいる。

 こちらが敵本陣を突く前に、味方本陣に到達されかねない。


 突如として轟音が鳴り響いた。

 機巧人形の進んでいた地面が、谷のように折れていく。

 それも一箇所ではなく複数だ。

 かなり深い。正確にはわからないが、最低でもディザイドリウムの高層建築物がすっぽり入ってしまうほどだ。

 広範囲において発生したため、すべての機巧人形があっさりとのみこまれた。


 地盤沈下だろうか。

 しかし、自然発生したにしては、都合良く機巧人形だけが被害を受けている。

 人為的なものであることは間違いない。

 だとすれば、行なった人物は決まっている。


 ……ラグさんか!



   ◆◇◆◇◆


 ファルール王都からほど近い場所に仮設された本陣にて。

 ラグ・コルドフェンは椅子に座りながら、小刻みに足を揺らしていた。


「ちったぁ落ちつけや、大将だろ」

「す、すみません。ですが、うまくいくかどうか心配でっ」


 声をかけて来たのは、一時的に護衛を務めてくれているオルバ・クノクスだ。

 彼ほどの騎士が護衛を勤めてくれているのは、ラグが今回の戦争において最高指揮官を任されたからである。

 当初は、リヴェティア・ディザイドリウム連合の指揮官のみを務める予定だった。しかし諸事情から聖堂騎士、ファルール騎士団も指揮下に入るという予想外の事態に発展してしまったのだ。


 そのため、抱える責任は倍増。現在、ある作戦が秘密裏に行なわれているが、失敗しないかどうか気が気でなかった。

 突然、激しい揺れが起こった。

 それから伝令の騎士が本陣に入ってくるまで、あまり時間はかからなかった。


「土砂に埋もれたものも多くいるため、正確に把握できていませんが、上空から見た限りでは機巧人形を上手く閉じ込められたようです」

「つまり足止めに成功した、ということですね」


 騎士がうなずく。

 途端、本陣に待機する騎士から歓声が沸き起こった。

 ラグもほっと息をつくが、すぐに表情を引き締めた。

 まだ完全に安心できる状況ではない。

 あくまで一時的に足止めしたに過ぎないのだ。


「地中を掘ることや、壁を破壊して足場を作ることで脱出は可能です。注意深く監視を続け、必要とあらば巨石を落とし、妨害してください」


 了承した騎士が目の前から去っていく。

 それからすぐにファルール王が横に並び、声をかけてくる。


「どうやら上手くいったようじゃないか」

「陛下……!」


 彼女は本陣に居座っていた。

 護衛としてマルコを伴っているものの、危険がないとは言い切れない。

 そうまでしてなぜ、この地に足を運んだのか。

 彼女は騎士たちの士気を上げるために……と言うのは体面で、本当は戦争の空気を実際に肌で感じたいからという理由から本陣まで赴いたらしい。つくづく変わっていると思うが、その自由奔放なところに魅力を感じ、付き従う者も少なくないという。


「ファルールを貸してくれ、なんて言われたときは引っぱたいてやろうかと思ったけどねぇ」

「も、申し訳ございません……っ」

「まさか、よその大陸の坑道まで把握してるとはね」

「基本的に、他大陸の情報であっても公開されているものはできるだけ頭に入れることにしているので」

「北側は公開していないはずだったんだけどね」

「陛下が戴冠なされてから、ファルールの採掘量が一気に増えていましたので。あれだけの量となると、これまであまり掘られていない北側しかない、と」

「思った以上に価値が抑えられたのはそのせいか……ディーザの商人に助言しただろう?」

「うっ」


 ぎろりと睨まれ、ラグは思わず首をすくめてしまう。

 まさしくその通りだったが、怖くて答えられなかった。

 すっと素の表情に戻ったファルール王が話を継ぐ。


「ナドが過去に一度しか使ったことのない絆の障壁コクトゥス・メィスリアを知っていたことも驚きだったよ」

「そちらはわたしが子どもの頃にファルールにお邪魔する機会がありまして、たまたま手にした古い書物に記されていたんです」

「そのたまたまの中に、いったい何冊入ってるんだかねえ。ったく、小さいナリのわりに恐ろしい奴だよ」


 呆れたように、ファルール王が肩をすくめた。

 ラグには、昔から祖父に言い聞かせられたことがあった。

 ――どれだけ頭が回ろうとも知識がなければ活かすことはかなわない。

 その言葉に従い、読書に読書を重ねた。結果、自ら進んで大きな行動を起こしたわけではないが、気づけばディザイドリウム王国の宰相までのぼりつめていた。


 年齢的な問題から祖父はもういない。

 だが、彼の残した教えはラグの心にいまも息づいている。

 この戦乱の最中、また滅びのときを前にして、自分にいま、なにができるのか。

 ラグは常に、自身の胸に問い続けている。


 自分の手で戦う力はないけれど……わたしでも力になれることはある!


 無数の光で彩られた北方の空――。

 そこへ、ラグは決意を宿した瞳を向けた。




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