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◆第十話『年頃の男の子』

 日も暮れ、外はすっかり暗くなった。

 トレスティング邸では、夕食の時間を迎えていた。

 食卓には色とりどりの料理が並べられ、部屋には柔らかく甘い香りが漂っている。


「これ、シチューよね? 甘くておいしー」

「はい、そちらは黒王牛の肉をベースに煮込んだものです。そのまま食されることの多い黒王牛ですが、その肉汁にはまろやかさと甘味成分がたっぷりと含まれていますので、トレスティング家ではよく汁物に使っております」

「見たことのない野菜ですが……この食感、気に入りました」

「それはヴィリオールの花の茎ですね。フォウル山脈の濃い霧に含まれたアウラをたっぷりと取り込み、成長を促進されたその茎は栄養も満点。お肌にもよろしいとか。王都で食している方はあまり多くないようですが、知り合いの商人からいつもいただいております」


 メルザリッテお手製の料理に舌鼓を打つ来客たち。

 食卓を囲むのは、ベルリオット、リズアート、エリアスの三人。

 全員がゆったりとした衣服に身を包んでいる。

 いつもはメルザリッテもベルリオットと共に食事をするのだが、今日は一国の王女がいることもあってか、給仕としての立場を考慮したのだろう。

 ベルリオットの後ろで、メルザリッテは静かに待機している。


 上品に食べているわりに、リズアートの食事の手は早い。

 エリアスも同じだ。

 それだけメルザリッテの料理がおいしいのだろう。

 そのことはベルリオットが一番よく知っているし、今も口に含んでいる料理は美味いとしか言いようがない。


 だから料理についてとやかく言うつもりはない。

 問題は別にあるのだ。

 リズアートたちを睨みながら、ベルリオットは頬杖をつく。


「大体、ここより城からの方が訓練校に近いってのに。明らかにおかしいだろ」

「城から通ったら、せっかくの訓練生気分を味わえないじゃない」

「だったら寄宿舎に入ればいいだろ」


 毎年、王都に寝床を確保できない多くの新入生が寄宿舎へと入る。

 王都住まいであっても友達を作るために入る者も少なくないらしいが。

 ベルリオットには今住んでいるこの屋敷があるし、友達については別に住まいを同じくしてまで欲しいとは思わなかったので、寄宿舎にわざわざ入る必要性を感じなかったというわけだ。


「き、貴様っ! 姫様にあのような牢獄へ入れと言うのですか!?」


 弾かれたようにエリアスが立ち上がった。

 が、「エリアス、食事中よ。座りなさい」と、リズアートからお叱りを受け、しゅんとなってふたたび腰を下ろした。


「牢獄は言いすぎだろ……。そこで暮らしてるやつだっているんだぜ?」

「知っています。わたしも少しの間、あそこで暮らしていましたから。そしてあそこは衛生上、非常によろしくありません。カビが……カビがまるで侵略するかのごとく、宿舎内に跋扈(ばっこ)しているのです! それは部屋だけに留まらず、風呂やトイレ、果ては調理場にも侵食し……お、思い出しただけで吐き気が……」


 顔色が悪くなったエリアスを見ながら、リズアートが肩をすくめた。


「エリアスは潔癖なのよ」

「潔癖じゃなくても、その話を聞いたら誰でもいやになるな」

「とまあ、エリアスのそんな話を聞いたから、どうしよっかなーって考えて……。それであなたのことを思い出したのよ。一応、屋敷はまともな方じゃない?」

「たしかにまともかもしれないが。別にそこらの貴族んとこでもいいだろ」

「同年齢の訓練生がいた方が、なにかと都合がいいと思って」


 言って、リズアートがにっこり微笑む。

 たしかに慣れないこともあるだろうから、同年齢の訓練生が身近にいた方がなにかと都合がいいかもしれない。

 だが、ひとつ重大なことが考慮されていない。

 あまり言いたくはなかったが……。


「言っとくが俺は男だぞ?」

「あら、なにかできるの?」


 意外とでも言いたげな態度だ。

 そこでベルリオットは気づく。

 このリズアートにとって……いやアウラを使える者にとっては、アウラを使えないベルリオットの力など赤子も同然なのだ。男としての欲望を満たすため、ベルリオットが襲い掛かったところで、恐らくとも言わず返り討ちにされてしまうだろう。

 ベルリオットは頭を抱える。


「ああ、もう……勝手にしてくれ」

「ええ。初めからそのつもりでいたけれど。とりあえず本人からも許可をいただけたことだし、改めてよろしくね」


 その笑顔に悪意はないが、含みがある。

 楽しんでいる、という感じだ。

 リズアートを見ていると、たとえベルリオットが断固として拒否していたとしても、やはりそれは反映されなかったのではないか、とさえ思ってしまう。


 ……面白くない。


 ベルリオットは席を立った。


「ごちそうさん」

「貴様、無礼な!」


 リズアートを無視したからだろう。

 素早く立ち上がったエリアスが、瞬時に造り上げたアウラの剣をベルリオットに突きつけてくる。

 しかしそれよりも早く間に割って入る影あった。

 メルザリッテだ。

 悠然とした佇まいで、ベルリオットとエリアスの間に割って入っていた。

 胸元に剣を突きつけられながらも、メルザリッテは笑顔を浮かべている。


「それはこちらとて同じです、エリアス様。このメルザリッテ・リアン。我が主への無礼、これ以上は許すわけにはいきません」

「なっ、姫様を侮辱されたのですよ!」

「それがどうしたというのですか。わたしが仕えるのはベルリオット様であって、リズアート様ではございません」


 まったく笑みを崩さないメルザリッテを前にして、エリアスは小さく呻きをあげた。

 そんな中でも、リズアートは動じていない。


「見上げた忠義ね、メルザさん。でも、エリアスを相手にするのは止めた方がいいと思うけれど? 彼女、騎士団の序列は三位よ」


 リズアートの言うとおり、メルザリッテに勝ち目はないだろう。

 メルザリッテはウィリディエ・クラスな上に、あまり戦闘に向いているとは言えない。

 それがなくても、彼女はあまりアウラを使うのをよしとしない。

 本人曰く、あまりアウラにばかり頼りたくないのだそうだ。

 メルザリッテが微笑む。


「相手によって態度を変えていては、主をお守りできません」


 その答えに満足したのか、リズアートは口元を緩めた。


「エリアス、収めなさい。あなたの負けよ」

「ですがっ!」

「別にわたし、気にしてないもの。今日一日だけだけど、ベルリオットと一緒にいて、彼が素直じゃないってことぐらい理解できたわ」

「まったくその通りでございます、リズアート様。ベル様ったら、いつも恥ずかしがってメルザの愛情表現を受けて下さりませんから」

「お前のは過激なんだよ!」

「ほら、素直じゃないでしょう?」

「お、お前なぁ……!」


 ベルリオットとメルザリッテのやり取りを見て毒気を抜かれたのか、エリアスが握っていた結晶の剣を霧散させ、椅子に腰掛けた。

 リズアートはというと、くすくすと笑っていた。


「ベルリオット。良い家臣を持ったわね」

「周りが見れなくなるのが悪い癖だけどな」

「ベル様? それは愛ゆえですと何度お伝えしたら」

「はいはいわかったわかった。俺はもう寝るから……。まあ……色々納得はいっていないが、ゆっくりしていけよ」


 食卓に背を向けたまま、部屋から立ち去ろうとする。


「ベル様、今夜も?」

「あ、ああ……」


 メルザリッテの問いは、ベルリオットが毎日していることについて、だ。

 それは恥ずかしいことなので、できれば誰にも知られたくない。


「はい。おやすみなさいませ」


 柔らかな笑みを浮かべたメルザリッテに、ベルリオットは軽く手を挙げて応える。


「今夜? なにかあるの?」

「男としての性を処理なさるのですよ」


 ある意味では間違っていないが、誤解を生む言い方だ。

 すかさず訂正しようとするが、でかかった言葉をぐっと呑み込んだ。

 ここで口出しをしようものなら、またメルザリッテやらリズアートにからかわれるだけだ。

 構わずに、ベルリオットは部屋から出ようとする。


「あ、なるほどっ。お年頃だもんねー」


 なにか閃いたらしいリズアートが、口元をにやにやとさせていた。

 あれは絶対に誤解している。間違いない。


 我慢だ。我慢だ俺……。


 ついに部屋から出たベルリオットの耳に、エリアスの「なっ」という驚きの声が届いた。

 おそらくとも言わず、リズアートが間違った答えをエリアスに教えたのだろう。

 誤解を解くには、今からでも遅くはない。

 そう思って振り返ったところで、部屋の中からエリアスたちの声が漏れてくる。


「で、ですがっ! わざわざ我らが来た日にせずともっ!」

「そうねぇ……。ベルリオットぐらいの歳になれば毎日しないと、かもねー」

「ええ。ベル様は毎日頑張っておられますよ」


 ……さっさと寝よう。それが良い。


 なるべく音を立てないよう、ベルリオットはそっと方向転換した。

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