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マッチ売りの少女。  作者: 森風 しゅん 
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2.日常。(1)

めっっちゃ久々の更新とあいなりました。すみません、トルコにて現実逃避の旅に出ておりました……カッパドキア最高。



「……って、いい加減、ここから出せー!!」

 手首にかけられた枷で、思い切り檻を叩く。相当な大きさの音が立っているにも関わらず、まるでそんな音など聞こえていないように机に向かっている男の表情は変わらない。

 黙々と積まれた書類を取って目を通し、万年筆を走らせ、築かれた紙の山を削っていく。驚くべきスピードだ。人技とは思えない。

「無視すんな! こら!」

 だだっぴろい部屋に響き渡るような声で叫ぶが、相変わらず全く反応がない。

 朝から晩までこの調子で、トーラの苛立ちもピークに達しようとしていた。なんせ、この城に連れてこられてからこっち、ほぼ一日中この鉄面皮の王と顔を突き合わせているのである。

 虜囚の身に相応しく地下牢に入りたいなんて全く思わないが、かといってこちらの台詞を右から左に流す鉄面皮の人間と24時間過ごすことなど苦痛以外の何物でもない。たまに口を開いたかと思えば、

「奇跡を起こす気になったか」

 これである。

 いい加減、トーラの堪忍袋の緒も切れるというものである。

「だああぁぁからあたしにはそんな力はねええっつーの!!」

 叫んで、トーラは檻の中を転げ回った。転がるたびに繋がれた鎖が体に絡まるので地味に痛いのだが、全身で抗議するためにはそれもやむなしと檻の端から端を転がる。

 そして、ちらっと王の様子を伺うが、またその視線は書類に落ちている。

 どんな怒号も悲鳴も一切をスル―され、トーラはがっくりと項垂れた。

 かりかりと書類を掻く筆の音だけになった部屋の中で、さらにそこに置かれた檻に繋がれたトーラは、うつぶせになった状態で顔を上げる。

 この鉄面皮の王は、トーラに食事と排泄の自由は与えたが頑として傍から離さない。というわけで見たくもないこの男が日がな一日視界の中に存在している。その間、王は食事、用足し、睡眠以外にはこうしてずっと机に向かっていた。

 トーラの中で、王とは玉座にふんぞり返って座っているだけの能のない人間で、こうした書類仕事などは臣下が全てやっているのだと思っていた。想像と現実はずいぶん違う。

 ――いや、でも。この目の前の王は、稀に見る賢君と名高いんだったっけ。

 (元)親友・ミシュが目をきらきらさせながら、言ってことを思い出した。

『黒い髪、王たる証の紫の瞳、白皙の美貌。それでもって宮廷内のみならず国内の政の腐敗を5年かけて正した政治的手腕の持ち主。王の中の王、それが現国王、オーウェン殿下よ。しかも独身!! そんな方に見初められちゃったらどうしよう!』

 友情より恋を取った友達甲斐のないミシュのそんな叫びを聞き流して、酒場のおかみさんも、酒盛りを楽しむ労働夫達も、「確かに現国王の治世になってから随分と暮らしやすくなった」と言っていたっけ。

 こうして働く姿を見ていれば、その評価を決して裏切りはしないのだろうと解る。

 まるで機械仕掛けのように、疲労も苛立ちも何も漏らさずひたすらに仕事をする、その姿を。

「ねぇ、王様。あんたずーっと毎日そうやって書類仕事ばっかりやってるわけ?」

 伝わりもしない抗議をし続けることにも飽きて、そんな問いかけをしてみる。

「今はな。時折は外に視察にも行くが、大概はお前のいうところの“書類仕事”だ」

 王は顔を上げることなく、淡々とした返事だけを寄こす。

 まさか返事が返ってくるとは思わず、トーラはぱちくりと瞬きした。

「……でもさ、ずーっと仕事してんじゃん。休憩入れてるようには見えないけど、疲れない?」

 筆を止め、王はわずか顔を上げて首を傾げた。

「一日6時間は睡眠を取っているぞ。それで十分な休息だろう」

 おかしなことを言う、と王はまた書類に向かい始める。



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