秋。の後日談
「ただいま」
「おかえり~っ、パパ出張から帰ってるわよ?」
「はーい」
靴を脱いでいると、パタパタとスリッパの音が近づいてきた。
めずらしい、ママがあたしのお出迎えなんて。
「美咲」
「?」
ぐっと顔を近づけて、じーっと至近距離でママが顔を見つめる。
なんだろうと思ってそのままジーっと見つめ返す。
どれぐらいの時間だったかわからないけど、気の済んだママがにっこりと笑いながら距離を通常値に戻した。
「ねえ、今の何?」
訳がわからない。
くすくすと笑いながら、ママが指で大きなマルを作った。
「安藤さんて本当に文句のつけようもないくらい理想的なお相手ね」
「どういうこと?」
「美咲ちゃん、まだ乙女のままでしょう」
こっそりと耳打ちされる。
「え?……えっ、えええっ?」
一瞬あとにその言葉の意味に気づいて声を上げた。
なんでわかったんだろう。
乙女のまま。
つまりママ的に未経験だと指摘されて、一気に顔が赤くなる。
「マ、ママ、なんで?」
「だってやっぱり娘をそう簡単にどうぞ、なんて差し出せないもの。安藤さんにもさり気なーく釘刺しておいて正解だったわぁ」
「安藤さんに?なにそれ知らないよ、いつの間に?」
「気づかなかったのね、美咲も横にいたわよ?」
「知らないよ、わかんないって。そもそもなんでそういうことわかっちゃうの?」
「あら。もし何かがあったとして、あなたママの視線をさっきみたいにそらさずにいられる?」
「あ…今のってそれのチェックなわけ?」
確かに。もし昨日の夜に何かがあったとしたら、後ろめたくて視線そらせちゃうかもしれない。
一大決心だったのに。……だからこそママにも相談したのに。
まだまだあたしは手のひらの上にちょこんと乗っていたんだと、むなしい気分。
「まあほかにもいろいろあるけどね。ふふん、母親をなめちゃダメよ~?」
勝ち誇る母親の顔を呆然と見つめる。
思ってたよりも険しいかもしれない。理解ある協力者は、強力なストッパーでもあったわけで。
「……降参です」
そう言って両手を挙げた。
安藤さんの言ってた「いろんなこと」って。
こういうこと?
後日、真亜子さんに会いに遊びに行ったら、件のママとのやりとりとまったく同じようなことがあって。
自分がしたことを棚に上げながら。
かわいそう……。
苦笑いしていた安藤さんの姿を思い浮かべた。
安藤氏の訴え。
ったく。
一体僕に何ができたんでしょうね。
「どうぞどうぞ」と言いながら、
僕には「手を出せるものなら出してみろ」としか聞こえませんでした。
にこにこと微笑みながらのこの仕打ち。
はぁ・・・・・・・・・っ。
ひどいですよ、まったく。
この限界値まで引き伸ばされた理性の糸、
涙ぐましい忍耐力に対して
それ相応のご褒美を頂きたいものですが。
冬には報われるんでしょうね。
とにかく。
かならず僕の期待にこたえてください。
絶対ですよ。約束しましたからね。
もし約束が果たせないときは……
どうなるかわかってますよね……?




