冬。の幕間
ママ VS 安藤氏
「安藤です」
インターホンの向こうから聞こえたさわやかな声。
娘のボーイフレンドだということは重々承知の上で、鏡で自分の顔をチェックした。
──── お化粧しててよかった。
安藤彰人氏。25歳。
17歳の娘の相手としては少し大人のような。
だけどそれだけを理由に交際を反対するには惜しい気がしていた。
背の高いイケメンってのは日常の中でなかなかお目にかかることもなく、このまま美咲とうまく行けば彼からお義母さんと呼ばれる間柄に……。いやいやいや。うまくすれば名前で呼んでもらえるかもしれないという誘惑は捨て切れなくて。
彼自身だけに限らず、あの素敵なお庭を手入れしてらっしゃる彼の母親、真亜子さんともお近づきになれるという特典は魅力的だった。
将来どこの馬の骨ともわからぬそこらのムシがつくよりは、と思うのは母親の心。……まあ少しは自分の願望も入っているけれど。
「おはようございます」
ああ、なんてそつのない笑顔。
ガールフレンドの母親に対する笑顔としては最上級だわ。……などと考えてることはおくびにも出さず、
「無事に帰国なさってよかったですわ、お帰りなさい」
「ありがとうございます」
「美咲は、今日が終業式で。まだ学校なんですよ」
「はい、わかってます。先にこちらにご挨拶に伺ってから学校近くの駅で彼女を待とうと思いまして」
「そうですか。じゃあ……お茶でもいかがです?」
娘の留守にボーイフレンドを家に上げるのはタブーかしら?タブーじゃないわよね?
内心どきどきしながら提案すると、予想に反して彼がうなずいたので思わずガッツポーズをしそうになってしまってごまかすのに苦労してしまった。
我が家のダイニングに不似合いなイケメンが一人。
それだけでなぜかうきうきしながらコーヒーの用意をする。
おっと。美咲の母親らしく、世間話なんか交えながらいろいろと聞いてみなくちゃ。
「あちらは寒かったんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。雪はまだ降らなかったですけど、日本で言うと北海道ぐらいの気温で」
「大変でしたねぇ。それで3ヶ月間のお勉強のほうは?」
サッパリだったとか言われたら、いくらイケメンといえども娘のために振り上げるこぶしはある。
わが娘ながら、美咲は本当に健気だった。
3ヶ月の間、美咲は愚痴ひとつ言わず、もてあましてる時間に勉強や家の手伝いをしながら。
頑固なぐらい懸命に待ち続けていた。一途としか言いようがないいじらしさ。
その様子を、母としてすぐそばで見守ってきたんだから。
自分にも身に覚えがあることだから、17歳の恋をコドモの恋だと馬鹿にしたりはできない。
長女のときはアラマアとのんきに構えていたけど、美咲のこの恋は応援してやりたいと思った。
「美咲ちゃんに……さびしい思いをさせてしまうとわかっていながら行ったんですから。それ以上のものを手に入れて帰ってきました」
まるでこちらの心を読んでいるかのような返答に、返す言葉もなかった。
黙ってコーヒーを前に置くと、いただきます、と軽く頭を下げてから安藤氏が手を伸ばした。
「ミルクとお砂糖は……」
「いえ、このままで」
「……そうですね、美咲が安藤さんはブラック派だと」
「……」
安藤さんと向かい合う椅子に座り、真正面から、向かい合った。
「こうしてお会いするのは3度目ですけど。……もう何度も会ったような気がするのは、美咲からいろいろと聞いてるからなんでしょうね」
「美咲ちゃんが?」
「美咲は私とは違って変に落ち着いているというか……。それでもそんなあの子がふとした日常の中で安藤さんがこんなことを言ってた、とか。あれは苦手そうで、でもこれは好きみたいとか。たぶんのろけてる、って自覚もないんでしょうけど」
本人が自覚していないのだから、安藤氏にとっては知る由もないこと。
私の言葉を真摯に受け止める表情と、ほんの少し赤くなった耳に好意を抱いた。
それでも、親として。
大きなお世話に違いないと思いながらも、確かめたくなる。
「安藤さんなら、うちの美咲でなくともお相手はほかにいらっしゃるのでは、と。親としてそう申し上げたらどうなさいます?」
きゅっと結ばれた口元を確認してから、まっすぐに彼の目を見た。
たとえば。
目の前にいる娘のボーイフレンドが美咲と同じ高校生だったならこんなことを聞くつもりはない。
安藤氏が24歳の一人の男性だから。
こんな親ばかな母親の嫌味にどう応えるのかが、重要なことだった。
人間ユーモアも大切でしょうけど、時と場所をわきまえる必要はある。
この場で冗談を返すような男だったとしたら、とてもじゃないけど娘は任せられない。
いざ、勝負!
「……3ヶ月。ちょうどいい機会だと思いました」
「のぼせた頭を冷やすのにはちょうどいい期間だと思ったんです、僕は。たぶん、美咲ちゃんにとっても」
「……」
ああ、どうしよう。
少し娘がうらやましくなるくらいの真剣な表情で、彼が話し出した。
「年の差は充分自覚してましたし、その分余裕を持って彼女が大人になるのを待てるつもりだったんです。でも……彼女の素直さや正直さは幼いからじゃなく、きっとご両親にそう育てられたから、もしくは生まれ持ったものなのだと気づいてしまいました。やばいな、と思った時期にちょうど今回の話が舞い込んで。正直、その瞬間は残される彼女の気持ちをひとつも考えずに承諾してしまいました。今思えばひどい話で、無理矢理納得させて、しかも離れている間はなにひとつ連絡をしないと言った上、一人では泣かないでという約束までさせてしまいました。3ヶ月離れれば、頭も冷える。……と思ったんですけどね」
その瞬間の、安藤氏らしからぬ崩れた表情。
写真に収めてでも美咲に見せてやりたいと思う気持ちと、独り占めしてしまったという間違った喜びが葛藤する。
「離れてても、気持ちは変わりませんでした。真剣です。彼女のことを何よりも大事にしたいと思っています。もし……彼女の気持ちが変わってなければ、ですが。今夜、彼女を独り占めしてもいいですか?」
──── 負けた。
あーもう負けでいいや。っていうか負けて喜んでるのは変な気がするけど。
さすが私の娘、男見る目あるのね。
娘の色恋沙汰に影響されて、パパと出会ったころを思い出すのは恥ずかしいけれどよみがえってくる胸のときめきに酔ってしまいたくなる。
美咲へのメッセージを安藤氏に託して玄関先で見送る。
ダイニングで私を待っていたのは紙袋いっぱいのNY土産。
……もしパパにばれたら、これで買収されちゃったって言えばいいかな。
我ながらちょろいなあ、
美咲への言い訳と同じになっちゃうなぁ、と思いつつ。
久しぶりの二人きりのクリスマスだと思うと、少しだけドキドキした。
過去サイト初出 2011/01/18
娘が彼氏連れてくるときのこととか
いろいろ夢見たなあ(遠い目




