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めぐる季節  作者: 恵奈
11/12

冬が、はじまる。4


 

 唇が離れると、安藤さんは穏やかな笑顔を浮かべながらあたしの髪を指に絡めた。


「髪、のびたね」

「伸ばそうかな、と思って」


 中学までは、いつも髪を長くしていた。

 高校に入ってからはショートもいいかなと思っていつも短くしていたけど。

 夏が終わってから、何かを変えたくて短く切るのをやめた。

 そして、つい最近毛先だけ、と思って美容室で軽くパーマをかけた。


「似合いませんか……?」


 あたしの不安を打ち消すように安藤さんが笑う。


「オトナっぽくなってて、びっくりした。ショートもかわいかったけど……ふわふわも似合うよ、かわいい」

「ありがとうございます……」


 すぐ近くで、優しい顔で褒められて頬が熱くなる。


「照れてる?」

「……」


 言葉を返せないでいると、安藤さんがくすりと笑う。 


「照れるといえば。本当は校門のところで美咲ちゃんを出迎えようと思って行ってみたんだけど。すごいね、オンナノコを迎えに来たカレシたちがずらっと並んでて、びっくりしたよ。じろじろ見られるし、情けないけど僕には無理だったなぁ」

「え。安藤さんやっぱり校門のところにいたんですか?」

「え。美咲ちゃん見てたの?」


 同じように驚かれて、びっくりする。


「見ては……いなかったですけど。噂が」

「うわさ?なに、場違いなオッサンがいるって?」

「安藤さんはオッサンなんかじゃありません!」


 思わず声が大きくなる。

 それを聞いて、安藤さんはますますびっくりした顔をした。


「……三年生が、メガネかけたイケメンがいたって言ってました。もしかして安藤さんかなって?そう思ったんですけど。校門にはいなかったから」

「がっかりした?」

「……ちょっとだけ」


 正直に打ち明けると、安藤さんの表情がくずれた。


「ごめんごめん、でも本当にすごいんだよ。あそこに立ってると出てくる生徒みんなが値踏みしてくる。僕より年上かな、って人もいるにはいたけどすごく居心地悪そうだったし。平気な顔してるのは高校生か大学生ぐらいまでじゃないかな。僕も年くったなーって」

「だから。安藤さんはオッサンじゃないですって」

「まあ、美咲ちゃんさえそう思ってくれてるなら、ほかの子にどう思われてもいいんだけどね」


 実際は、オッサンどころかイケメンと称されてるって言ってるのに。


 それでも、あたし以外のオンナノコからの評判なんかどうでもいいって言われてるのだと気づいて、言葉を飲み込む。


「さてと。美咲ちゃんの涙も止まったようだし。これからどうしようか。まずはお昼ゴハンかな?」


 現金なあたしのおなかは、その言葉を聞いただけで控えめながらもくーっと返事をしてしまう。


「やっ……、ご、ごめんなさい」


 くすくすと。今日会えてからまだそんなに時間もたってないのに、こんな風に笑われちゃうのは一体何回目なんだろう。


「とりあえず、車出そうか」


 そういう安藤さんに、はいとうなずいたものの。


 離れてしまう体温が、なんとなく切なくて。

 空気の読めなかったおなかが恨めしくて、オトナっぽくなったのは髪型だけかと情けなくなった。




 少しだけ車を走らせてたどり着いたのは、大型のショッピングモール。

 映画館も併設されていて、飲食店も多い。だけどクリスマスイブにお昼時というのも重なって飲食店のフロアはどこも待合の列ができてしまっていた。


「うーん、1Fのカフェでも覗いてみようか」

「はい、あたしはどこでも」


 幸いちょっとした穴場なのか、目当てのカフェはいくつかのテーブルに空きがあってすぐに案内してもらえた。


 二人して今日のオススメランチを注文する。照り焼きチキンがメインのワンディッシュで、クリームコロッケとサラダも乗っている。

 結構なボリュームだったけど、安藤さんがNYにいる間の食生活のことを面白おかしく話してくれたものだから、いつのまにかぺろりと食べてしまった。

 ちょっと食べ過ぎたかも。セットだった食後のスィーツ、さすがに安藤さんの分までは食べられなかった。


「今日の予定だけど」


 安藤さんはコーヒーで、あたしは紅茶。


 ここだけの話、真亜子さんとお茶するようになってから、コーヒーよりも紅茶党になったような気がする。

 そんなことを考えてたから、反応が少し遅れた。


「えっと……」


 外泊許可はもらえませんでした、なんて。

 いきなり言ってもいいものだろうか。


 あたしも安藤さんも口にはしないけど。

 あの約束も。覚えてる。

 思い出すだけでもちょっと頬が熱くなっちゃうんだけど。

 期待……してたのかな。あたし。

 車の中でしたキスは、触れるだけだったので少しがっかりした、なんて。

 本気のキス。してほしいな、って。


 ちらり。安藤さんを見ると穏やかなまま。


「少し遠いんだけど、おいしいイタリアンのお店があるんだ。そこまでドライブはどうかな、と思って」


 そう言ってあたしの返事を待ってくれる。


「門限を、今日だけ延ばしてもらったから……多分大丈夫だと」

「うん。僕からも美咲ちゃんのお母さんにお願いしてみたよ」

「え?母に?」


 電話してくれたのかな?

 びっくりしてると、安藤さんが胸ポケットから小さな封筒を取り出す。


「これ。美咲ちゃんに、って預かったよ」

「ええ? 母に会ったんですか??」


 さらにびっくり。っていうか、ママってばあたしよりも先に安藤さんに会っちゃったの、とうらやましくなる。


「美咲ちゃんをさらう許可をもらいに、ちょっとね」

「あ、安藤さんっ!?」


 にっこり。さらりとすごいことをいったような気がするけど、安藤さんの笑顔はいつもと同じに見えた。

 聞き違い?


 慌てて封筒を開けて、中に入っていたメモを広げた。


『  美咲ごめんね~

   ママ、たくさんのお土産いただいちゃったわ♪

   安藤さんて本当にいい人ねぇ。

   今日だけ特別に外泊してきてもいいわよ~

   パパのほうは何とかしとくから大丈夫。

   あとは美咲の気持ちしだいということで

   くれぐれも後悔だけはないようにねっ

   よろしく~                 』


「えー……」


 どんな反応をしたらいいんだろう。

 嬉しい? お土産で売られた?……まあそれは冗談だけど。


「一体どんな風に説得したんですか?」

「ん?」


 白々しく聞きなおす安藤さんの様子に、ああこれは教えてもらえそうにないな、と思う。


 だけどただ単純に、安藤さんらしく正攻法でもって説得してくれたんだろうと納得する。


「なんて書いてあった?」

「えっと……」


 外泊オッケー、だそうです。


 馬鹿みたいにそのまま言ってみる?一瞬そう思って踏みとどまる。

 そう言っちゃったが最後……そうなるって……こと。


 心の準備は、三ヶ月という決して短くない毎日の中で積み重ねていた。

 だけど、それは今日ではないかもしれない、と。

 外泊もできないし?

 そう思ってなるべく考えないようにしていた。

 せっかく久しぶりに会えるのに、自分勝手に期待しといて落胆しては安藤さんに失礼だからと思って。


 なのに、今日は前回とまるで違う。

 ママからのメッセージにもう一度目を通した。

 あたしの気持ちしだい。

 たぶん、ここでNOと言っても安藤さんは怒らない。


 ……ああ、どうしよう。 


 思わず心の中でそうつぶやいたのは、迷ってるからじゃなかった。

 ゆっくりとメモを封筒の中にもどしてテーブルの上に置く。


「あの。……安藤さんにおまかせします、ってことで……」

「それでいい?」


 もしかしたら、前みたいにただ手をつないで眠るだけかもしれないけど。

 そんなことを考えるあたしは、どうあっても期待しすぎて落胆するのがいやなだけで。


 恐る恐る安藤さんを見ると。

 いつもと同じように優しく笑ってるようにしか見えないのに、メガネの奥からのまなざしだけがあたしの気持ちを確かめようと真剣で。


 心と身体が受け止めた予感を信じて、うなずいた。







 ―――そして、翌朝。



 カーテンを開けて部屋の窓から中庭を見下ろせば。

 うっすらと雪化粧。

 昨日の夕方からちらつきだした雪は、夜も降り続いてた。


 住んでる街からはずいぶんと遠くの山の中にある小さくておしゃれなホテル。


 昨日車から降りたときも、びっくりするぐらい寒かったっけ。

 部屋の中は充分暖かいのに、見てるだけで少し寒くなってくる。

 毛布を巻きつけただけで、むき出しのままだった肩をそっと毛布の中に入れた。


「美咲ちゃん?」


 振り向けば、いつもの何倍もひどい寝癖の彰人さん。

 ゆっくりと身体を起こして。

 まぶしそうに外の光と、あたしを見る。


「少しだけど、雪が積もってて」

「キレイ?」

「うん。でも……お昼にはとけちゃうかも」

「そう」


 おいで、と広げられた腕の中。


 朝の光の中で見るにはまだまだ慣れない素肌にどきどきしながらも、毛布ごとすっぽりと抱かれると手足がゆっくりと暖かさを取り戻してく。


「外は寒そうだから、ずっとこうしていたい気分」


 そうつぶやけば、頭の上で彰人さんが苦笑する。


「僕だってそうだけど。ほんとに美咲ちゃんは誘惑上手で困る」

「誘惑?」

「ちがうの?」


 顔を上げると、心の中全部を見透かすような視線に絡まれて。


「ちがわない……かも」


 そう言って自分から唇を重ねた。


 もう、何度目かもわからない。本気のキス。

 心と身体にしっかりと刻み込まれている、彰人さんの気持ち。

 とても幸せな気持ちでしっかりと彼の身体を抱きしめた。




 灰色の空からゆっくりと粉雪が舞い落ちる。


 少しずつ、少しずつ。ゆっくりと降り積もっていく。

 夏から、秋へと。そして秋から……冬へと。

 二人の季節が重なっていくように。


 あたしたちの冬は、もうはじまっている。




全年齢なのでw


過去サイト初出 2011/01/12

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