冬が、はじまる。3
それからのあたしは最強だった。
帰ってからのテスト勉強もさくさくと進み、4日に及ぶ期末テストもヤマが当たって好感触。
結果、安藤さんに教えてもらった数学なんか、過去最高得点をマークしたり。
廊下で進藤とばったり会ったときは、思わず笑顔でおはようと挨拶してしまった。
一刀両断しておきながら。
そんな自分に一瞬引いたけど、返ってきたのはあたしに負けないぐらいの勢いの笑顔とオハヨウの声。
そして、そのまま通り過ぎていく進藤の背中を振り返りたくなる衝動。
だけどそうしてしまってはすべてが台無しになるような気がして、あたしは足早に教室に駆け込んだ。
友達にもなれない。
そこまで言ってしまったあたしのことを、彼は許してくれている。
だけどその優しさにいつまでも甘えるわけにはいかないから。
いまのあたしにできること。
それは、安藤さんへのキモチをいつも大切にしておくことだと思えた。 彼がもう心配しなくてもいいように。
イブを二日後に控え、いろいろと考えた末に今回も正攻法で行こうと思った。
安藤さん、前に嘘をつかせたくないって言ってたし、あたしもそうしたかった。
前倒しで配布されてる冬休みの宿題を少しづつやりながら、日課になりつつあった夕食の手伝いをしに台所に入る。
頼まれたドレッシングをボウルの中でかき混ぜながら切り出す。
「ママ、24日なんだけど……」
「ん? 安藤さん、帰国間に合うって?」
「うん、たぶん。24日にデートしようってメッセージを受け取ったから。今日とか明日には帰国してるんだと思う」
「そう。よかったわねぇ、美咲」
「うん。……で、お願いがあるんだけど」
そう言うとママはにんじんを刻んでいた手を止めてくるりとあたしを振り返った。
「……外泊許可?」
前科のあるあたしは思わず苦笑いする。
「まさか。パパもいるのにさすがにムリだってわかるよ。だけど……もしよかったら門限を伸ばしてもらえないかな、って思って」
「どれくらい?」
「安藤さんがどういう予定でいるかわかんないから。もしかしたらいつもどおり帰ってくるかもしれないけど。……できたら晩ゴハンを安藤さんと一緒に食べたいなと思って」
「じゃあ……9時ぐらい?」
「うん。ダメ?」
「うーん」
去年までは、パパとママと3人。ささやかながらクリスマスっぽい夕食を一緒に食べていた。
その数年前までは、お嫁に行ったおねえちゃんも一緒に4人で。
だからその日は、私にとって家族のイベントだった。
だから、クリスマスを家族以外のヒトと過ごしたいなと思った、初めての年になる。
「美咲もそういうお年頃なのねぇ」
ママの声がゆったりとあたしを包んだ。少し恥ずかしい。
「早すぎる、かな?」
「んーん。ママがパパと初めて一緒にクリスマスデートをしたのって、今の美咲と同じ17歳だったから」
安藤さんと恋愛できるようになってから、ちょこちょことママたちの若いころの話を聞かせてくれるようになったけど。
それは初耳。
実は。高校の先輩と後輩から始まってるんだよね、うちの両親。
「どんなデートしたの?」
「内緒~、もう少し美咲が大人になるまで。ね」
そう言って再びにんじんをリズムよく刻み始める。
門限延長、ムリっぽい?
どっちか判断できずに手を止めていると、
「ほら、手、動かして。さっさとやる。パパには、久しぶりに二人きりのクリスマスにしましょうって提案してみるわ」
「それって」
「安藤さんに会うの久しぶりだからね、特別に。パパにはお友達とのクリスマス会だって言っておくから、話をあわせること。彼氏と過ごすんだって言ったら、きっと自分のことは棚に上げて反対するに決まってるんだから」
「そうなの?」
「男親なんてそういうものよ」
「そっか。えっと……じゃあ門限延長ありがと。パパへのフォロー……お願いします」
「OKOK。そのかわり、今年のおせち作りはいっぱい手伝ってね」
それぐらいのことでいいなら、と。
久しぶりに会う安藤さんとの時間が長くなることをよろこびながら、上機嫌で返事をした。
そしてようやく迎えた24日、当日。
まだ冬休みにはなっていなくて、2学期の終業式が残っていた。
教師の話と成績表を受け取るためだけの軽いはずのトートバッグは、そのあとアトリエにむかってそのままデートできるように小さなバッグが入っていて少し重い。
学校が終わってからつけるつもりのラピスラズリのリングも忘れずに持ってきた。
だけど。
学校で悪目立ちしない程度の、でもひさしぶりの安藤さんとの、それも初のクリスマスデートにふさわしい格好ってのがなかなか難しくて。
コートに合わせて買った黒いブーツだけははずせないと思うのに、少し躊躇した。
制服のないうちの高校は、私服に関してもかなりゆるく。
運動場、それから体育の授業以外はヒールもOKだったりする
だけど一部の派手なグループ以外は、自然と高校生らしい服装に納まってて。それでもこのシーズン、女子は暖かさ重視でブーツの子が多いことに望みをかけるしかない。
だけどさ。普段ブーツを学校にはいてかないあたしが履いてるのは。
玄関を出る前、姿鏡でチェックした自分の姿は、どこからどう見ても『デート直行組』だった。
ニヤニヤ笑うママに後ろ向きのまま言ってきますとつぶやいて、家を飛び出した。
友達から散々冷やかされてから迎えた放課後。
教室でケータイをチェックしてみたけど安藤さんからの連絡は入ってなかった。
帰国……できたのかな、ホントに。
少し不安で。こちらからしてみようかとも思ったが、声を聞くよりもさきに直接会いたいという気持ちのほうが強くて。
NYに行く前、いつもしていたようにあたしがアトリエに向かうほうがいいような気がした。
急いで下駄箱に向かうと、普段よりもにぎわっている。
グループでクリスマス会をする子達がメンバーがそろうのを待ってるせいだ。もちろん普通に帰宅する生徒もいるけど。
そんな中、あたしよりも明らかに『デート直行組』とわかる子達もいて。
校門まで迎えに来てるらしい彼氏を自慢しようと友達をはべらしてる。
「期待したほどじゃなかったね、あのこの彼氏」
当人がいないのをいいことにきつい一言が響いたり。
ああなんかやだな。
なんとなく回りの雰囲気に引きづられて必要以上に胸がどきどきしてくる。
校門で安藤さんが待ってるわけでもないのに。
そう思った矢先、気になる会話がすぐそばを通り過ぎて行った。
「メガネのオニイサン、背が高くて結構イケてたね」
「あー、ちょっと大人な感じの?誰の彼氏なんだろね~」
…………。
そんなはずは。
そう思いながらも、ブーツは履く手がちょっと震えた。
変に期待して失望すれば胸が痛むから、なるべく平常心を保つよう心がけながら校門を通り抜ける。
あんまりきょろきょろと見回すのは恥ずかしい気がして。さっとあたりを見渡してみたけど、安藤さんの姿はなかった。
勘違いか。
ほっとしたようながっかりしたような。
予定通りアトリエに向かうために駅に向かって歩きながら、そういえば行きずりの会話に出てきた『メガネのオニイサン』に該当するヒトもいなかったなあとぼんやり考える。
ちょうど商店街に差し掛かったときだった。
視界前方、特に気にしてない位置に立っていた人影がこちらに向かってまっすぐ歩いてくる。
え。
びっくりしてフォーカスをあわせると見えたのは、『背が高くて結構イケてるメガネのオニイサン』だよね?
「…………」
「? 美咲ちゃん?」
間抜けにも大きな口をあけたまま立ち止まってしまったあたしの手に、安藤さんの指がおそるそる触れる。
安藤さんだ。安藤さんだ。安藤さんだ!!!!!
あたしはもう片方の手で安藤さんの服を握り締めながら、声をしぼりだした。
「やばい、です、安藤さん。びっくりして、うれしくて。泣いて……しまいそうです」
こんな往来で。
高校のすぐ近くの、商店街で。
立ち止まってしまったあたしはすでに、追い越していく同じ学校の生徒に振り返られてしまっていて。
このまま涙の堰が切れてしまったら、安藤さんもあたしも二度とこの道を通れなくなってしまう。
ふはっと安藤さんの笑う気配がして、それから指がしっかりとあたしの手を握り締めた。
「商店街の裏に車止めてあるから、そこまで我慢できる?」
「ハイ、なんとか…」
下校する生徒の波から上手にあたしを救い出して脇の細い路地へと入る背中を追う。
安藤さんだ……。
ふわふわと揺れるやわらかそうな髪が、日に透けて茶色い。
あの髪に触れたのはもう三ヶ月も前のこと。
そう思うと、ぽろりと涙がこぼれた。
帰ってきてくれた、会いに来てくれた。
決して疑わず、不安に負けず、強く強く信じて待ってたとはいえ。
この瞬間を迎えて泣かずにはいられない。
車までたどり着いたものの、すでに涙をあふれさせているあたしを見て安藤さんが苦笑する。
「ほら、乗って」
「え、でも……」
開けてくれたドアはリアシートで。
戸惑ったものの促されるままシートに座ると追いかけるようにして安藤さんも滑り込んでドアを閉めた。
「運転席からじゃ、こうやって抱きしめられないから」
背中に回された腕があたしの身体を強く抱きしめる。
大きな手のひらが頭を引き寄せるので、あたしはそのまま安藤さんの肩に顔をうずめた。
すぐ近くで、安藤さんの深くて優しい声が聞こえる。
「もう、泣いてもいいよ」
そう言われてしまうと、なんだか涙も戸惑ってしまって。
車の外。
寒そうな風の音。
街の音。
人の声。
そしてすぐそばで、安藤さんの息遣いと、体温と、心臓の音。
「さびしかった、です」
そう、つぶやく。
「うん」
わかってるよ、と安藤さんが優しく言った。
「でも。泣かずに、がんばりました」
「うん」
「ずっと、待ってました」
「うん、ありがとう」
「……おかえりなさい」
「……ただいま」
そして、3ヶ月ぶりのキスをした。




