恋人になった翌日は、少しだけ世界が違った
告白は、
物語の終わりではありません。
むしろそこから、
「どう一緒にいるか」という
静かな問いが始まります。
恋人になったからといって、
急に変わらなくてもいい。
これは、
名前のついた関係に、
ゆっくり身体を慣らしていく話です。
佐伯 恒一は、いつもより早く目が覚めた。
——付き合ってる。
その事実が、頭の中で何度も反芻される。
嬉しい。
でも、それと同じくらい、不安だった。
図書館の奥の席。
いつもの時間。
水野 玲奈は、少し遅れてやってきた。
「……おはようございます」
声が、ほんの少し硬い。
「……おはよう、ございます」
二人とも、ぎこちない。
昨日までと、何が変わったのか。
何を変えていいのか。
わからないまま、隣に座っている。
沈黙が、少し長い。
——やっぱり、無理だったんじゃ。
そんな考えが浮かんだ瞬間、
玲奈が小さく言った。
「……恋人になったからって……」
恒一の肩が、びくりと動く。
「急に、何かしなきゃって思わなくていいですよね」
その言葉に、胸の奥がほどけた。
「……はい」
「……正直……何を期待されてるのか、わからなくて」
玲奈は、苦笑した。
「私、普通の“彼女”像、全然持ってないので」
恒一は、少し考えてから、言った。
「……僕も……普通の“彼氏”……無理です」
その正直さに、玲奈がふっと笑う。
「じゃあ……」
スマホを取り出す。
「今日も、いつも通り、イベント周回しません?」
その一言が、
昨日までの距離を、静かに呼び戻した。
並んで画面を見る。
肩が近い。
「……恋人、ですよね……今」
玲奈が、照れたように言う。
恒一は、勇気を出して答えた。
「……はい。恋人です」
言えた。
昨日より、少し自然に。
帰り道。
人通りはあるけれど、昨日ほど怖くなかった。
玲奈が、そっと言う。
「……手、繋ぎます?」
恒一は、一瞬迷ってから、頷いた。
今日は、彼のほうから。
強くは握らない。
離れすぎない。
「……無理なこと、あったら言いますね」
「……僕も」
二人は、歩いた。
恋人になったから、
世界が劇的に変わったわけじゃない。
それでも。
隣にいる理由が、
はっきり名前を持った。
それだけで、
歩き方が、少し変わった気がした。
第7話では、
恋人になった翌日の空気を描きました。
ぎこちなさも、不安も、
どちらも自然な感情です。
大事なのは、
それを一人で抱えなかったこと。
期待に合わせる恋ではなく、
歩幅を揃える恋。
この二人が選んだのは、
「昨日までの安心」を、
そのまま明日に持っていくことでした。
恋人という言葉が、
重荷ではなく、
支えになっていく。
その始まりを、
感じてもらえたなら嬉しいです。




