怖い理由を、君だけには
誰かを怖がる理由は、
いつも、弱さから生まれるわけじゃありません。
守るために身につけたものが、
いつの間にか、壁になってしまうこともあります。
それを言葉にするのは、
もう一度、傷つく覚悟が要ること。
これは、
距離を縮める話ではなく、
心を見せる話です。
図書館の奥の席で、
佐伯 恒一は、いつもより言葉が少なかった。
水野 玲奈は、それに気づいていた。
でも、聞かなかった。
無理に掘り下げない。
それが、今まで二人を繋いできた距離感だったから。
それでも——
今日は、少し違った。
「……このあと、少しだけ」
恒一が、ぽつりと言った。
「時間、ありますか」
玲奈は、ゆっくり頷いた。
「あります」
二人は、図書館の外のベンチに座った。
夕方の風が、静かに吹いている。
恒一は、しばらく下を向いたまま、
何度か息を整えてから、口を開いた。
「……僕が、女性が怖い理由」
その言葉だけで、
心臓が大きく鳴った。
「無理なら、途中でやめます」
玲奈は、首を振った。
「やめたくなったら、言ってください」
急かさない。
覚悟だけ、そっと置く。
恒一は、小さく頷いた。
高校時代のこと。
笑われたこと。
噂になったこと。
存在を、からかいの対象にされたこと。
言葉にするほど、
胸の奥が冷えていく。
「……それ以来、女性に見られると……」
声が、震えた。
「……自分が、気持ち悪いものみたいに感じて」
話し終えたあと、
世界が静まり返った。
玲奈は、すぐには何も言わなかった。
代わりに、少しだけ距離を詰めて、隣に座った。
触れない。
でも、離れない。
「……話してくれて、ありがとうございます」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「恒一さんが怖がるの、ちゃんと理由があると思います」
評価しない。
否定しない。
「でも」
玲奈は、ほんの少しだけ、彼の方を向いた。
「私は、今の恒一さんしか知りません」
その言葉が、
ゆっくり、胸に染み込んでいった。
「怖いなら、怖いままでいいです」
「近づけないなら、その距離でいい」
「それでも一緒にいられるなら、私は嬉しいです」
恒一は、目の奥が熱くなるのを感じた。
「……僕は」
言葉が詰まる。
「……それでも、離れられなくなってきてて」
初めて、はっきりとした本音だった。
玲奈は、少しだけ笑った。
「それ、同じです」
帰り道。
今日は、手を繋いだ。
前より、少しだけ自然に。
怖さは消えていない。
でも——
一人で抱えなくていいと、知った。
それだけで、
世界は、少し優しくなった。
第4話では、
二人が初めて「過去」に触れました。
励ましも、解決も、約束もありません。
あるのは、
否定しなかったことと、
離れなかったことだけです。
誰かの痛みは、
理解するより先に、
尊重されるべきだと思います。
怖さが消えなくても、
共有できたなら、
それはきっと、前進です。
この回を読み終えたあと、
少しだけ呼吸が楽になっていたら、
その時間が、彼にとっての救いでした。




