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女性が怖い僕でも、君の手は怖くなかった  作者: パーカー


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1/8

手を繋いだだけなのに

この物語は、

派手な告白も、劇的なキスもありません。

誰かの手を取ることが、

誰かのそばに立つことが、

とても難しかった青年と、

それを無理に変えようとしなかった女性の話です。

もしあなたが、

「怖いから一歩引いてしまう気持ち」や

「好きなのに、触れない優しさ」を

少しでも知っているなら。

この物語のどこかに、

あなたの居場所があるかもしれません。

佐伯 恒一は、女性が怖い。

声をかけられると心拍数が跳ね上がり、

視線を向けられると頭の中が真っ白になる。

理由はわかっている。過去に傷ついたからだ。

でも、わかっていても、体は言うことを聞かない。

だから大学では、できるだけ目立たず、

人の少ない場所で、ひとりで過ごしていた。

図書館三階の奥の席。

そこは、彼の安全地帯だった。

ただ一人、決まった時間にそこを使う女性がいた。

水野 玲奈。

黒いパーカー、眼鏡、オタク特有の落ち着いた空気。

彼女は誰とも群れず、黙々とスマホゲームをし、

時々、楽しそうに小さく笑った。

恒一は、彼女を「怖くない」と感じていた。

彼女は、見てこない。

測ってこない。

「男」としての自分に、何も期待していない。

ある日、恒一はイヤホンを落とした。

「……あの」

声をかけられ、体が強張る。

「これ、落としましたよね」

差し出されたイヤホン。

距離は、ちゃんと保たれていた。

「そのモデル、音いいですよね。低音が」

思わず、恒一は口を開いていた。

「……はい」

それが、彼にとって奇跡みたいな始まりだった。

それから二人は、週に一度、隣に座った。

アニメ、ゲーム、イベントの話。

恋愛の話はしなかった。

玲奈は、触れなかった。

近づきすぎなかった。

それが、どれほど優しいことか、恒一は後から知る。

ある雨の日。

帰り際、二人は立ち止まった。

「……傘、一本しかないですね」

自然な距離で、並んで歩く。

信号待ちで、玲奈が少しよろけた。

反射的に、恒一は手を伸ばした。

指先が、触れた。

一瞬で離そうとした。

でも、玲奈は引かなかった。

「……大丈夫です」

柔らかい声。

怖くなかった。

恒一は、その瞬間、気づいてしまった。

彼女が可愛い、と。

外見じゃない。

態度でもない。

自分を壊さずに、そばにいてくれたこと、その全部が。

雨音の中、玲奈が小さく言った。

「私、恒一さんといると、安心するんです」

恒一は、深く息を吸った。

「……僕は、玲奈さんといると、怖くないです」

それで十分だった。

別れ際、玲奈が少しだけ勇気を出した。

「……手、繋いでみませんか」

恒一は、迷った。

でも——逃げなかった。

ゆっくり、確かめるように、手を重ねる。

温かい。

ちゃんと、人の手だ。

世界は壊れなかった。

息も、できた。

「……大丈夫、です」

彼がそう言うと、玲奈は、静かに笑った。

それは告白でも、約束でもない。

ただ、

“一緒にいられる”と知った一日。

彼はまだ女性が怖い。

彼女は今もオタクだ。

それでも、

その日だけは、確かに、恋だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

恋は、

必ずしも言葉から始まるものではなく、

触れ合いから始まるものでもありません。

同じ時間を、同じ距離で、

ただ一緒に過ごせたという事実だけで、

救われることもあるのだと思います。

彼らは、まだ完璧じゃありません。

きっとこれからも、怖がったり、立ち止まったりします。

それでも——

「怖くなかった一日」を知ってしまった以上、

もう二人は、ひとりには戻れないでしょう。

この物語を閉じたあと、

あなたの心にも、

少しだけ温度が残ってくれたなら嬉しいです。

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