第12話 氷はやがてほぞを噛む・前
銅鑼の音が大きく鳴り響くと、華宴の始まりの時と同様に禁苑の花一同が再び大衆の前に姿を表す。
皆一様に華やかな色合いや髪飾り等をして、我こそがいっとう美しい花であると見目から主張している。
その美しさに龍族や禁苑の花達の縁者、招待客の全てが感嘆の溜息を吐く程だ。その様子も含め、竜胆は静かに花達を見つめた。
しかし、その竜胆もまた大衆と一緒に目を見張る瞬間が来る。
「く、黒い着物だと?こんな祭の場で?」
「でも花のあしらいも少なくてかえって上品ですわ。金糸の刺繍が映えること」
「月見草の耳飾りってあんなに愛らしいのね!私も欲しいわぁ」
色とりどりの花の中に一輪だけ、小さな花がまるで夜を連れてやって来たような出立に誰もが騒ぐ。
咲夜が歩けば漆黒の夜の生地は揺れ、それと同時に金糸で縁取られた白い月見草がまるで風に遊ばれているように見える。
そして装いに目が行っていた者の中で「おや」と気づく者が出た。
「いやでも待てよ?あれが人間の……はは、見てみろ。戦績が花の後ろの一覧にあるが、たった二点じゃないか」
「いーや!まだわからないよ。何せ大一番の運試しが待ってる」
「賭けが禁止なのが惜しいねぇ」
皆が思ったままを口々にする中でも、竜胆は表情一つ変えない。
品がないと周囲に思う部分はあるが、これもまた祭りの一つ。かつては血統を重んじ閉鎖的だった龍族の開かれた部分を見せる意もある。
竜胆はじっと咲夜を見た。
(もし結果が駄目でも大丈夫だ。次もある。周りに覚えて貰うだけでも僥倖だろう)
この機会が、恩人である咲夜の努力が、良い未来を掴む事を竜胆は願った。
「これより最終種目「彩占筺」を行う。東西南北の筺の中に一つだけ龍仙花がある。その筺がどれかを当てるように!」
花達の前に一斉に縦長の筺が、黒子達により四つ配られる。
筺はそれぞれ花の前、東西南北の位置に置かれ、一番最初は東の筺に龍仙花が入れられた。
そしてこの種目を仕切る「親」と呼ばれる者が一人。この者が天賦を使い、花達の前に置かれた彩占筺を無作為に並び替える。
(五回勝負。例年一度当たる者は多く、二度当たれば幸運程度だ)
これはあくまで運試し。気負う事はないと思いながらも、竜胆の視線は咲夜に一心に注がれていた。
そしてその竜胆を舞台から見て、ぎゅっと唇を引き結ぶ者がいた。麗花だ。
(気まぐれで竜胆様に拾われただけの癖に。此処でも大恥をかくといいわ……!)
普段の優美さの仮面が麗花から剥がれかけているが、誰もが彩占筺の種目が開始される事に夢中で気付かないでいた。
そして親が目を見開き、口を大きく開く。この場の空気がより肌に纏わりつくようなぴりつきと静寂に包まれる。
「それでは一巡目、始め!」
親が手をばっと振ると同時に筺達が一瞬ゆらりと揺れる。それは肉眼では捉えられないような微細な揺れだ。
ある者は天賦を微細に操ろうとして筺が爆ぜ「きゃあ!」と甲高い悲鳴を上げた。
「銀樹、失格」
「そ、そんなぁ……!」
他の者が各々「東」「北……やっぱり西!」等と答えている間、咲夜はじっと四つの筺を眺めているだけだった。
膝の上にある両手は小刻みに震えている。やはり此度は荷が重かったか──と竜胆が眉を下げた。その時、咲夜は息を深く吐き出した。
そして震える手を動かし、自身の前に出す。その所作に一体何かと大衆も咲夜に集中する。まるで祈るように手を重ね、目を瞑る。
瞬間、咲夜は目を見開いて手袋を取る。
覚悟を決めたその表情の変化と、流れるような所作に皆が咲夜の一挙手一投足に釘付けになった。
瞬き一つせず、東西南北の筺を撫でるように触れる。その異様な集中に、誰かがごくりと固唾を飲む音さえ聞こえた。
(この筺に花を入れた人、あまり感情に起伏が無い…。でも、最初に東の筺に間違いなく入れるという緊張感が筺に滞留してる)
周囲が固唾を飲む中で、咲夜は僅かに残る彩占筺の親が残した緊張の残滓を筺をしっかり掌全体で撫でて気取る。
(逆に他の三つの筺には触れてないから、手は何も感じない。大丈夫。焦らなければこの勝負、獲れる……!)
「南」
「……て、的中」
一度の的中は例年あり得ないわけではない。しかし咲夜のこれまでの種目との変わりように誰もが動揺し、目を奪われていた。
「続いて二巡目」
「西」
他の花も、すっかり咲夜に飲まれたようだった。天賦を使おうにも、勘を働かせようにも、集中出来ずに外れを引くか筺に変化を齎し失格となっていく。
三巡目も四巡目も咲夜の様子は変わらなかった。誰の目もくれずに筺と向き合い、筺を見つめ、その手で撫でる。そして淡々と龍仙花の入っている筺の位置を告げた。
「北」
「同じく北」
五巡目ともなるともう誰もが騒然とする事を止め、驚きのあまりあんぐりと口を開け、咲夜を食い入るように見ていた。
周りの変化になど気づく事なく、咲夜は最後の筺を答える。その唇は緊張からか僅かに震えていた。
その震えさえも見逃すまいと、観衆は食い入るように咲夜の結末を見届ける。
「──……東」
「的中。咲夜、皆中」
皆中は全てを当てた事を指す。こんな事は華宴開催以降、初めての事だ。
催しなど実は大衆はわっと歓声を挙げて咲夜に拍手を贈る。
「凄い!一体どうやったんだ!?」
「かっこよかったねぇ」
周囲の割れんばかりの興奮の声を浴びているとも気づかず、咲夜は終わっても暫く筺を見ていたが、少ししてからはっと我に返る。
そうして自分が全てを的中させ、見事二十点を獲得したという現実を噛み締めていた。
「やったぁ!咲夜様!!咲夜様の勝ちですっ」
「で、出来た。やれた……」
緊張の糸が切れたのか、咲夜の二度目の深い溜息はか細く震えていた。
小桃は嬉しさのあまり後ろで控えているべき所を飛び跳ねて喜ぶ。他の花や侍女は顔面蒼白と言った様子で、各々立ち尽くしていた。
しかしその中で一人だけ、様子の違う者がいる。麗花だ。
(ありえない、ありえないありえないありえない──……!こんな、こんな人間の小娘に私が負けるなんて!!)
これまでは例え運試しが加わろうとも麗花が負ける事は無かった。
運試しは大体同点で引き分ける結果が多かった為だ。だからこそ全ての種目の総合得点で、麗花は僅差でも頂点に君臨していた。
龍族の一員であり、催事でも存在を示す者だからこそ苑内では強い権力を持っていたのだ。それが、この一瞬で瓦解した。それが許せなかった。
周囲に目配せをしても、他の侍女も花も麗花から気まずそうに目を逸らす。禁苑は催事等の結果もまた序列で重んじられる事は、麗花も一番よくわかっている筈だ。
「れ、麗花様。大丈夫に御座います……か」
そんな中で、自身の侍女が気遣わしげに声を掛けてくる。
「大丈夫かですって?」
「ひ、あ、」
麗花は静かにその侍女の方を向いた。
それは朝に咲夜が声を掛けた手首を怪我している侍女だ。侍女は青ざめ、一歩後ろへと下がる。
周囲の悲喜交交の声の中、殆どの目が咲夜に向いている中、侍女を見る者はいない。この二人だけがわかる凍えるような空気の中、麗花だけがにこりと微笑んだ。
「そんなわけないでしょう?」
(私が、私だけがあのお方の花よ──!)
麗花がぐっと侍女の手を掴む。するとぱきり、ぱきりと音を立てて侍女の怪我をしている手首を氷が包む。
「大丈夫よ。私の氷の天賦の操り方は一級品ですもの。そう大怪我はしないわ」
「い、いやっ……!」
「貴女は可愛い大切な私の侍女ですもの。終わったらまた手当してあげますからね」
行動と言動が真逆の仕打ちを受け侍女はいよいよ恐怖のどん底に陥る。
そしてそんな事が起きているとも知らず、咲夜が小桃の全身の喜びを受けているその瞬間、耳をつんざく悲鳴が咲夜の耳に届く。
「きゃあああああ!!」
麗花の侍女の叫びだと誰もが理解する間もなく、侍女の手は何かを振り払うように動いた。
そうすると角錐状の鋭い石の連なりが彩占筺の会場に目にも止まらない早さで突き出て、咲夜の方へ迫る。
咲夜の目に迫りくる石の連なりと麗花の侍女が映る。その手首は氷漬けになって、侍女の怪我をしている皮膚に痛々しく張り付いていた。
「あ……」
咲夜は乾いた声しか出せず、その場から動けずにいた。
しかしその事態を見た小桃は猫族の反射を活かし、咲夜の前に出る。
「咲夜様!!」
「……っ、だめ、小桃!!」
駄目だ。このままでは自分だけではなく、小桃も──と咲夜は思いながら自然と手が動く。
素手であるという事も気にせずに小桃を引っ張って抱きしめ、目を瞑る。刹那、今度は雷鳴が轟いてその場にいる全員が悲鳴を上げた。




