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11話 花々は苛烈なまでに咲き誇る

 華宴かえん当日の龍宮りゅうぐうはいつも以上に、多くの者で賑わう。

大きな園庭に華宴の為の特別な会場が設営されている。全体を見られる一番高い観覧席には竜胆りんどうが座していた。

種族は違えど、人の姿をした大勢の人々の中に自分がいる事に、咲夜さくやは色々な意味の緊張でどうにかなりそうだった。


「咲夜様、咲夜様っ」

「は、はい!あ、小桃こももさ……小桃?どうしたの?」

「お召し物、よくお似合いです。ふふ、衣の色も合わせて小物がお揃いですね。私達、今日はいつも一緒ですよ!」


 こそこそと話しかけてきたのは後ろに控えている小桃だった。

どうやら賑やかな祭が好きらしく、余程うきうきしているのだろう。耳をぴくぴくさせて、いつも以上にご機嫌だった。


杏子あんず様が急用でいないのは残念だけど、小桃がいつもどおりでいてくれると安心する)


 小桃の無邪気さに咲夜はふふっと息を零して笑いながら、返事をする代わりに小桃の頭を撫でる。

手にはまだしっかりと手袋をつけている。どのみち最終種目までは外していても有効には使えない。

とはいえ、選択種目も捨てずにしっかりと教えられた事はやり通すつもりだ。

 雅な楽器演奏が始まると同時に、禁苑きんえんの花達が順に入場していく。咲夜は最後尾だ。整列を終え、合図と共に一同がしずしずと頭を下げる。

 下げる相手は勿論、この日この時を捧げてきた龍族りゅうぞくの長、竜胆に対してだ。竜胆は今日も変わらず涼やかな表情で一同を見つめる。


「此度の宴、花の美しさの何たるかを惜しみなく出すが良い」


 その言葉に普段は高飛車な態度でいる花の誰もが背筋を伸ばし、胸をときめかせ深々と頭を下げながら返事をした。


「はい、竜胆様」


 全員の声が揃った後、大きな銅鑼の音が鳴る。

華宴の正式な始まりの合図だ。竜胆に侍女達で構成される舞が披露されている間に、各種目の準備が行われる為、舞台裏は大慌てだ。


(あれ……?)


 ふと咲夜の近くに見覚えのある侍女が手首を抑えて苦い顔をしている。

龍宮りゅうぐうに着た初日に出会った麗花れいかの侍女で、杏子に噛みついていた少女だ。しかし今日は明らかに様子がおかしい。


「失敗のないように、失敗のないように。でないとまた麗花様に……」


 侍女はひどく怯えた様子で顔色も悪い。

話しかけるのは躊躇われたが、皆この日の為に練習してきた事は咲夜自身も知っている。

侍女は花に欠かせない支えだ。麗花もきっと困るだろうと咲夜は声を掛けた。



「あ、あの。大丈夫ですか?お怪我を?」

「……っ。な、なんでもないわ!気が立っているのよ。触らないで!!」

「す、すみません」

「貴女と話すとこっちが麗花様に怒られるの。身の振り方には気をつけてよね」



 触れる事はしていないが、余程ぴりぴりしているのか麗花の侍女は声を上げて庇っていた手首を上に上げた。

袖が捲れて手首が顕になる。細く白い手は、手首だけ一箇所だけ赤紫色に腫れて水膨れが出来ている。

只事じゃないと咲夜はぎょっとする。それは、とても自然に出来た傷とは思えないものだった。


「あの、重ねてすみません。その怪我は、」


 主人の名前を言いながら怯える侍女に出来た傷。それは、咲夜に良くないことを想像させた。

しかし咲夜が聞き終えるより前に麗花の侍女は、ぞっとした顔をしながら咲夜の言葉を遮る。


「大体他人の心配をしている暇があるの?人間風情がこの催しで取れる種目なんて無い。せいぜい大恥をかいて麗花様達の笑いの種にでも役立つといいわ」


 此処まで勢いよく言葉を矢継ぎ早に受けた経験は無い咲夜は、ただただ圧倒されて立ち尽くす。

そうしているうちに、麗花の侍女は足早に立ち去ってしまった。


(でも、確かに彼女の言う通り。人の心配をする余裕はどうしたって私にはない)


 競う為の種目以外に任意で振る舞う事の出来る芸も咲夜には無い。

杏子が提案してくれた通り「運試し」の最終種目一本に賭けている。それも上手く行くかは定かではない。

彩占筺に見立てた筺と花を用意して作法と一緒に練習はしたが、意図して読み取るという使い方をした事が無い為、練習でも百戦百勝という事は無かった。



「咲夜様、そろそろ茶香服の時間です」

「ありがとう。小桃。今行きます」


 咲夜が選択種目で選んだのは、茶香服と組香という「茶」と「香り」を当てるという生身の人間も知識があれば出来るものだ。

しかしその種類は多岐に渡る。加えて、天賦てんぷが扱えるものはただ当てるだけではなく当て方も美しく飾るように天賦を使うらしい。

そのような装飾をする芸当も咲夜にはない。


 どの対戦相手の花も咲夜が相手とわかると、始める前からとても満足そうに微笑んだ。

負けるとわかっているものだが、咲夜はその中でも決めている事がある。所作の美しさ、勝敗を表情に出さない事だ。

ひたすらに礼節を守ること。見事に負け続ける咲夜を見て、観衆もひそひそと話し出す。



「あれが竜胆様がわざわざ人界じんかいから招いた花なのか?余程能力があるからと思ったが、てんで駄目ではないか」

「あるいは狐狸族こりぞくが上手くバケて唆したのかもしれんぞ」


 何処からか良い気のしない笑い声も聞こえたが、咲夜は次の種目が残念な結果に終わっても、学んだ作法通りに退場する。

舞台裏に捌けてからは漸く大きな溜息を吐いて、緊張から解放されてへなへなと膝から崩れ落ちた。



「お疲れ様でございます咲夜様」

「ありがとう小桃。ふふ、結局どの種目も最高得点は取れなかったなぁ」

「でもでもっ、お茶とお香それぞれ一点ずつ採っておられますもの!つい先日学んだばかりでこれは凄いですよ」


 小桃は嬉しそうに咲夜の成長を喜ぶが、それを傍で聞いている花と侍女達は薄ら笑いを浮かべて着替えを進めていた。

 最後の種目である彩占筺さいせんばこは全員参加となる。種目ごとに花の見目と天賦に相応しい衣を用意する事も、華宴という催しの一つという事らしかった。



「まぁまぁ、初めてでものびのびとやっていらして大変よろしいですこと。ねぇ皆様?」


 くすくすと上機嫌で微笑んでいるのは麗花だった。

麗花が皆にも同意を求めると、他の花も侍女も咲夜に視線を投げてから追随するように微笑む。

皆一様に美しいが、それは何処か棘のある笑みだった。



「麗花様」

「ご機嫌よう咲夜様。調子はいかがかしら?」


 

 咲夜の選択種目では麗花は対戦相手にはならなかった。

しかし此処まで全て最高得点を麗花が採っている事は他の花や侍女達の話し声で小耳には挟んでいる。相手もそれは同じ筈だ。

 咲夜は何も言わず麗花にすっと頭を下げる。すると麗花はぴくりと片眉を上げた。小桃もまたすんっとした顔をして頭を下げている。



(私達が華宴で徹底する事は、自信の無さや悔しさを隠すこと。その上で礼節を重んじること)


 これは杏子によく言って聞かされた事だ。

相手は自分の出来ない事を喜ぶ。それに踊らされず、とにかく出来る事に集中する。

それは催事への敬いになり、ひいては長である竜胆への敬いになる。その敬いは姿に必ず滲み出ると杏子は言っていた。



(禁苑の一輪の花として、もっとも重んじるべきことを常に忘れないこと)



 本当は情けなさや恥ずかしさはたくさんある。それでもまだ華宴は終わっていない。

まだ最終種目の可能性は捨てていないと、咲夜は自分に言い聞かせながらも少しだけ気持ちに陰りが出来る。


(でも、やっぱり上手く行かないかも……)


 元々そんなに前向きな方ではない。頑張りたいとは思っても、早々変われたらもっと早くに違う人生を歩んでいただろう。

こつん、と頭を下げているその横で小桃の肩が僅かにぶつかる。それからすりっと衣擦れの音がした。


『私達、今日はいつも一緒ですよ』


 小桃が華宴が始まる際に掛けてくれた言葉を思い出すと、ぐっと喉元が熱くなる。

唇を噛み締めて、その熱をやり過ごしてから麗花達の下を後にした。小桃はぐにゃりと表情を崩して一気に感情を顕にする。



「ふぅ……!終わったぁ。あのお方凄い怖いですよね。私もう尻尾がしなしなです」

「小桃、本当にありがとう」

「え?私は何もしてないですよっ。それに本番はこれからです。さ、着替えましょう。応援してますからね!えいえいおーっ!!」


 何処までも無邪気な小桃に先程まで込み上げて来ていた涙も引っ込んで、咲夜は笑う。

泣いても笑っても、これが最後の大勝負だ。


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