先生と僕_3
先生とタックは、ラキに荷台を引かせている。タックがラキに乗り、先生は荷台に乗って長距離移動の練習中だ。いずれは、荷台を人が乗っていても快適な物に改造していくらしい。今のままだと、お尻から砂が流れっぱなしになると先生が言っていた。
僕は二人の邪魔をしないように、柵に色を塗っている。塗料は先生が出してくれた。油に、様々な色の鉱石が混ぜられているらしい。本来は乾くのに時間がかかるのだが、いきなり乾いた状態に出来るので関係無い。いっそ、塗り終わった柵を作る事も出来る。でも、塗るのが楽しいし、乾いていく変化も見ていて楽しいので、敢えて時間をかける。
次の柵は、どう塗ろうかなと考えていたら、後ろから声をかけられた。
「何してるの?」
「柵に色を塗ってるところだよ。次は何色にしようか、迷っちゃって」
「私、この色が良いな。濃い青色。先生の瞳と同じ色」
確かに。この濃い青色は、先生の瞳の色と良く似ている。少し離れて、僕の隣に座った少女は、タックと同じ髪の色をしていた。
「初めまして、私はアイナ。君は?」
「僕はカラトロだよ」
「そうなんだ。私の故郷の古い言葉で、太陽の猫って意味ね。ふふふ、可愛い。それに、君の側って何だか暖かいわ。本当に太陽みたい。ねえ、私も柵を塗るの、手伝っても良いかしら?」
僕は、色を塗る為の刷毛を砂から作ってアイナに渡す。アイナが刷毛に触れると、刷毛は砂に戻ってしまった。アイナは手に貯まった砂を、じっと見つめている。
「まただわ、私が触れると、全部が砂に戻ってしまうの。折角の柵も台無しになっちゃうから、手伝え無いわ。ごねんね。これじゃあ、先生に会えたって、抱きしめるどころか、手も繋げやしないわ」
アイナは俯き、大粒の涙を零す。僕には、その涙がキラキラして、とても綺麗に見えた。
僕は、アイナに見とれていたので、先生とタックが、僕の様子を見に近付いて来ている事に、気付かなかった。
「おい、アイナなのか?」
タックの声に、バッと顔を上げたアイナの姿が、少女から女性へと変わる。涙は砂へと戻り、跡形も無い。
「嘘、お兄ちゃん?先生も?死んじゃったの?何で?何で二人とも、私が良く知ってる見た目なの?」
「アイナ...」
「来ないで!!」
タックがアイナに近付こうとすると、アイナは悲痛な声で叫んだ。アイナが触れたら全てが砂に戻る。それが本当なら、人も触れるだけで、砂にしてしまうのだろう。タックが自分に触れない様にアイナは必死で叫んだのだ。
「私は、お兄ちゃんの、先生の傍に居られないの。私が、悪い子だったから、これはその罰なんだわ。だから、来ないで!!」
「待って!」
アイナはそう叫ぶと、後ろを向き走り出そうとしていた。僕は思わず、アイナの手を掴んだ。掴めてしまった。アイナは足を止め、驚愕の表情で僕を見つめている。アイナは信じられない物を見る目で、僕の脇に手を入れて持ち上げ、そのまま思いっきり僕を抱きしめた。
「お兄ちゃん!この子欲しい!!」
「駄目だ!」
「駄目です!!」
アイナの我儘を、瞬時に拒否するタックと先生。先生の方が声が大きかったのが、僕は何だか嬉しかった。
家の中で、先生を椅子に座らせ、僕とタックとアイナは、実験を始める。
「ほら見てよ、砂に戻っちゃうでしょ?」
「本当だな、じゃあなんでカラトロは無事なんだ?」
「あの、私の身体で実験しないでいただけませんか?」
アイナが先生の身体に、ズボズボと拳を突き立てる度に、その部分だけサラサラと砂に戻っている。その様子を僕とタックは観察し、先生は不満を口にしている。
アイナは、アイナと僕以外に触れると、砂に戻してしまう。しかも、アイナが砂から作れるのは、自分の身体と服飾だけらしい。おかげで、姿を変えるのは得意らしく、先生やタック、ラキにまで変身して見せたが、声までは変えれないらしい。
「不思議な砂よね」
「アイナ、カラトロのまま喋るな。頭が混乱する」
「あ、ごめんね」
アイナは、僕の姿から少女の姿に戻る。タックと先生の顔は引きつっていたが、アイナは笑顔で僕の手を握る。
「ああ〜、こっちに来てから初めて感じる、自分以外の暖かさ。なんだかとっても嬉しいの。ごめんね〜、カラトロちゃん。暫く触らせて」
「うん、良いよ」
「ありがと〜。もう、欲しいなんて我儘言わないわ。カラトロちゃんに、私の全部あげちゃう」
「えっと、ありが──」
「止めなさい。軽率に答えてはいけませんよカラトロ。アイナも、自分勝手な事は言わないで下さい」
「は〜い」
僕からアイナへの返事は、先生に止められてしまった。どうやら、一大事だった様だ。タックもアイナの様子を見て、頭を抱えている。「俺は何で気付かなかったんだ」と、ぶつぶつと独り言を言っている。顔色も良くないので、ちょっと心配だ。
魂はひかれ合う。先生は、地図も目印も無いこっちの世界で、何故、人と会うことが出来るのか、疑問に思ったそうだ。
ある時、大きな街があった。人々が、生きていた頃と変わらない生活をする街。その街では、一つの言語が使われていた。
その街に住む人々は、皆同じ国の出身だと言う。そこで先生は、魂は親しい者が引かれ合うという仮説を立てた。しかし、それは違った。先生は旅をしている間、様々な人に出会った、出会えた。魂が必要だと感じたから。
先生は、砂と同じ原理だと、今では考えている。砂が、必要だから形になる様に、魂もまた、必要だから引かれ合うのだと。
「つまり、私とカラトロちゃんの出会いは、運命だったって事ね!」
「おいザイン、何故この話を今した。もう一度、死にたいのか」
「他意はありません。ただ、我々が再開出来た理由があるとすれば、そうなんじゃないかなという説を述べただけであって」
「その余計な事しか言わない舌を、今すぐ引っこ抜いてやる」
僕は、同郷の三人が仲良く話しているのが、とても楽しかった。それに、ラキも僕らを必要としてくれたのかと思うと、僕は嬉しかった。
三人の話が、まだまだ続きそうだったので、僕は柵の続きを塗ろうと思い、外に出た。当然の様にアイナも着いてきている。家の中からはまだ、タックと先生の声が聞こえて来る。
「いいの?久しぶりに会えたのに」
「いいの。こっちの方が楽しそうだし」
「タックと先生なら、抱きついて砂に戻っちゃっても、怒らないと思うけど」
「私もそう思う。でも、あっちでの感触を忘れちゃいそうだから、止めとくわ」
僕はアイナに、どう柵を塗って欲しいかを聞きながら、柵に色を塗って行った。刷毛を握る僕の手を、アイナが握って色を塗るのも、楽しかった。アイナは笑っていたけれど、その目からは涙が流れていた。やっぱり、綺麗だった。
僕たちが柵を塗り終わると、タックが、柵の完成祝いだと言って、故郷の料理を振舞ってくれた。僕はアイナの口へと料理を運ぶ。懐かしい味がすると、アイナはまた泣いていた。
僕が余り食べていないのを思ってか、先生がアイナに手袋を着けてはどうかと提案した。先生は砂から、革製のゴワゴワとした手袋や、糸で出来た暖かそうな手袋、鉄製の手甲に、ツルツルとしたよく伸びる正体が分からない素材で出来た手袋を出す。
アイナは形状や色合いを良く観察し、着け心地を僕に聞いてきた。僕はどれも、長時間、身に着けていると違和感がありそうだと述べると、先生は新たな素材を提案してきた。絹と呼ばれる、薄くて軽くて、手触りがとても不思議な布だ。そこにあるのに、触れているのを忘れてしまいそうな、僕の好きな砂に似ている気がした。
アイナは絹の手袋を砂から作り、それを身に着ける。その手でタックの出した匙を握ると、匙は砂に戻らなかった。
「...こんな簡単な事だったのね」
「独りで考えて、答えに辿り着けないのは良くある事です。さあ、冷めないうちにいただきましょう」
「いくらでも温められるけどな」
僕たちは、笑って食事を続けた。タックたちの故郷の料理は味付けが濃いのだと先生は言う。僕は食べた事の無い物の方が多いので、味は良くわからなかったけど、先生たちと食べる料理は、とても美味しく感じた。
僕と先生だけの時は、食事なんて殆どしなかった。偶に、先生が苦いお茶を飲むくらい。それをタックとアイナに言うと、タックは先生を殴り、アイナは先生に向けてナイフを構えていた。
「先生、いくら死んでいるからといって、人として最低限の生き方をしましょうよ。学ぶ事と寝る事は確かに大事ですが、食べる事も大事です。食事は身体と心の栄養ですよ?」
「...はい、ごめんなさい。なのでナイフは置いて下さい。ああ、目に向けないで。タック!ナイフを砂に戻して下さい!!」
「もう死んでるんだから、問題ねぇよ」
アイナが先生の目にナイフを突き立てようとしているが、先生はアイナの手を握って抵抗している。だが、手袋の生地が薄いせいか、先生の指先からはサラサラと砂が零れている。ナイフが先生に届くまで、時間の問題だろう。
僕はタックに食後のデザートとして、僕の頭と同じ大きさの巨大な果実を貰った。皮は柔らかく、素手でも剥けてしまう。実は水分が多く、味は甘酸っぱいらしい。僕が初めての味覚に心を奪われていると、先生の悲鳴が聞こえた気がした。
アイナの砂に戻してしまう力を先生が検証した結果、アイナ以外が砂から作った物は、アイナの肩から先の素肌に触れたら、砂に戻ってしまうそうだ。
「身体も衣服も、元は同じ砂なのに、どうしてかしら?」
「ラキに変身した時は、前足に触れると砂になってしまいましたねぇ。大変興味深い。理屈はどうあれ、今はそういうものだと認識しておきましょう。事実は事実、観察によって得られる事象は真実ですから」
先生とアイナが検証している間、僕は二人を観察していた。タックも一緒に見ていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。結論が出たところで、集中力が切れたのか、僕も眠くなって来ていた。
僕がウトウトと船を漕いでいると、アイナが僕を抱え、一緒に横になる。すると先生が僕たちに布をかけてくれた。先生は、人として人らしい生き方をする様になったみたい。
ザインはカラトロとアイナが寝付いたのを確認すると、木製の椅子に腰掛ける。見上げれば、天井の穴から何も照らさない琥珀色の太陽が嫌でも目に入る。
ザインの目には、太陽の姿が、少し、揺らいでいるように見えた。
絹の肌触りって、本当に不思議ですよね。




