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宜しくお願いします。
「リーシャ・デュオメッセ公爵令嬢、いまここで貴様の罪を明らかにする!我が番、エメリーを虐げた卑劣な行い、いかにして償うつもりだ!!」
華やかなパーティー会場に響いた突然の断罪。
声の主、ネビル第一王子は高座の中央で胸を張る。その片腕にはヴィクストリアの妖精と呼ばれる可憐な少女が一人、ぶら下がっている。薔薇の花弁に落ちた朝露のような涙を目に煌めかせたエメリー・ラシュゲル男爵令嬢だ。
ネビル王子の腕の中でふるえる彼女は番でなくとも庇護欲をそそる。そんな彼女は「リーシャ様‥‥どうぞ罪をお認めください」と呟く。
皆が固唾をのんで成り行きを見守るなか、リーシャは背筋を伸ばし一歩前へと歩み出た。
「身に覚えのないことでございます」
「貴様!とぼける気か!!このエメリーを排するために画策していたことは分かっている!」
「と、仰いますと?」
「私との茶会を邪魔し、令嬢達の集まりに呼ばず、両陛下にエメリーのありもしない悪口を吹き込んだだろう!面と向かって罵ったこともあるそうだな!!」
なぁエメリー、とネビルが問えば、砂糖菓子のような髪を揺らして身じろぎする。
「はい‥‥『貴方はネビル王子に侍る資格はない、命が惜しくないのか』と‥‥。私、怖かったです」
「貴様は、この国の第一王子の番を害そうとしたのだ!貴様の地位をもってしても赦し難い罪である!!」
「まぁ、」
扇の中でリーシャが嘆息する。
そして悪魔のように艶やかで冷酷な声を、ポツリと滑らせた
「赦されないのは、どちらでしょうね?」
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神メドウォが守る国、ヴィクストリア。
メドウォは愛の神である。罪なき民を憎まず、愛し、慈しむ。
愛は隣の者に与えるものであり、人に並び立つは番である。
―――そう、『番』という強烈に惹かれ合う運命の相手を、ヴィクストリアの民は何より大切にする。
番との出会いは人生の始まりとさえ言われる。
母の腹の中に宿ったときが第一の生、産声を上げたときが第二の生、そして番を見つけその手をとった時が第三の生―――それこそが人生の始まりだと。
番のない人生は無い、と言わしめるほど番を重要視するこの国にあって、番を害するのは最大の悪とされる。
そんなヴィクストリアの筆頭貴族家、デュオメッセ公爵令嬢にして第二王子の婚約者、リーシャ・デュオメッセは前世の記憶を持つ転生者だ。
リーシャが前世を思い出したのは13歳の頃。
長い雨が降り続いた憂鬱な朝、気怠い身体を起こすとふと、脳裏にふりそそぐ記憶があった。
会社、スマホ、物語、信号、車、クラクション―――、そうだった。ここは小説『番姫と狂乱の王子~溺愛監禁生活なんて聞いてません!~』の世界だった。
会社帰りの雨で視界の悪いなか交通事故で命を落とした前世。自損事故で巻き込む者がなかったのは不幸中の幸いか―――。
前世のリーシャの予定の無い休日を慰めた小説、『番姫と狂乱の王子』。
その名の通り、王子が美しい番を娶るまでのあれこれを描いた溺愛ラブストーリーだ。番という運命で結び付くヒロインと王子。しかしヒロインを良く思わない悪役令嬢が妨害を企て、二人はそれを乗り越えることで絆を深める。余談に漏れず絆を深めた後は身も心も結ばれる。
「悪役令嬢、リーシャ・デュオメッセ‥‥。」
鏡の中の自分を見ればまっすぐに伸びた豊かな黒髪。ラピスラズリのような美しい瞳は凛々しく勝ち気な雰囲気をたたえている。
公爵令嬢リーシャは第二王子の婚約者で、第一王子であるネビルへの敵意から彼の番を虐めるのだ。第一王子はまだ立太子していないものの、順当にいけば彼が王位に就くといわれている。王子妃の立場で満足できないリーシャはネビルの番が男爵令嬢だというのも気にくわない。断罪後は第二王子ともども国外追放となる。
「まさか王子妃に転生するなんてなぁ。ついてない。平凡とは程遠いじゃない」
つい、ボヤく。
なんてったって庶民として暮らしてきた前世の記憶がある今、輝かしい地位も急に色あせて見えてしまう。うーん、今からでも平凡に目立たず暮らし方法ってないかしら?
「まぁ、私はヒロインを虐めたりしないけど」
そんな決意が5年後に覆されることになろうとは、そのときのリーシャは知らなかった。
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