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伊達政宗13歳。繊細なその心


プロローグ


奥州の凍てつく冬の寒さは、全てを凍らせる。

大地も空も、そして人の温もりさえも。


すべてを凍らせ、白く清浄な世界に帰る雪が溶けていくように、政宗の心も春を知った。


淡く儚い桜の花が陽の光を受けて、生命を喜び一斉に歌う、春。


芽吹く、君への想いがもう恐れなど無くす。


愛姫、君が俺に微笑んでくれた日から、もう何も怖くはない。






春の花の洪水が木をおおっていた。


愛姫が正宗の元へ妻として輿入れをしてきた日は、奥州が冬に完全に決別した春の日のことだった。


伊達家の屋敷にある年老いた梅の木に香る梅が咲き誇り、全てを包みこむ甘い香りに満ちていた。


赤く熟れた花の匂いを嗅ぎながら、13になった梵天丸…後の伊達政宗は、少々落ち着かない様子で支度を整えていた。


完璧に整えた総髪と着物に気を配りつつも、いつものクセで右目に手を押し当てている。


忙しなく目をこする若君に側仕えの小十郎が「若」と凛とした声をかけた。



「また気にされております。そのように何度も…」



鉄のような精悍な顔つきの彼がとがめるせいで、政宗は一度ビクリと険しい顔つきを震わせた。



「気にしてなど…おらん。ただ、わしの目が…変に開いておらぬか…確かめておったのだ」


「そのようなことはございませぬ。閉じたままです」


政宗はそれでも眼球のない瞼が不自然にひっくり返り、中を見られるのではないかと気にしてしまう癖が直せなかった。


この顔を醜いと言われ、無意識に開いてしまう瞼のせいで何度母に叱責されたか分からない。


幼心に彼は傷付き、いつしか手で何度も確認し、確認ができればホッとして安堵する。

しかし、それを日に何度もしてしまうのである。


特に今日は、絶対にそんな失態はできない。


故に、いつも以上に神経質であった。



「…わしの将来の妻に、醜いと嫌われとうない。女々しいがそう思ってしまうのだ…許せ、小十郎」



政宗に仕える片倉小十郎は、顔色一つ変えずにき入った。

彼は、この繊細な次期当主に対し、一定の波立たぬ態度で接している。


不安げに目を伏せる主人の肩をしかと手で抱き、こう言った。


「何も案ずることはございませぬ。若様は当代一の美形でござますゆえ」


「…またそのような…」


「私は嘘は申しませぬ。美しく高い鼻、薄く引き締まった唇!そして、きめ細やかな肌と、切れ長の整いきった目元と凛々しいまゆ!!」


段々と熱を帯びる力説に歯がゆくなり、政宗はついに笑い出した。

真顔で冗談を言う彼に、右眼をこすることも忘れた。



「それはおぬしじゃ、小十郎。おまえほどの美丈夫はおらん」


「私の顔など良いのです。饅頭にもひとしいのですから。若様のオマケです」


「はは…っ力がぬけてきたぞ」


緊張で震える指をみせながら、政宗は何度か手を握り開いた。



「わしの…妻は可愛らしゅうと聞いておる。釣り合いが取れるように、せめて堂々とせねば…な!」




その日、奥州の屋敷には珍しく柔らかな日差しが差していた。

春の光が廊下の畳に模様を描き、外では梅が甘く香っている。


政宗は緊張の面持ちで、用意された座敷に膝をついた。

小十郎は背後で無言のまま控え、張りつめた空気を守っている。


(……これから、妻となる姫君が――)


そんなとき、襖の向こうで「にゃあ!」という甲高い声が響いた。

次いで小さな足音。

襖が勢いよく開き、白い猫を追いかける少女が転がり込んできた。


「待って、しらたま!」


淡い桃色の小袖を翻し、猫を抱き上げて顔を埋めるその姿。

年は政宗と変わらぬほど。

頬は春の花のように紅く、目元には無邪気な光があった。


政宗は、呆気に取られた。

小十郎も、珍しく目を瞬いた。


少女はようやく二人の存在に気づくと、はっとして頭を下げる。

「……あの、はじめまして……愛と申します」


静寂。

政宗の喉がわずかに鳴った。


「……わしの……妻、か?」


思わず口にしてしまった言葉に、小十郎が小さく咳払いをする。

愛姫は猫を抱いたまま、照れたように微笑んだ。


「はい。お世話になります、政宗さま」


その笑顔を見た瞬間――

政宗の胸の奥で、何かがあたたかく、静かにほどけていった。



しらたま。

その名に似つかわしくないほど、太っていた。


雪のように白く、まるい。

歩くたび、どすどすと音がする。

まるで兵糧米の俵である。


政宗は無意識に呟いた。

「……なんじゃ、この、不細工な猫は」


小十郎が咳払いをした。

「若様、声に出ております」


愛姫はそれを聞いて、猫を抱いたままくすりと笑った。


「不細工でもいいんです。おっとりしていて、怒らない子なんですよ…?」



初めて正面から彼女を見た政宗は、愛姫の柔和な顔がゆっくりほころび何の迷いもなく見つめて微笑んでくれたことにドキリとした。


まるで子供である年に関わらず、愛姫の笑顔は恐ろしいまでに男を惹きつける愛らしさで満ちている。


顔のパーツは全て丸みを得て整っており、美しい配置で収まっている。

優しい目尻が下がった笑顔に、ほのかに赤い唇は潤いを保ち、エクボが顔をのぞかせていた。



(…っ、か、可愛らしいのぅ…)


政宗は高鳴る心臓はおさえられず、愛姫をまるであつらえた人形のような可憐さだと思った。


黙して語らずとも頬の赤い若君を確認し、小十郎は愛姫がまだ目をそらさずニコニコしている様も観察する。



(ふむ。良き!!!)



側近は確信した。

今、恋に似た何かが孤独な政宗に芽生えつつある…と!!!




愛姫は名前の通り愛らしく、心根の優しい美少女であった。

初めて会ったその日は、ニコニコと陽の光に似た笑顔で政宗と向かい合ってお茶菓子を食べながら談笑。

大切に育てられてきたことが分かるほと、人に対して素直で柔和であり、苛烈な性格な政宗の母とは対照的な人物である。


片倉小十郎は冷静に2人を観察し、政宗が神経質に人と接する癖が、愛姫の前では薄れていく様に感心する。


醜いと言われて嫌われたくない…



そう言って右のまぶたを押さえる仕草も、なんとか手を膝の上に置いて止められている。



「な…なんじゃ?何故ワシのひざに乗る?重いのう」


大柄で丸々太った猫のしらたまに懐かれ、顔を引き攣らせる政宗。

生き物にはとんと縁がなく、普段は金魚か鷹に接するくらいである。

愛姫が連れてきた猫の温もりと柔らかさに戸惑い、多少腰が引けている。


「政宗様が気に入ったようでございます。顎を撫でてくださりませ」


言われた通りにふわふわの顎を手で全体的になで上げると、しらたまは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らし政宗の膝上で体をくねらせた。


人懐っこいその仕草に愛姫は喜び「私も!」と政宗の手の近くで猫をなでて愛でる。


政宗は距離の近い愛姫に一度ビクリと身体を硬直させ、また頬を赤くさせた。


愛姫はまだ子供である。

しかし、その無邪気な笑顔と絶妙な体の距離の測り方は、政宗の警戒心をじわじわと溶かしている。


「かわいらしいですねぇ」

「…………か、かわゆいのぅ…」



(…猫が?愛姫様が?)


可愛らしいと口にしたが、その対象はどちらなのか。

小十郎は、もはや政宗が愛姫に対して心を許しほぼ降伏したと確信した。


それを証拠に…



「な…なんとも愛らしい子じゃったな。しかし、まだ…子供じゃ。うむ…い、妹みたいにしか思えなんだ」



愛姫との初対面を終えるなり、政宗は私室で顔を真っ赤にさせて口をどもらせながらそんな感想を漏らした。


緊張から解放され、だらしなく畳に座ると、忙しなくパタパタと火照る身体に手で風を送っている。

愛姫と会ってからずっと身体は熱くなり、心臓は高鳴り続けている。



「妹…?で、ござりますか?」

「見たであろう?まだ女とは呼べぬ年齢と体つきであった。男のワシにも恐れることなく近寄ってきたわ」


政宗はその距離を「子供だから」という理由で片付けることで、何とか気持ちを整理しようとしていた。



「妹ではござりませぬ。将来の奥方様として見てください」







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