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美味しいお日さま

『ぼくらのコックさん』は味見をしない。ぼくとパパのために、コックさんは毎日料理を作ってくれる。コックさんがぼくらの家に来てくれるまでは、パパが料理を作ってくれていたんだけど……。


 ……正直、ぼくはパパの料理にうんざりだった。二年前にママが突然、交通事故で亡くなったとき、パパとぼくはこの世の終わりみたいに泣いた。泣いて泣いて、そのうち涙も出なくなった。


 ――ああ、泣いてるばっかじゃいけないぞ。そうだ、ぼくらはママの分まで、一生けんめい生きるんだ……。そうぼくらが思えたとき、すごい問題が発覚した。


『ねえ! 料理は誰が作るんだ!?』

 僕とパパは顔を見合わして、まるで一緒にそう叫んだ。そうだよ、そうだ! 今まで洗濯や掃除、その他の家事は家族さんにんで力を合わしてやってきたけど、ぼくとパパはものすっごい料理オンチだ!!


 卵を割ろうとするとものの見事にこぶしで粉砕、レシピを読めば読み違えて『塩ひとつまみ』を『ひとつかみ』鍋にぶち込んで、ハンバーグは絵に描いたような生焼けで、「大丈夫! 食える食える!!」と勢いで口に放り込み、おなかを壊して死ぬ目に遭うほど……!!


 ママが亡くなって今の今まで、食べる気もなくてオートミールにミルクかけて、もそもそ食べてごまかしてたけど、さすがにこれから一生オートミールはキツい。でもふたりとも絶望的に料理出来ない。


 ――どうしよう。下手したらぼくらも遠からず、天国のママのところへ召されちゃうかも……。まあ実際、そんなことにはならなかった。パパはパパなりに料理の腕をみがいていって、その後は何とか重大な食中毒もまぬがれて……でもやっぱり美味しくなかった。ママの料理と比べると、涙が出るほど美味しくなかった。


 あげくにママが亡くなったとき十歳だったこのぼくは、パパよりひどい料理オンチ。ああ、ぼくら一生、レストランで食べる以外は、美味しいごはんを味わえないの……?


 そうあきらめかけていた、ある夜。夜空に七色の虹が尾を引くような、ものすごく綺麗な流れ星が現れた。


「――わあ! パパ見て! めっちゃ綺麗な流れ星!!」

「おおお! よしミカエル、お願いだ、お願いごとをするぞ!!」

『美味しい料理食べたい美味しい料理食べたいおいしいりょうりたべたい!!』


 パパとぼくはまるっきり同じお願いを三回叫び、『言えたぁあ!!』とふたりで手を取り合ってはしゃぎあって……次の瞬間、あんぐりと口を開けて固まった。流れ星が炎を吹いて、近くの裏山に落ちたのだ。


「パパー!! 大変!!」

「火だ! 裏山が火事になる!! バケツで水汲んで直行だ!!」


 あとから考えるとおばかこの上ない。バケツ二杯で山火事が消えるわけないし、消防車呼べよって話じゃん。でもあのときは、ふたりともホントに真剣だった。重いバケツをひいひい言いながらしびれる手で運んできた先、燃えカスになった宇宙船が小さく赤くくすぶっていて……宇宙人が倒れていた。


 銀色の長くてさらさらの髪、気を失って閉じた大きな目をおおうのは、銀色の長いながいまつ毛……今だって誓って言える、そのひとは本当に綺麗だった。


「……どうする? パパ?」

「うーん、見たところケガはしてないみたいだが……宇宙船が燃えたんだ、間違いなく体にダメージはあるだろう。家に運んで看病しよう、もろもろの通報や手続きは、このひとが回復してからだ」


 ぼくらは念のため、燃えカスにバケツの水をかけてまわった。それからパパが宇宙人をおんぶして、ぼくは空のバケツを両手に、裏山を降りて家に戻った。


『帰りたくないんです』と、目を覚ましたひとは言った。

『わたしの星の住民は、身よりのない者に厳しいんです。事故だろうと、病気だろうと、早死にした者に冷たい目を向けるんです』と、綺麗な大きな目を潤ませて。


「……なんで? 早く死んだって、そのひとの罪じゃないじゃない?」

 ぼくがベッドのわきでそう言って口をとがらすと、宇宙人は言語の壁をやすやす越えて、テレパシーで応えてくれた。


『ところが、そうではないのです。わたしたちは長命だから、「早く死んだ者には罪がある」と考えるのです。「何らかの罪があって、神の罰を受けたのだ」と』

「うぇえ!? そんな神さま、くそくらえだ!!」

「こら、ミカエル!!」


 あわてて軽くげんこをくれるパパをしぐさで押しとどめ、宇宙人は青い目を細めてってくれた。綺麗だ、と思った。朝露に濡れて光る、ローズマリーの花みたいだ。


『……わたしの母はお産が重く、私を生んですぐ亡くなり……不幸にも事故や病気が重なり、わたしには身よりはなかったのです……わたしは、生まれつきひとりぼっち……』


 だから、逃げてきたのです。真剣な顔で、そのひとは言った。

『星の外に逃げるつもりで、ひとり乗りの宇宙船に乗り込んで、がむしゃらに他の星を目ざして……とちゅうで隕石にぶつかって、地球に不時着したんです』って。


 だからぼくらは、彼女に「いくらでもいていいよ」って言ったんだ。だいたい今どき、宇宙人なんて珍しくもない。宇宙船の不時着だって、新聞のはしっこのはしっこに二三行で書かれて終わっちゃうくらい、あんまりありがちな出来事だ。


 地球に長く居たいなら、申請して『国籍』みたいな『地球籍』をとりゃあいい。今はパソコンひとつあれば、どこでだってそんなもん申し込みできるもん!


 嬉しすぎて涙をこぼす彼女に向かって、ぼくはベッドに乗りあがってこう訊いた。


「ねえねえ! ところであなた、料理は出来る?」


* * *


『前の名は捨てたい』って、彼女は言った。

『新しい地で、新しい名をもらって生きていきたいのです』って。


 ぼくは彼女に「ローズマリーはどう?」って訊いた。「青い綺麗な瞳だから」ってぼくが言ったら、彼女はマリアさまみたいな、清らかな笑みを浮かべてくれた。


 そんでもって、ローズマリーはめちゃくちゃ料理がうまかった。ふかふか卵のオムレツだって、ジューシーな肉汁あふれるハンバーグだってお手のもの!


 目玉焼きとウィンナー、ベーコンを焼いて焦がしケチャップで味つけしたのと、ぱりぱりのレタスをトーストで挟んだだけのお手軽メニューも、ほっぺたが落ちるほどうまいんだ!!


 ……でも、彼女は自分の料理を味見しない。しないじゃなくて、出来ないんだ。ローズマリーは地球の食べ物を食べられない。彼女が『食べる』のは日光だ。まるで草木やお花みたいに、お日さまの光からエネルギーをもらって生きている。


 ぼくが「大きくなったら、ローズマリーと結婚する!」って宣言したら、パパは困った顔をした。「苦労するぞ」ってつぶやいて、何度か大きく頭をふって、それからぽつんと口にした。


「……まあ、地球人と異星人とでも、体のつくりがそこそこ似ていれば、子どもは出来るが……」


 ひとり言っぽくつぶやいて、パパはおかしなことを言った。めちゃくちゃ当たり前のことを言ったんだ。


「――まあ、ママも宇宙人だったしな」


 地球人のパパと、ママとのハーフのぼくは「おかしなパパだなあ」と、しみじみ見上げて心の中で首をかしげた。キッチンで珍しく、ローズマリーが盛大にお皿をひっくり返す音がした。


 次の日曜日、ぼくはローズマリーをピクニックに誘った。「パパ抜きでね」ってこっそり耳うちすると、彼女は白いほおをさあっとピンク色に染めて、迷った後でうなずいた。


 ローズマリーはお弁当に、卵サンドとエビカツサンド、ハムとキュウリのサンドイッチと、手作りのミートボールを揚げたやつ、ポテトサラダにデザートのクッキーまでこさえてくれた。水筒に冷えた紅茶を入れて、ぼくらは裏山の丘に登った。


『……思えばここが、はじまりでしたね』

 しみじみつぶやくローズマリーのすぐとなりで、ぼくは彼女のお弁当に夢中でかぶりついていた。ぼくらが初めて出逢った丘で、ローズマリーは初夏のお日さまの光を、白い肌いっぱいに浴びている。


「ねえ、美味しいね!」

『ええ、とても……とても美味しいです』


 ぼくはハムとキュウリのサンドイッチをほおばりながら、ローズマリーは透けるお日さまの光を浴びて、同じ言葉を口にした。彼女は青い大きな瞳を細めて、口のない顔で優しくぼくにいかける。


 その笑顔があんまり綺麗に見えたから、ぼくは思わずサンドにむせて、水筒の紅茶をあわてて口に流し込み、そのいきおいでまたむせた。


 お日さまがきらきら透ける光をあたりいっぱいにまき散らし、初夏の裏山は緑に満ちて……ふたりで顔を見合わせて、笑っちゃうくらい美しかった。


(完)

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