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「もう行かれてしまうのね」
翌日。国を発つエリザベスとレナードは、国王夫妻に見送られているところだ。王妃が寂しげに眉根を下げている。
「本当はもう少しゆっくりしていきたいところですが……これから近隣諸国を巡る予定なんです」
「そうだったな。息子たちもレナード様に会いたいと言っていたからまたいつでも来てくれ」
「私もです。それにしても羨ましい限りです、……こう言ってはなんですが、ご子息がきちんと王太子としての自覚がおありで。今回も外交に出向いていて不在なのでしょう?」
「そんなそんな、と謙遜したいところだが……、……そうだな。貴国の惨状を聞けば、謙遜すら嫌味になってしまうな」
ははは、と談笑を交わす王とレナードの様子を、王妃とエリザベスは静かに見守る。
しかし本当に羨ましい限りだ。王太子が王太子としての自覚を持ち、国を背負う覚悟がある。男爵令嬢との恋に現を抜かしていたマークにその自覚は……多分、ないだろう。
「それではな。色々気苦労あると思うが……誕生日パーティーで元気に再会できることを祈っている」
別れの挨拶を告げられ、エリザベスは訪問したときよろしくカテーシーを疲労した。
「急な訪問にもかかわらず歓迎いただけたこと、感謝してもしきれません」
「ははは、エリザベス嬢だからだよ。そうさなぁ、エリザベス嬢。君が貴国の王妃となってくれならこんなに嬉しいことはないというのに」
「……お言葉はとてもありがたいのですが、婚約破棄された今、それは無理なお話です」
「……そうとも限らんよ?」
「……え?」
ちら、と国王夫妻がレナードの方を見る。レナードは馬車の御者となにやら打ち合わせをしているようでこちらを見ていない。それを確認したのか、王が小声で囁いた。
「他国の権力関係に口を挟むべきでないのは重々承知だが……レナード様は王としての器がある。しかもまだ独身なのだろう?レナード様と婚姻を結ぶのも手だ」
「!」
王の器?婚姻?レナード様と?
確かにレナード様は独身で、恋人がいるという噂もない。確かに政務に関わるレナード様と結婚すれば、これまで受けてきた王妃教育が無駄になることもないだろう。
いや、けれど、王の器?現国王であるハリーは現在だし、マークという王太子も存在している。レナードが王になる可能性など……王弟なのだ、無い、わけではないが、今の現状では無いと言って良い。
どう返答すれば、困っていると、王妃の方も、こっそり話し始めた。
「ごめんなさいね、こんな差し出がましいことを……。……けれどね、わたくしも、主人も、レナード様のこともエリザベス嬢のことも、とても良く思っているの。そんな2人が勝手な婚約破棄で振り回されてこちらも少し思うところが、ね」
含みのある王妃の言葉に、ますますエリザベスはどう返答するべきかわからない。王妃個人としての言葉か、それとも国同士の、政治的な絡みのあるものなのか。わからなくてぐるぐるしていると、助け舟のように背後からレナードの声がした。
「馬車の準備ができたよ」
「あっ、れ、レナード様っ……」
「エリザベス嬢?どうしたんだい?」
次に国王夫妻の方を見れば、内緒話なんてどこ吹く風、と言わんばかりにいつもの2人に戻っていた。
「あ、……いえ、なんでもありません」
「なに、エリザベス嬢と串焼きを食べたと聞いたからな。こっそり穴場の店を教えていたんだよ」
「えぇ。わたくしもお気に入りの店ですの。今度いらしたときはぜひ、と思いまして」
「そういうことでしたか。これでまたこの国に来る口実ができてしまったな。……では行こうか」
「は、はい……」
当然のように手を出され、エリザベスはその手を取る。
自分のとは違う大きい、大人の男の手。これまでレナードを異性として意識しなかったわけではない。ただ、王妃教育と……それから、王太子としての雑務を放棄していたマークの尻拭いに翻弄され、それどころではなかった。
『レナード様と婚姻を結ぶのも手だ』
今しがた言われた言葉が、エリザベスの体温を上げる。
わたくしが?わたくしがレナード様と婚姻?
エリザベスの脳裏には、昨日のレナードの熱っぽい目がよぎる。レナード様が旦那様、確かにレナード様は素敵な男性で、国のことを思っていて、それで……。
混乱したままエリザベスは、レナードと共に馬車に乗り込んだのだった。